(日本人は失われた十部族) 祟神天皇からガド 族に交替
祟神天皇からガド族に交替
(『聖書は日本神話の続きだった!』より)
ここまで語ると、祟神(ルビ:すじん)天皇についても触れておかねばならない。
日本には「ハツクニシラススメラミコト」と呼称される天皇が二人いた。初代の神武天皇と第10代の祟神天皇である。これは「初めて国を開いた天皇」という意味であるから、二人いるのはおかしい、ゆえに初代の神武天皇以降、第9代までは架空の人物であったとする説がまことしやかに語られてきた。
だが、これは誤りで、真実は、天皇家をめぐって権力闘争があり、天皇家の家系が入れ替わった。勝利した祟神天皇が、自らの権勢を誇る意味も込めて「ハツクニシラス」と自称したのである。
その根拠は、
⑴ 神武天皇がエフライム族の系統であるのに対し、祟神天皇は「失われた10部族」のうちのガド族の系統の魂と推定される。
祟神天皇は名前を「ミマキイリヒコ」といい、第11代垂仁天皇は「イクメイリヒコ」、第12代景行天皇は自らは違うが、皇后に「ヤサカノイリヒメ」がおり、皇子に「イオキイリヒコ」がいて、祟神天皇以降、「イリ族」が続く。
『旧約』の「民数記」によれば、「ガドの子孫は、その氏族によれば、ゼポンからゼポンびとの氏族が出、・・・エリからエリびとの氏族が出、・・・」(26-15)とある。このガドの子孫の「エリびとの氏族」が第10代祟神以降の「イリ族」となっているものと考えられる。
ちなみに、「日本」や「ジャパン」という呼称もガド族の「ゼポンびと」から出ているものと思われる。ゼポンとは英訳の聖書より訳したもので、ユダヤ人はゼを発音することができないという。このため、ジェポン、ジャポン、ニッポンとなったのではなかろうか。
また、天皇のことを「ミカド」というが、「ミ・ガド」とはヘブライ語で「 ガド族の出自」という意味である。これがミカドになったものと思われる。同様に、古代の朝鮮半島の任那(ルビ:みまな)に日本府があったというが、この任那は「ミ‧マナセ=マナセ族の出自」と解せられる。
⑵ 祟神天皇が大和朝廷の初代天皇でないことは、その巨大な天皇陵を見ればすぐに分かる事である。
周囲に膨大な濠をめぐらし、全長242メートルに及ぶ完成された前方後円墳は、国を初めて統一した初代の天皇には無理であろう。何代か経た後の、国としては安定期に入った後の天皇であったからこそ可能であったものと思われる。
⑶ 祟神天皇は当初、大元の神から見て、歓迎されなかった。これは、彼の就任後、疫病が流行り、大地が荒廃したことで分かる。
このため大田田根子(ルビ:おおたたねこ)に大物主神を、また市磯長尾市(いちしのながおち)に倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)をまつらせて鎮めている。
このように災厄が続いたことは、本来、エフライム族が継承する予定であった天皇家が、祟神天皇によって断絶したことを表している――ただし、その後、大物主神らを祀ることでガド族への交代が許容されたと考えてよい。
⑷ 祟神天皇の生涯に起こった事を『旧約』と比較すると、ダビデ王を想起させる。その理由は沢山あって、
①祟神天皇の代に悪疫が三年続き、人口の半分が死んだが、ダビデ王の時代にも3年間の旱魃があり、その後の悪疫で7万人が死んだ。両方の王は、その惨状に責任を感じ、神にお伺いを立てている。
②ダビデ王の軍隊はエドムのシア山で戦った。一方、祟神天皇の軍隊はイドミの山城で戦った。
③『旧約』によれば、約束の地にイスラエル人が定着してからは、あまり活動実績のない王の時代が500年以上も続き、その後、ダビデが王位についている。一方、日本神話でも神武天皇の死後500年以上、あまり活動実績のない王が続き、その後、祟神天皇が王位についている。ちなみに、この類似性は、神武以降9代までの天皇が架空ではないことを意味している。
④ダビデ王の死後、息子のソロモンが王位を継承し、最初のヘブライ寺院を今のエルサレムに建てた。一方、祟神天皇の死後、息子の垂仁天皇が継承し、最初の神宮を伊勢に建てた。⑤また、ソロモン王はハマトに穀倉を建てた。一方、垂仁天皇は久米の村に穀倉を建てた。
