家族会議
平成15年2月。
仕事の業績は、順調に伸びていました。マイナス部門の赤字をぴょんの部門でカバーするという構図でしたが、前年に対して2億円くらいの売上増加。カプセルホテルの稼働率では、年間に関して言えば、約15%の増加。
「ぴょんは一生懸命、仕事をして売上を伸ばしました。忙しい。なんで、マイナス部門の人は、悠長に物事を考えているの?」という考えがありました。
予約サイトでは、安い値段で掲載しているので、新宿地区で検索をすると、TOPページに出るようになり、あとは、AIDMAの効果が出てきました。また、サイトのリピーターも増え、従来のスタッフからも言われましたが、早い時で深夜1時に満室状態。22時までのチェックイン数も、前年に対して100名増加。
館内での滞在時間が増えれば、消費も増えるので、良い方向に向かっていました。
自社HPも、今でいうSNSの様な状況になってきて、お客様同士の情報交換も始まり、良い方向に向かっていると感じています。後は、スタッフの教育、接客レベルの向上が問題と思ってました。
そんな中、実家の家業を継ぐという話を、おばあちゃんとおじ(今の社長)、おばあちゃんの娘夫婦(と言っても、もう70歳近いのだけど)とぴょんの5人で話をしました。
真紀には、事前にこういう家族会議をしてくる。もし、実家の家業を継ぐとしても、結婚してくれる?と、確認を前もってしてました。答えは、保留でしたが・・・・
家族会議の内容は、会社の損益から見て、将来性があるのかという、自分の客観的判断と、おじと仕事をした場合のイメージなどから最初の結論を出したのです。
「現状では、給料が出ない状態。ぴょんが仕事をしるのは無理。現状の仕事は忙しいけど、勉強になるし、精神状態はボロボロだけど、楽しいから。もう少し待って。しかし、おじと仕事をすると、性格が合わないのと、仕事に対して将来性が見えてこない。現実の世間の状況を把握していない所が、俺には不満であり、不安であり、一緒にできない」という結論にしました。目黒駅に前にある不動産を贈与しても良いという条件もでましたが、断ってしまいました。今となっては、不動産だけでも貰っておけばよかったです。
そしたら、おばあちゃんが、「自分の育て方が悪かった。」と言って泣いてしまったのです。
俺の結論が涙をさせてしまったという事が、今後の大きな精神的負担になるとは、この時は思いもしなかったです。
真紀の家にその夜に行って、話の結論をして、今の仕事を続ける。大変で苦しいけど、数字があがるゲームは楽しいからね。と伝えたのでした。
そして、実家の話を断ったこと、会社では、相変わらずぴょんだけ忙しくイライラしていて、周囲(支配人室の運営スタッフ)の人を不愉快にさせている状況がありました。部下30名のスタッフの前では、そんな事を言うと、士気の低下を招くので、避けていました。
この頃、もし心療内科に通っていたら、「自律神経失調症」と診断されていたでしょう。
身体的に問題は出ていなくても、ネットで見る自律神経失調症の項目に、かなり当てはまるからです。
仕事もなんで、俺だけがこんなに大変なの?赤字部門、頑張れよ。実家の件。真紀と一緒にいても、真紀の要求が強く、なんとなく一緒にいても心が休まることがなかったのが現状でした。