初めてのドドンパ
平成14年11月。外は寒いのに、仕事場は、お客様が裸で過ごす場所なので、暖房が効いていて、秋というイメージが無かったですね。真紀と1泊で富士急ハイランドに行きました。
初めてのドドンパ。ぴょんは絶叫系マシーンが好きなのですが、行く相手がいなかったので、ワクワクでした。富士山の麓だったので、夜になると寒く、冬が近いと、初めて感じた瞬間でした。ドドンパにFUJIYAMAにも何度も乗り、フラフラの状態で日帰り温泉に入り、東京に帰るという旅行でした。
この頃から、真紀の事を考えずに、自分の体調の事を考える様になりました。河口湖を22時くらい出て、草加に着いて、目黒に帰ると2時かな?とか、早く帰りたい。と、自分の事を中心に考える様になりました。毎月、真紀と旅行に行ってましたが、土日を利用しての旅行だったので、宿に着いて、ご飯食べて温泉に入ると、寝てしまうというパターンで、いつも不完全燃焼の気持ちでした。
仕事は、順調に売上を伸ばし、平成13年度の売上に対して何%増で平成14年度終わるかが、運営スタッフの中の話になってきました。また、カプセルホテル630個ちかくあるのが、金曜は当たり前、木曜日も満室になるようになりました。火曜、水曜も600近い方に宿泊される様になり、集客も調子が良かったです。
また、館内の付帯売上、自販機やゲームコーナーなどの自分の責任範囲の売上も順調に伸び、他の部門の相談を受ける余裕、信頼を得る事ができる様になりました。
が、その反面、自分の部門の集客が多くなったのが予想以上に早かったので、その準備が出来ていなかった。その対応に追われる毎日になってしまいました。そして、「何故、自分だけこんなに忙しいのに、給料は変わらないの?」「俺の評価はどうなってるんだ?」と、考える様になりました。また、業者さんと話をしている時など、名前を覚えられずに、名刺を何度も確認することが多くなりました。スタッフの名前も間違える、覚えられないという記憶に関する症状が現れてきました。
また、自分だけ何故忙しい?他の人は、誰も手伝ってくれないのか?という自分がみんなを信頼できない状況、気持ちになってきたのも、この頃でした。頭痛は相変わらず、目眩も出てきて、一度、倒れた事もあるくらいでした。
この頃の症状は、不安感、イライラする、落ち込む、孤独を感じる、意力、集中力・注意力が低下する、情緒不安定などの精神的な部分が出てきて、運営スタッフに八つ当たりをし、更に孤独になるという事が多くなってきました。
プライベートの10月は・・・
真紀とは、順調であったけど、平日の仕事が忙しく、終電で自宅に帰る事が多くなり、平日に真紀の家に帰る事が少なくなりました。けど、週末は、2人の時間を大切にしていました。が、ぴょんが忙しかったのと、外でデートするとお金がかかるので、二人でマッタリしたかっただけど、彼女はそう思っていないらしく、何度か泣かせた事がありました。けど、膝枕してもらって、眉を整えて貰うの時は幸せでした。
週末は、相変わらず金曜の夜は、歌舞伎町で待ち合わせ。ぴょんの自宅まで一緒に来て、車で草加まで一緒に帰るというパターンでした。土曜日に買い物や映画などを見に行って、日曜日は、真紀の家でマッタリ。この頃は、まだ、日曜の夜に実家に帰るというパターンを続けてました。
平成14年3月に、ネット上にあるサークル「スナフキンズ」に参加するようになりました。みんなで飲みに行ったり、旅行に行ったりするサークル。現在は、ちょっと休止中かな?
