ファッションの原点
ファッションに興味を持ち始めたのは、中学に上がる頃でした。
映画好きだった私に、メンズファッション、いわゆる男のオシャレを教えてくれたのが、「OO7」シリーズの
初代ボンド役のショーンコネリー。
特に、自分のオシャレの原点ともいえるシーンがあるのが、「ゴールドフィィンガー」。
敵役ゴールドフィンガーとゴルフを楽しんだ後に、ジャームズボンドが彼を送り出すシーン。
ゴルフクラブの前で、ジャームズボンドが着ていたのが、ブラウンのツィードのようなヘリンボーンジャケットと
キャメルのパンツ。
ジャケットは当時は名称はわからなかったのですが、スラントポケットつまり腰ポケットのフラップが斜めに
なっているのです。また、パンツはホリゾンタルボケっトつまり前ポケットが真横になっていて、テーパード。
(裾に向かって細くなっている) 靴はコゲ茶のスェードだったような・・・・・
何しろカッコよかった。
亡き親父が、メンズショップに勤めていた影響もあるのか、気がつけばメンズアパレルに就職。
そののちレディースのブランドを担当するようになり、それも英国ブランドのライセンス企画。
そのおかげであこがれの英国へ、何度も出張させてもらい、英国ファッションを目の当たり見てきました。
アパレルを離れた今も、冬になるとブラウン系か、グリーン系のヘリンボーンジャケットに、ノータックの
テーパードパンツ、靴はスェードのデザートブーツが最もお気に入りです。
若いころは、DCブームとか、イタリアンテイストのビッグショルダーのシルエットのものも着たりしましたが
やはり、いつの間にか英国に戻ってしまいました。
ファッションはイタリアとよく言われますが、現代ファッションの基礎が生みだされたのは実はエドワード7世の
時代。彼の自由奔放な着崩しのスタイルが、今のメンズファッションの源流と言われています。
業界では、これを【エドワーディアン】と呼んでいます。かのアルマーニも、ラルフローレンもこの
【エドワーディアン・ルック】に多かれ少なかれ影響を受けていると言われています。
ロウソク屋のくせに、偉そうにファッションを語ってしまいました。
しかし、いついかなる時もオシャレを忘れてはなりませんぞ。それは、高価なブランド物で身を飾るのではなく
自分を主張できるスタイリングを持ち続けることではないかと思います。
スペインの休日パートⅡ
引き続き、今日もスペインのことです。
フラメンコを見損ねた翌日、どうしようかと、とりあえず街に出ると、場所はすっかり忘れましたが、
あるところで「トレド・バスツアー」と書いた看板を発見。よしこれだ!と早速申込む。すると昼ごろ出発だったと
思うのですが、とりあえず言われた時間まで、ブラブラしてから再度乗り場に・・・・・
トレドまでは約1時間ぐらいだったと思います。(あまり記憶がありません)
日本語のツアーはなかったので、とりあえず英語組に参加しました。トレドがどういうとこかほとんど知らずに
時間つぶしのツアーでしたが、マドリッドの前のスペインの首都であり、街全体が世界遺産に登録されたという
ぐらい、古い街並みが そのまま残されていました。
英語組の大半はアメリカの観光客。なんで東洋人が一緒なんだというような視線を感じながら、ツアーコンダクタ
ーの後をついてきました。目的地は「トレド大聖堂」。細い路地をツーリストたちが大勢歩いていました。約4半世
紀前の話なので、日本人の観光客はいませんでした。
堂内は撮影禁止。したがって写真がありません。奥の聖具室と呼ばれる部屋のなかにはエル・グレコの作品が
約10点ほど飾ってあった様な記憶があります。ゆっくり鑑賞していると、ツアー客の中の一人のアメリカ人が
寄ってきて一言。「ここにはブッダ(仏様)はいないよ。」 わかってますよ、そんなこと。
思わず、大げさに、ジェスチャーを交えて「オーマイブッダ!」と切り返すと、怪訝な顔をして去って行きました。
敬虔なクリスチャンには失礼だったのかもしれませんね。お許しください。
帰りのバスは、爆睡でした。
スペインの休日
久々にヨーロッパの話題です。
イタリア出張のついでといっては何ですが、時間ができたのでマドリッドへ行きました。
ホテルにチェックイン後、すぐに街を散策。バールで軽く昼食をとり、スペイン広場へ。
