チャリンコに乗った神様
今から30数年前の事。
子供達の間で「神様」と呼ばれた方が存在した。
ある時は街中を・・・
ある時は田んぼ道を・・・
ある時は近所を・・・
黒い大きな自転車にまたがり、黒い革のバッグを肩にかけ、白髪交じりの恰幅の良い姿だった。
近所の上級生が、
「今日も神様を見たど~!」 「神様が前からやって来たど~」
と、話してる。
神様を見たことも無い私は、想像すら出来ない・・・。
良く母が、
「言う事聞かないと神様に言うからね!」とか「嘘をついても神様はお見通し!」
と、脅されてた![]()
見えない存在に怯えてた少年時代。
小学1年の頃、近所の同級生 昭二とテルと三人で近くの木材工場跡地で遊んでた。
すると、昭二がいきなり僕らに、
「おい!隠れろ! あっちから神様が来たど!」
えっ?!
慌てて昭二の後に続く・・・
積んである木材の間に身を寄せ合いながら目をつぶる。
見た事も無い神様を見たいと思う好奇心と見るのが怖い物が葛藤する。
近くを自転車が通る砂利の音がする。
段々とその音が遠ざかって行く。
昭二が小声で、
「良し!多分去って行ったど。おそらく朝日町方面に向かって行ったかもしれんで、しばらくここら辺に居よう」
テルが
「その方が良かねぇ」
と、決定した。
私は内心、
俺、お母さんに怒られる様な事したっけ? 朝日町の誰かが悪い事したからそいつの母親が神様を呼んだのか?
と、勝手に想像していた。
同年夏休みに入った頃、テルと二人で小学校のプールに向かってた時の事。
朝日町商店街から路地を入り、狭い道を歩いてた。
僕らからわずか100メートルも満たない前方から自転車を漕ぐ大きな人が向かってくる。
気にせず進む。
すると、テルが、
「あれは、神様じゃないけぇ?この前昭二なんかと隠れた時一瞬見えたから覚えてた」
え~っ![]()
ここじゃ隠れる場所も無い・・・
足がすくみ逃げる事も出来ない・・・
呆然と立ち尽くす僕ら。
事の訪れを覚悟して待つしかない。
やがて自転車は我々の目の前に来た。
大きな使いこなしてある自転車、黒いバッグ、灰色のジャケット姿に白髪交じりの髪・・・
そしてメガネをかけてる。
ほとんどが噂通りだった。
僕らの居る場所が一瞬にして時間が止まったかの様に静かになる。
それまで辺りで泣いてた蝉の音も空を飛ぶ飛行機の音も聞こえない。
キーーーィ
自転車が停まった。
「こんにちは~。暑いね~。夏休みに入ったね~。」
「こんにちは・・・。はい・・・」![]()
小さな声で返事した。
おいおい!神様も暑いんだ~!しかも夏休みを知ってる。
と、心の中で思う。
「今からプール?気持ち良いだろうね~。ところであなた達は何年生?」
「大口小学校一年です」
やはり怯えながらも小声で答える。
「そうかぁ~、とにかく夏休みは沢山遊んで、沢山お勉強して、車には気を付けるんだよ。」
二人は
「ハイ・・・」
「それじゃあ又会いましょう!」
と、僕らに語りかけゆっくりと大きな自転車を漕ぎ始め、去って行った。
衝撃的な時を過ごした私とテルは、神様の後姿を暫く見てた。
この出来事を誰かに話して良いものか悩んだ。
それから暫くしてまたまた神様と遭遇した。
「こんにちは~。この前あった大口小の一年生でしたよね?名前を聞いてなかったね~。この前のお友達は今日は一緒じゃないの?」
「ハイ・・・」
よりによって今日は一人・・・
「この前っていつ頃だったっけ?」
神様は黒いカバンの中から手帳を取り出した。
「え~と、7月23日だ。ほら見てごらん、私の日記にあなた達と出会ったって書いてあるよ。」
おいおい、何で覚えてるの?しかも日記に書かないでくれ・・・
と・・・・。
最初のエピソードせある。
たまに街中で見かける。
子供からお年寄りまで幅広く挨拶し、声を掛ける神様。
不思議と神様に声を掛けられる人々は全員笑顔になってる。
さすが神様!
そして数ヵ月後この神様と再会し、永い付き合いになることはこの時点では想像すらしてなかった。
町の子供たち
夕方になると西日が鮮やに光を放ち、ゆっくりゆっくりと沈んでいく。
「朝日町」商店街から線路の向こうに沈んでいく。
商店街の建物も、道路も、歩く人も、自動車も全部がオレンジ色に染まる。
当時この町にはローカル線が走っていた。
当然駅もあった。
JR山野線 薩摩大口駅
国鉄からやがて民営化になり、赤字路線の為廃止された。
「朝日町」は駅の裏側にあった。
商店街の入り口には、踏切が有り、私の記憶の中では蒸気機関車の姿も見かけていた。
その踏切の向こう側に沈む夕日を見ることが出来た。
今日一日の終わりを知らせてくれる瞬間だった。
何処からとも無く、商店街には色んな匂いがしてくる。
各家庭の夕げの匂いだ・・・
そこら中で遊んでた子供達が次第に家路に向かう。
誰が声を掛けるでもなく、誰が呼びに来るのでもなく・・・
商店街がオレンジに染まる瞬間と夕げの匂いが子供達の体内時計となる。
「じゃあ、又明日!」 「バイバイ!」
顔は日焼けし、額は汗で光る子供達は、遊びきった満足顔で帰っていく。
岐路の途中、近所の仕事帰りのおじさんや、雑貨屋のおばさん、
「早ぉ~帰って風呂に入れよ~」 「今日はあんたん家はカレーみたいよ」
と、家族同然の風景が当たり前だった。
そんな町は今は既に無くなってしまった・・・
南国の北海道と言われて・・・
鹿児島県最北端に位置する田舎町。
米作りが主な産業。
商店街の周囲には田んぼが広がる。
私が小学生の頃は、真冬になると毎日のように20センチほどの雪が積もり、気温はマイナス10℃位まで下がる。
いつの日か「鹿児島の北海道」として言われる様になった。
家の軒下には氷柱が下がり、道路は凍結・・・。
逆に夏場は、盆地のせいか風が吹かないのでかなりの猛暑に見まわれる。
町は、老舗の商店が立ち並ぶメインストリートが一直線に位置する。
そして私が育った「朝日町」はメインストリートから北方向にあった。
「朝日町」は国道447沿いに連なり通りには、警察署、食堂、電気屋、雑貨屋等立ち並び、一応生活に不自由しない物は揃っていた。
ここの一角で父と母、年子の妹の4人家族で生活していた。
父は近くの会社に勤め、母は専業主婦。
ここ「朝日町」の人々は人情味溢れ、温かい人で賑わってた。
誰もが近所の子供達の父であり、母であり、おじいちゃん、おばあちゃんであった。
そんな思い出に残る育ててくれた町が最近では、シャッター街に変わってしまった。
時代の流れには逆らえない・・・