真マロン白書 -17ページ目

真マロン白書

男が魅せるジャニヲタ道 人はみんな笑うけど そこに彼らがいる限り 語る言葉はすべて真 






おそらく多くの人が昨日のSMAPを見て違和感を感じたことだろう。



いろいろな意見があると思うが結論から言うとSMAPは5人揃って事務所を出て行くべきだった。


これは別ブログでも書いたんだけど、SMAPはもはや事務所にいる必要がないぐらい仕事をした。


飯島さんが出て行くならSMAPも出て行くべきだ。


自分はキムタクを尊敬しているが今回だけは彼が悪い。


それともっと悪いのはメリーさん。


 

このおばあちゃん


以前この人のことをブログで書いたことがある。


週刊文春に載ったメリーさんの記事について思ったこと


これ書いたのが丁度一年前だったんだけど


おおむねこの時書いたことが当たったってことになる。


まぁひとつ言えるのは今回の件でジャニーズ事務所は『衰退のスイッチ』を押したように思う。


これでジャニーさんが他界したらその時は一気に芸能界のイニシアチブを失うだろう。


結局最後はタレントだとか楽曲だとかアイドルだとかファンだとか、そういう領域じゃない部分が物事を決めた。


テレビのことあんまりよくわかってない90歳のばあちゃんが無理やり正しいことをねじ曲げた。


独立を目指した4人も決して悪いことをしようとしたわけじゃない。


むしろ


『もっと良いものを作りたい』って思ったんじゃないかな?


それとね。


オレはSMAPファンも悪いと思う。


最後まで彼らを商品として見たからだ。


飯島さんが出て行くとき独立を考えた4人はもしかしたらはじめて『人として生きる』ってことを意識したんじゃないかな。


やっと自分の好きなことができると思った。


でも、結局今までみたいにSMAPという名の牢獄に入れられるハメに。


この残留が原因で彼らの目から光が消えないことを心から願う。




マロン





朝起きたらビビった。



『SMAP解散』って書いてあった。


まぁSMAP解散も驚いたけど、飯島さんがジェイ・ドリームの役員辞めたってことの方がビックリした。


去年の12月に噂は聞いてたけどホントだったんだね。


キスマイがカウコンに参加したのもその辺りが理由だったんだ。


先に結論から書いてしまうと


飯島さんが事務所辞める理由って


キスマイが飛ばなかったからじゃないかな?


でもね。


キスマイには責任ないで。


彼らは飯島さんの戦略に従っただけのこと。


元々こんなくだらない格差やそこから派生した舞祭組や玉がセンターってのも受け入れてなかったもんな。


大体、玉がセンターで何ができるんだ?


彼はかっこいいだけで無能だからな。


後ろに下げとけば良かったのに。


そうすれば勝手にファンが後ろにいる玉を応援できた。


ってか、それより


『藤北持って来い!』って思う。




もう今さら遅いかもしれないけど、もっとできるんだよこの二人は。



中居正広プロデュースの舞祭組もどうすんだろうな。


そもそもアルバム出るんか。


そしたら版権どうすんだろう。


だって中居くん事務所抜けるんでしょ?


もうジェイ・ドリームの人間じゃないし。


オレマジでムカついてるんは


結局キスマイは飯島さんのモルモットにされたわけっしょ?



めちゃくちゃCD出したのも、くだらない演出も、無理やりなイベントも、去年の名古屋魂追加も。


すべて飯島さんがジュリー会派に自分の手腕を見せつけたかっただけなんじゃねーのか?


それが2015年でキスマイの結果が芳しくなかったから『やーめた』ってなった。


…ってかさ


ふざけんじゃねーぞっ!!!!!




どんだけキスマイを馬鹿にしとる!!


どれだけのファンが消えたと思っとる!!


どれだけのカネが消えたと思っとるんじゃ!!!!!


テメーの手柄のためにどれだけの人間が肩を落として背を向けていったと思っとる!!!


古臭い戦略ぶち込みやがって!!!


テメーの戦略なんて最初から当たるわけねーだろーが!!



いまは昭和じゃねーんだよ!



CDなんて売れないんだよ!


かっこいいだけじゃダメなんだよ!


不細工でもダメなんだよ!


キスマイのキスマイたる所以はな!


小さくて純粋で凝縮されたダイヤみたいなもんじゃー!!!!



『見つけたやつの勝ち』って値打ちがあるものをガバガバにしやがって!!


クズみたいに価値を下げやがって!



これからのキスマイをどうするつもりなんだ!!!



自分は辞めるから『しーらない』ってか?




めちゃくちゃするだけしてどっか行くってふざけてんのか!!!



…ってか




キスマイよ、これからどうすんだ。




キレイ事抜きでどうすんだ。


仕事今年はいろいろと変わるぞ。


やり方も


見せ方も


絡みも


もう今までみたいに誰もお膳立てしてくれん。


マジシャンに手伝ってもらうつまんねー番組もなくなるぞ。


キスブサもどうなるんだ?



しらんけど。




ヲタの人たちがどういうことをブログやツイで語るかは知らないけど





一番向かい風に当たるのはキスマイで間違いない。




でも


チャンスとも言える。



トークやダンス・歌唱力が本物ならばテレビの世界で生き残っていける。



JUMPはそうやって2013年から一年間泥臭い仕事をやってきた。



次は君たちがそれを魅せる番だ。



実力があるところを見せてくれ。



ひさびさにこっちでブログ書いた。



たぶん、もう書かないから許してちょ(笑)



んじゃ









マロン



遅ればせながら


あけましておめでとうございます。


今年ものんびりとやっていきますのでよろしくです。


ひさしぶりのアメブロ更新なので現状と合わせていろいろ思うところを書いていこうかなと。



えーっと


別ブログは昨日辺りからぼちぼちと描いていて。


新しい移転先はアメーバではなく『はてなブログ』で書いてる。


元々別ブログもそっちで書いてたんだけど『はてな』はブロガーさんのレベルも高度で読み応えのあるものが多い。


自分のブログスタンスと近いものも多数あったのでそっちへ行くことにした。


移転にあたってものすごくたくさんの連絡をいただいた。


でも


そのほとんどに返信してない。


これには理由があって『教える』ってことは


教えた人に対してこちら側に責任が発生するってこと。


これが割りとネックで。


書く側が読者さんに対してすることじゃない気がして。(意味わかる?)