――このように、祟神天皇とダビデ王周辺の出来事は酷似している。ダビデは、全イスラエルの王となる前はユダ族の王であった。ユダ族は「失われた10部族」ではないから、この点でもエフライム族とは違っている。天皇家の交代があったとする次第である。
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スサノオまでは日本神話が、ヤコブ以降は聖書が先行
以上、結論として大和民族・弥生人は「失われた10部族」の魂を持つものとして、ユダヤ人と同祖であるという関係にある。
第1部の「聖書は日本神話の続きだった」という話と合わせると、イザナギ・イザナミの争いとスサノオの行動部分までは、日本神話が聖書に先行して、聖書の前提を語っている。
一方、ニニギ以降の天皇家の出来事は、聖書のヤコブ以降の出来事を、多少、形を変えてなぞるように再現した形となっている。つまり、『旧約』の出来事が日本の天皇家に関する部分より先行することで、日本の大和朝廷・弥生民族が「失われた10部族」であったことが確認できる。
まことに複雑であるが、日本人とユダヤ人を使って、元の大神が仕組んだ「3000年超に及ぶ仕組み」であったということになろう。
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日本の神道はヤハウェではない
ちなみに、日ユ同祖だというと、「では,日本の神道はヤハウェを祭っているのか」とか、「神社では羊が殺されて捧げられているのか」という疑問がある。
これはそうではなく、日本にやってきた「10部族」は、すでに北のイスラエル王国の時代から農耕神である男性神・バアル信仰に染まっていて、ヤハウェ神は相対化されていた。
また、弥生渡来人が日本に来てからは、土着の民である縄文人や出雲系の女を妻とすることが多かったので、彼らの信仰を取り入れた独自の神道や習慣が形成されたと見るべきである。
実際、「神」という日本語はアイヌのカムィという語が元であろうし、イザナギが、「一日に1500の産屋(ルビ:うぶや)を建てよう」と言った「産屋=お産小屋」はアイヌの習慣である。
神道で使う御幣(ルビ:ごへい)や垂(ルビ:しで)はアイヌの「イナウ」という削りかけが原型だとされているし、日本の典型的な八百万の神は、先住民族たるアイヌの自然観を取り入れたものだと明言できる。
さらに単純な日ユ同祖と違うのは、大和民族の正統であるエフライム族は、かってはユダ族に対立してイスラエルの指導的役割を担っていた。ためにイスラエルは一時期、「エフライムの家」とも呼ばれていたほどである。
また、エフライムの父であるヨセフは、『旧約』の中で唯一、欠点の書かれていない人物である。
父に愛されたことにより、兄弟から嫉妬といじめで死の境界にまで行きながら、ついにはエジプトの王という、当時の世界の頂点にまで昇りつめた。
ためにかってはいじめた兄弟たちがひざまずいた。
そのヨセフの子のエフライムが、祝福を受けて繁栄の地を与えられ、日本の弥生渡来人となったのである。
ちなみに弥生人は3波にわたって日本に来たというが、そのうちの2波は「失われた十部族」であることは間違いないと考える。
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――ユダヤ教の神ヤハウェは日本神話のイザナミだった!――
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【ベンジャミン・フルフォード氏による推薦文 】
前から不思議に思った日本とユダヤの古代からのつながりの謎が、佐野雄二さんの本で概ね解決されました。この、人類の歴史を書き換える本を読めば、シュメール文明と日本文明が共通の根をもって持っていることを認めざるを得ない。この本が色々な言葉に訳されて、世界中の人に読まれることを望みます。
【本の概要と目次】
新旧の聖書を読んでいくと数多くの謎があります。いわく、
① 『旧約』の神ヤハウェは何故、アブラハムの長男イサクを生け贄にとろうとしたのか
② ヤハウェは捧げ物として「雄の初子」を好んだのは何故か?
