オールウェイズ・朝日町の夕日 -43ページ目

腐れ縁の友人M

小学生の頃から、今日までメールや酒を飲み交わす友人が居る。

この男も又、別な意味で変わり者と称される。


中学に入りクラスも異なり部活も別だった為、疎遠状態だった。

性格的には、引込思案でおとなしく、目立たない。

暗い印象がある。


中学2年の時は、いわゆる非行集団と称されるグループに居た。

一方私は、別なグループの連中とつるんでた。

とは言っても、M自体はやはり目立たなく、裏での喫煙、万引き、制服の乱れ、深夜徘徊は頻繁だった。

何故あんなに変わってしまったんだろう・・・。


卒業し、同じ高校に進んだ。

専攻の科は違ったが、毎朝の通学の汽車は同席していた。

しかし、目立たない・・・

一度先輩が、


「M君って、お前と仲良いだろ?どんな奴なの?つかめない奴だよな~」


と、先輩までもが、君付けで呼ぶ。あせる


彼女が出来、帰る汽車の時間帯が変わった私に、


「最近一緒に帰れんなァ~。女とばっかり会わずにたまには一緒に帰ろうや~!誰か彼女の友達を紹介してよ~!」


よしっ!わかった!


早速私の彼女に相談した。

翌日、朝汽車の中で報告した。


「冗談、冗談。俺は彼女は要らない!断ってくれ!」


との事。

周囲の友達も徐々に彼女が出来始めた。

ある日、Mが


「皆、彼女が出来て羨ましか~汗


と、言い始めた。


「お前も作れよ!紹介すっど!」


「うんにゃ、いらん。ジョーク」


どっちやねん・・・


最近彼女の出来た友人Bに、


「良かね~。もうHした?右手とはおさらばだね・・・。俺は暫くはこの右手にお世話になるよ!それに俺が彼女を作ると、右子ちゃんがヤキモチ焼くからな~。」


と、言い始める始末・・・得意げ

周囲は気を使い、デートの事はMの前では口に出さなかった。


高校2年の冬に事件が起こる!

バレンタインの日の事。

いつもの様に汽車を降り、改札口に向かってた時、Mと同じクラスの奴が呼び止めた。


「これ預り物なんだけど、受け取って!」


と、本命の純粋なチョコだった。

その瞬間うぃ見てた我々は、絶句した。


「うそ~、理想のチョコの貰い方じゃね~?」


羨ましかった・・・・。

顔も知らない人からのチョコ。

そして更に全員が絶句した。

預ってきた友人に対し、


「余計な事するな!何でこんな事するの?いらん、いらん!」


と、激怒し去った。


「誰から?」


と聞くと、


「俺も顔も名前も知らないんだけど、俺の彼女の友達らしい」


後に、Mが激怒した理由がわかった。

Mの被害妄想だった・・・


彼女も出来ない俺に、皆が仕組んだワナだ!本気にさせて後で俺を馬鹿にする気だ!


