ぴょんのうつ病日記  ~うつ病は絶対に治る!!~ -25ページ目

異動決定

平成15年3月も後半になり、異動が決定となりました。

歌舞伎町のカプセルホテルから、長野県にあるゴルフ場に出向となる事になりました。


ぴょんは行きたく無いので、考えさせてくれと、保留をしました。断る事は、サラリーマンとしては、マイナスの評価になります。しかし、会長や常務などの経営者から嫌われていたぴょんは、どっちにしてもマイナス評価。左遷を受けたという気持ちが強かったです。

ノグには、業務の引継ぎ等を行っていたのですが、全部を伝える事ができないのと、月に1回の業務などもあり、最初の混乱を避けたい気持ちが強かったです。


兵庫のホテルでも、半年で結果を出したけど、中途半端で帰京。居酒屋では、ぴょんがいなくても良いのではないか?という、業務内容。居酒屋も半年で異動。ここも中途半端。そして、歌舞伎町での仕事も売上を上げ、次のステップを考えていただけに、また、中途半端に終わるのか・・・・という気持ちがありました。

また、生活パターン、仕事内容が変わる事への不安、ぴょんは歌舞伎町の仕事がある程度続くものを考えていたので、本当に悔しいというか、正当に評価されているのか?正当に評価されているから、異動なのか?しかし、半年のスパンで仕事内容の違う場所に行くストレス。正直、もう我慢できない限界まで来ていました。ある程度、歌舞伎町で過ごすという事を考えていたので。


長野のゴルフ場の支配人になるのは、以前から知っている支配人が異動で別のホテルから来る事を知っていたので、ゴルフ場の売上増加、ゴルフ市場を知る事も、今後のキャリアの為に良いか。という気持ちもあって、ポジティブに考える様にしました。


そして、真紀には、保留をしている期限ギリギリに、気持ちを伝えました。今でも覚えていますが、羽田空港を見渡せる、京浜島の公園の砂浜で。

「今の仕事を途中で投げ出すのは本意ではない。しかし、会社の決定事項。ゴルフという自分の未知の世界を知るためにも、良いのかもしれない。」と。そして、彼女も淋しいけど仕方無いという判断になりました。

東京に残ったら、彼女との事をキッチリするつもりでいたのですが、異動になってしまったので、延期する事になりました。


そして、「ゴルフという未知の世界を知り、自分を大きくしてきます」という事で、仕方なく異動を承諾。異動日は、ぴょんが決めて良いという事になったので、タイムカードの〆である、歌舞伎町の勤務は4月15日まで。ゴルフ場の勤務は、21日から勤務開始という事で、五郎ちゃんとゴルフ場の支配人である、ガリバーに了解を得て、5日間は休みという事で、東京での身辺整理に当てることになるのでした。


この時のぴょんの気持ちは、ゴルフという未知の世界で、市場規模の勉強、営業の勉強、フロントの仕事の把握など、何でもできる人物になろうというポジティブの気持ちと、左遷なの?というネガティブの気持ちと、両方があったのでした。


そして、ぴょんの仕事の振り分けを決めていく事になったのでした。


どうしたものか。

平成15年3月。

本社での面接で、異動が決定。一応、条件付きで異動免除の話が出ました。

「スタッフとのコミュニケーションの改善」でした。支配人室で仕事をしている場合、イライラばかりしていて、職場の雰囲気を悪くしたのは事実です。そして、それを何とか改善したいのだが、どうしたら良いのか分からない?そして、「何故、俺の気持ちをみんな分かってくれないの?」という、気持ちでした。


真紀とは、毎月と言ってよいほど旅行に行ってました。3月は、新幹線で鳴子温泉と松島に行ったのです。

いつもは旅行に行くと、甘えてしまうぴょんであるのですが、何故かイライラ。往復の新幹線の中でも寝てしまうという始末。プライベートでも、ちょっと疲れていました。


休みの日は、真紀以外の人と会う事がなかなか出来ない。出来たのかもしれないけど、それをしたくない自分。会社以外の人と接する機会は、かなり減っていました。


また、この時、ランドリーに預けた服に穴を空けられたというクレーム、弁償しろという話。クロークで預かっていたスーツの紛失。クレームに頭を悩ましていた時期でもありました。


家族内の問題というか、約15年間単身赴任していた父親が、日本に帰国する事になりました。今まで、一緒に過ごしていた時間が短かったのと、面と向かって話しをした事が無かったので、少し戸惑いもありました。しかし、父親が帰ってくるという事で、両親に真紀を紹介する良い機会だという気持ちもありました。ぴょんとしては、真紀を両親に紹介し、真紀の両親にも挨拶に行きたいという気持ちがあったのです。


とにかく、平成13年の春に兵庫のホテルに異動、平成13年の秋に東京に戻され、居酒屋での勤務。平成14年春に、歌舞伎町のカプセルホテルに異動。しかも、アシマネという肩書き。

