小沢氏は引退を!国家戦略室の捉え方
臨時国会が始まる中、菅総理は国会議員の定数削減を年内に目指すと表明した。中々、意味深長な方針であるので、これについて論評したい。
議院定数削減の議論は従来からあった。今回、突然、「年内成立を目指す」としたのは、財政再建のために政治家が自らの身を削る必要があること、菅総理としても再任のため新しい方針を掲げる必要のあること、さらにはみんなの党や自民党も定数削減を掲げており、部分連立が組みやすいことが挙げられる。
筆者は基本的には国会議員の定数削減には反対である。減らすなら都道府県会議員を削減すべきである。
道州制では全国に夕張市のような倒産自治体ができても国は財源を移譲するから救えない。国、県、市の2重・3重行政を排するためには本支店型の道都庁制を導入すべし、と考えている。本支店型の中央分権型行政であれば、市町村の他は分散された国の機関だけが残り、県は廃止される。当然、全国に2800名以上いる県会議員はいなくなるから議員経費は大幅に浮く。合わせて2重・3重行政はなくなるから行政経費は10兆円単位で浮くのである。
また、2大政党制の欠陥が明らかになった今、本支店型の道都庁制にすれば、各選挙区から2名ずつ衆院議員を出して「3大政党制」を実現できる。日本にはグー・チョキ・パーの3つで勝負し、ケンカ両成敗で中庸を選ぶという知恵があるから、3大政党制が合っているのである。
しかし、その計画実現には幾多の壁があり、中長期的な課題となる。菅総理にとって当面の政局を乗り切るには、議員定数削減は非常に都合がよいのである。なぜなら先の理由以外に、定数削減は小沢派に大きなダメージを与えることが出来るからである。
先の衆院選で民主党は圧勝した。その圧勝の上乗せ部分は、ほとんど「小沢チルドレン」であろう。現在の小沢派150名のうち、80名ほどはいるであろうか?その大半が次の選挙で落選する。次の衆院選で民主党に風が吹くことはないからである。
実を言うと、この現象は、かっての「小泉チルドレン」と同じである。小泉・竹中政権は「郵政民営化」という単独イシューで衆院の3分の2以上をとった。華々しく83名の「小泉チルドレン」が誕生したが、彼らのほとんどは次の衆院選で落ちてしまった。それと同じことが「小沢チルドレン」にも起こるのである。
まったく自民党の小泉氏と民主党の小沢氏は「陰の小沢、陽の小泉」と陰陽逆なだけで、よく似ている。二人とも新自由主義者であり、日本の文化や伝統など、選挙に利用できる時だけ尊重する。徹底した権力濫用主義者であることも良く似ている。その小泉氏は自らの「引き時」を知って政界から引退し、進次郎という種を残した。
小沢氏もそれに習い、引退すれば良いのである。次の衆院選で明らかに「小沢チルドレン」は大敗する。これに議員定数削減が加われば、小沢派は50名ほどに減るであろうか?その数では他の派閥と変わらず、彼の影響力は著しく減少する。
小沢氏は剛腕ではあるが、小池百合子氏に「公約=膏薬は張り替えるほど効く」と言ったほどの「政策なし、選挙のみ」の御仁である。小選挙区では独立もままならないから、彼の晩節を汚さない方法はもう、引退するしか無いのである。
ところで、いったん断念したはずの国家戦略室の「局」格上げが再浮上している。これは菅総理が断念したものに、みんなの党が異議を唱えた。これに枝野氏が乗り、「協力してくれるなら局格上げに再考の余地がある」と応じたものである。
何度も言うが、彼らの議論の誤りは、内閣の中に国家戦略室をつくろうとしていることである。内閣であれば、議員内閣制の今日、国会議員中心で戦略室をつくることになる。だが、毎年、総理が変わってきた現状に従えば、毎年、国家戦略が変わることになる。これでは国家百年の計など出来はしない。現在は政党政治の時代なのだから、党本部の中につくるべきなのである。
国家戦略室をつくっても情報収集を官僚にだけ頼っていたのでは、屋上屋を架すだけである。内閣の中につくれば新たな法律も必要になるし、官僚は抵抗する。高額の政党交付金をもらっていのだから、それを原資に党本部にシンクタンクをつくり、それを基礎に国家戦略室をつくればよいのである。
そしてそれらの長は議員でない方が良い。議員は国会開催が平均・年200日近くもあるから、多忙である。また、次の選挙が気になり、支持組織への配慮や対立政党の支持基盤を崩そうとか、選挙中心の戦略や政策になる。民主党が自民党以上に選挙中心の政策を取ったというのは、選挙民主主義を取る限り、宿命なのである。
議員でない方がしがらみを持たずにじっくりと多方面の情報を分析し、百年間耐え得るだけの国家戦略や中長期の政策をつくることができる。そのことが議員諸兄に理解いただけるか否かが問題なのである。
民主党、総括の視点
参院選で予想通り、民主党が敗北した。衆院で3分の2に至らない、典型的な「ねじれ国会」となり、前途多難な政権運営となる。
民主党の敗北は「消費税の増税」という菅総理の発言によるというのがもっぱらである。だが、それだけではない。それも含めて「民主党の政策の底の浅さ」が見透かされたのである。民主党政治の欠点は多々あるが、重要な点を列記すると、
1. 国家の理念として「自立と共生」を掲げながら、一方で「自立を阻害」する子ども手当、農家の所得保障の見直しなどを充分、行っていないこと。
高所得者にも子供手当を支給するのはバラマキ以外の何物でもないし、農家の所得保障は、北米や東アジアとの自由貿易協定(関税のゼロ化)推進による農家保護が目的であった。農業者の反発で自由貿易協定はストップしたが、所得保障は進めるというチグハグなものになっている。
2. 官に対する政治主導、族議員回避のための政策調査会の廃止・政策の内閣への一元化など、どれも鳴りもの入りで始めたが、すべて見直しの対象となっており、中途半端な議論であったことが判明している。幹事長室への陳情一元化など、単に選挙対策のための地方や業界締め付けでしかないことも明らかで、自民党以上の選挙至上主義であった。
3. 鳩山氏の発言のブレで見る通り、この党は「政治主導」を掲げながら、事実上、「政治家個人ないし数人の個人主導」となっており、組織の体を成していない。
彼の普天間基地移設に関する発言のブレは、最初は寺島実郎氏、最後は岡本行夫・元外務省北米一課長と、ブレーンの交替によって起きていた。