③ 長旅の場合、パン種をきちんと入れて発酵させた方が食糧として長持ちする。だが、ヤハウェはあらゆる場面で「種入れぬパン」に固執したが、その理由は?
④ なぜ、ロトの妻は後ろを振り返って見ただけで塩の柱にされたのか。
⑤ 信仰心を高めるなら、いつでも「神の名を唱えよ」と言うのが普通である。だが、ヤハウェは「神の名前をみだりに唱えるな」と言った。それは何故か?
⑥ 『旧約』において「千や万」という数字が頻出し、『新約』においては「五千」と言う数字が重要場面で出てくるのは何故か
⑦ イエスは何故復活したのか。
⑧ イエスが処女懐妊で生まれたのは何故か。
⑨ ユダヤ教とキリスト教は過去に争いが絶えなかったが、その理由は?
――などですが、これらの謎は、「新旧の聖書は日本神話の続編だった!」と理解することで解くことができます。
これまで新旧の聖書の神は同一であるとされてきましたが、事実は全く違い、ユダヤ教の神ヤハウェは女神、キリストの父なる神は男神と、性別さえ違います。『旧約』で「われわれにかたどって人をつくり、・・・神の形に創造し、男と女に創造された」(創1-26,27)というのは、文字通り、男と女の神がいたことを示しています。
日本神話において妻神イザナミは、夫神イザナギと国づくりの途中、些細なことから大喧嘩となり、「こんな仕打ちをするなら、あなたの国の子供を一日千人殺す」と叫んで、離縁しました。その後、日本神話の中からは一切姿を消しましたが、その恨みを持って物語を始めたのがユダヤ教であります。一方、夫神イザナギは独り身でキリストを産んで『新約聖書』を始めました。
「出エジプト記」の中で「主である私はねたむ神であるから、私を憎むものには父の罪を子に報いて3,4代に及ぼし、私を愛し、私の戒めを守るものには、恵みを施して千代に至るであろう」(20-3)とあります。これは、「父の罪と母の恵み」を対比してあり、ヤハウェが母神であることを示していますし、ヤハウェが「種入れぬパン」に固執したのは、夫の種を拒否する意思表示です。
このことをキリストは知っていて、「女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物はおこらなかった。しかし、天国で最も小さい者も、彼よりは大きい」(マタイ福音書11-11)と、洗礼者ヨハネの神が女神であることを指摘しています。
こうした証拠を多数挙げて、ヤハウェは日本神話の妻神、キリストを生んだ神は夫神であることを証明します。
初めて明かされる秘密ですが、「なぜ、日本神話が新旧聖書の前提を語るのか」というと、原日本人がシュメール人であったためと推定されます。シュメール人とはメソポタミア文明を担った「世界の都市文明の母」とされる民族ですが、聖書はシュメールでの出来事を引き継いで物語が展開されています。そのため、シュメール人が原日本人だったとすると、日本神話が聖書の前提を語っていてもおかしくはないわけです。
その他、ユダヤ人の魂の祖先はケルト人であったこと、原日本人である縄文人と、原ユダヤ人であるケルト人が一体となって人類が始まったこと、など、日本人とユダヤ人の三重の関係を明らかにします。
日本人は騎馬民族が祖先であるとか、縄文人も弥生人も渡来人であるとする旧来の日本人論をくつがえす画期的な書と考えますので、是非、ご覧下さい。
≪目次≫
第1部 聖書は日本神話の続きだった!
第1章 新旧の聖書で神の性別は違う
日本神話と聖書の類似性 /『新約』の神は男の神 /金、銀、宝石を好む『旧約』の神 /ヤハウェによる食べ物や着る物へのこだわり /胎内に造られた主 /「子を産む時の苦しみ」を多用 /白髪になるまでの母性愛 /「父の罪と母の恵み」の対比 /ヤハウェは「男の神」を偽装 /キリストはヤハウェが女神であることを見抜いていた
第2章 新旧の聖書は日本神話の続きだった !