ぴょんは、会社の指示で異動をし、仕事をこなし、売上を上げ、スタッフの考え方を変えるという仕事をしていました。しかし、ぴょんが異動し、現場に短い時間で仕事をするという事で、みんなの仕事の仕方の邪魔になっているのではないか?そして、俺の生活の場は、どこで安定するのか?(ここで骨を埋める気でいたので)そんな不安や他人に対しての考え方が、問題の最初に来る事になるのでした。

本社会議室でのミーティング

平成15年2月の下旬。

異動の話が、本社から話があるから来なさいというメールが届いたので、本社に行きました。

兵庫のホテルに行ってる間に、本社が原宿から早稲田に移り、まだ、勝手が分かっていないぴょんでありましたが。


自分の所属している部署の部長との面接(?)でした。

なかなか、話をする機会が無かったのですが、歌舞伎町の現場で仕事をしている時に色々と話をする機会が増え、特に抵抗とかは無かったです。実際には、兵庫のホテルに行くまでは、緊張というものを持っていました。

また、Y部長は、頭の回転が早い、一度の沢山の考え方が出来ると思っていて、頭の回転については尊敬をしていました。


この日のミーティングは、1時間くらいだったかな?まぁ、お互いに仕事がありますから、長い時間ではないですが。しかし、最初の言葉で、俺はこの会社に必要な人間なのか?と疑う事になるのでした。


「今回の人事異動は、会長や常務の意向ではなく、会社の方針だから」と。


最初にこの言葉を聞いて、私は、兵庫のホテルでの会長、常務との件を思い出し、絡んでいると思うようになりました。(実際には、どうだったかは、今は分からないですが。)


「歌舞伎町に行って約1年。売上もぴょんの部署は伸びた。今、まだまだ、売上が低迷している施設があるから、そっちの売上をUPさせて欲しい。どこにするか?」と、言うのです。「どこにするか?」なんで決まっていないのに、異動の話?

そして、最終的に自分が思った事は、「イライラなどで、職場の雰囲気を悪くしているから、追い出せ」と誰かが話しをしたのか?という事でした。


とにかく、これで行き先は決まっていないが、異動が決定に決まりつつなりました。

温泉を掘って、売上低迷で力を入れる軽井沢なのか。ゴルフ場売上が全体で低迷しているので、そっちになるのか?という感じでした。


俺は、誰に監視され、本社に報告がされているのだろう?

俺は、今の仕事が楽しいと感じたから、実家の話を断り、ばあちゃんを泣かせたのに。

俺は、五郎ちゃんともっと仕事をしたい!

俺は、真紀と遠距離するのが嫌だ。

俺は・・・・俺は・・・・・

何を考えるにも、俺は・・・・・だから。と考える事が更に強くなりました。

しかし、異動したくない、平成14年4月に兵庫のホテルに異動してから、1年で3箇所目。俺の生活の基盤はどこになるの?将来は????

想像できない自分の将来に不安を感じ、真紀と別れたくないという思い。

そして、仕事上で、売上UPを図ったことによる評価が、しっかりされていない。スタッフの教育を行って、自分自身も、リーダーとしてのスキルUPを図りたいと思いがあったのです。

そこで、再度、Y部長宛に、異動はしない。回数と期間が多い。何故、俺だけなのか?今の仕事で、今後は、スタッフ教育を行っていきたい。という内容のメールを送付したのでした。


会社にとって、スタッフが辞めても、何とかなるものです。いつまでも、その人がいれば・・・という思いは減ります。そして、ぴょんの後を誰に引き継ぐか。それが、3月のぴょんの仕事になるのでした。

・フロントスタッフの管理。

・館内消費の売上UP、原価率の改善。

・予約サイトの引継ぎ。(予約の受け入れの業務ルールの変更、予約者チェックの作業)


異動をしたくないという気持ちが残る中、毎日を過ごす。真紀との将来を考え、真紀の両親にご挨拶に行く事も真紀に話、段取りをして貰いたいという気持ちでした。

仕事中は、自分の事を誰がどう評価、見ているのか?そして、頭痛、目眩、イライラ。情緒不安定。

仕事の関係で、異動が多かったのと、家にいる時間が少ないので、誰もぴょんの体の異変に気がつかなかったのです。その現場に行く事で、その時のぴょんが本当のぴょんという風に思われて、実際の本来のぴょんの変化に気づく人はいなかったのです・・・・・・・ 

悪魔の昼食会

平成15年2月。

売上は順調。前年に対して、何億増加できるか?カプセルホテルの稼働率はどうなるか?