もちろんいつも読んでくれてることには感謝してるんだけど、それが書くことの足かせになるのは結構困るかなーって。


だからもし読みたい人がいたら自身で探してみてね。


昨日開設したばかりなので現時点では検索項目には当然挙がって来ない。(※『マロン白書』ってネームはそのままだけどね)


まぁしばらくは読めないと思う。


今まではアメーバのブログ検索で『マロン白書』と入れればヒットしたかもしれないけど、今回はちょっとむずかしいかもしれない。


今は『はてなブログ』で新しい読者さんつながりをしているトコ。


おもしろい記事挙げてる人はジャニーズ関係なく絡むのも悪くない。


いろいろな記事を読みながら世界観を広げていこうと思う。


今まで自分はジャニごとに固執しすぎた。


だから読み手の方も『ジャ二関連記事』として読んでたと思うわけ。


そうなると『ジャニヲタマロン』としてのスタンスで記事を描かなくちゃならん。


例えば『今のキスマイはもう終わってる』って書いたとする。


キス友さん相手なら当然読んでておもしろくない。


それより『キスマイカッコいい♪』って書いたほうが喜ばれる。


また『昔、田舎のトイレでヤッたときの話』を書いたとする。


これもキス友さん相手だと


書くに書けない。


それより『みんなで仲良くおでかけしました♪』と書いたほうが喜ばれる。


これってどういう意味かわかる?


例えば『パン買ってきて』って頼んでおいて


相手から『どんなパンが良い?』って聞かれる。


そこで『何でもいい』って答えた。


んで


相手がジャムパン買ってきたら『えー焼きそばパンが良かったわ』って言ってるのと同じ。


『目に見えないリクエスト』ってのがあるわけよ。


みんな今回の移転にあたって『好きなことを描けばいい』と言った。


んじゃもしオレが『ムカついた人ランキングやったらどうする?』って聞いたら『それはダメ』って言う。


もちろんそんなこと書きはしないが、結局読み手がそこを制御してんだよね。


昨年、オレが読んでて一番面白かったブログは『朝一にオナラした』ってヲタさんが書いた記事。


しかもそれがブログ開設の最初の記事…。


『自分のオナラで目が覚めた』ってのが悶絶級に笑った。


この人の昔の記事はホントにおもしろかった。


今は『読者さんありき』みたいな記事になってて、役割を果たしてる感じ。


なんていうか。


もったいない。


結局これも『目に見えないリクエスト』に答えてる気がしてね。


周りはどうしてなんにもサポートせんのかな?って思う。



まぁそれはそれだ。


とりあえず


自分にとってジャニごとはひとつの趣味であって先には立ってない。



まず『オレありき』。



ジャニごとはオレより前に出たらダメ。



『後ろにいろ』って思う。


書きたいことがジャニ関連なんじゃなくて『自分が描くブログにジャニ関連の記事がある』ってこと。


今もおもしろいジャニ関連ブログに読者登録してんだけど


『はてな』はレベル高い(古参)ヲタも多いから


どうせまたケンカになるだろう。


でも

そこもガンガンにぶつかってみようと思う。




自分の持ってるジャニヲタ観が結果としてどう思われるのかも知りたいし。


今回を期にもしかしたらマロン白書の読者じゃなくなる人もいるかもしれない。


その人にはお礼を言っとく。


今まで読んでくれてありがとう。


変なことばっかり書いてたけどよく我慢して読んでくれたと思う。


自分はこれからも、ジャニーズ関連含めていろいろなことをブログで書いていく。


せっかく身につけた文字を描く感性をムダにしたくない。


感性は時として劣化してサビることもある。


だからもっと研ぎ澄まして最後はカタチにして終わりたい。



とりあえず、次。



頑張ってやっていく。




P.S

年賀状出すの遅れたんで迷惑年賀になってすみませんw








マロン



元々11、12月はブログ・オーサリングともに休む予定だった。


なかなかそう簡単に休むわけにいかずここまで引っ張った。


とりあえず今日からしばらくお休み♪


特にオーサリングは積極的に休止していこう。


ブログは書く事がきっと出てくるだろうから空き時間にでも書いていこう。


『真・マロン白書』も年内で閉鎖する予定。


新しい移転先についてはLINEもしくはメッセージにて問い合わせてもらえればいいかなと思う。


お世話になっている方々はこちらから連絡させてもらうので、その方たちは特に何もしなくてもいい。


今回の移転理由はいつもと同じように『書きたいことが書けなくなったから』。


ブログ運営で自分が一番大事にしていることは自分らしくいられるかどうかで。


ここしばらく下書き状態の記事が増えてることから『書けない状態』が出てきてるのかなと。


大きな理由のひとつとしては今現在自分が取り組んでることが面白すぎて


ジャニ事にそこまで熱くなれないことがある。


元来自分にとってジャニ事はキス友さんと絡むことがメインで。


オーサリングなどはその一環として存在していた。


どう伝わるかわかんないけどオーサリングをしていない自分がブログでジャニ事を叫ぶのは気が引ける。


でもブログは描きたい。


であれば仕切りなおした方が気兼ねなくやれるかなと。


仮に読みたい人がいた場合、先にそこを理解されて来られているわけだからこちらも描くことに遠慮がいらないわけだ。


もちろんジャニ事に関しても書くんだけど、オーサリングを控えている間は描くことも少しだけにしておきたい。


提供者としてのスタンスがあってこそ自由に叫べるわけで、そのバランスを欠いた場合ただ文句を言ってるやつみたいになるからね。











自分はこの3年半ものすごくたくさんのことに取り組んだ。


いっぱいいろんな人に会ったし、たくさんの感動をもらった。


たぶん自分はこの環境でがんばったと思う。


3年前


大阪ではじめてキス会やった。


まだジャニーズがどんなものかもわかってなかったし、女性ばかりの場所でどういう立ち振舞いをするのか手さぐりだった時だ。


たくさんの人から感謝の言葉をいただいて。


うれしさもあったけど、どこか心の中で『これでいいのかな』ってのがあった。


そんな時にブログかどこかでミニョンさんから『マロンさんがまだどんな人かわからないのでこれから見ていきたい』みたいなことを読んだか言われたか聞いたかってのがあってね。(ミニョンさんは忘れてるかもしれないけどw)


