水薙鳥の翔ぶ碧い海へ -16ページ目

第2章 太古の匂いが今も残る島 (5)


何日ぶりかに家族や会社に連絡を入れる。思えば家族との連絡は、父島に接岸し、この快挙を家族にも分かち合えたらと思い、心弾む声で「無事付いたよ!」と連絡して以来になる。多分今頃、小笠原で美味しいものを食べ、藤次郎氏と、のうのうと過ごしているものと思っているのではないか、まさかこんなことになっているなど、予想だにしていないことと思われる。



藤次郎氏と相談の上、心配をかけないように、単に帰りの予定がずれ、8月3日頃になる旨を伝えることにしようということになった。最初に私が連絡を取ることになり、連絡したところ、「なぜ1週間以上も予定が遅れるの?会社の方は大丈夫なの?」と言う返事がすかさず帰ってきた、「特に理由はないが、、、、、、実は小笠原海上保安庁に拿捕されちゃったんだ」「え!拿捕、それな~に、拿捕、ふ~ん」「今、牢屋なの!!」なんで牢屋なんだよと思いつつ「ちがうよ、自由に歩き回っているよ、安全装備品を取り寄せ、航行区域免許を変更しないと出航できないんだよ、」思わず自由に歩き回っているなどと弁解している自分がそこにいた。最初の話とはだいぶ内容が違う方にずれ始めた、立て直そうと思ったがずるずる引き込まれてしまう。



さらに追い討ちをかけるように「それわかっていて小笠原に行ったんでしょう」「そうなんだ、確信犯だったがここまで厳しいとは思わなかったんだよ」拿捕なんて過激な言葉を使わなければ良かったという思いがびしびし感じられる会話がしばらく続き、それでもさすがは船乗りの女房「こちらは大丈夫だから心配しないで」と言う会話で電話が切れた。結局最初の話と全く異なった話で終始してしまった。



次に藤次郎さんの番である、私たちの会話を聞いていたためか、はじめから「拿捕されちゃってね、そう拿捕だよ、だから帰りが8月3日頃になる」など拿捕の連発である、話を聞いているほうがはらはらするような話し方で、自分が言いたいことを言うとサッサと電話を切ってしまうではないか、「藤次郎さんもう少し丁寧に説明した方がよいのでは」「これじゃ、奥さんも心配してしまうよ」「いいんだよ、いろいろ言っても分からないから」というではないか、小笠原に行くことを奥様に説明した件の事をとっさに思い出し、これ以上無理強いするのは控えることにした。



拿捕の後遺症はまだある、後で分かったことでは有るが、会社の人が連絡のためうちに電話をかけてきたとき、私が小笠原で「拿捕された」と伝えてしまったから大変な騒ぎになったようで、後日いろいろな人に会うたびに「拿捕されたそうですね」「大変でしたね」などの言葉をかけられる羽目になった。次から次へと「拿捕」が一人歩きして、こんな人までがと思うような人がニコニコしながら近づいてきて「拿捕されたんだって」ということになりまいってしまった。