日本神話の概要 ⁄『旧約』の神ヤハウェは日本神話のイザナミだった /女神が「見ないで!」と言ったとき /イサクの生けにえ /神ヤハウェへのお供え物 /「全きもの」を好む /一日に千人を殺す /差引き、五百人が生き残る /ヤハウェの残虐さ /なぜ「父の罪」なのだろうか? /ヤハウェの功績 /神の名前をみだりに唱えると・・・ /閉じた園、うまずめなど /種入れぬパンの秘密 /聖書の神は、なぜ雲の形をとるのか /ヤハウェもキリストの父なる神も日本神話の豊雲野神 /聖書はなぜ地球の天地創造から始まっているのか?
第3章 キリストは何故、復活したか?
キリストは独り神イザナギから生まれた /修業して戻ってくる /キリストはスサノオのように現界から追放された /山川が震えた /スサノオは「現生(あらぶ)る神」/一時、世が暗闇となった ⁄奇跡の復活をした /ヤハウェの生んだスサノオ ⁄ユダヤ教徒がキリストの処女生誕を認めない理由
第2部 シュメール人は原日本人だった!
第3部 日本とユダヤの三重の関係
反グローバリズム、金融独立・経済自立・累積債務の解決のために――
≪為替制度を「半固定・半変動相場性」とする≫
文責 佐 野 雄 二
現在の世界で主流の外国為替制度は変動相場制である。この制度は1973年、それまでの固定相場制の欠点を補うものとして導入された。
ドル・円・ユーロと、多くの国が採用している変動相場制の為替システムは、輸出が増えて貿易黒字がたまれば、やがてその国の通貨高となり、価格面で国際競争力が劣って輸出は減る。一方、輸入価格は下がって輸入が増えるから、結果として国際収支は均衡に向かうことになる。
逆に累積債務国の場合、貿易赤字がたまれば、その国の通貨安になり、輸入が減って輸出は増える。これによって貿易赤字は縮小し、この場合も国際収支が均衡に向かうというものであった。
この理論に従えば、為替市場の動きを放任することが貿易赤字や貿易黒字解消の最善策である。途上国が累積債務に悩んだり、先進国に貿易黒字が溜まり過ぎるなどの現象は、一時的なタイムラグで生ずるものに過ぎず、各国とも外貨準備は原則不要というものであった。
確かにそれ以前の固定相場制に比べれば、通貨の需給が均衡しないからといって、毎回、通貨当局が余剰分の通貨を買い取らねばならないということはない。その点では変動相場制は固定相場制より優れているが、為替が絶えず変動することを利用して投機の対象となっていること、変動相場制移行後も途上国では対外債務が累積し、その返済に苦慮していること、一方では日本の貿易黒字は毎年継続し、2007年末で外貨準備高が9700億ドル(約110兆円)にも及んでいることを知ると、変動相場制が通貨当局の市場介入を必要とせず、貿易黒字も赤字も累積しないという見通しは誤りであったといえよう。
もちろん、外貨準備は中央銀行の外国為替市場での介入によって蓄積される。介入しなければ貿易黒字で円高ドル安となり、それを放置することもできるのだが、現実には円高での輸出減少を嫌う日本の財界と、ドル安を嫌うアメリカの利害が一致し、日銀は貿易黒字以上に、米国債を買い続けてきたというのが実情である。
国際貿易では一国が大幅な黒字であれば、その同額分の赤字が他の国に必ず存在する。それが一方では日本のような貿易黒字のたまり過ぎ(これは事実上の失業の輸出!)であり、他方では累積債務国の存在である。ゆえに真に一国のみで収支が自動均衡する為替システムが求められている。
変動相場性は全てに失格のシステム
一般に、国家間の貿易の為替システムに求められる条件は次の通りである。
① 互いの通貨の交換レートが安定すること。
② 国内金融・財政政策の独立性が守られること。
③ 国際収支が自動均衡し、対外債務や外貨準備が蓄積しないこと。
――わずかに3つの条件であるが、多くの国が採用している変動相場制は、これらの条件のいずれの点でも失格となっている。
まず第1の為替レートの安定は、輸出入品のコストや利益を計算する上で絶対必要条件である。絶えず為替の変動に一喜一憂するというのでは安心して取引を拡大できないが、現状の変動相場制は為替レートが絶えず変動することを特色とするから、外為システムに必要な第一の条件に全く反している。