唯一自分を芯まで見ようとした人がいて


感激した反面、すごく身が引き締まったのを覚えている。


実はこの3年間ずっとその言葉が胸にあって。


きっと始めの頃は多くの人がこの『マロン』という人間を理解不能だと思っただろうし、当の自分も『なんでこんな必死なんだろ』って思ってた。


たくさんの会話や出来事があったけど、強烈に思い出すのはやっぱりミニョンさんのこの言葉。


ヲタごとやる中で自分がしっかりと責任持つこともそのなんでもない一言からだった。


おかげで


男性という立場もさることながら、発言や行動もすべて『自分は見られている』ということが意識できた。


翌年の春


大阪のキス友さんとモメた。


原因はいろいろあるけど、おそらく自分の行動が気に入らなかったんだと思う。


『マロンさんに会ってみたい』


全国にいるまだ見ぬその方たちに自分は興味があった。


グループ意識がみんな強かったから、自分のやろうとしたオフ会に対して消極的だったのは事実だ。


結局理解は得られず『マロン排除』と相成った。


今まで仲間だと思っていた人がクローン人間のように背を向けて行く様を見た。


『オンナの結託』をはじめて体感した。


ホントは『もうちょっとマロンさんと絡みたい』って人もきっといただろう。


でも


この『仲良しごっこ』に付き合わなければ、自分がマロンのように『排除される対象』になるかもしれない。


ゴタゴタはごめんだとばかりにみんな口裏を合わせるように去っていった。


大阪空港の近くにあるレストランで、これからどうしようかと考えていたとき。


ひとりの女性からLINEが来た


『今度何人かでごはん行きましょか』


…ミニョンさんからだった。


最初のキス会メンバーは全員背を向けた中、この人は結託に加担しなかった。


もしこの人に背を向けられてたら


オレはその時点でジャニ事やめてたと思う。


そのときに『わたしは絡みたい人とだけ絡む』という名言をオレに発した。


当時はこの『絡みたい人とだけ絡む』という意味がまだ自分にはわかっていなかったけど、今はすごくよくわかる。


ジャニ事は楽しんでナンボ。


ではどうすれば楽しくなるのか。


それは自分が楽しいと思うことを伸び伸びやることだ。


誰かの顔色を伺いながらやる趣味なんてその時点で破綻してる。


よってそこに『自分が想う自分だけの自担』がしっかりと存在していなければならない。


きっとそれは自慢してもいいぐらいのスケールで。


それを同担さんにぶつける(共感する)ぐらいの想いがあって丁度いい。


そこを遠慮すると『絡みたい人』も他人に決められてしまう。


もしあの時


オレが逆の立場だったとしても、ミニョンさんと同じ答えを出していたと思う。


群れることは決してダメとは言わないが、それによって自分らしさを失うのであれば本末転倒だ。


この一件以来、自分は他人にあわせるブログを書かなくなった。


それとキス友さんとモメなくなった。


だって


誰のためでもなく自分が楽しいと思うことを追求しているわけだから他人にとやかく言われる筋合いはない。


まぁいい。


さて


そこから翌年は『寝る時間が完全に無くなる』ほどいそがしくなっていき、頑張った成果も相成ってたくさんの人と知り合うこともできた。


その一方で


連日身を削る日々は続いた。


一番キツかったのは『一人でやってる』ということ。


数十万規模のスケールを一人で担う重圧が孤独感へと誘(いざな)った。


常にブランク(録画落とし)との戦いで、一人でどうしたらいいかわからないこともあった。


その年で一番の変化はなんといってもキスマイ以外のグループを知れたことだ。


特にジュニアを知れたことが大きい。


安井担の人とも今年の夏にオフ会やってすごく楽しかった。


そこでとある人と出会った。


事前にLINEでは絡んでいたんだけど、もちろんその時が初会いで印象としては先述したミニョンさんに近い雰囲気を感じた。


そのこともオフ会の時、本人に伝えたのを覚えている。


この人のブログが人気なのは自担をしっかりと見ていることだ。


これもどう伝わるかわからないけどヲタごとに関しては自担しか見てないところがいい。


ぶっちゃけ周りなんてどうだっていいのかなって思う。


こういうのをオレは『雑音』って呼んでる。


まぁそうなると今書いてるコレも雑音になるけど(笑)


短い文章だから許してちょw


一週間ほど前に時間があったのでこの人の過去記事を読みに行ってみた。


ホントに良く書けてることに驚かされた。


一番驚かされるのは迎合していないことだ。


人にもたれかからず、他人に依存せず、自分の言葉で見たままを資料と共に描く。


自分と自担の間に人を介在させないそのスタンスは見事としかいいようがない。


周りはどう思ってるのかわかんないけど、この人は仙人みたいに山奥でのんびりとマイペースにやりたい人なんじゃないかな。


自分はもうこの人とのつきあい方は決めてある。


そっと見守る。←コレ


浪速のモーツアルトことキダ・タロー先生が『どれだけ素晴らしいメロディーも、自分が望まなければ雑音に聴こえる』と話してたんだけど、そういうことの意味が最近はよくわかる。


