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今回の話者:尽くす男さん(仮名)
これ最近のことなんだけど、俺が通う工場に男の幽霊が出るという噂が実しやかに流れ始めたんだ。
曰く、裸の男の幽霊が工場内を徘徊している。
曰く、死場所を求める男の幽霊が工場から出ようとする車の前に飛び出してくる。
パートの奈々実ちゃんが急に辞めた頃と重なるから、奈々実ちゃんはその男の幽霊に悩まされていたのだと思う。
様子のおかしい奈々実ちゃんに俺は遭遇している。
俺を頼ってくれれば守ってやれたのに。変な男の嫁にならずに済んだのにと心の底から思う。相手の男には会った事はないが、あんなにバタバタと式の日取りが決まって、あっという間に結婚してしまうなんて、陰謀めいた企さえ感じてしまう。体良く騙されたのではないか。
呪われて心が病んでいる隙を突く卑怯なやり方をする男に碌な人間はいない。
心配だ。取り戻しに行きたい。
思い返せば奈々実ちゃんの様子がおかしくなったのは、工場の機械が故障した日だ。あの日は午前のラインが全てストップし、修理明けの午後からラインが再開した関係で忙しく俺も含めて皆残業だった。
作業後俺はロッカーの混雑を避けるために工場の裏手にある喫煙所で一服した。疲れたから慰労のために奈々実ちゃんを食事に誘おうかと考えていた。
頃合いを見てロッカーへ行き、シャワーを浴びて汗を流した。
ちょうどシャワー室から出てきたところだったと思う。外の廊下から奈々実ちゃんの声が聞こえてきた。
男と話している。俺は直感的にそう思った。先を越されてたまるものか。奈々実ちゃんを食事に誘おうと思ったのは俺の方が先だ。
俺はロッカー室から飛び出した。
果たして奈々実ちゃんは廊下に一人でいた。出口へ向かうところだった。
奈々実ちゃんは俺がロッカー室から出てきた音で振り向いた。そして、俺を、否、俺を取り越した向こう側を見ていたんだと思う。奈々実ちゃんは目を大きく見開き、唇をワナワナと振るわせ、指をさした。
その様子の異常さに俺はただならぬものを感じて、急いで奈々実ちゃんに駆け寄った。
奈々実ちゃんは体をこわばらせ小刻みに震えていた。その姿はか弱く堪らなく可愛かった。誰にも渡したくないとさえ思った。
俺は奈々実ちゃんを優しく抱きしめた。そして、安心させるためにさっきまで考えていた事を奈々実ちゃんの耳元で囁いた。
「このあと一緒に食事に行こう」
その時だった。奈々実ちゃんは壊れたばね仕掛けの人形のように跳ね上がると悲鳴を上げ駆け出した。
突然のことだったので静止することが出来なかった。
一体奈々実ちゃんは何を見たんだ。振り返ると、廊下が伸びているだけで誰もいなかった。
廊下の先は行き止まり。ただ窓があるだけだ。
誰かが覗いていたのか。それとも何かが居たのか。
俺は注意深く窓の外を見たが、外はもう暗いので窓は鏡の様に室内を映し出しているだけだ。
窓には俺の鍛え上げた肉体が写っているだけだ。
とにかく奈々実ちゃんを一人にしちゃ危ないと思った。俺がすぐさま助けに行かなくてはならないという使命感が溢れた。奈々実ちゃんを危険から守らなければならない。
彼女を救うんだ!
俺はタオルを腰に巻いただけの格好だったが、火急の時だ。そんなことには構っていられなかった。奈々実ちゃんの保護が最優先だ。それに俺の逞しい肉体を見た方が頼れると思って安心するかもしれない。急ごう。
俺は翻って逃げた奈々実ちゃんを追った。
奈々実ちゃんは車通勤のはずなので駐車場へ向ったはずだ。
俺の予測通り奈々実ちゃんの車が駐車場から出ようとしている。まだ駐車場内なのでスピードが出ていない。
俺は急いで駆けつけた。両手を振り俺の存在に気づいてもらおうと思ったが、奈々実ちゃんはパニックになっており、急にスピードを出したりハンドル捌きがおかしくなったりしたので、俺は自分の命も顧みずただ奈々実ちゃんを救うことだけを考え、暴走車を止めようと車の前に飛び出した。
車は急停車をし、けたたましくクラクションが鳴り渡った。
俺はすかさず運転席の側面に移動し、奈々実ちゃんを正気に返らせるためにサイドウィンドをバンバンと叩いた。
奈々実ちゃんは怖いものでも見たのか、おそらく幽霊、もしくはストーカー、耳を塞ぎ目を瞑り悲鳴を上げている。
俺は一層力強く窓を叩いた。
「開けて!」と俺も奈々実ちゃんに聞こえる様に何度も声を張り上げた。
激しく動いたので、腰のタオルが落ちてしまっていたが、大切な人の生死が関わった緊急事態なので構っている暇はなかった。
奈々実ちゃんの安全が何よりも最優先だ。
助手席から車に乗せてもらおうと回り込んだ時、車が急発進して俺は軽く轢かれた。ただそんな事はどうでもいい。奈々実ちゃんの安全確保が最優先だったからだ。
逃げられると俺は焦った。
あのまま運転を続けたら奈々実ちゃんが事故に遭う。思いっきりダッシュして車を追ったが、流石に車のスピードには敵わなかった。
俺は最後に渾身の力を振り絞って叫んだ。
「家に着いたら、電話して」
奈々実ちゃんの無事だけを確認したかったのだ。電話番号も教えてなかったので、叫んで教えた。
だけど、電話はかかってこなかった。
その日以降、奈々実ちゃんが工場に来る事も無かった。
風の噂で奈々実ちゃんの結婚話を聞いたが、どうにも解せなかった。あの日の奈々実ちゃんのパニックは結婚したい男の自分の欲求を満たすための自作自演だったのではないか。
奈々実ちゃんの命の無事だけを純粋に喜んだ俺の想いとは違い汚れている。
そして俺は奈々実ちゃんを救おうとした脅威だとその男から目を付けられ呪われた。
工場の皆が参加した急拵えの奈々実ちゃんの送別会には男の呪いが発動し、俺だけ忘れられた様に誘われなかった。
もちろん、結婚式の招待状も呪いで届かないよう仕組まれた。
それでも良いと俺は思う。俺を奈々実ちゃんへ近づけさせない様にする呪いこそが、男が奈々実ちゃんを俺に奪われる事を恐れている証拠だ。
俺はこの呪いに打ち勝って、必ず奈々実ちゃんを奪い返す!
俺は奈々実ちゃんの白馬の王子になる!
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