為替リスクを回避するために数々の金融商品が開発されているが、それらに対応できるのは一部大企業に限られる。
デリバティブなど、絶えず変動する為替レートの利鞘を狙った投機資金も膨らんでおり、変動相場制は、実物取引を前提とした為替制度の理想像からは大きく外れた制度であるといえよう。
ちなみに変動相場制の欠点を補うため考案された「目標相場制」は、為替変動幅を一定範囲内に収めるというもので、EUなどはこれを指向した。だが、かえって通貨当局による介入範囲を教えることになり、92年にイギリスが投機筋に狙いうちされ、ポンド危機に陥った。ロシアが98年8月に通貨危機に陥ったのも、目標相場制の破綻であった。
第2に、変動相場制下においては金融政策は有効であるが、財政政策は効果の減少することが指摘されている。これは、開放経済体制の場合、その国の金利が世界平均を上回れば外国資本がその国の通貨を買う。変動相場制においては外国資本の流入は国内のマネーサプライの増加をもたらさず、通貨高をもたらすのみである。この通貨高により純輸出(総輸出ー総輸入)が減少し、景気は悪化し、金利は低下する。金利は世界平均に一致するまで低下し、景気は悪化し続け、財政支出の効果を減殺する。
逆に金利を世界平均より下げれば、外国資本はその国の通貨を売る。これはその国の通貨安をもたらし、純輸出が増えて景気は上昇する。財政支出がなくとも有効な景気対策となる。
この動きでわかることは、変動相場制下にあっては財政政策のみならず、金融政策の独立性も保てないということである。絶えず世界平均金利と比較して国内金利を決定しなければならないというのでは、真の独立国とは言えない。つまり変動相場制は財政政策においても金融政策においても、自国民の経済状態に即応した政策を打ち出しにくい、国の独立性を保てないシステムであるという重要な欠陥をもつ。
第3に貿易収支が自動均衡することも外為システムの重要な要件である。この点においても変動相場制は失格である。
前述したとおり、変動相場制下で日本は貿易黒字がたまり続ける一方、数多くの途上国は累積債務に悩まされている。これらはいずれも変動相場制の収支自動調整機能がキチンと働いていない証拠である。
単純な企業活動であれば経常収支が黒字であるのは良いことである。どこかの企業が大幅に黒字だとして、それは効率化のおかげや販売戦略の良さとして賞賛され、同業他社も皆、黒字ということはあるのだが、こと貿易ではこれは不可能である。
経常収支が黒字の国があれば、それと同額の赤字が、必ず他国に存在する。ゆえに1国のみで真に収支が自動均衡する為替システムが求められているのである。
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半固定・半変動相場制の概要
以上の問題意識から、変動相場制には致命的欠陥があると考え、「半固定・半変動相場制」と名づけた新外国為替システムの導入を提唱する。
半固定・半変動の外為システムとは、日本でいえば外為決済における円売りと円買いの交換レートを切り放し、一方を固定、もう一方を変動制とするものである。
外国為替取引の卸売り市場である銀行間(インターバンク)市場において、通貨当局は固定制(例として円売り・ドル買いレート)とした通貨の交換には無制限に固定レートで応ずるが、一方の変動制(例として円買い・ドル売りレート)とした通貨交換の要求には、同じ締めに固定レートで拠出された金額を全て当て、それ以外の放出も繰り越しも一切しないシステムである。
これにより、真に一国のみで国際収支が自動調節され、採用国は貿易赤字も貿易黒字も生ずることはないから、累積債務問題は一気に解決する。
⑴ 例をあげて説明すると、輸入代金支払いなどのためのドル買いレートを1ドル120円の固定制とし、一方、輸出代金回収によるドル売りレートについては、同じ締めのインターバンク市場に放出されたドル買いのための円貨を、すべて交付する。