菅総理は別のブレーンを抱えているから、民主党としての「国家百年の計」など、つくれはしない。つくっても代表やブレーンが変わるたびにコロコロ変わるわけで、これでは国家戦略の策定など不可能だし、官僚達にも勝てるわけがないのである。
この点、自民党も同じだが、小選挙区になって、すでに政党政治の時代になっているのだから、シンクタンクや国家戦略室は、政党本部の中に設けるべきである。それらを議員個人のブレーンに頼る時代は終わっていると考えるべきべきである。
4. 菅氏は「強い経済、強い財政、強い社会保障」を当面の目標として掲げた。これは国際的な弱肉強食の競争で「勝ち組に入ろう」という宣言であり、「新自由主義」に近い。全体に「世界標準に近づこう」という意識が強く、夫婦別姓推進や配偶者控除の廃止など、日本文化というものを考慮しない内閣だと言える。
これは民主党の中に新自由主義者と社会主義者、コスモポリタンが混在しているからで、彼らはいずれも日本文化を無視・破壊して、国際主義・無国籍主義に走りやすいという欠点をもつ。
これらの欠点は致命的である。菅さんには悪いが、民主党の良い点は事業仕分けと善良さだけで、その他は今後もあまり期待できそうにないという結論になる。民主党議員は偏差値は高いが、日本文化の理解と庶民生活重視の姿勢に欠けているのである。
みんなの党のような小泉政治の継承・売国路線ではなく、「しっかりした経済、しっかりした社会保障」をうたい、同時に自民党の欠点も民主党の欠点も克服した真の第3極が求められている。
成長戦略から成熟戦略への転換
参院選挙も中盤に差しかかる中、「みんなの党」が粘っているという。この党の売りは「経済成長戦略と官僚の天下り禁止、道州制」の三つであろうが、最も今日的な政策課題が凝縮していると思われるので、論評したい。
その中で、今回は「経済成長戦略」を取り上げると、みんなの党は「年率4%以上の名目成長により、10年間で所得を5割アップさせる」という。経済成長によって企業収益が増え、税収も増えるから増税も必要ないと主張する。
この考えに対し、最も的確に欠点を指摘しているのは同志社大学の浜矩子教授であろう。
浜氏は、新自由主義破綻後の世界で、もはや経済成長を自己目的にする時代は終わった。現在、日本を覆うデフレは、需要が供給を下回る通常のデフレとは異なる「ユニクロ型デフレ」とも呼ぶ状態で、ほとんどの政党の経済認識は間違っていると指摘する。
「グローバル化によって地球規模の安売り競争が起きた結果、モノの値段の低下が人件費を押し下げ、人件費の低下がモノの値段を押し下げるという悪循環を指す。ユニクロ型デフレの下では、経済が成長したとしても、貧富の格差が増し、貧しい人々の生活はますます貧しくなる。貧しくなった人々はますます安い商品に群がらざるを得なくなるため、更にユニクロ型デフレの悪循環の深みにはまっていくのだ」
浜氏は、こうした状況の下では、政党が経済成長を公約に掲げ、約束通りの経済成長が達成されたとしても、日本企業が中国などの新興国と安売り競争を続ける限り、人件費は下がり続けるし、格差は広がり続け、現在のユニクロ型デフレ状況は変わらないと言う。
まことにその通りで、私が過去に展開してきた経済認識とも合致する。感心すべきはネーミングの良さであるが、実を言うと、この傾向は1986年から91年まで続いた「バブル期」にその萌芽がすでにあった。
86年からのバブル期において、マネーサプライは前年比10%以上の伸びを示して、本来、インフレになるはずであったが、生活用品の消費者物価は極めて安定していた。なぜなら、すでに中国からの安い物資の輸入が始まっていたから、上がりようがなかったのである。結果として余剰資金は土地と株に集中し、荘大なバブルを形成したことは記憶に新しい。
そして、その後の「失われた十年」とは、まさにユニクロ型デフレそのものであった。政府がどれほどの財政支出をしても景気は上向かず、GDPは横ばいか微減、軽微なデフレ状態が続いた。シビレを切らした商人資本家や経済学者達は「財政出動の規模が足りない」と政府を責め、借金してでも景気対策をしろと主張した。結果として日本はギリシアを上回る規模の赤字国債を積み上げながら、20年近く横ばいのGDPが続いている。
現在、あまりの赤字国債の支払いと新たな成長戦略のために消費税増税が争点となっている。だが、問題の根本を知らなければ同じ過ちを繰り返すばかりで、それはユニクロ型デフレを理解できていないこと、経済成長が今後も可能だと幻想を持っていることにある。ユニクロ型デフレは、新自由主義の政策でグローバル化した場合に生ずるが、たとえGDPが上昇しても国内雇用の改善にはつながらず、かえって貧富の差が広がることを知らなければならない。
ここまでは良いとして、浜教授は、せっかくの現状分析を無駄にして、首をかしげる対策を述べている。
彼女は、対策でカギとなるのは地域主権だと説く。政府が地域に権限を委譲した上で、地域に住む市民がお互いの顔が見える範囲で自分たちの問題に対する解を見つけて実行していく以外に、現在の日本社会が抱える問題を解決する方法は見あたらないと言う。
これは明らかな誤りで、地域主権でユニクロ型デフレに対処することなど不可能である。なぜならこのデフレは、国家の壁を低くして、途上国と国内産品の価格を競争させることで生じているのだから、対策としては、途上国の産品と国内産品とがバランスよく競争できるよう、輸入品に関税を設けることである。もっと言えば国内の雇用を第一に考えて、関税を設定するしか方法がないのである。
もちろん輸入にだけ関税をかけては他国の反発を買うので、輸出にも関税をかけ、輸出入同額となるようバランスをとる。そうすれば他国に失業を輸出しないで済むし、消費税を上げずとも充分な税収を確保できるのである。
「日本に必要なのは成長戦略ではなく成熟戦略です。成長しなくても共存共栄していける社会を目指す政策。競い合いと分かち合いのバランスが取れた“大人の世界”を築くために知恵を絞るべきなのです」という浜教授の言葉は素晴らしい。日本だけでなく世界がそうなるべきだし、そのために率先して日本が模範を示す時期に来ていると思われる。
選挙後、小沢派独立で、3大政党制を!
選挙後、小沢派独立で、3大政党制を!
