第1章 藍の向こうの碧い海へ宣侯 (4-1)
7月13日8時45分神湊港出航。八丈島を右舷に見て、一路八丈の最南端、小岩戸ヶ鼻をめざす。面白いことに八丈島では岬のことを鼻と呼んでいるようである、丸みのある鼻もあれば、海に突き出ているような鼻もあり、さまざまであり興味深い。ちなみに三宅島では鼻という表現は一切しないで岬と表現している。島によって呼び名が違う、いつの時代からなぜ鼻と表現するようになったのか知りたいものである。
9時29分八丈島を船尾方向に認めつつ、青ヶ島へと針路をとる、八丈島を離れる際、八丈小島と八丈島の間を流れる潮流の吹き出しが、かなり強く、船が東の方に流されていくのが分かる。何とか八丈小島からの吹き出しを交わし、青ヶ島の方向に進路を取るが、今度は青ヶ島の方向から八丈小島のほうに流れる幅の広い逆潮流につかまる。
この流れはかなり手強く、船を青ヶ島に近づけようとするとかなり時間をロスする。無理して青ヶ島を狙うべきか、潮流に出来るだけ逆らわないような進路をとるか、結団する時が来た。これは大きな意味を持つ。すなわち、仮に青ヶ島を狙わない場合、その後ベヨネーズ列岩、須美寿島、鳥島などへの針路から大幅に離れ、遠望することさえできないような地点を通過することになる。
大きな決断であるが、無理をせず安全第一を優先した場合、一刻も早く小笠原に着くのが最善と判断し、青ヶ島は狙わないことにした。
青ヶ島を右舷に見ながら進路を小笠原に取り、しばらくすると今まで藍色をしていた海面が突然鮮やかなマリンブルーに変色する海域に遭遇する。それはあたかも線を引いたような状態で、ここからは藍色、ここからはマリンブルーと言うように、混ざることがなく色分けされている。その藍色とマリンブルーのせめぎあう線上を鬼平が横切る。鬼平が横切ることにより藍色とマリンブルーが混ざってしまい、神聖な領域を怪我してしまうのではないかと言う恐れと、混ざった後はどんな色になってしまうのか、パレットに絵の具を混ぜた情景を思い出し、そんな興味の両方が綯交ぜになった気持ちで、船尾からその情景を恐る恐る見ると、なんと少しも混濁することなく、今まで通りの藍色とマリンブルーにきちっと色分けされた海面が延々と続いている光景を目にした。
藍色は北海道の方から流れてくる寒流の親潮、マリンブルーは沖縄や奄美大島の方から流れて来る暖流の黒潮かと思われる、今年はまだ親潮の流れが強く、この時期になっても、八丈島沖まで南下を続けており、丁度青ヶ島沖で、すれ違っている状態なのかもしれない。ともかくまぶしいほどに美しい。
寒流域から暖流域に入ると気のせいか、空気が幾分軽くなったような感じがし、その分船足も軽くなったような気がする。空を見上げると積乱雲がなんとも言えずきれいに見える。もくもくと雲が形成されていく過程が手に取るように分かる。マリンブルーの海が真っ青な空にそのまま溶け込んでいき、その中に真っ白な積乱雲が漂っている。そのコントラストが絵もいえないほど美しい。
18時40分、太陽が水平線に沈む。夜がが来るという不安と目の前に広がる荘厳な景色。しばし吾を忘れてしまう時がそこにはある。空を真っ赤に染め、今しも太陽が沈む。なんという美しさであろう。雄大な夕日をバックに風と波が奏でる音、どんなにすばらしいオーケストラでもこのシチュエーションでの演奏にはかなわないであろう。そして陽が沈む一瞬の輝き、寂しさはあるが、あの心にしみる余韻はまだ続いている。