『仲間同士で楽しくやるのがいい』ってのが必ずしも素晴らしいメロディーとは限らない。


マロン白書も人によってはきっと雑音になるだろうし、他では聴けないメロディーが故に受け入れがたい。


ウソを書かないって決めてやってきたけど、イコールそれが正解とはならんのも事実だ。


『読んで嫌な思いをするのならば、読まなきゃ良い』と人は言うけど、そんなスルースキルのが高い読者が果たしてどれだけいるのだろうか。


であれば選択肢はひとつ。


引っ越した先でのんびり書く。


今度はもしかしたら見つけにくくなるかもしれないけど、連絡もらったらなんとかするからね。


ただし、記事内容には文句言わないでねw


んじゃ、良いお年を。











マロン




サービス業をナナメから見るといろいろわかることがある。


最初に当たり前のことを書いてしまうと『サービス=お金』という概念だ。


例えば


舞台や演劇などにお金を支払った場合、その対価として『感動』というサービスを受けることができる。


決して綺麗な表現ではないけど『感動をお金で買う』ということになる。


お金を出す側は当然の権利として実はそのことを主張していかなければならない。


提供者側はその期待に応える責任がお金をもらった時点で発生する。



…まぁ


こんな風に描くとあまりにも露骨すぎて綺麗には聞こえない。


だが、たまにこれとは逆のことがあるのでそこら辺を描くと多少納得してもらえるかもしれない。


『お金を払ってるのにイヤな思いをする』←コレ


提供者側の管理不足や不注意でお金をもらっているのにも関わらず、相手方に迷惑をかける場合がある。


これは具体的にどんなことかというと


例えば、先日『餃子の王将』で昼メシを食べていたら天津飯に髪の毛が入っていた。


店員さんに言ったら新しいものとすぐに交換してくれた。


取り替える際に作った人が一緒に謝りに来た。


全然気にしてなかったんだけどめちゃくちゃ謝られた。


きっと人によっては『激怒』する。


仮にここで怒るやつがいてもその客は基本悪くない。


なぜならば


お金を払っているのにイヤな気持ちにさせられたからだ。



つまりこれがサービスの基本概念。


提供者側は常に『どうすればお金を出す人が喜んでもらえるか』を考える。


そして『もっとお金を出す人を増やしたい』と思うようになる。


ところが


これらがすでに通じなくなってきていることにお気づきだろうか。


時代が進みこの『サービスの概念』も新たな局面を迎えつつある。


先述した『感動をお金で買う』という行為はそのほとんどが


巨大産業に牛耳られた。


その結果多くの人がたった数百円程度でもサービスを受けられるようになったのだ。


巨大産業はその膨大な資金力で肥大し


同じフィールドで戦っていた小規模産業をどんどん飲み込んだ。


その肥大ぶりは世界レベルに達し、果てしないグローバリゼーションへと加速する。


便利というのがもはや当たり前になり、徹底したマニュアル化とコストパフォ-マンスはもはや一般人が一朝一夕で到達できる次元ではなくなった。


便利さが加速すると失うものも当然出てくる。


ひとつは


『風情』が無くなった。



例えばお正月にはおせち料理があった。


三賀日に休みを積極的に取るため日持ちする料理を選りすぐったのが起源。


ところが今やどこへ行っても年中無休で。


比例するようにおせち料理を作る家庭も減っていく。


こうした現象から人が起こす行動もフラット化していき正解がどこかぼやけてしまうわけだ。


かくいう自分もその『ぼやけた状態』で苦しんだことがある。


3年前に商店街へ広告注文を取るためのセールスをかけた。


ところが全く結果が出ず。


その原因を『媒体そのものが弱い』と決めつけていた。


その分析自体はあながち間違っておらず、商店街の広告に集客効果があるなんて考えられないわけだ。


それでも連日あきらめずにセールスをかけた。


そんなとき


乾物屋のじいさんに衝撃的なことを言われた。


『あんたが言っとることはウソが多い』と。


閉店間際に訪れた先で言われた衝撃的な一言。


自宅に帰ってからもその言葉がずっと脳裏にあった。


数日後その言葉の意味を知る。


オレは良いことだけを口にしていた。


乾物屋のじいさんはそれこそ海千山千の人物で。


自分が説明する『ありきたりなセールストーク』なんてもう何回もいろんなトコから聞いていた。


便利で安いものがありふれてる世の中でセールスなんてのはほとんどいらない。


そこでやり方を変えてみた。


またしても乾物屋に行って今度は『数字が足らないので仕事ください』とバカみたいなことを言ってやった。


半分ヤケクソである。


そしたらじいさんは笑いながら『広告の原価をいくらまで抑えられるか』と聞いてきた。


一瞬マジかと思ったけど嬉しかった。

でも


原価聞かれた時思わずウソが出そうになった。


利益を考えるとある程度『乘せ原価』を言うのはビジネスの通例である。


でも


このじいさんにウソ言ってもバレる。(たぶん)


結局ホントの事を話した。


そしたらトントン拍子に仕事もらうことができた。



この出来事からものすごく大きなことを自分は学んだ。


それは


オレが相手にあわせるのではなく先方がオレにあわせてくれたことだ。


ウソや小手先だけでどうにかしようとした当時の自分はそれが見透かされ誰からも相手にされなかった。


もっと言うと


誰もついて来なかった。



人についていけるかどうかは本当のことをちゃんと言ってるかどうかが重要というのがわかった。


非力な人間にとっての最大の武器は『真実を話すこと』(重要)


相手のためにいくらあわせてウソを並べてもそれはいつか見抜かれるということだ。


ところがなぜセールスでウソを並べることが常習化していたのか?