7月11日の参院選に向けて、通常国会が閉幕した。管内閣に代わって支持率の高いうちに選挙をしてしまおうという戦略である。お陰で、様々な副次的効果が生まれている。
その中で、消費税の増税を政治的テーマにしたことは大きい。これについては超党派の協議を呼びかけられた自民党が、「民主党のマニフェストを撤回してお詫びをすることから超党派の協議が可能となる」と指摘していたが、全くその通りである。
民主党のマニフェストでは子ども手当以外でも農家の所得保障など、一部修正したぐらいではバラマキの傾向は変わらないからである。
財政赤字が膨らむ中、増税の種は消費税しかないような議論がこの何年か続いているが、消費税には逆進性以外に大きな欠点があることはあまり知られていない。それは「人件費
課税」であることで、実質的に中小企業に重い税負担となっている。
例で示すと、今、売上1億円、給与経費4千万円、その他の経費6千万円で、利益ゼロの
会社があったとする。この場合、⑴売上に対する税476万円、 ⑵仕入れに対する税
285万円であり、その差額191万円を納付する。
つまり利益がゼロであっても消費税を納付する。それだけでなく、これが事実上の人件費課税だというのは、従業員を首にして給与のうち3千万円分を外注にする、あるいは3千万円分を自動販売機に置き換えると、その金額は仕入れ税額控除できる。
このケースでは、⑵の仕入れに対する税は428万円となり、納税は48万円で済む。
これだけではない。大企業は人件費の割合が中小企業に比べて少ないだけでなく、輸出免税がある。このため消費税が増税されても輸出還付金も同時に増えるため、ほとんど腹は痛まない。
現状、日本の年間輸出額は約60兆円あり、その7割が原価として、年2兆円ほどの輸出
免税による還付金が大企業に戻されている。消費税率が10%になれば、大企業の輸出
還付金は倍の約4兆円となり、これは消費税率の2%弱に当たる。
この件については、「輸出は非課税にとどめ、還付は止めるよう」個人的にも国会議員に話しているのだが、「国際的二重課税の排除」という理屈で中々直らない。
間接税については二重課税の例はいくつもあり、価格に転嫁されるから問題ないのだが、
仮に輸出の還付制度を無くしても人件費課税の側面は直らない。明らかに雇用の維持・
拡大には逆行する税であり、担税力がなくとも負担のある、問題の多い税目なのである。
こう言うと「預かり金のはずだ」という声が聞こえてきそうだが、100円に消費税1割を載せて110円で売っても、「税込みで2割安くしてくれ」と言われれば、88円で売ることになる。
当初から見て12円安いのだから、預かり金とは言葉の遊びに近い。
筆者は、増税するなら消費税や所得課税ではなく、関税にすべしという考えである。関税で
あれば国内産業の保護と雇用の促進に役立ち、誰も増税で損をする者はいない。輸入だけでなく輸出にも課税すれば外国からの批判もかわせるので一石二鳥である。
問題はWTOの圧力だが、「日本の財政赤字・累積債務は途上国並みだ、ギリシアのようになってはいけないので、それを解決するための一時的措置だ」とか言って交渉する人物はいないのだろうか?
そこで期待するのが小沢一郎氏である。前回、書いたが、小沢氏はもう民主党の中で存在
価値を示すのは難しいと思われる。仮に将来の代表選で海江田氏や原口氏を担いで勝利
しても、小沢氏が幹事長に就任することは困難であろう。それほど今回の菅内閣の布陣で、反小沢色が鮮明になっており、とても中和できそうにない。
小沢氏が今後も存在感を発揮するには、いっそ党を割って社民党などと統一会派を組む、政策的には「消費税増税反対、沖縄普天間基地の国外移設(テニアン島へ)、3大政党
制の実現」などを掲げれば、相当程度、強力な第3極を形成出来ることは間違いないと
思われる。
この政策のうち3大政党制について述べると、日本では2大政党制を前提とした小選挙区制は合わない。小選挙区制では、絶えず他党を批判して違いを強調しなければ当選できないから必要な妥協ができない。公認権は党中央が握り、これに逆らうと公認されないだけで
なく、刺客を送られる。当選しても次の選挙が心配だから国政などやらず、地元の選挙対策ばかりに精を出す。どんなに個人が頑張っても党幹部が不祥事を行えば支持率は一気に
下がる。
全体として政治家が小物になり、得票率以上に大差のつくのが小選挙区制である。これは
しばしば政権交代が劇的に起きるという点では、マスコミ的には面白いのかもしれない。だが、そのマイナス面は小泉内閣・小鳩政権で充分知ったのではなかろうか?
日本はA案・B案と対立すればケンカ両成敗で、双方の折衷案をとる中庸を好む。西洋の
ようにコインの裏表ではなく、ジャンケンのように3つで争うから3大政党制が良いのである。
この3大政党制をつくるには衆議院の各選挙区から2名ずつ当選するようにすればよい。
300×2名=600名と衆議院議員の数は増えるが、その分、道州制ではなく、私の提案
する「中央分権型の道都庁制」にすれば行政は二層になる。市町村の他は、地方に分権化された国の機関のみとなるから風通しは良くなり、行政の効率は格段と上がる。
企業は東京に本店を置き、地方には支店を置いて権限を委譲する。それを参考に、
地方に支店に相当する政府の機関を分散すれば良いのである。ブロックの市町村長に
陳情権、説明要求権などを与えて地方の声を反映するようにすれば、都道府県会議員は
不要になる。
最近、語られている道州制では、自治体間で競争させようというものであるから、全国に夕張市をつくる。道州制では税源をほとんど地方に渡し、国は独自の余分な財源を持たないから、破綻自治体が出ても国は救うことが出来ない。
「地域主権だから地域で責任を持って頑張れ」と言うのは観念論で、サラリーマンは全国を転々とする。地域にすべての権限を渡されても、長く居つくとは限らないから国家がしっかりしてくれないとダメなのである。
参議院選挙後、そのような議論の起こることを期待したい。
菅総理誕生と今後の政局
菅総理誕生と今後の政局
6月4日、民主党の代表選で菅氏が選ばれ、第94代の総理大臣に就任した。
社民党が連立から離脱し、参院選の結果次第では衆参の与野党ねじれ現象が想定されるなど、前途は多難である。だが、強権性と、庶民の心を理解しない政治が特徴であった小鳩体制からの転換は重要であり、素直に祝福したい。
特にこれまで自民党時代から8人にわたって続いてきた2世・3世議員の総理就任に対し、菅氏は市民運動からのたたき上げである。庶民派の代表として、また執念と実行力と安定感のある総理として、個人的にも期待するものである。