http://circle.excite.co.jp/club.asp?cid=k0100271
本当は、真紀を誘って、一緒に飲みに行ったりしたかったのですが、ぴょんが1人で行くのも拒んだので、参加できなくなってました。そして、段々と、友達と疎遠になり、真紀と会社だけの世界になってしまったのでした。
唯一気を許せる時間は、後輩のノグと、仕事帰りに歌舞伎町の「つるかめ食堂」でご飯を食べて帰る事。ノグは、鶴見に住んでいたので、終電が無いからぴょんが車で目黒から送る形。そうしないと、ノグも家に帰れない日々になってしまうので、男の後輩を家まで送っていたのですが、二人の時は仕事の話。その帰りの1人で車を運転するのが、ぴょんの唯一リラックスできる時間でした。趣味がドライブという事もあり、運転していると、悩みや考え事を忘れる事ができるので。
しかし、結婚を意識し始めていたぴょんは、真紀との将来について、どんな感じで進めていくのかも悩んでいました。ぴょんだけの収入じゃ養えないしね。
この頃になってくると、とにかく、真紀と会社だけの世界。外の世界に行こうとすると、それを見て怒る真紀、泣く真紀。そんな姿を見たくないから、自分を抑えていたのかもしれません。
10月は変化の無い月だったような・・・
平成14年10月。
夏休みの沖縄旅行も終わり、社内で真紀と付き合ってる事も発表はしていないけど、同じ期間同じ場所に行った事で、みんなにばれたのは確実でしょう。
この頃になると、8月くらいに種をまいた「宿泊予約サイト」の利用者が多くなってきました。全体の5%くらいでしたが。その処理の方法まで考えないで、サイトとの契約を増やしていったので、ルール作りが大変でした。スタッフの仕事のマニュアルの変更、経理との手数料支払いの確認。キャンセル、ノーショーのお客様のチェックなど、仕事が予約サイトの管理に少しシフトをし始めました。
他の仕事も疎かに出来ない状況で、時間を割く割合が変わってきました。
また、予約サイト、自社HPのBBSの書き込みに対しての返信も、ぴょんの仕事となり、お怒りや喜びのメールを読んで、一喜一憂してました。
ぴょんは嘘がつけない、隠し事をしたくない。というのが、信条の様です。
お客様から、「こういうサービスをして欲しい」という要望が書き込まれていると、検討中とは書きますが、検討中で終わらせてしまうと、信用を失くすというのが、ぴょんの仕事をしていくうえでのプライド(?)です。だから、どうして検討中なのか、詳しくは書きませんが、お客様が納得して頂ける内容で、書き込むという仕事もしていました。返信1つに、1時間も時間をかける事もありました。言葉を選び、内容を確認して。
また、家に帰ってからも、自社HPのチェックを行い、誹謗中傷記事は削除するという事もしていたので、家でもHPチェックはしてました。
この頃になると、館内の付帯売上も増加に転じ、業者任せでも大丈夫な感じになってきました。こちら側の意見を聞いてもらい、納得、行動に移して貰えた事で両社が喜ぶ事ができる様になりました。
また、こちらの意見を聞き入れて貰えない業者に対しては、担当者を変えたり、期日を決めて、売上目標を定め、それに向かって努力して貰うという形をとりました。
そんな中、戦力だった女性がまた、1人辞める事になりました。彼女とも2時間くらい話をしたのですが、両親が歌舞伎町で働くことに反対だった様で、引き止める事ができなかったのです。その子が辞める事で、シフトの調整も大々的に変更し、スタッフの仕事内容も変更することになりました。これも影響のあるスタッフから、時間をかけてとにかく話をして、会社側の意見に納得してもらい、不満、愚痴を聞くという形を同時進行で進めることになったのです。
彼女が辞める事を発表した時、スタッフも驚いたのと同時にぴょんも考えました。
「ノムさんがいなくなり、ぴょんじゃ頼りないからなの?」と。そして、みんながぴょんをどう評価し、どう思っているのかという、他人の意見を非常に気になる状態になりました。
ぴょんは、「仕事は負けることの出来ないゲーム」という感覚で仕事をしています。だから、売上があがる事は必然であって、当たり前。今でも、この考え方は変わっていないですね。
頭痛、他人からの評価を気にする、自分を責める。といった、症状が10月にはあったと思います。
沖縄旅行
平成14年9月28日から3泊で沖縄本島に真紀と2人で旅行に行ってきました。
旅行はトラブルだらけ。
まず、真紀が財布を親の車の中に忘れてきて、お金を持って来ないで羽田空港に来た事。呆れましたね。お金を持たずに、よく羽田まで来れたものです。そして、飛行機の時間もギリギリ。なんとも、最初から波乱の旅行になる予感がありました。
沖縄は、ぴょんが大学時代の4年間を過ごした青春の島。好きな人、彼女が出来たら旅行に行こう、みんなに会おうと思っていたので、その夢が実現したのでした。
新しくできた那覇空港に降り立ち、まだまだ夏の沖縄の日差しを浴び、懐かしい気持ちになっていたのは、ぴょんだけでした。宿泊先のアリビラにレンタカーで行き、午後から早速海へ。
ぴょんが大学生時代から好きだった、瀬底島のビーチへ。その前に、学生時代バイトをしていたスーパーに立ち寄って、飲み物や魚肉ソーセージを購入。そして、昔のパートのおばちゃん達に会い、懐かしい時間を少しだけ過ごし、早速海へ。財布や携帯は車の中において、車のキーと小銭入れを持ってビーチへ。
白化現象が進行していて、サンゴが死滅してしまい、魚もいないという、死んだ海になってました。平成7年に初めて泳いだ時の感動を、この時は感じる事ができませんでした。
シュノーケリング器具は、友達がホテルに届けておいてくれたので、2人で海へ。白い砂浜。青い空。真紀にとって初めての沖縄の海は、最高の物のようでした。
そして、この日は、ぴょんの誕生日だったのですが・・・・帰りに問題が。
なんと、レンタカーの鍵を失くしてしまったのです。シートの下の砂の中にも無く、携帯も無い。近くのゴルフ場に事情を話し、電話を借りて、18時から22時まで、ビーチでレンタカー屋さんが来るのを待つのでした。
その時の波の音。空は星空、そして流れ星。なんと、ぴょんはそこで、プロポーズをしていたのです。
そして、彼女は「うん。楽しい時間を沢山過ごそうね」と約束をしたのでした。今でもあの時の嬉さを覚えています。
沖縄料理、友達にも会い、真紀も楽しく過ごしてくれた様に感じられました。ただ、彼女に申し訳ないと思ったのは、自分の友達と会うのは、ぴょんは楽しいけど、彼女は楽しいのか?という部分でした。この時は、まだ、彼女に対しての気遣いをする余裕があったのです。
さて、帰る日。なんと、東京に台風が来ました。飛行機も飛ぶか分からない、帰れても、家に帰れるか?