それは巨大産業を見習おうとした風潮があったからだ。


『大きな組織がやってることは結果を出しているから正しいに決まってる』←コレ


でも


そこに落とし穴がある。


非力な人間が巨大産業のマネをしても結果など出やしない。


ちなみにこの『あわせる』ってのは、よくブログなんかでは『迎合』という言葉を使っている。


描く側が相手にあわせる記事を『迎合ブログ』とオレは呼んでいる。


これは巨大産業が提供しているサービスによく似ている。


読者は『あわせてくれる記事』をサラリと読む。


実はどうでもいいんだけど『あわせてくれるから』ということで取り持つ関係性。


描いてる側は『あわせる記事』を書きすぎていつの日か


『あわせてもらう記事』を書けなくなってしまう。


この『あわせてもらう記事』ってのは吐き捨てたような記事で。


つまりウンコみたいな記事。


老廃物だらけで汚いもんだから読めたもんじゃない。


もちろん人気なんて出やしない。


でも


そこにこそ非力な人間が目指すべき『真実を話すこと』ってのがある。











先日、関ジャニ仕分けの特番があってそこに森恵さんが出てた。



決勝戦まで勝ち進んでた


彼女のファンになってもう3年になる。


自宅にはサインも山ほどある。


神戸のグッゲンハイム邸でのギルド社限定タオルにもサインしてもらった



歌唱力があるかどうかは歌を聴いてもらえばいいかなと。


説明するより聴いてもらえばわかる。


森恵さんは音楽業界に元来ある『利権主義』に背を向けている人物で。


あえてイバラの道を選んだ。


んで路上シンガーへ。


普通のアーティストは売れるために歌う。


でも


彼女は『誰のためにも歌わない』という特殊なアーティストだ。


つまり


聴く側が彼女にあわせなければならない。


路上の場合だと足を止める必要があるし、ライブでも『CD買ってください』なんて一切言わない。


一見すると『なんでわざわざ』と思われるかもしれないが、そこにはものすごく大きな意味がある。


それは


『良い歌を聴き分けるチカラ』ってやつだ。


売れるかどうかなんて実はどうだってよくて。


ホントに良いものがわかるかどうかを試されているわけだ。


たぶん彼女は最後まで歌に関しては『あわせる行動』をとらないだろう。


でも


だからこそついて行こうとする人は少なからずいる。


どこ行っても『あわせてくれる』便利な世の中で。


ここは不便で誰もなんもしてくれないロクでもない世界だ。


劣悪な環境やこちら側があわせなければならない状況は決して心地よくない。


でも、自分で決めてそこにいるわけだから誰にも文句言われなくて済む。


森恵さんが示したことはオレの中にもしっかりとあって。


『型にはまらない』ってこと。


付き合いの長い人はもはや慣れてるかもしれないけど、表現において自分は人にあわせることは絶対にしない。


自分は非力な人間。


であればできることはただひとつ。





自分らしく進むのみだ。







マロン




いつも変態ブログ描いてる友人の記事が削除された。




通報だとか利用規約違反だとかが原因らしい。


お世辞にもおしゃれでカッコいいブログとはいえないがオレはこの人のブログが好きだ。


狂ってる感じが伝わってくるのが見ていて楽しい。


昨今のキスマイ関連ブログに共通している礼儀正しさや遠慮のようなものが微塵も感じられないのがとにかく素晴らしい。


ところがどこかの誰かが一部記事を通報したらしく消されていたのだ。


こうした現象について思うことを少し綴っていきたい。


自分もブログでたまにおかしなネタを書くことがある。


キスマイやジャニ関連とは全く逸脱した記事だ。


それこそ恋愛ネタからそこに繋がる深い性について描くこともある。


こうしたブログを描いた反響は実におもしろい結果がいつも出る。


それは


イイねは少ないがアクセス数が一時的にものすごく高くなるのだ。


また個別に連絡がきて続きを切望する声も多くいただく。


この現象は一体どういう意味があるのか。


それは良い意見のみが一般的になり、悪い意見は排除されることを表している。


少し前まで意見とは『良いこと悪いこと』が一般的だった。


つまり『ひとくくり』だったわけだ。


そこから『悪いこと』は排除されて良いことだけが一般的と位置付けされ出した。


この現象がもたらす功罪は意外と大きく、良いことしか言えない世の中へとシフトしていってる。


この『悪いことイコールダメ』とする発想は実のところ大きなリスクを孕(はら)んでいる。


なぜならば


現実は『悪いこと』で溢れているからだ。



俗世間を生きれば悪いことが多く目に付く。


そこから悪いことを知り本当に良いことも見えてくる。


例えば


若い頃にいっぱい悪さしたやつが社会に出た時、それまで培ったことが逆にブレーキとなる。


逆に真面目に育った人間が大人になってから覚えた悪行は、免疫がほぼ無いのでずっと抜けないで染み付いてしまう。


真実はこうなのに


誰もが礼儀正しく見せようとする。


高度情報化社会において平等に自分の意見を発信することができるようになった中で、耳にするのは礼儀正しくて精錬されたもののみなんてウソに決まっとる。


そもそもどうだろ。


『良いことしかない』なんてホントにあるのかな?


例えば自分の場合


結構たくさんのヲタ友さんと会ったけどロクでもない人多かったぞ。


でも、そうでなくちゃならん。


共通してるのは病み率がハンパなく高い。


中にはそれを悟られないようにしてるけど結構バレバレで。


どう思われるかはしらんけど、その時はもっと悪いこと知った方がいいんじゃないかなって思った。


先述した友人の記事削除もきっと『悪いことがわからないヲタさん』がやったんだと思う。


通報が良いことだと思ったんだろう。


でもそれはね。


実は破壊行為であって悪いことなんだよ。


良いことしか知らないから、破壊も良いことだと思う。


つまり




間違ってるってことだ。







先日ヤフーニュースのコメント欄で『この記事自体が利用規約に違反してる!』って吠えてるやつがいた。


どう見ても普通の記事だったんだけど『違反だ!』とか『削除だ!』って声高に叫んでた。


こうなってくると『気に入らなければすべて規約違反』ってことになってくるわけで。



なーんも喋っちゃならんって世の中になってくる。


んで


そういうこと言ってる本人になんか喋らせてみると


全然おもしろくなかったりする。←コレある


ってことはさ


やっぱ根底にあるのは恨みとか憎しみ、妬みとか嫉みだったりするのかな?



オレ結構世の中みんな楽しくて明るい人間ばかりかと思ってたけど、ジャニヲタやり出してからいろいろ見方変わった気がする。


なんていうか性根がネジ曲がってる人って意外と多いんだね。


親知らず(歯)とか抜くとき苦労しそう
(いみわからん)


良いことを盾にして自分を守ってるんかな?


それって結構迷惑やで。


だって


良いこと悪いことが一般的だと思ってる人にしてみれば、悪いことも普通のことなんだもん。


もちろんそういうやつって


そんなのにあわせるだけのユーモアもないんだろうなぁ。


世の中悪いことだらけなのはガチで変わんないんだよ。


これからも良いことが守られてドンドン強くなるだろう。


でも


そんなこと続けて行った先はどうなると思う?