鳩山政権は、彼自身の性格の問題だけでなく、民主党が政権を取って初めての内閣として、野党時代の想定とは大いに異なっていたことも不幸であった。その点、菅氏は9カ月間の政権与党としての経験があり、かつ、不得手であった財務大臣も短期間ながら経験した分、より安定感のある仕事ぶりが期待できそうである。
菅氏は民主党の真のエースといえ、見ていて危ういのは「小沢排除」が過ぎる可能性である。たしかに小沢氏は「しばらく静かにしておいた方が彼にとっても良い」のだが、かといって、排除し過ぎれば内部に爆弾を抱えるようなもので、政権運営が危うくなる。小沢氏は除外するとしても、彼らのグループを含めた党内バランスに配慮して人事を進めるのが「現実主義」というべきだろう。
もう一つ、代表選前後の動きを見ていて、小沢氏の政治的頂点の時代は終わったな、という感がする。菅氏の発言もそうであるが、代表選で菅氏を支持したグループがほぼ等しく「小沢離れ」を条件としたこと、それ以前に「普天間基地移設」に関して、小沢氏が何も動かなかったことが大きい。
私を含めて、小沢氏の強権政治に眉をひそめてきた人々も、「だが、彼がいなければ、民主党の大きな政治が前に進まない」、「何か重要事があれば、小沢氏の剛腕が解決する」という期待の面があった。それが彼のカリスマ性や専横ぶりを助長してきたのだが、その彼にしても、鳩山首相による普天間基地の辺野古沖周辺への逆もどりを放任してしまった。ために社民党の連立離脱を許し、今後の政権運営や選挙対策を困難にしてしまった。
そうした結果は事前に充分予測できたもので、もっと海外移転をアメリカに積極的に働きかけるとか、日米合意の政治決着を秋に延ばすなどの策を何も取らなかった責任は、あまりにも大きい。つまり、彼さえもがアメリカとの交渉を避けたわけで、「剛腕の価値」は著しく減少した。アメリカや中国には主張せず、国内勢力との間でだけ剛腕を発揮するというのでは、 単なる好戦家というに過ぎない。
もう一つ、彼の時代が終わったと思えるのは、第3極の野党が、どこも「小沢支配」を民主党叩きの材料としていることである。みんなの党代表の渡辺氏の父・美智雄氏は、小沢氏に「自民党を離脱すれば総理にする」と約束され、離党したが、総理にはなれなかった。その恨みは今でも残っている。また、舛添要一氏は、「小沢氏抜きなら、民主党に協力しても良い」と言っている。公明党も「アンチ小沢」を貫いた方が票が伸びると判断して、民主党の「政治と金」を叩いている。
つまり、参院選後の連立相手に予想される勢力が、どこも「小沢排除」を条件とするから、参院選後も小沢氏の活躍の場面がないのである。そういう意味で、民主党政権の第1幕は完全に終わり、第2幕が始まったと言ってよいだろう。望むらくは平成の22年間で16人目の総理が、9月には「17人目」とならないことを期待したい。
米軍の抑止力、韓国軍艦の沈没の真相
鳩山首相は沖縄を訪れ、仲井真知事や名護市稲嶺市長と会談し、辺野古周辺への米軍普天間基地移転の方針を伝えた。県民の希望や連立政権の意思統一を飛ばした通知で、最悪の結論となった。
鳩山首相の行動パターンには一定の法則がある。今回の「5月末決着」という期限は、総理が1月に公開の席で言ってしまったことが原因で、事前の打ち合わせがなく、周囲は驚いたという。また先の「CO2、90年比25%削減」でも、国連の場で演説し、直後のインタビューで「もう言ってしまいましたのでね」と驚くべき発言をしていた。
「最低でも県外」などの公約も、「とりあえず良いと思ったものを言う」という、まことに軽い「思いつき発言」が続いている。こうした思慮の浅い、頭に浮かんだ「とりあえず良さそうなこと」をすぐ口に出し、責任をとらないという態度は、重責のポストには明らかに不向きである。もはや「鳩山民主党は政権担当能力無し」と言わざるを得ない。
私を含めて「対等なる対米関係」ないしは沖縄の負担軽減を望む人々は、「八ン場ダム中止」や「ムダな公共事業中止」の時の行動力を想起して「普天間基地の県外・国外移転」を期待した。だが、総理の資質のみならず、アメリカの意向、さらには外務省の対米従属ぶりが強かったのだろう。岡田外相など、早くから「アメリカの意向に逆らうと総理になれませんよ」と外務官僚に脅されて、対米従属になっていた。
今回の議論で特に問題となったのは「米軍の抑止力」である。民主党の某防衛政務官など、テレビで「フィリピンで米軍基地を撤去した後、中国海軍の前線が随分、進出した」ことを挙げ、米軍の抑止力の必要性を説いていた。だが、その程度の認識だからダメなのである。
中には米軍・海兵隊の抑止力として、「日本人が外国で拉致されたら海兵隊が助けてくれる」などと幻想を持つ人がいるが、海兵隊の任務は「敵前殴りこみと米人の救出」が主要な任務で、日本人の救出順序は「その他の国民扱い」で4番目となっている。
そもそも日本人救出の事件は、これまで1985年のイラン・イラク戦争の時、一度あった。この時はイラン国内に在住する日本人200名超の救出に自衛隊も民間航空機の派遣も出来ず、日本大使館員がトルコ大使館に頼んだ。すると「分かりました。トルコ人は皆、かって日本に受けた恩を覚えています。その恩返しをさせて頂きましょう」と、救出用の飛行機を派遣してくれ、お陰でイランに住む日本人を救出することが出来た。アメリカはその戦争においてイラク側を支援し、イランとは敵対関係であったから、米海兵隊に救出してもらうなど、そもそも不可能であった。
集団救出の必要性は、日本が平和外交を貫いていれば大幅に減るし、事件が起これば自衛隊が救出出来るよう法改正すればよいのである(=社民党はかってのように反対しないでほしい)。絶えずどこかの国・集団との戦争状態にある米軍の「敵前殴りこみ部隊」を日本に置いておく必要はないのである。
特に今回、問題となっている普天間基地は米軍・海兵隊のみで、これをテニアン島などに移転しても、沖縄には嘉手納空軍基地などが残る。嘉手納基地は極東最大の空軍基地でイラク戦争へもここから立つ。もちろん横須賀や佐世保にはインド洋・ペルシア湾までを管轄する海軍基地があるから、日本の抑止力には事欠かない。
アメリカにとって最重要な在日米軍基地は沖縄・嘉手納基地、横須賀・佐世保の基地、三沢の通信基地(米4軍の通信基地がある)であるから、それ以外は交渉次第でいくらでも削減可能なのである。
さて、3月26日に北朝鮮との海上の境界線近くで韓国の軍艦「天安」が沈没した。事件につき韓国は、「北朝鮮による関与」が原因であると先日、発表した。日本で「米軍の抑止力論争」が起こっている最中で、あまりのタイミングの良さに驚くところである。
この件につき、北朝鮮はこれを即座に否定し、「独自の調査団を送って、北朝鮮だという物証を確認したい」と申し出た。
通常は被疑者の国が申し出れば、互いに証拠を確認する作業をする。互いが納得すれば韓国の発表の正当性が裏付けられるから受け入れればよいものを、断ったのは何故なのか?