ご存じ、ドン・キホーテとサンチョ・パンザの像です。その後ろに鎮座されているのが作者のセルバンテス。
読まれた方も多いと思いますが、有名なのは風車を怪物と思いこみ、ドン・キホーテが突進していくシーン。
これは衰退気味のスペイン王国が、台頭してきたオランダに打ち負かされることを風刺した一節ともいわれ
ているそうです。
日差しの眩しいいいお天気でしたので、広場では多くの市民の方が参加して、フォークダンスを踊って
いました。
広場を後にして、街中をウィンドーショッピング。ユーロ前のペソの時代。ミラノもリラの時代だったので
割安感があったのですが、スペインはそれ以上にリーズナブルに感じました。
そろそろ夕刻。ディナーの時間。ところが7時前ではどこも開いていません。行くところ行くところで
言われるのがオープンは9時ごろ。
仕方なしに映画でもと思い、映画館へ。日本ではまだ上映されていなかったエディー・マーフィーの
「ビバリーヒルズコップ」。ところがスペイン語吹き替え版。大学でイスパニア語(スペイン語)を専攻しては
いたものの、クラブとバイトに明け暮れた天罰で、全く理解できず。みんなが笑ったそのあとをついて笑う
ことしか出来ず。でも不思議なもので、ストーリーは何となくわかりました。
映画館を出た時は、9時過ぎぐらい。ちょうどいいとレストランへ。そろそろお客さんも入ってましたが、
まだチラホラ。隣の席はアメリカから来たという老夫婦。おじいさんはおばあさんにブツブツ。
何を言っているのかと思えば、「信じられん。なんでこんな遅くまでまたないと食事ができんのや!」こんな感じ。
下調べもせずに、ただ行ってみようと訪れたので、メニューもわからず、結局、近くのスペイン人の方が
食べていたものと一緒なものを頼み、その日のディナーは終了。
翌日は、マドリッド在住の商社の方が、アテンドしてくれ、素敵なレストランへ連れていってくれました。
そこで頂いた生ハムは最高でした。当時まだイベリコ豚が日本では話題になっていなかった時代ですから
確認はできませんでしたが、イタリアで食べる生ハムとはまた違う感じでした。
食事のスタートが10時ごろでしたので、終わったのが12時過ぎ。そろろそお開きかと思いきや、商社の方
(ちなみ女性)が「さあ行きましょう!]と連れて行かれたのが、大きなピアノバー。
お友達が来てるからと紹介していただいたのが、南米から来たという、イケメン男性二人組。
やけに仲がいいので、聞いてみると同性愛カップル。自国では認められていないのでスペインに来たらしい。
一人は歯医者さんで、一人は弁護士の方でした。しばらく彼らとワイワイやってるともう午前1半過ぎ。
すると彼女が、そろそろフラメンコでも見に行きますか?えーーーーー!まだ行くんかーい!
さすがに疲れていたので、お先に失礼と、タクシー呼んでもらって帰りました。
今思えば、無理しても本場のフラメンコを見ておくんだったなあと後悔しております。
ユエの流れ
今年、加藤和彦さんが亡くなられましたね。加藤さんと言えば、私の世代ではフォークル(フォーククルセダー
ズ)です。「帰ってきたヨッパライ」、「悲しくてやりきれない」、「戦争は知らない」、「花のかおりに」、「青年は荒野を
めざす」などたくさんの曲が、今でも口ずさむことができます。
一枚だけですが、ライブだったかどうか忘れたのですが、アルバムを持っていまして、これらの歌も収録されて
いたと思いますが、はっきりとは覚えていません。 但し、そのLPの中に、たった一つどうしても忘れられない曲
があります。それは「ユエの流れ」という曲です。
加藤さんが作られた曲ではないのですが、まさに加藤さんの声、歌い方だからこそ、いまだに鮮明に耳の奥底
に残っていて、よみがえってきます。
「イムジン河」が発売禁止などで騒がれましたが、この曲も南北問題で揺れていたベトナムを背景にした
歌でした。ユエとはベトナムの古都を流れる川のことと聞いたような記憶があります。
時は、ベトナム戦争末期の中、戦火にありながら恋人を待ち続ける恋歌が、加藤さんの声、歌い方でより
切なく、物哀しさを増長させているようでした。
「流れは月にきらめき、思いは波にゆらめく・・・・・・装い凝らして待てどあの人は来ない・・・・・」
とてもアジアンチックな歌ですが、私のなかでは「イムジン河」にも負けない素晴らしい曲だと思います。