と、思ってたらしい。


後に事実が判明。

こっそりと相手の女を聞きに行ったらしい・・・しょぼん

Mは自宅に持ち帰ったチョコをこっそりと食べて至福に浸った。

それを本人の口から聞いたのは、20年後の事だった。


知らない人から見たら、根暗のイメージのM。

でも、海外のロックをこよなく愛するM。

振る舞いは、ナイーブだが、心の中はハードでヘビーなM。


未だに謎の多い男として、近寄りがたい存在と、周囲は語る。

中学KID

入学前から目立つ者を先輩がイビリリストに入れる風習があった。


小学6年生の3学期の卒業間近にどこから間もなくお達しが回ってくる。


「○○は先輩に入学間も無く引っ張られる」


と、囁かれる。

そんな時は時間が経つのも早いあせる


中学校の入学式。

3年生が在校生という事で参加してる。

新入生が会場に入場する時、その真ん中を通って行かなくてはならない。

うつむき足元に目線を置き、なるべく誰とも目を合わさない様に進む。

式の最後に、在校生から新入生に対するメッセージがあった。

互いが起立し、向かい合う・・・。

チラッと見ると、先輩達の突き刺さる様な目線が痛く感じる。


「ウァ~、こっち見てる。」


と、心の声。


難なく式を終え、クラスごとに分かれる。

クラスメートは、同じ小学校の者が多いが、知らない顔もチラホラ。

大口、牛尾、大口東小学校の連中がこれから三年間共にする。

一通り終わって、下校タイム。

門の近くに3年生が大勢座り込み、新入生の品評会みたく観察している。


「おい!お前何組?制服の襟のホックまでちゃんとしろ!」とか「帽子を深く被るのは生意気なんじゃない?」

とかチクリチクリとイビリが始まる。

息が止まりそうな位緊張し、ビビりまくった。汗


翌日の初登校。

教室に着くなり、今日は、2年生の洗礼を浴びる。

用事も無いのに、1年生の教室前を行ったり来たり。


入学して間もない頃、牛尾小出身のNと言う奴が上級生から呼ばれた。


「1年の分際で、その制服の襟の高さは何?少し丈も長いんじゃない?靴だって他の奴とは違うし・・。ナメてるんじゃない?」


と、言われた。

大口中学校は、男子は坊主頭が原則。靴もジャガーシグマが指定されてた。

しかし、N宅は兄弟が多く、経済的な理由で、若干年の離れた兄貴のお下がりを着用していた為仕方なかった。

でもその理屈は先輩には通用せず、先輩達の制裁に耐えた。

上級生に兄弟が居る奴は、順風満帆な日々を過ごす事の出来る特権があった。

自然に、仲間も自分が長男の奴ばかりが集まるようになった。


部活の勧誘も様々だった。

○○部に入れば、先輩に引っ張られなくて済む!とのうたい文句まであった。

実際やりたい部活を断念して、仕方なしに自衛の為他の部活に入った者も多かった。


下校中も先輩を見ると大きな声で、


チャー!(こんにちは)


サー! (さよなら)


シター!(ありがとう)


を連呼しなければ、翌日は地獄だった。


坊主頭は当時の教育委員会の決まり事。

指定の制服は、矛盾だらけ。今となると、学校と、業者の癒着とも考える。

先輩のイビリは、退屈な先輩のおもちゃとして通る道かな~?

独特の挨拶は伝統なんでしょう。


自由な今、何て窮屈な中学時代だったんだ~得意げ

伝統は守るのも使命。


自分の子供がいよいよその時期に迫ってくる。

心配でたまらないガーン


大口の熱血ラグビー馬鹿物語 Part6

大分行きの日。

早朝6時、集合場所にメンバーと保護者が集まる。

監督と御好意で車を出してくださった保護者に感謝しつつ4台のワンボックスカーで一路大分県中津江村に出発!


予算不足の為、一般道を北上する。

走ること3時間半に現地に到着する。

子供達は興奮状態だ!

選手の中には、小学校の頃からサッカー経験者の少なくない。

だから、ここが日韓サッカー・ワールドカップ出場のカメルーンチームが合宿し、宿泊してた事を知っていた。

同じピッチでプレイし、寝食出来る事に感激したのは言うまでも無い。


到着後、間もなく開会式に備え、持参のお弁当を食べる。

九州各地から色んなチームが集まり始める。

駐車場は、他県ナンバーやバスで満車になる。

鮮やかな色のユニフォーム姿の少年ラガーマンが移動をはじめる。


500人からなる少年ラガーマンが整列する姿は、逞しく感じる。

開会式では、有名な中津江村前村長の開会の話等が続く。


全2面のコートで行われる。

2試合目に出る。

既に1試合目が行われてるピッチの横でウォーミングアップを始めた。

柔軟のストレッチやテーピング等・・・。

天気が悪くなってくる。

小雨から本降りに変わり、監督からの支持で、体を冷やさぬ様に言われ、雨宿りしながらの1試合目の見学。


雨が止まぬまま、試合の集合がかかった。

初戦の相手は、長崎県代表チーム。

試合開始のホイッスルが響く。

我がチームの選手達の悪いくせがいきなり出始める。


緊張で体が動かない、指示の声が耳に入らない・・・


前半戦、2トライ差でハーフタイムを迎えた。

水分補給をしながら監督の支持を聞き入る。


「よし!これまで普段してきた事だけやろう!」


と、伝え後半戦のピッチに送り出す。

後半5分過ぎ、又もトライされた。

しかし、徐々に動きが普段通りに戻ってきた。

パス回しも順調。

しかし相手のディフェンスに阻まれチャンスを逃す。


後半20分頃、怪我人が出た!

どうやら骨折の可能性があるとの事で、急遽最寄の町の病院へ向かう。

選手交代をし、残り10分間を得点を与えずノーサイド。


びしょ濡れの選手達を宿舎に先導し、シャワーで暖めるようにする。

サポート役の保護者は、洗濯する物を回収し、コインランドリーに走る。

各自の宿泊する部屋の部屋割りが監督から言い渡される。

全部で3室が与えられた。


休憩し、監督の部屋に呼ばれ、今日の反省と明日の支持が言い渡される。

個々に対しても注意が伝えられる。

一時間位のミーティングが終了し、夕食会場に全員で行く。

長旅といきなりの雨の中での試合で、疲労困憊で食欲が無い者と、食欲旺盛な者とに大きくわかれる。


「ここは、山奥だからコンビにも無いので、夜中にお腹が空いても何も無いのでちゃんと食っとけ」


と、監督。

食事中に、試合で怪我した選手が、治療を終え戻ってきた。

手首の骨折との診断。

本人の希望で、最終まで残り、出来る範囲のサポートをしたいとの申し出があった。



後は自由行動となる。

修学旅行気分でワイワイ、ガヤガヤと夜更けまで起きてた者と、普段の生活通りに就寝する者と居る。

監督は、別の宿泊施設に居る保護者の方々に怪我人の報告と、挨拶を兼ねて出向く。


監督の脳裏には心配事があった。

ギリギリの人員で出場してたので、試合できるかどうかだ・・・・


いつものプラス志向で、


「何とかなる」


と、思ってたに違いない。


             続く