国際情報に詳しい田中さかい氏のメルマガ・5月7日号によれば、事件のあった3月26日には、近くで米韓合同軍事演習が行われており、天安・沈没と同じ時間帯に米国の潜水艦とみられる物体が、すぐ近くで沈没した。4月7日、韓国のKBSテレビが報じたもので、韓国の潜水隊などが捜査に当たり、米軍のヘリコプターが米兵の遺体らしきものを運び去っている。KBSテレビは韓国で最も権威がある公共放送で、その後はこの件の報道につき政府から名誉棄損で告訴され、竿口令が敷かれたのか、KBSのウェブ・サイトは公開停止になっているとのことである。
また韓国が物証として公開した魚雷が短期間で随分サビついていること、藻さえ生えていたこと、並びに本当に北朝鮮の犯行なら「調査員派遣の申し出ではなく、(双方で主張する境界線が異なるので)海域侵犯をした韓国軍艦に対して勝利宣言を出すはず」などから北朝鮮犯行説を疑う声が一部にはある。
ちなみに田中さかい氏は、その周辺の海に潜んでいたアメリカの原子力潜水艦と韓国の哨戒艦が互いに誤射した(衝突したか)のではないか、それを、米軍の潜水艦がその周辺の海に常駐していることを知られたくないために、北朝鮮犯行説をねつ造したのではないかと推理している。
こうした疑問があるのに、鳩山首相は疑いもせず、即座に韓国の発表と対策に支持を表明した。多分、自民党でも同じであろうが、あまりにも国際的事件への認識の低い対応である。歴史を知れば、第一次大戦の開始原因や日中戦争の開始原因テロなど、大きな対立的事件の背景には必ず国際的陰謀が働いていた。その程度の歴史を知ってから党代表になるべきで、総理になってから「学びます」では遅いのである。
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真の同盟国とは何か? &「武士道」講演会のお知らせ
「5月末決着」を目指した沖縄・普天間基地の移設問題が、依然、先が見えない状況で、マスコミの鳩山叩きがかまびすしい。その多くは、自民党時代からの対米従属路線に疑問符をつけた首相に、「それ見たことか」という論調である。
確かに鳩山首相のダッチロールぶり、更には普天間問題の責任者を申し出た平野官房長官の、無為無策・後手後手ぶりは目を覆うほどである。
だが、「対等なる日米関係の追及」はもう無理としても、「沖縄基地負担の軽減」は、社民党も含めた現在の連立の組み合わせでしか為し得ない。もし、鳩山内閣が退陣ということになっても、その課題は今後も追及してほしいものである。
冷静に考えて、4月27日の沖縄・読谷村(よみたんそん)での10万人集会の盛り上がりを見れば沖縄県内移設は無理であろう。かといって徳之島に限らず、他県への移設も困難であろう。騒音や暴行事件など、日本国民全体が「米軍は迷惑施設」と考えており、その度合いは産廃処理施設の比ではないからである。
浅瀬桟橋方式にしろ、キャンプ・シュワブの訓練基地内にしろ、沖縄県民の了解を取り付けずに進めれば、究極的には「沖縄独立」もあり得ない話ではない。現在の国家独立は、2カ国の承認があれば簡単に認められるということで、そうなれば普天間だけでなく、沖縄のすべての米軍撤退になることを鳩山氏はアメリカに言うべきである。アメリカは馬鹿でもアホウドリでもないから「それは大変、困る。ではすぐにグアムかテニアンに移転しよう」ということになるはずである。
海兵隊には抑止力の意味など全く無いことは先に述べた。それでも「否、朝鮮半島有事には」とか、「中台紛争の時には」という御仁がいる。そんなに朝鮮半島有事が心配なら米軍を韓国に一杯置いておけば良いのだし、中台紛争が心配なら、台湾に米軍を置いておけばよいだけである。なにも日本がそのために貴重な基地を提供することはないのである。
米軍が日本に駐留しているからといって、日本の国境問題の解決にはあまり役立たないことは分かっている。たとえば竹島の帰属につき韓国ともめているが、これが軍事的衝突に発展したからといって、アメリカはどちらにも味方することはない。
また尖閣諸島で台湾・中国と軍事衝突になっても、アメリカは、せいぜい「当事者でよく話し合うように」と言うだけである。何故なら尖閣諸島で台湾から依頼されて石油採掘に当たるのは、アメリカ企業のガルフ社だからである。
さらに言えば北方領土も、元はアメリカ・ルーズベルト大統領が対日戦争にソ連を巻き込みたくて、スターリンに対し「ソ連が対日戦に踏み切ってくれれば、勝利の暁には北方4島と樺太を取ってよい」と約束したヤルタ協定(1945年2月)が原因で今日に至っている。
こう考えると、日本の抱える領土問題ではアメリカは一切動かず、逆に(北方領土やガルフ社など)原因をつくった側であることがわかる。
それだけではない。「米軍の抑止力」を叫び、日本に協力を呼び掛ける米軍の戦争の歴史を見ると、協力する方がおかしいというものばかりである。
例えば、2002年からのイラク・フセイン打倒の侵略戦争は、大量破壊兵器の存在や、ビン・ラディンとのつながりなど全くのウソであった。
その前の湾岸戦争も、米国大使が「(元々、クエートはイラク領であったのだから)イラクがクエートを攻めたとしても、アメリカは容認する」との発言を伝えたことがきっかけでイラクがクエートに侵攻し、その報復としてイラク攻撃が始まった(中丸馨氏の情報)。
更にその前のイラン・イラク戦争では、アメリカはフセイン側に立って支援していたにも拘わらず、敵国のイランに武器を輸出するという「イラン・コントラ事件」を起こして、両方が合い打ちになるよう行動した。
ベトナム戦争の時には、アメリカ海軍の駆逐艦がベトナムのPTボートに攻撃されたという「トンキン湾事件」をねつ造し、本格参戦の理由を作り上げた。
つい最近のソマリア沖の海賊船出没にしても、昨年5月、英ガーディアン紙は、海賊が英国コンサルタントの支援を受け、衛星電話で襲撃する船を決めていると報じた。情報分野のコンサルタントのほとんどは、どこかの国の出先機関のため、海賊船は米CIA・英MI6・イスラエルの諜報機関による自作自演との情報が流れている(田中さかい氏の有料メルマガより)。