⑵ 図を見ていただくと分かりやすい。今、輸入業者A、Bが輸入代金支払い用の計1億ドルを取得するため、インターバンク市場に円資金を提供(銀行の在庫は考えない)したとしよう。こちらは固定レートであるから、1億ドルの調達のために計120億円を提供する。つまり、1ドル120円の固定レートで円を売ってドルを買う。
⑶ 一方、同じ締めに輸出業者C、Dが、輸出代金回収によるドル資金計8千万ドルを円に代えようとする。C、Dからのドル売りに対して通貨当局は一切介入せず、同じ締めにドル買いのために拠出された円貨120億円がすべて提供(為替手数料は無視する)されるので、このケースでは変動のドル売りレートは1ドル150円となる。
⑷ これでは変動レートが固定レートに対して円安(ドル高)であり、インターバンク市場の参加者である生損保や為替取引業者などの機関投資家は、ドルを売って円を購入しようとする。
例として機関投資家が円買いのために、同じ締めに1千万ドルを投入すると、今度は、先の輸出業者の8千万ドルと合わせて9千万ドルが市場に提供されたことになる。
これに対して通貨当局は一切、市場介入しないから、先に輸入業者A、Bからドル買いのために拠出された円貨120億円がすべて交付される。このケースでは変動レートであるドル売りレートは1ドル133.33円となり、まだ円安ドル高であるから、さらに円が買われることになる。この動きは1ドル120円に限りなく近づくまで続くことになる。
⑸ 一方、変動レートが自国通貨高となるケースを考えると、上記⑵の事例で輸入業者のドル買い計1億ドルは変わらず、輸出業者C・Dが計1.2億ドルのドル売り・円買いに入ったとしよう。この場合も同じ締めに提供された円貨120億円だけが交付されるから、変動レートたるドル売りレートは1ドル100円となる。これでは円高ドル安であるから、機関投資家は円を売ってドルを買う。この動きは1ドル120円になるまで続くことになる。
⑹ 結論として変動レートとされたドル売りレートは、固定レートとされたドル買いレートの金額に限りなく近づくことになる。貿易黒字も貿易赤字も機関投資家の動きによって、その日の「締め」ごとに補正されるから、半固定・半変動制の外為システムによれば、一国内のインターバンク市場において完全に収支自動均衡するのである。
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半固定・半変動相場制の効果
さて、この半固定・半変動制の外為システムの効果は多方面に及ぶ。それを列挙すると、
自国通貨の交換レートが安定するため、輸出入品のコストや利益を安心して見積ることができる。絶えず為替差損益を気にしていた変動相場制との、この違いは大きい。特に途上国や政情不安国との取引でも、原則として為替の変動を気にせず貿易ができるという利点を持つ。
このシステムでは国際収支が自動的に均衡するので、国際債務の不履行問題も貿易黒字のたまり過ぎも起きなくなる。このため外貨準備はごくわずかで済むし、通貨価値が暴落してハイパーインフレに見舞われるということもなくなる。
変動相場制下では一国の財政政策、金融政策の独立性は守られなかった。半固定・半変動制にすれば、国際協調という名の国外圧力から開放され、真に自国民の安寧を考えた財政・金融政策をとることができる。
デリバティブや為替投機は消滅する
変動相場制下では、デリバティブ取引や為替変動を利用した投機資金が横行した。為替投機は誰かが得をすれば、反対側に同じだけの損失をこうむる者が必ず出る。いわば、一国の通貨を対象としたマネーゲームで、有益なものを何ひとつ生み出さない。
外為システムはあくまで参加国の物やサービスの取引のために安心して利用されるべきで、一国の通貨がマネーゲームの対象になるような制度は廃すべきと考える。この新システムでは日々の為替変動は起きないから、デリバティブ取引や為替投機などは消滅する。結果として、1997年に起こったアジアの通貨危機など、ハゲタカ・ファンドに国の金融や経済がメチャクチャにされることがなくなる。
