第3章 新たな夢への旅立ち (1)
7月29日待ちに待った安全装備品が東京から送られてきた。早速安全装備品を鬼平Ⅱに装備し海保職員の池田氏に確認してもらい出港準備に取り掛かる。天候はすこぶるよく、今のうちに出来るだけ内地に近づいておくのがよいと考え、急いで出航することにした。
思わぬ長居をしてしまった。8月に入ると低気圧が発生しやすくなるので急がなくては。顔見知りになった仲間達には29日正午には出航すると伝え、その晩ささやかな送別の宴を催したので、とりあえずの名残りはない。そうこうしているうちにポツリポツリと見送りの人たちが集まり始めた。私たちを苦しめた海保の連中まで見送りに来ている、信ちゃん、渡辺さん、菅野さん、別れがたい人たちばかりである。藤次郎さん!「ここは一丁かっこよく離岸しようじゃないか」ということで、それは見事にやってのけた。藤次郎氏があれほどてきぱきとこなしたのは後にも先にもこの時だけではないかと思う。「お世話になりました、たくさんの思いでありがとうございました、今度、来るときは安全装備など万全で来ます!そのときは海保の皆さん一杯やりましょう!」「ご無事の航海を!」こんなやり取りがあり、ながーい「汽笛一声」下田への帰航の途につく。
13時00分小笠原二見港の外に出てメインセル、続いてジブセールを張る。しばらく父島を右舷に見ながら嫁島を目指し進路をとることにした。ふと振り返ると二見港の入り口近くにある展望台、三日月山の頂上から鏡の反射を利用した信号らしき光がきらきらと鬼平Ⅱに向け発射されているではないか。
藤次郎さん「あれ何かな」「もしかしたら信ちゃんからの合図かもしれないよ」そのきらきら信号は鬼平Ⅱが島影に隠れるまで続いた。なんていい奴等なんだろう、思わず目頭が熱くなってきた。
14時17分いよいよ父島ともお別れである。申し分ない風、6ノットは出ている。思い出にふけるのはほんのひと時で、すぐに現実の自然との闘いになる。そんな時、後方より大型のクルーザーが急接近してきた、見るとアッパーデッキで、トムさんが手を振っている人がいるではないか。
「オーイ!元気でなー!無事に帰れよー!」「お世話になりました、また来ますねー!」大勢の若いダイバーを引き連れ、こんなところまで見送りに来てくれたのだ、感激することこの上ない、5分ほど併走し、名残尽きぬまま、反転父島二見港の方向に去って行った。
トムさんたちが小さな点になるまで遠ざかって行くのをじっと見つめている自分と、あのペンダントをしっかり握り締めている自分がそこにあった、これからの長い航海の無事をペンダントに託すのと、トムさんたちが与えてくれた沢山の思い出を大切に持って帰るのだと言う決意が自然と現れ、しばらく我に返るのを忘れていた。