そのような事が話題の中心になっていました。


そんな中、五郎ちゃんと兵庫のホテルにも一緒に行った先輩社員と3人で、ランチを食べる事になりました。

前もって、アポを取ってからのランチは、だいたいミーティングが多いのですが・・・・

予想通りというか、やっぱりな・・・という話題でした。


異動の話が出たのです。歌舞伎町のカプセルホテルに来て10ヶ月。売上も増加させ、ぴょんは、ここで先の仕事を考え、そのスケジュールも決めていたのですが、1年も経過せずに異動。

また、ここで出ました。

「何故、自分だけ?」

「俺は、邪魔な存在なのか?」

「なんで、もっと強く本社に残留を言ってくれなかったのか」

「家族会議での発言が不必要だったの?」


という気持ちが大きかったです。

まぁ、平成15年になってからは、上から下りてくる仕事量も半分以下になり、暇をしていたので、薄々は感じていたのですが。


そのランチ会を前後して、風邪をひいてしまいました。熱があっても、「自己責任」と部下に言っていたので、出社はしたのですが、周囲から帰れと言われ、金曜の夜は早退することに。

土曜の夜だけ、真紀が目黒に迎えに来てくれたので、車を運転して、彼女の家で一日看病して貰ったのですが、その時には、すでに、「好き」という感情ではなく、「愛」という感情に変わっていました。


この子と一緒に将来を考える、守りたい、一緒にいて楽しい、離れたくない。仕事をしている時も、プライベートでもずっと一緒にいて、真紀の笑顔を見たいと思っていたのでした。



ランチ会の後、本社の部長とアポの話が来て、本社に行き、異動の説明を受けるのでした・・・・・・・・


家族会議

平成15年2月。

仕事の業績は、順調に伸びていました。マイナス部門の赤字をぴょんの部門でカバーするという構図でしたが、前年に対して2億円くらいの売上増加。カプセルホテルの稼働率では、年間に関して言えば、約15%の増加。

「ぴょんは一生懸命、仕事をして売上を伸ばしました。忙しい。なんで、マイナス部門の人は、悠長に物事を考えているの?」という考えがありました。

予約サイトでは、安い値段で掲載しているので、新宿地区で検索をすると、TOPページに出るようになり、あとは、AIDMAの効果が出てきました。また、サイトのリピーターも増え、従来のスタッフからも言われましたが、早い時で深夜1時に満室状態。22時までのチェックイン数も、前年に対して100名増加。

館内での滞在時間が増えれば、消費も増えるので、良い方向に向かっていました。

 

自社HPも、今でいうSNSの様な状況になってきて、お客様同士の情報交換も始まり、良い方向に向かっていると感じています。後は、スタッフの教育、接客レベルの向上が問題と思ってました。

 

 

そんな中、実家の家業を継ぐという話を、おばあちゃんとおじ(今の社長)、おばあちゃんの娘夫婦(と言っても、もう70歳近いのだけど)とぴょんの5人で話をしました。

真紀には、事前にこういう家族会議をしてくる。もし、実家の家業を継ぐとしても、結婚してくれる?と、確認を前もってしてました。答えは、保留でしたが・・・・

家族会議の内容は、会社の損益から見て、将来性があるのかという、自分の客観的判断と、おじと仕事をした場合のイメージなどから最初の結論を出したのです。

「現状では、給料が出ない状態。ぴょんが仕事をしるのは無理。現状の仕事は忙しいけど、勉強になるし、精神状態はボロボロだけど、楽しいから。もう少し待って。しかし、おじと仕事をすると、性格が合わないのと、仕事に対して将来性が見えてこない。現実の世間の状況を把握していない所が、俺には不満であり、不安であり、一緒にできない」という結論にしました。目黒駅に前にある不動産を贈与しても良いという条件もでましたが、断ってしまいました。今となっては、不動産だけでも貰っておけばよかったです。

そしたら、おばあちゃんが、「自分の育て方が悪かった。」と言って泣いてしまったのです。

俺の結論が涙をさせてしまったという事が、今後の大きな精神的負担になるとは、この時は思いもしなかったです。

 

真紀の家にその夜に行って、話の結論をして、今の仕事を続ける。大変で苦しいけど、数字があがるゲームは楽しいからね。と伝えたのでした。

 

 

そして、実家の話を断ったこと、会社では、相変わらずぴょんだけ忙しくイライラしていて、周囲(支配人室の運営スタッフ)の人を不愉快にさせている状況がありました。部下30名のスタッフの前では、そんな事を言うと、士気の低下を招くので、避けていました。

 

この頃、もし心療内科に通っていたら、「自律神経失調症」と診断されていたでしょう。

身体的に問題は出ていなくても、ネットで見る自律神経失調症の項目に、かなり当てはまるからです。

 

仕事もなんで、俺だけがこんなに大変なの?赤字部門、頑張れよ。実家の件。真紀と一緒にいても、真紀の要求が強く、なんとなく一緒にいても心が休まることがなかったのが現状でした。