第2章 太古の匂いが今も残る島 (1)
接岸後しばらくするとヨットが入港したと言うことで、人がぽつぽつ集まり始めた。その中にひと際いかめしい顔をした人がいた。この人との出会いがあったから長い漂流生活ができたといっても過言ではない。彼の苗字は定かではないが、島にいる間中、我々は信ちゃん、信ちゃんと呼んでいた。
その信ちゃんと最初に交わした言葉が、「何処から来たの?」「ここに係留したいんだが、どこに届けを出したらよいのか」であった、彼は海上保安庁がすぐ近くにあるからそこに届けるのが一番だと教えてくれた。え!海上保安庁。ちょっとそれは拙いなーととっさに思ったが、背に腹は変えられない。たかが3日間の係留だから届けを出すだけでよいのではと安易に考え、彼の車で海上保安庁に出向いたものである。
海上保安庁の保安官は我々を見るなり「やー遠くから良くやってきましたねー」きわめて良好な応対である。「係留に関する届け出は役所の方にすればよいです」との返事。これはしめたと思いきや、「後で船を見せてください」ときた。その瞬間「ひそかに恐れていたことが現実になった。もうこれは観念せざるを得ない」後悔とどのように言い抜けようかと言う思いが頭の中を駆け巡った。
と言うのも、船には「この船はここまでの範囲内までなら行って良い、これ以上超えたところには行ってはいけません」と言った航海区域免許があり、鬼平Ⅱは沿海免許しか所得していない。その免許では小笠原には行ってはいけないのである。小笠原に行くには近海免許が必要になる。従って明らかに違反をして小笠原に来たことになる、それでもまだその段階ではたかをくくっており、まあ、注意程度のお小言をもらう程度で許してくれるものと思っていた。ところがあにはからんやで、とてもそんなことでは済まないことになった。
今までうきうきしていた気持ちが急に萎えてしまい、例の信ちゃんに 「海上保安庁の保安官が後で船を検査に来る、我々の船は沿海仕様の免許しかとっていない」と話すと「そりゃまずいな、ここの海上保安庁は暇だからしつこいよ!」「この前こんな船が入ってきて、これこれの処罰を受けた」などこと細かく話してくれた、覚悟をしなければという思いが一層強くなる。
そうこうしているうちに保安官が二人来て、「船検証を見せてください、船の中も見せてください」ときた。一人の保安官が不審な積荷はないかと船室をチェックしている一方もうひとりが船検証をじっと見て「ウオ―!」「この船、沿海仕様でここまで来ているよー!」万事休すである。ここから2週間にわたる漂流生活が始まる。
ここまで無事にきたのだから帰りも無事に帰れるので、今回は見逃してほしい旨を懇請しても、「安全装備品が不足しており、船検証も沿海仕様の船と知ってしまった以上、それを見逃すわけには行かない、全てが装備されるまでここを動いてはいけない」ときついお達しが来た。この段階で、英雄から一気に被疑者扱いとなる。結果として、安全装備品の不備な船をそのまま帰すわけには行かない、安全装備品をきちっと装備して、近海使用の船検をとらなければ「ここから一歩も外へ出てはまかりならぬ」と言う訳である。また船長には「船舶安全操船違反」という罰則も与えられると言うことである。
どんな刑罰が科せられるのかそれとなく、係りの保安官に尋ねてみることにした。そのときのやり取りがまた面白い。「私の船舶安全操船違反を交通違反に照らした場合どのくらいの刑罰になるのですか」「80km/hのところを120km/h位で走行した程度の違反になるのでしょうか」と聞いたところ、「いやいや鬼平さんの場合は80km/hのところを400km/h位で走ったのと同じくらいの罰になりますよ」との返事が来た、万事休すである。自分が軽い気持ちでやってしまったことが、いかに大きな代償を科せられるのか、いまさらながら思い知ったしだいである。