これらの情報を知るにつけ、日本の情報分析力の稚拙さと、国際社会での方向音痴ぶりが明らかになる。アメリカを含めて「基地を置いているから率先して守ってやる」とは考えず、「絞れるだけ絞ろう」ぐらいの考えしかないのである。対米従属の手先となっているマスコミを含めて、いい加減、覚醒しないと日本がダメになってしまう。
【武士道・講演会のお知らせ】
日時: 5月21日(金)午後6時15分より9時まで
場所: 新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル301室(JR四谷駅・四谷口:徒歩1分、地下鉄2番出口、東京信金手前、スター会議室)
テーマ: 「武士道と天皇制」⇒※日本の今後の中心的な価値は「自立と平安」と思われますが、その自立を内面で支えるのが「武士道」と考えます。天皇制と武士道の関連を知り、日本の方向と自分自身の生き方を考えます。
講師: 佐野雄二
参加費: 1000円(先着30名 、事前申込みに限る)
申込み: 電話04-2945-6338、 e-mail: y-sano@sage.ocn.ne.jp
沖縄海兵隊はテニアン島へ!講演会のお知らせ
沖縄普天間問題がいよいよ大詰めである。報道によれば、鳩山首相は米軍普天間飛行場移設の問題で、現行の辺野古沿岸部への案を滑走路1本だけとし、これを沖合に移動させる「桟橋方式」と、徳之島にヘリ部隊最大1000人を移すか訓練を移転するなどの案で最終調整をしたい旨、米国側に打診したようである。
この案は埋め立てに比べて自然破壊が少ないという利点があるが、これまで民主党が「県外、国外」を主張してきたため沖縄県民や社民党などの反発が予想され、予断を許さない状況である。
この基地問題を見るにつけ、民主党が前回の総選挙で掲げた「対等なる日米関係」というスローガンのむなしさを感じざるを得ない。それまでの自民党の対米従属路線から、やっと独立国として是々非々でモノを言うことが出来る政権に交代したかと喜んだが、何度も蛇行を繰り返し、その戦略の無さは目を覆うばかりである。
これでは自民党の「対米従属路線」とほとんど変わるところがない。鳩山首相は何故、「普天間にいる海兵隊は敵地上陸の最前線部隊であるから、日本の防衛には必要ない」とハッキリ言えないのか?
湾岸戦争などでのアメリカの戦いぶりを見ると、最初に米空軍が空爆を繰り返し、目標物の全てに強烈な打撃を与える。空爆開始後1ヶ月以上経ち、敵が戦意を無くした頃を見計らって海兵隊が敵地上陸し、地上戦に突入する。このパターンを知れば、海兵隊は戦争開始の1ヶ月後に上陸出来る所に常駐していれば良いのだから、グアムでもテニアン島でも全く構わないのである。
特にテニアン島は4月中旬に「沖縄の負担を軽減するために海兵隊基地を受け入れよう」と上院で誘致決議を採択してくれている。移転先として手を挙げてくれているのに何故、テニアンへの移転を検討しないのか?
この点に関し、「否、海兵隊は揚陸艦にヘリごと乗って出動する。だから揚陸艦の配備されている佐世保に近くないとダメだ」という声がある。それなら揚陸艦の基地ごとテニアンにいってもらえばよいだけである。
また、先端通信技術設備や学校などのインフラ整備、生活の質の確保、環境影響調査などにさらに時間がかかると米側は言う。
時間はともかく、他の問題はお金をかければ済む話で、日本は「テニアン移転に必要なお金は米国債での支払いを条件に、2兆円でも3兆円でも払う」と言えばよい。日本は外貨準備高約100兆円のうち、9割の約90兆円の米国債を抱えており、売却をしようとすればアメリカから恫喝されるという状態が続いている。だが、アメリカへの支払いに充てるのなら米国債を使って問題はないはずである。
グアムやテニアンへ移転すると、朝鮮半島有事の際に時間的ロスが大き過ぎるというが、韓国では08年に米軍基地を3分の1に縮小し、16年には全ての米軍を撤退させる意向である。そのツケを日本が一方的、全面的に負うというのは納得できない。
北朝鮮は経済的に疲弊して戦争能力などないことは明白なのだから、北鮮の危機対応は韓国中心に任せて、日本は平和外交を追求すれば良いのである。
問題は中国であるが、今後も軍部が勢力を誇示することはしばしばあるだろう。だが、中国は日本の技術協力を今後も必要とするから、日本を占領して従属させるということは考えにくい。中国としては先の戦争責任を取り上げて批難し、脅すことはあっても手は出さず、日本を屈服させるというアメリカの手法を参考にしてくると思われる。いずれにしろ中国への抑止力のためにアメリカが日本を属国のように使って良いということにはならないのである。
何度でも言うが、海兵隊は日本の防衛のためには必要ない。中国などへの抑止力は沖縄嘉手納・空軍基地と横須賀・佐世保を拠点とする海軍・第7艦隊だけで十分である。
逆に言えば、海兵隊(普天間・佐世保の一部)や米陸軍(キャンプ座間など)は不要である。敵に上陸されたら米陸軍の世話にならず、日本の自衛隊だけで戦えば良い。そのための自衛隊で、米陸軍も日本領土には不要である。
さらに横田基地や岩国基地なども不要で、騒音や暴行事件の危険性などで、かえって日本国民の平和な生活を脅かしているから、出て行ってもらえば良いのである。実際、首都のすぐ近くにある米軍基地は、仮想敵国への抑止力よりは、日本の監視のためにあると言って過言ではない。
こう言うと、「アメリカにそんなことを言うと脅される」という声があるが、「立退きのお金はキチンと米国債でお支払いする。米国債は決して不渡りにならない優良債券だ。貴国は同盟国を脅すのか」とハッキリ言えば良いのである。
小沢幹事長は、かって「日本の防衛には米海軍・第7艦隊だけで充分だ」と言った。鳩山首相は「常時駐留なき安保」と言った。後者は非現実的と思うが、民主党の両巨頭が沖縄普天間基地は必要ないと認識し、沖縄県民は強く「県外または国外」を望み、テニアンは誘致の意思を示している状況で、採るべき政策はハッキリしていると思うのだが如何だろうか?