家も何回か引っ越しを繰り返し、私自身、高校を卒業と同時に大阪に出てきたものですから、このアルバムの
行方はわかりません。
叶わぬ夢ですが、もう一度、あの切ない加藤さんの歌声で、この「ユエの流れ」を聞いてみたいと思うのでありま
す。
映画館
実は小学生のころから映画が大好きで、今の様に入れ替え制のない時代、朝一番から最終上映まで、同じ映画
を何度も見ていました。両親が映画館に迎えにきて、今の時代では考えられないでしょうが、映画館の
人に、上映中にも関わらず、「○○町の○○くーん!」てな具合で、大声で呼び出されて、連れて返られることも
しばしば。それもこれも今は亡き親父の映画好きの影響か・・・・・
ジャンルはというと、こだわりはあまりありませんでした。映画ならなんでも良かったのです。
今のような禁煙ではなく、ある映画館ではトイレが外ではなくスクリーンのそばにあったり、売店が中にあったり。
そのせいか、館内は独特な香りがしていて、小学生の私にはまるで大人の世界に入り込めるワクワク感がして
映画の内容だけではなく、その場所に入れることが至福の時でした。
小さな地方都市でしたが、当時は4~5館の映画館があり、どこも満員でいした。
【若大将シリーズ】の加山雄三扮する田沼雄一にあこがれ、大人になったら東京に行き、田沼の実家である
すき焼き屋「田能久」でおいしい肉を食べるぞと思ったり・・・・
【昭和残侠伝シリーズ】の高倉健扮する花田秀次郎のストイックまでに義理を押し通して、自己犠牲の美学を
追及する男の姿にあこがれたり・・・・ませた小学生でした。
その後、007シリーズやマカロニウエスタンの登場で、洋画に傾倒し始め、高校時代には何と年間150本以上
をみていました。なぜそんなに見れたかというと、当時、すでにTVが台頭していましたが、私の住む地方都市に
もまだ3館以上残っており、地方都市の良さで1館3本立てというのが普通だっからです。
また通いなれたある映画館のオーナーに気に入られ、タダで見させていただいたこともあったからです。
当時は高校生でも親子同伴という学則があったのですが、館内で、なぜか補導員の方にも「○○君か、仕方な
いなあ。まあいいか。」と見逃してもらっていました。それぐらい頻繁に映画館に出入りしていました。
今、振り返るといい時代でしたね。
今は残念ながら、よっぽどのお気に入りの映画でなければ、映画館に行くこともなくなりましたが、それ以上に
映画の内容よりも、ドアの向こうにあった独特の香り、得体のしれないワクワク感がなくなったからかもしれませ
ん。
今でも場末の古びた映画館に、手書きの看板がかかっていたりしたら、思わず入ってみたくなる衝動に
駆られます。そん映画館で,、テレビとかビデオでしか見たことのないヘンリーフォンダの【荒野の決闘】(マイダー
リン・クレメンタイン)やゲイリークパーの【真昼の決闘】(ハイヌーン)などの古いアメリカン・ウエスタンを、ゆっく
り見てみたいなあ・・・・・なんて誰にも理解しがたい話でした。
プリザ教室パートⅡ
今日は初めて、朝のプリザ教室開催です。
気分を変えて、素敵な香りに包まれての教室にご興味があったというNさん。
遠いところありがとうございました。
素敵なキャンドルアレンジメントに挑戦されました。ブルーローズがご希望ということでしたが、出来栄えは
この通り!とってもきれいに出来上がりました。
キャンドルアレンジなので、ティーライトをホルダーに入れ、火を灯してみました。
この季節にピッタリのカラーで、非常に爽やかなアレンジメントに、Nさんも大変満足されていました。
最近のご要望に、季節がら非常にブルーのアレンジメントが多いようです。
先日も、お得意様のKさんも、ブルーのアジサイ・アレンジメントをご希望され、このようなアレンジメントを
お友達のプレンゼントに作られました。
いかがですか?お好みのカラーで、お好みのアレンジメントがわずか1時間半ほどで完成します。
場所は靭公園南。四ツ橋線本町駅からわずか徒歩3分。
アロマキャンドルショップ【ワンオーバーエフ】で開催しています。
詳しくは下記にお問い合わせください。
【ワンオーバーエフ】 TEL:06-6449-1618 FAX:06-6449-1623
Email: oneoverf@hct.zaq.ne.jp
隠れ家発見!