休みは1日余分に取得してある。ということで、ホテルもレンタカーもエアーも全て1泊分延ばして、ギリギリまで沖縄を満喫することができたのでした。
南の島の夏休みを彼女と二人で過ごし、ぴょんはこのままこの人と結婚するつもりでいたのです。お互いに。この時は・・・
沖縄旅行から帰って、会社に出社。9月の月報は、前年に対して100%を超え、少し肩の荷が下りた感じでした。二人で同じ時期に休んで、二人別々にお土産をみんなに渡して・・・ここで、初めて真紀とぴょんが社内恋愛をしている事、付き合ってる事を公表というかバレたのでした。
この時は、沖縄旅行という非日常の時間、昔の友達に会えた事、彼女との将来の夢。未来は明るいと思っていたのでした。
夏休み取得への格闘
平成14年9月1日。どんな日だったかは忘れました。(笑)
しかし、この日に出た、前月の施設の月報を見て喜んだ事は覚えています。8月下旬から分かっていた事ですが、やっと単月で前年度との売上100%になったのでした。
実は、ここの施設。前年に対して毎月90%で推移をしていて、自分が赴任した3ヶ月前は、単月前年比で80%だったのです。
売上回復に大きく寄与した部門が自分の部門だったので、嬉しかった事を覚えています。
スタッフ全員に報告もし、モチベーションアップを図ろうと考えていました。そして、1人1人と面接をして、不満、愚痴、改善点など、自分の視点で気がつかない部分を聞き出そうと考えていた頃でした。
しかし、売上は回復しても、まだ、年間売り上げでは前年対比80%程度。残り半年で、これを回復するのが、ぴょんの仕事となったのでした。
この頃はとにかく、機会ロスを最小限にするために、自販機やゲーム機などの業者と毎日の様に、情報交換、機械の修理など、業者との意見交換が多い時期でもありました。
また、ノムさんがいなくなり、仕事がしやすくなったと思ったら、また問題が・・・
ぴょんが赴任する前からいたエガちゃん(推定38歳)に、夜間の接客部門の責任者として、二人三脚をしていたのですが、夜中に起きた問題を、全てぴょんに引き継ぐのでした。そして、最終的に、ぴょんが電話をしたり、直接、相手先に出向いたりして、謝罪や説明などを行っていくなど、また仕事が増えたのでした。
9月も中旬になると、スタッフの夏休み消化もあるために、シフトに入ったりしていたのですが、ぴょんも夏休みを取得するために、奔走したのでした。
支配人の五郎ちゃんに「夏休みを5日間下さい!」と話をすると、「まず、支配人室で仕事をしているスタッフ15名の判子、スタッフ30名の了解を得たら取得して良いよ」との事。ぴょんだけ、冗談でいじめられていました。(笑)土日を入れて、5日間の夏休み。真紀も同じ期間の夏休みを申請し、すんなり取得しているのに、天と地の差でした。(爆)この時、二人が社内恋愛をしている事を知っていたのは、五郎ちゃんだけでしたので、無理に言うこともできないし、沖縄旅行も予約し、お金も払ったので、とにかく休み取得の為に頑張ったのでした。
この頃は、頭痛があるものの、寝不足、疲れ、精神的な疲れ、ストレスと考えていたのでした。平成13年7月にCTを撮った時も、「心配は無いよ」との事だったので、自分自身でそう納得させていたのでした。
しかし、別の症状が現れました。それは、記憶力の低下。昔の事は思い出せても、人の名前やちょっと前の事などが思い出せないのです。
身長180cmある、ノグと身長160cm程度のチック。二人とも新入社員だったのですが、普通に名前を間違えて呼んでました。それくらい、名前を覚えられないのでした。御者の担当者が変わっても、その人の名前を名刺を見ないと思い出せないし。
そして、もっと最悪なのは、感情的になる事でした。自分の価値観が絶対という感覚になってしまい、真紀と別の新入社員の女の子を泣かせたのです。連絡ミスによる、時間の無駄をぴょんがされたので。「ごめんなさい」「以後、気をつけなさい」で済む事なのに・・・・
という訳で、9月下旬の沖縄旅行に向けて、準備が進んでいったのでした。