おそらく最後は薄っぺらい考え方のみになるだろうな。



どんな表現も認めないし、ちょっとでも横道に逸れた意見をすべて断罪。



気がつけば


ずーっと守られてきた良いことのみの考え方が、破壊行為を繰り返すことだろう。



オレはこれからも悪いことをいっぱい描いていく。





ホントに良いことは悪いことの先にあるのだから。











マロン




先日キス友さん宛に届いたとあるメッセージを見せてもらった。



そこには痛烈なまでの批判が展開されていた。


内容としては『このブログは自分が読みたいことが書かれていない』とのことで。


わざわざ長文で送ってくる時点で頭がおかしいのはわかるのだが、送られてきた筆者にしてみればたまったものではない。


『もしマロンさんならどうしますか?』


とのことだったので


『もちろんブログで紹介して全力で叩き潰す』と回答させてもらった。


この手のネタは自分にしてみれば専売特許みたいな分野なので、読み手もきっとおもしろいと思ってくれることだろう。


ただ、副次的に『スルーする』という選択肢もある。


相手にしないことで無価値化させるのだ。


こうした個人的なメッセージの大半は『退屈で寂しくて自分の存在を誰も知ってくれない』という言い換えれば『かまってちゃん女子』である場合が多い。


よって、かまわないことが一番相手にダメージを与えられる。


自分の場合は全力で叩き潰しに行くので『かまってほしい』どころの騒ぎでは無くなってくる。


数ヶ月前『鬼マロン白書』に送られてきた批判メッセージ。


どの文言か不明だがその人には気に入らなかったみたいだ。


通常ならば『読み手のセンスが欠落している』『イヤなら読まなきゃ良い』という一般的な言葉を並べるのだが、それだと見方を変えれば『逃げている』ともなるわけで。


ここは敢えて別の表現を使うとする。


ひとつは批判する者はそこに対案が必要だということ忘れてはいけない。


つまり


先述した批判メッセや自分宛てに来たメッセに共通しているのは『文言に対する批判のみ』であること。


対案が含まれていない。


難しい表現をしたのでここもわかりやすく解説すると


少し前に『なぜ安井担は設計図が書けない?』とブログで描いたことがあった。


単純にこの文言だけを掻い摘めば幾通りにも捉えることができる。


否定することも簡単だし、マロンが安井担を馬鹿にしているようにも読み取れる。


『設計図書けない』という文言のみを『違う』とか『その通り』とか騒ぐのは造作もないこと。


でも対案がない。


文言だけに注目する(させる)から対案まで出てこない。


ちなみにコレ


敢えて提言を送らせてもらった。


自分は今でも安井担の皆さんと絡んでいるんだけど、少し前になんで安井担はブログを積極的に書かないのか不思議でしょうがなかった。


だって他のジュニア担の人やもちろん自分のまわりにいるキスマイ担の人はバリバリにブログで愛を叫び倒してる。


ところがなんでか安井担さんはトップ意外は積極的に叫ばない。


そこで思ったのはもしかしたら叫ばないのではなく『叫べない』のではないかと。


そんな中、ある記事を読んで『ん?』ってなった。


それは書かされた記事だ。


迎合ブログは見たことあるけど、逆迎合ブログみたいな記事を読んだのははじめてで。


普通に良い記事だったけど、経緯を深読みした時そこになんともいえないものを感じた。


まぁ遠慮ってのは誰にでもある。


もちろんオレにもある(あんまりない)


人の顔色を伺いすぎて言いたいことが言えなくなってる状況はいささか問題だ。


なにがどうあれ自分は今でも安井担の味方だというのを忘れないでもらいたい。


この50日間、猛烈に頑張れたのはみなさんが好きだからだということを。


『設計図書けない』の提言について対案があるとすれば、それはもはや言葉なんかじゃない。


もっと精神的なもの。


オレが某トップブロガーさんのブログにのみ『いいね』を付けていることがひとつのヒントだ。


自担を追いかけるというのは、自担を追いかけるということ。(なんだそりゃ)


極論、別になんだって良い。


肩のチカラを抜いて自由にヲタ活動をしてほしい。


離れるのもくっつくのも自由だ。



問題はブログを書くにあたって書いている内容を対案なしに否定するのはダメだってこと。



マロン白書は100点満点でいえば10点ぐらいのブログだと思ってる。


まぁつまりロクでもないブログってことだ。


みんないい記事書いてるけど大体MAXで80点ぐらいだと思うんだ。


なぜならば『書きたいことが書けない』って状況が読者を意識してしまうがゆえに常に頭にあるからね。


もちろんそれも正解だ。


読者を失うこと描いたらいかんもんな。


まぁだから自分は誰も取れないその10点を取りに行くことにした。



んで毒ブログ。



もしこの対案があるとすれば



もはや言葉程度のものではどうにも比率が合わない(意味不明)



例えるなら


川で砂金を取って金のネックレスを作るようなもんだ。



先述した批判メッセ。


送り主が批判するとすれば


まずは自身がブログを書く必要性が出てくる。


しかも


その某玉担さん以上もしくは、多くの人が納得する視点で描いていかなければならん。


つまり相当な人格を求められるわけだ。


普通に好きということを批判したわけだから、狙うは自分と同じような視点で描くしかないわけで。


まぁ毒ブログ書くの相当気合いないと無理だけど。


仮にその人が描いた記事があるとしたら読んでみたい。


それが彼女にとっての理想のブログだもんね。


もちろん意見なんてしない。


読むだけ。


触発されることがあれば逆に嬉しいし読者登録もするだろう。


その人にとっての大切な環境だから、騒がずに見守っておく。


批判メッセを送られるのは頭にくるけど、その方が誰かに触発されて自分の環境を見出してくれればそれが一番最善だと思う。


きっと誰にでも理想のブログはあるだろう。


それがあるとすれば筆者ひとりだけ。


自分もマロン白書を大事にここまで育ててきた。


まだホントの意味での理想には届いていないけど、目指していきたい。


この記事がすべてのブロガーさんに届けば嬉しく思う。








マロン




いつも聞かれることがある。



『なぜ男性なのにジャニ事やってんすか?』



2012年の某ドラマ以降自分としては『この場所』に固執する必要はなかった。


でも残留した。


そこからなんだかんだと3年以上もここにいるわけで。


普通に茶の間でテレビ見ながら文句言う程度で関わるならまだしも、最前線を走り続けてきた。


ハッキリ言って傍から見たら『おかしい』と思われてしかるべきだ。


ちなみに


男性がこの場所に存在するには『役割』が必須だと思っている。


ただ単に『ファンです』というのはそれこそゲイと勘違いされるし。(いまだに言われることある)