昨日は12時オープンだったので、近所をプラプラお散歩。
お気に入りの靭公園をのんびり散策。
靭公園のもっともお気に入りはこの散歩道。
ここを北に通り抜けると、前回紹介しましたバラ園があります。
バラ園を散策しながら、 西に向かい、なにわ筋を渡ると、ブログで何度も紹介しています【ドルチェリア】が
あります。但し、今日は月曜日でお休み。そこで、今のお店を決める前に、一度候補にしていたテナント物件
が近くにあるので見に行くことに・・・・。すると表にメニュー看板が。しばらく空き家状態だったのですが
ついに決まったか。
なになに店名は? 【Punto e Linea】 イタリア語で「点と線」か。とにかくイタリアン・バールの感じ。
エントランスもなかなか素敵です。
とりあえず入りました。 めっちゃシンプルなお店です。出てきたオーナーは、なぜかアゴから出血。
第一声は「どうしたんですか?そのアゴ」、苦い笑いしながら若いオーナーは「ちょっと剃刀できっちゃいました。」
それですっかり打ち解け、すぐにカプチーノをオーダー。
色々お話をうかがっていると、なんとお気に入りの【ドルチェリア】の初代バリスタだったとか・・・・。
京町堀という町なのですが、この町が好きで、独立してもこの町で自分の店を持ちたいという思いで
オープンしたそうです。
路面から一歩中に入ったところなので、物販には難しいのであきらめた物件ですが、バールなら最適な
空間ですね。オーナーの隠れ家的空間にしたいという思惑にもぴったりな感じです。
ショップカードには「VINERIA」(ヴィネリア)と書いているように、夜は気軽に、おいしくてリーズナブルな
ワインを楽しんで頂ければということでした。
シショップカードもなかなかオシャレでしょ。場所は靭公園テニスコートのセンターコートを北に行ったところです。
お近く来られた時は、是非寄ってみてください。
尚、詳しい場所は、ワンオーバーエフにお寄りいただければお教えします。
キャンドルのある暮らし
以前、ブログでご紹介しました元同僚で、現在、東京の某アパレルでデザイナーをしてらっしゃるSさんから
お店で買って頂いたキャンドルを使ってらっしゃるご自宅の様子を、写真でお送りいただきました。
昔から非常にブルーがお好きな方で、先日、仕事で大阪に来られた時、ブルーのパッケージとスカイブルーの
マーブル模様が素敵なグラスキャンドル【HYPO 101 CASA】のホワイトムスクをお買い上げいただきました。
そのキャンドルをブルーを基調にしたお部屋で炊かれているそうです。
また、おまけにということで、ご来店の際は、必ずお買い上げいただく【コロニー】の消臭キャンドル
「クックスフレンド」も合わせて炊いてるシーンも送っていただきました。
アロマキャンドルの持つ香りと炎の揺らぎをただ楽しむのもいいですが、Sさんの様に、こうしてイン
テリアのひとつのパーツとして、キャンドルをご使用していただいければ、素敵さがさらに増しますね。
Sさんのように、キャンドルのある暮らしを写真で送って頂ければ、またブログでご紹介したいと思いますので
下記アドレスに、ご遠慮なくお送りください。お待ちしております。
バラ祭りパートⅡ
昨日に続き、靭公園のバラをご紹介します。
バラの名前なんてほとんど知らなかったのですが、よくみるとなじみのある名前もちらほら・・・・
まずは【セレッソ】。日本生まれとなっていますが、あのサッカーチームのシンボルマークもバラだったかな?
そういえば大阪の長居公園にも一杯咲いていたような・・・・
続いては【スベニール・ドゥ・アンネフランク】。かのアンネフランクゆかりのバラか?調べてみるとアンネが
隠れていた家の裏庭に咲いていたとか・・・・・
次に見つけたのが【グレース・ドゥ・モナコ】。えっ!ひょっとしてかのグレースケリーゆかりのバラですか。
大好きな映画「真昼の決闘」、「裏窓」のヒロインにして、後のモナコ王妃。調べてみると、やはりグレース王妃に
献上されたバラとか・・・・
そのほか、【パパ メイアン】、【レディー ヒリンドン】、【ダスキーメイデン】等々、知らない名前のバラが
数多く咲き乱れています。それぞれに名前の由来、隠された物語をその美しさで訴えかけているようでした。
昨日、今日とご紹介したのは、ほんのわずかです。まだまだ多くの種類のバラが見頃です。
是非、大阪のハイドパーク【靭公園】にお越しください。そしてお時間があれば、公園の南にあります


































