第1章 藍の向こうの碧い海へ宣侯 (2-2)
11時36分阿古港沖に到着。本来の計画では、今日は三宅島に一泊、明日八丈島に一泊と言った予定であったが、余りにも早く阿古港沖に到着したので、このまま八丈島まで足を伸ばし、八丈島で2泊した方が得策だと思われ、急遽予定を変更し、このまま八丈島、神湊港を狙う。20時頃には八丈島神湊港沖に到着する予定である。
三宅島阿古港沖は潮流が激しいところで難所のひとつである。阿古港を左舷に見ながら、徐々に三宅島を離れ、次のウエイポイント御蔵島を目指し、そこから一気に八丈島神湊港を狙う予定であったが、阿古港沖の潮流が激しく、不規則な波が絶え間なく打ち付けてくる。
また御蔵島を狙うにはあまりにも風向が真正面過ぎ、このコースを維持し続けるのは困難な状況と判断される。ここにきて始めて船長としての決断を下す機会が来た。
御蔵島への接近をあきらめ直接八丈島神湊港を狙うコースに変更する。このコースだと御蔵島をはるか沖合い、右舷に見ながら、通過することになる。今回の旅では伊豆諸島全ての島を巡り、各々の島の形状やら現況をつぶさに見て来ようと言う計画であったが早くも挫折である。但し帰りの航海で立ち寄ると言うことも考えられるので、あまり深く考えないことにした。
三宅島沖5海里を過ぎても御蔵島から東に流れる、幅の広い、川のような潮流に阻まれ、帆走だけでは遅々と進まない。機帆走にする。それでも4ノットを保つのがやっとの状態である。このような潮流との戦いが御蔵島をかわすまで続いた。御蔵島は丁度おわんを伏せたような形で人口260人、周囲16キロメートルほどの小さな島で、海の際まで断崖がそそり立ち、人が近づくのをかたくなに拒んでいるような形の島である。
14時56分御蔵島潮流海域を抜ける。南東の風10~15ノット、船首15度の方向から入る。心地よい風、船速は5.5ノット、GPSで神湊港への進路を微調整しながら順調に帆走していく。この分だと19時頃には神湊港沖に到着するのではないかと思われる。接岸したら一風呂浴びて今日の汗を流し、美味い酒でも酌み交わし、今日の航海の無事とこれからの航海について話をしようなどと思いながら走り続ける。
八丈島神湊港にあと一息と言うところで日没。日没地点と神湊港までの距離を測ると、まだ15海里ほどの距離があり、平均5,5ノットで走っても、後3時間位、21時頃の到着になる。一風呂浴びて、美味い酒でも飲もうかといった甘い考えがはかなく消えていった。初めての港に夜、入港するのはとても危険である。出来れば避けたい。選択肢としては「危険を犯して入港する」「神湊港沖で朝まで待機する」「このまま小笠原を狙う」の3案が考えられる。ともかく神湊港の近くまで行って、どの案を採用するか決めることにした。
八丈島にだいぶ接近したと思われる地点で、船と思しき光を発見、気が抜けない状態がしばらく続く。相手の舷灯を見ると、同じ方向に向かっているようである、レーダーと望遠鏡で確認したところ、どうも漁船のようである。
3年前、夜間大王崎沖で伊良子水道に入る商船群の真っ只中に入り込み、もう少しで衝突しそうになり、あわや間一髪で避けたと言う経験をした。あの恐ろしい情景が目に浮かぶ、そういえばあの時も藤次郎氏が一緒であった。
あの経験のお陰で、今回はあわてずゆっくり相手の船の動きを見ていることが出来た。それまで併走していた漁船が八丈島に近付く直前、急にわれわれの船の前を横切るような進路をとりはじめた。ちょっと肝を冷やしたが、何とか冷静に交わすことが出来た。遠くに過ぎ去っていく舷灯、危険な相手ではあるが、この真っ暗な海の真っ只中で唯一生きているということを共有できる相手でもあり、ちょっとさびしい気持ちがする。独りぼっちになっちゃったと言うような気持ちである。
最初に取り付いたのは多分、八丈島の北西端の大越鼻灯台付近だと思われる。暗闇の中、目を凝らすとなんとなく陸地らしい影がみえる。家の明かりもぽつぽつ確認できる。あまり近づかないように陸地らしきものと平行になるよう進路をとり、ゆっくり神湊港をめざす。神湊港に近づくにつれ、明かりの数が多くなり、家の明かりか、定置網の明かりか分からなくなってくる。ともかくGPSとレーダーの情報を信じて、操船するしかない。
当初の予定よりだいぶ遅れたが、22時10分GPS上では神湊港沖に到着した。できれば入港して体を休めたい。危険を覚悟で、ともかく入港しようと言うことになり、帆を降ろし、入港の準備を始める。
暗闇の中での作業。これも初めての経験。風上に船首を向け帆を降ろし始める。暗礁に乗り上げるのではないか、船が近づいてくるのではないかと気が気でない。これらの入港準備は全て藤次郎氏が受け持ち、私はひたすら操船に専念する。ふたりの息がぴったりあっていないと出来ることではない。藤次郎氏のてきぱきとした動きが、暗闇の入港に不安を覚えていた私に勇気を与えてくれる。
入港準備が終了すると、今度はGPSで神湊港周辺を最大限に拡大して、港の入り口を探す。幸いなことに波は穏やかで、風もそれ程強くない、藤次郎氏が船首に立ち、ワッチをする。GPSで船の位置を確認し、藤次郎氏は船の直前、直下の状況を確認しつつ、船の進む方向を決めていく。何とか入港口を見つけ、デッドスローで港の中に滑り込む。港の中は明かりがあり、何の苦労もなく接岸できそうである。23時00分接岸、感無量である。