彼らはアジアの資本主義を「クローニー・キャピタリズム」と難癖をつけ、その国の通貨を売り浴びせると、当然に株価は暴落した。その暴落した株価のうち、優良会社の株式だけを彼らは再び買いあさって支配下におさめた。変動相場性下では、為替変動さえも、株式投資の利ざや稼ぎや企業乗っ取りに悪用されるのである。
事実上の金融鎖国、経済の自立
また、この半固定性の為替システムでは、外国資本が証券投資や金融収益のみの目的で資金移動することが、事実上、シャットアウトされる。
何故なら、ドル買いにしろ、ドル売りにしろ、実物経済を伴わない多額の為替決済をすれば、必ず、他の機関投資家の利益となる。外資がそこでも稼ごうとすれば、自らドルを売りながら、同時に同額のドルを買わなければならない。そんなことをする気にはならないから、事実上の金融鎖国となって、為替決済は、本来の目的である実物取引の決済に収束されていく。
また、最近の経済はグローバル化している。これは、良いにつけ悪いにつけ、世界経済の一体化をもたらす。アメリカがサブプライム焦げ付きでドン底の景気に陥り、ドル安が急速に進めば、日本の景気も悪影響を受ける。
そこで景気回復を印象づけるためドル増刷をすれば、世界的なインフレとなって資源価格が高騰する。同時に、金余りの投機資金が増え、各国の通貨を渡り歩いて各地でバブル経済を現出する。バブルはいずれ弾けるから、結果、各地の実物経済をメチャクチャにする。半固定の為替システムは、こうした世界経済の悪しき連動を食い止める効果を持つ。つまり、1国だけで経済が自立するのである。
売る物がない途上国でも貿易赤字は生じない
貿易自由化を進めても途上国には外国に売るものがない。かえって国家間の格差が拡大し、一日1ドル以下で暮らす極貧の貧困層が世界的に増えているという問題がある。これは明らかにグローバリズムの弊害であるが、半固定制のシステムでは、売るものがほとんどない途上国でも国際収支は自動均衡する。ゆえに国家間の格差拡大を防止ないしは縮小する。
なぜなら,半固定制は、外国に売るものが一つでもあれば、その対価であるドル売りを変動レートとして、ドル買いのために提供された自国通貨をすべて交付する。
これは先の事例⑶で、輸出代金回収のドル売り8千万ドルをもっと下げて、1千万ドルのドル売りがあったと仮定すればわかりやすい。この場合、ドル売りレートは1ドル1200円になる。
著しい円安は機関投資家にとって巨大な利益であるから、同じ締めで手持ちのドルを売って自国通貨の買いに動く。買わない場合は1ドル1200円で円が売られ、いずれにしろ国際収支は自動均衡する。この価格では輸出振興に力が入るから、途上国は貿易赤字の累積に悩むことはなく、国家間の格差を縮小することができるのである。
貿易黒字は失業の輸出
日本について言えば、変動相場制下における貿易黒字のたまり過ぎは、国内的には好景気の継続と雇用の確保で自国民には好都合であろうが、他国から見れば「失業の輸出」である。エネルギー使用やCO₂抑制の点から、農産物について「地産地消」が言われているが、工業製品についても、現地の雇用確保に役立つ地産地消が理想であり、半固定性の為替システムは、これを推進する。
食糧自給率や関税設定も任意
現在,日本の食糧自給率は先進国の中でも異常に低い。これは「貿易自由化」を推進するWТOやアメリカの圧力が大きいために農産物の自由化・低関税化を受け入れてきた結果である。
そして、この背景には、日本の貿易黒字のたまり過ぎがある。つまり、日本は自由貿易の恩恵を最も受けているのだから、見返りに農産物の自由化をせよという次第である。
おかげで外国で軒並み農業不況が続けば、食糧備蓄の尽きた後は餓死する国民が続出するというひ弱な国が出来上がっている。
だが、この新システムを導入すれば貿易黒字のたまり過ぎはなくなるから余計な外圧を防ぐことができ、食料自給率向上など、真に自国民の安寧を考えた交易活動が可能となる。