【講演会のお知らせ】
日時: 5月21日(金)午後6時15分より9時まで
場所: 新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル301室(JR四谷駅徒歩1分、東京信金手前)
テーマ: 「武士道と天皇制」⇒※日本の今後の中心的な価値は「自立と平安」と思われますが、その自立を内面で支えるのが「武士道」と考えます。天皇制と武士道の関連を知り、日本の方向と自分自身の生き方を考えます。
講師: 佐野雄二
参加費: 1000円(先着30名 、事前申込みに限る)
申込み: 電話04-2945-6338、 e-mail: y-sano@sage.ocn.ne.jp
第3極をどう評価するか?
第3極をどう評価するか?
参議院戦挙を7月に控え、新党結成の動きが活発である。それは日本の政治の成熟にとって歓迎すべきことではある。だが、どの党も日本の抱える問題点について、国民性や文化、歴史を踏まえた適切な処方箋を持っていないように思われる。既存の自民党や民主党も含めて、未熟な部分を抱えていると言わざるを得ない。
今回は第3極を名乗る新興党派を中心に、各党の課題を見て行きたい。
●たちあがれ日本・・・・広がりの少なさに、当初から先行きが危ぶまれている。その原因は別に平均年齢の高さにある訳ではなく、政策的に旧態依然として、時代を切り開くものではないというところに最大の弱点がある。
思うに日本の「保守」とは、右翼とは明らかに異なる概念である。右翼とはマルクス主義が出てきてから対抗軸として成立したもので、歴史も浅い。
右翼であれば「左翼を批判し、自主憲法制定と天皇制の(現状のまま)擁護」を語っていれば良い。日本の保守とは、絶えず庶民の安寧を考えた、もっと
幅の広い、融通性のある価値体系と考える。
日本に古来からある神道には明確な教義・経典がない。何故ないかと言うと、その分、絶えず時代とともに見直し、継承と発展の中に定義付けられるような価値観だからである。武士道も同じで、日本に広く定着した陽明学の王陽明など「孔子でさえ乗り越えるべき対象」だと言っている。
「保守」という概念も神道や武士道と同じで、時代の進展とともに庶民の安寧を考えて継承と発展を繰り返すものと考える。つまり相手が左翼であっても「良いものは良い」と認める感性と度量を必要とする。千年一日の如く「左翼を批判し、自主憲法制定と天皇制現状擁護」を主張していれば良いというものではない。「たちあがれ日本」はこの点が旧態依然で、「右翼」にとどまっていると言わざるを得ず、保守層全体への広がりを持てないと思われる。
●首長連合・・・・「立ち上げ」はこれからであるが、地域の自立、家庭の自立、個人の自立など「自立」をキーワードにしようというのは時代の要請に合っている。だが、「首長連合」に固執することは大きなマイナスである。これでは市長や知事出身でないものは党の重要部分に関与させないと最初から壁をつくっているようなものである。
同時に首長連合の最大の欠点は、国家の自立まで思いが至らず、国家主権にからむ問題のときは解決不能となり易いことである。この点を考慮して頑張っていただきたい。
●みんなの党・・・・第3極の中心として支持率を急進しているが、実態は、隠れ自民党である。
その証拠は数多くあり、彼らが掲げる「道州制による地域主権」は、日本を10程度に分割・解体して大企業の都合の良いように競争させる。自治体を「勝ち組と負け組」に分け、全国に夕張市のような財政破綻自治体をつくる。地域主権を語りながら、日本をバラバラにする政策だと言えよう。
彼らの脱官僚政策も急進的であり、「天下りゼロとして官僚を叩けば国民に受ける」という大衆心理を利用した、無責任な政策だと言わざるを得ない。
また、党首の渡辺喜美氏の政治資金団体の事務所は、自民党の森喜郎氏の事務所と同一とのことである(植草一秀氏のブログより)。自ら「隠れ自民党」であることを証明しているようなものである。
アメリカ金融危機の時など、フレディ・マックやファニィ・メイという金融保証会社に資金拠出すべしと主張するなど外資優先派で、総じて「小泉・竹中路線」の最大の継承者と言えよう。所属議員全員が同じ政治信条か否かは別として、「最も危険な第3極」である。
●自民党・・・この党の最大の問題点は、先の総選挙でなぜ政権交代したか未だに分かっていないと思われる点である。反省が充分出来ていないから、民主党が支持率を下げても批判の受け皿となることが出来ず、執行部批判や脱藩者が続いている。改めて言うが自民党が政権を失ったのは、
(1)小泉構造改革路線=新自由主義政策により、格差が拡大し、失業者や自殺者、ワーキング・プアが増えていたこと。
(2)戦後、対米協調路線を一貫して採ってきたが、イラク・アフガン戦争への盲従、郵政民営化が実は外資への売却であったこと、リップルウッドなど外資への優遇、三角合併の容認など、その対米従属路線に保守インテリ層が怒りを覚えてきたこと。
(3)「消えた年金や官僚天下り天国、税金の無駄遣い」など、緊張感のない官僚主導政治が明らかになっていたこと。
(4)小泉氏以降、安倍・福田・麻生氏と、庶民感覚のなさや政権放り投げなど、世襲総理の失態が続いたこと。
―などによる。自民党はこれらの問題を超克しないかぎり、今後も政権に復帰することは相当に困難であろう。
●民主党・・・・この党の問題点はこれまで何度も指摘してきたので大きな問題に限ると、次々と言葉を変える鳩山総理の資質や小沢氏の問題の他は、国家観がないことである。せっかく「自立と共生」という素晴らしいスローガンを掲げたのに、現実の政策は著しく乖離している。高額所得者にも配る子供手当、農家への所得保障など、国民の自立を阻害する政策だと言える。
合わせて外国人参政権や海外にいる外国人の子供にまで子供手当を無制限に配る国家観のなさ(ただし、これは自公政権時代の児童手当も全く同じであったが)などは重要な欠点である。
「対等なる日米関係」、「コンクリートから人へ」とか「政治主導」は時代の要請として評価できるとしても、全般的にナショナルな国益を放棄してインターナショナルな指向が非常に強い。「無国籍化」を進める左翼イデオロギーが強すぎると言わざるをえないのである。