至ってノーマルな男性なのにそうなると次に思われるのは『なにか違う目的でもあるのか?』ってなる。


これも答えは『ノー』である。


目的は実のところなんもなかったりする。



ジャニ事やるまでは普通に飲み仲間と遊んだり、バイク乗ったり、オンゲーやったり、ゴルフやったり。


これまた至って普通の趣味となるわけで。


となると


その理由はもはや周りからしたら全くわからない。


実はこの根幹にあるのは自分の昔から培ってきた理念が元になっている。


それは『逆』の発想。



多くの人は


はじめに正しいことをしようと努力する。


ところが


正しいことを目指した結果悪いことに繋がることがある。


またラクをしようとしているのに結果しんどいことになる場合もある。


幸せになりたいのに不幸せになることも。


自分もはじめは『幸せになりたい』って思った。


でも


幸せってのが不幸せの先にあることがわかってから、不幸せを目指すようになった。


よくこれもブログ記事で書いてることで、キス友さんからも聞かれるんだけど。


『意味わからん』って言われるw


うーん。


例えるなら『食べること』がわかりやすいかな。


食べ物をおいしく食べるにはどうすればいいか。


それは空腹であること。


空腹であることは不幸せなことになる。


でも


空腹であればあるほど食事がおいしくなる。


つまり


これが幸せと不幸せの関係性で。


こんなのをドンドン広げていくとすべてを逆にする選択肢が結局は一番いいんじゃないかなってなった。



例えば


自分のよく知るキス友さんで旦那さんにジャニ事猛反対されてる人がいる。


数年前にMiNT魂参戦を『離婚かけて臨んだ』と描いてある記事読んで、男性がジャニーズを見る視点みたいなものを垣間見た気がした。


男性はジャニ事を理解せず、上記のように反対する人もいる。


それが普通の考えで男性側のラクな選択だ。


ところがその結果、キス友さんは泣きながら常にツラい想いをしなければならない。


男性側は正しい選択をしているようで、それが結果的に失敗につながっているわけだ。


自分はもちろんその逆を選択。


大賛成である。


ただ『賛成』となると趣味の領域に踏み込むことにもなるのでそこは配慮するようにしている。


実際マロンはキスマイ関連がメインで、JUMPは映像でチェックするのみ。


このあたりは自分の中でジュニア管轄にとても似ている。


男性にとってジャニーズはどこか忌み嫌うところがある。


よって『興味が無い』『どうでもいい』となるのが普通で、本来そこへ積極的に介在していくことはとても難しい選択だ。


しかしそこを凌駕した時、実はいろいろな楽しい出来事が待っていた。


こうした行動から新しい価値観が生まれ、そこからとても重要な希少性に繋がることもある。


実際ジャニ関連のオーサリングは国内でも自分だけがやってると思う。


多くの人は素材にのみ注目するのだが、そこに至るまでの経緯や歴史は自分の強い理念から成り立っている。


ここにもいろいろな気づきがあって。


少し前に横浜のキス友さんとLINEしているとき『素材が欲しくて絡んでるわけじゃないよ』と言われた。


自分は役割ありきでここまで突き進んできた。


その背景には『男性だから』というレッテルがとても強かった。


でも


長い友人関係の中で、自分の存在がなんとか素材を越えた気がした。


素材はモノであってそこだけを見ればいつか意味を成さなくなるだろう。


素材を通じて人と関わる理由が生まれ、最後にきちんとした友人関係になることにこそ本当の意味がある。


だからその一言はすごく嬉しかった。


多くのヲタさんは友人関係を築く上で、仲良くしようと必死で相手に合わせようとする。


失礼のないように相手に笑顔を振りまく。


もちろんそれが女性特有のものから来ているのはわかるが、実際殆どの人はそれが続かずに離れていく。


マロンは男性だから女性の気持ちがわからないとか『オンナの世界』がわかってないと言われる。


ところがあながちそうでもない。


自分のような特殊な立ち位置だとすごくたくさんの体験談を聞くことがある。


特に人間関係についてはいっぱい相談を受ける。


連日に渡り実にさまざまな『揉め事』を耳にする。


自分のように『うるさい人間』なら揉め事も当たり前かと思うが、仲良くしてる人が普通に揉めているのはなぜか。


そもそも


『仲良くなる』という目的を達成するための


手順が違う。


仲良くならないことを優先した方がいい。(ここ重要)





つまりケンカだ。





相手にキライと言えれば、絶対的に仲良くなれる。


失言を連発しても愛を持って臨めば、最後にはなんだかんだと仲良くなれる。


好きでもないのに好きなフリしたら余計キライになるよ。


自分はあるときからブログでわざと嫌われようとした。


不思議な事にそこから好かれるようになった。(しらんけど)


正確にはブログが読まれるようになった。


すべては『逆』


それが自分の理念。



もうちょっと掘り下げておもしろいこと書きたかったけど眠いから終わり。



この続きはまたの機会に。



いつも変な記事ばっかり書いてるな。







マロン




少し前に藤ヶ谷太輔のトーク力を褒めたことがある。



たしかキス友さんとLINEしてた時だったと思う。


『魁!音楽の時間』で曲紹介のフリを西内まりあちゃんがムチャぶりしてガヤさんが事故るシーンだ。



なぜかウインクしてた


んで、こっぱみじんに事故る


なぜこれが褒めることができるシーンだったのかというと


『わざとらしくなかったから』だ。


実はずっと前から思ってることなんだけど


キスマイのしゃべる内容はどこか統率されてる気がしてならない。


新曲が出て番組出演となっても


大体おんなじこと言ってる。


チョロっと尾びれ背びれを付ける程度でも中身は大体おんなじ。


オリジナリティとかそういうのが全くない。


もちろんハプニングも無し。


視聴者はなんのインパクトも感じない。


唯一喜ぶのはファンだけ。


いや


もはやファンもそのことに飽きつつある。



よく『キスマイファンはキスマイしか知らない』と聞く。


担降り先がキスマイだった人ならまだしも、新規の人は他グループを知らない。


マロンは映像を介してよく他グループのトーク力を分析するのだが。



JUMPのトーク力はすごいレベルに達しているよ。



『JUMPing CAR ~テントDE座談会』での一幕


グループを育む意識が強く、個人としての意見もハッキリと言っている。


JUMPはここ2年で異常なレベルで成長した。


事務所が膨張させて人気があるように見せてるのではなく、実力としてここまで持ってきた感がある。


よってこのグループは既存の若手デビュー組の中ではダントツだと言えよう。


事務所が2014年に手がけたキスマイのプロモは最低だった。


実力より知名度を優先した結果が招いた悲劇である。


結果的にその年に地方公演で自力を養ってきた彼らに


あっという間に抜かれた格好となる。


こう描くといつもの『JUMP>キスマイ』となりそうなのでちょっとだけ違うことも言っておくと。


JUMPの人気はあくまで『現時点で』という含みがある。


アイドルは年をとった時その真価が問われる。


特にJUMPのようにアイドル性が高いグループは年を取った時どのようにそれをカバーするかがこれからの課題となりそう。


まぁいい。


そんなのはオレがどうこう言って変わるもんでもないし。














最近よく思うことがある。


いつも自担を褒めてる人って『誰のために褒めてんのかな』って。


ってか


そんな毎回褒めることってあるのかな。


もしこれが恋愛とかなら結構しんどい。


毎日好き好き言われてるのとおんなじなわけだもんなぁ。


それにファンが好きって言うのはもはや当たり前だし。


ユニクロの店員さんがユニクロの服着てるのに似てる。


オレがあまり彼らを褒めようと思わないのは発言が曇るからだ。


この『曇る』ってのが結構大事。


例えば


毎回マロンがキスマイのことボロカス書いてるとして。(例えになっとらんけど)


読者さんも読んでいて気持ちのいいものではないし、なんなら頭にくるかもしれない。


でも、いいところがあったときそれを記事で褒めたら?


読み手はそれを甘んじて受け入れられる。


『ほ、褒めたっ!』ってなる。


それに


そのほうがホントにいいところが伝わる。


うそくさくない。


毎回褒めてると、ホントに良いと心から思ったことが曇る気がするんだ。


だからダメなところを書いてあげるのも愛情なんじゃないかなと思う今日このごろ。


まぁ


自分の意見は『ひとつの考え』にすぎない。


人によって意見はバラバラだし。


良いと思うポイントもバラバラだ。


自分は先述した『ムチャぶりされた藤ヶ谷太輔』がすごく良かった。


キスマイの7人はグループとしての機能性がかなり鈍ってきてる。


よって


『グループという母体』が運動不足のような状態になって、メンバーがシラケてるような場面もチラホラ目に付く。


このムチャぶりのシーンの中で藤ヶ谷は周りに積極的に話しかけていた。


こうした行動は普段MCで北山がやっているそれとはまた別の『異色な光景』である。



この2秒後に事故る藤ヶ谷太輔


実際グループの硬直状態を打破するには、やはりメンバー同士が自らの意志で掛け合いを挑まなければ先へ進めない。


キスマイのメンバー内でそれが一番できるのは藤ヶ谷なんじゃないだろうか。


北山だとメンバー間の微妙な距離もあるだろう。


そういえば


『キスマイがつまらない』と感じたのは藤ヶ谷が話さなくなったときからだった。



攻める藤ヶ谷は圧倒的におもしろい




なんとなくキスマイの課題も見えたので自分としてはこの『魁!』でのワンシーンはすごく収穫になった。








マロン




昔は毎日ブログを書いていた。



多い日は3本とか挙げてたこともある。


読者さんもいつの日かそのことに慣れて当たり前になってた。


今現在は本当に多忙を極めてなかなか更新できていないのが実情だ。


ではそれが昔と比べてブログの価値が低下したのかどうかだが。


むしろ上がっているような気がする。


一日3本上げているときはすごくブログのアクセスを気にしてた。


たまにいそがしくて1本しか挙げられなかったときがあって。


そうすると


次の日のアクセス数は目も当てられないほどの低下ぶりを見せた。


『量産すること』にチカラをかけすぎた結果、実はまったく内容のないブログを描いていた。



そこから動画をやり出してブログの状況がものすごく変化した。


特に変わったのはその内容で。


時間が限られていたから本当に書きたいことを描くようになった。


毒ブログがどうとかより書きたいことが結果的にそうなった感じ。


ジャニ友さんとの関わり方も大きく変化して。


それまでは結構頻繁にLINEしてたけど、あまり絡まなくなった。



本当にいそがしくてLINEできなかった。



動画は好調だったけどそれと引き換えに『時間とジャニ友さんの距離』を犠牲にしたような感覚だった。


でも


不思議な事があって。




あまり更新していないブログのアクセス数はメキメキと上がってた。


ブログを挙げた日はものすごく上昇して。


ほとんど誰とも絡まない多忙な生活で状況がわかっていなかったんだけど


たまに地上に上がった時は驚くほど人気が出てた。


相当自分は『もの珍しい存在』になってたみたいだ。


あれから動画辞めた今でもその価値はほとんど変わっていない。





かねてからジャニ事での人間関係をうまく続けるために重要なのはその距離感と思っている。


この考え方は『減点交際』に起因する。


減点交際とは出会った(知り合った)最初が100点でそこから関係を深めることで徐々に点数が下がってくるものを差す。


よって


頻繁に絡めば絡むほど減点され劣化していく。


本当に気の合う人間以外は間違いなくどこかで事故る可能性が高い。


逆に最初はそこまで好きではなかったり、警戒していた人物ほど意外と長く続いたりするものだ。(加点交際)


これらの発想はジャニ事以前の経験から来ているものもあるが、ここまでやってきて『この法則』は間違いなく当てはまった。


動画をやり始めてから今のオーサリングに至るまで言えることが一つある。


それは


この場所に執着していないこと。


他にやりたいこともたくさんあるし、チャレンジしたい事も案外と多い。


今も結構いそがしかったりしてるw(昨日はいっぱい寝たけど)


だからこそジャニ事は楽しめる趣味であって排他的な作業のようにはしたくない。


ただ


そうした多忙な人間だからこそ、その一撃は大きく。



なんとなく威厳があるように思う。




これは自分の話ではないのだが、とあるブロガーさんはあまり更新をしない。


しかし更新した時の一撃がものすごい。


会ったこともあるのだが実に誇り高い人物だった。


もしかしたら自分だけかもしれないけど、どこか近づきにくい存在で。


そこが孤高の人にしている気がする。


いそがしい人はあまり表に出てこない。


このブロガーさんもそんな感じ。


限られた時間の中でヲタ活動されている。


実際は重要なパーソンだけになかなか周りが手放してくれないのだが、おそらくこのブロガーは何もされたくないんじゃないかと思う。



強烈な威厳と誇りをそこに感じた。



こうした立ち位置はすべての人に言えるのではないが、ものすごく学ぶことが多い。


すべては目線の高さ。


相手に目線を合わせた昔の自分は、しんどいブログを描くハメになった。


相手にかまっていられなくなってからは、逆に周りが助けてくれるようになった。


この活動をいつまで続けるかはわかんない。


でも、最後まで威厳と誇りを持ってやっていきたい。



まぁ



まだやめないけどw









マロン