ゼロ歳児保育と戦後教育の問題点
ゼロ歳児保育と戦後教育の問題点
26日、「子ども手当法案」が参院本会議で可決成立した。この法案の問題点は何度か書いたが、来年は金額が倍増の予定であるため、今一度、書き留めておきたいことがある。
子育て環境を整える策として、現金支給より「駅前保育所の増設をして待機児童をゼロにする」という考えがある。平成13年の自民党政権の時からの政策であるが、民主党の政策傾向とも合致するので、来年度以降は重要な子育て支援策として、浮上する可能性がある。
この「待機児童ゼロ政策」は、「共働きをしなければやって行けない」家計上の問題と、「育児休暇を何年も取れば同じ職場に復帰できなくなる」という現実とが合わさって、時代の流れに応じた、やむを得ない政策であるかと思われる。しかし、その実行には大きな落とし穴があることを忘れてはいけない。
月刊誌『正論4月号』で大学講師のエドワーズ博美女史が指摘しているが、厚生労働省のデータによれば、現在の待機児童の8割がゼロ歳児から2歳児であり、ゼロ歳児の保育所使用者数は毎年、右肩上がりで上昇しているという。
つまり、まだ乳幼児である子どもを預けて仕事に復帰する母親が増えている訳で、この状況は大いに問題にすべきと考える。なぜなら3歳未満の乳幼児は、母親の全面的愛情と注意とで育てられるべきであるからである。
博美氏は、1970年代にアメリカで幼児教育に情熱を燃やして終日保育までの園を開園していたドレスデンという夫婦が書いた本を紹介する。その本には「終日保育は決して親代わりにはならず、特に3歳以下の子供には有害である」、「終日保育は、飛び方を知らないひな鳥が親鳥に見放されて巣から追い出されたようなのものだ。ひな鳥は外の世界に飛び立つ準備はまだ出来ていない」という体験談が書いてある。
母親の充分な愛情に囲まれて育った子供か否かは、成長してから如実に表れるわけで、国は原則として「3歳未満の保育は禁止」ぐらいの考えで臨んでほしいと博美氏は訴える。
日本では古来から「三つ子の魂百まで」と言い、乳幼児期は父母の愛情豊かな環境で育てることが重要と知っていた。まさに古への知恵であるが、それを放棄して「子育てとはお金を出すこと、国が子育てに積極的に乗り出すべきだ」という掛け声のもと、ゼロ歳児保育が拡大しようとしている。
だが、その危険性をもっと知るべきである。それは「生みの親と育ての親を分ける政策」であるだけでなく、三歳未満には独占的・全面的な愛情が必要なことを忘れている。
この「ゼロ歳児保育」の問題は、同時に女子教育の在り方を問うものでもある。なぜなら、3歳未満の育児を外部に依存しないとなれば、母親は子どもを平均2人産むとして、最低5~6年間は出産と育児に専念することになる。
その後、仕事に復帰するとしても、もはや同一の職場には戻れない。それゆえに女子こそ、幾つになっても仕事を確保できる「手に職」を身につけておくことが必要になる。
筆者は、女子は高校教育で商業高校を中心に、簿記とワープロ、保育体験などを身につけることがベターであると考えている。それらを知っておけば乳幼児の扱いにまごつかず、出産・育児で間が空いても再就職に困らないからで、男子の工業高校中心と相まって、「手に職」を持つ職業・技能教育が望まれる。いつでも仕事に復帰できる技術があれば、乳幼児の子育てにも専念できるという考えである。
これに関連して、最近、児童虐待の例が多いが、幼児を虐待する親は、自分自身が幼少の頃、父母の愛情を充分感じずに育ったのではなかろうか。自分が愛情豊かに育てられなかったから、子どもに対しても、親として当然なすべき「子育て」が分からない。あるいは既に少子化で核家族化していたから身近に赤ん坊と接した経験がない。普通は母親は、幼児の異常に気付く「動物的本能」と第六勘が働いて、幼児の危険信号を察知出来るのだが、そのような動物的本能はもはや退化しているというのが現状であろう。
児童虐待の原因をもう一つ挙げると、戦後の憲法下における個人主義の影響が懸念される。立命館大学の加地伸之教授の指摘によれば、戦後日本は国民主権の名の下、個人主義の涵養を教育の柱にしてきた。だが、自律的な個人を生むことが出来ず、利己主義者を大量に生みだしてきたために児童虐待や親子間の殺人などを生みだしてきた。
これは、欧米の個人主義の場合は、キリスト教という唯一絶対神に規制されているために利己主義への歯止めがあるが、日本の場合、規制する絶対神がないために、野放図な個人主義がすぐに利己主義へと陥りやすいことに原因がある。
加地氏は、日本では「私達の生命は、祖先以来の生命の連続として存在する」という儒教的考えで家族をとらえ、個人をとらえてきた。戦後、その儒教的教育を放棄したために自律した個人を生むことが出来ず、利己主義者をひたすら生みだしていると指摘する(ただし、筆者は儒教より武士道の方が、幅広い教育が可能と考えている)。
『武士道』を書いた新渡戸稲造は、そもそも「日本には宗教教育が無い?どうやって子どもを躾けるのですか?」と問われたことがキッカケであった。「キリスト教のような宗教教育が無くとも、日本人は「武士道精神」によって躾をされるから、個人の道徳心や倫理観が育成される」と説明したわけである。
だが、今時、家庭で武士道的躾を施すことのできる親などいない。それができたのは江戸時代や明治時代、あるいは戦後60年代前までの話であろうから、日本の青年達はキリスト的規制を知らず、武士道的生き方を知らず、儒教的教育も受けず、個人主義教育を受けるから、利己主義ばかりが蔓延する結果となる。
このように、いかに子供手当で子づくりに励んでも、乳幼児への接し方が分からずに子育てを外注する、3歳以降も躾の仕方を知らずに、利己主義者ばかりを増やして、あげくには児童虐待するというのでは、少子化の解決にはならない。体系的な道徳教育や技能教育、家族の在り方まで問うのでなければ、中途半端な政策とならざるを得ないのである。
もう一度、子育て環境や武士道、日本的ゲームなど、日本古来の教育や子育て環境の優位性を見直して、子ども達が健全に成長出来る環境を考えるべきである。現代は少子化だけでなく、戦後民主主義や憲法の理念までが問われていると言えるのである。