ちなみに、この半固定性の為替システムを導入すれば、交渉次第で関税の設定は任意となる。輸入決済のドル買いレート@120円に、同額の輸入関税を課せば、事実上、@240円での輸入となるが、これが国内産業の保護となって、景気活性化につながるだけでなく、財界の要望する法人税減額も容易となる。
関税額によっては年金財源も赤字国債の償還も可能となるから、1石3丁にも4丁にもなり、是非、導入したい制度である。
輸入代金決済用のドル買いレートを固定制に
右の新システムの導入については、いくつかの決定すべき前提がある。
⑴ 先ず、ドル買い・ドル売りのどちらを固定レートとするかであるが、どちらを選択しても、一方の変動レートは固定レートとされた金額に限りなく近づくから、国際収支均衡という面ではほぼ同じ効果を持つ。
だが、国際債務の返済に悩む国は、ドル買いレートを固定制とする方が、返済の資金計画が立ちやすいのでお勧めである。
また、対外決済通貨を円や他の通貨ではなく、ドル建てに一元化すれば、アメリカとの関係を良好に保つことが出来る。
さらに、たとえば日本のような国の場合、資源の輸入がなければ国民生活は成り立たないから、これを安定的に確保する施策が重要視されるべきである。つまり輸入代金支払い用のドル買いレートを固定レートとして安定化させ、一方のドル売りレートは変動制とするのがより良い選択となる。
⑵ 次に固定レートをいくらにするかの問題がある。
これも収支均衡だけを考えれば如何様にも可能だが、自国民の生活の安寧を考えて、自国の消費者物価(購買力平価)を基準にして設定されるのが妥当である。
日本の購買力平価は米1ドルに対して135円ほどの水準(2004年のデータ)であり、これを基準として、産業振興のため輸出を増やしたい時は円安(たとえば1ドル150円)に固定レートを変更し、輸入コストの上昇を抑えたい時には円高(1ドル100円など)に固定レートを変えれば、政策の幅も広がってくる。
なお、このシステムはドルに対してだけでなく、ユーロなど既に国際決済通貨と認知された通貨に対しても、市場で売買が成立すれば、並行して採用することが可能である。
⑶ この新システムを成立させるには、締めごとのドル買い・ドル売りの集計対比を必要とする。この点で変動相場制と異なるが、特に難しい制度ではない。証券取引所などを参考にインターバンク市場を開設すれよい。
また、世界の為替制度は固定相場制、ペッグ制(自国通貨と米ドルなど特定通貨との為替レートを一定に保つ制度)、変動相場性と3分され、それがさらに多様化している。ゆえにどの制度を採用するかは、自国だけで選択が可能である。
累積債務として膨らみやすい政府借り入れは別枠で
途上国の政府が他国から借り入れている多額の債務について、免除すべしという意見があるが、このシステム下においては政府借入は別枠とした方がよい。 借入時の為替決済が一時的に巨額となるためである。
ただし債務の分割返済については、金額が分散されるため、この制度内で処理することは不可能ではない。
特に途上国の例を見ると、ドル建ての借入時に1ドル24バーツ(タイの例)であったものが返済時には1ドル50バーツと、自国通貨が大幅安となった場合、返済額は2倍以上になる。これでは返済不能になるが、半固定・半変動の為替システムではこの事態は回避できる。
つまり対外借り入れの別枠扱いをしても、他の貿易収支はすべて自動均衡するから、途上国の経済自立には、是非、必要な為替システムだと言える。
ちなみに、この新システムによっても政府借入れの扱いが別枠ということは、金融は、自国内で完全自給できるのがベストだという結論になる。
戦後の日本の経済成長も、金融を自国内で自給できたことが大きかった。その経験を参考として、この為替制度を導入して経済の独立性を確保しながら、自国の金融システムを育成することが、途上国の健全な発展につながるものと考える。
月は地球の母だった
【月は地球の母だった】
(2008.8.7、JAXA(宇宙航空研究開発機構にて講演)
(2008.11.01、日本惑星科学会《於:九州大学》にて
「潮の干満は月の引力ではなく、海底隆起で起きる」という
タイトルで口頭発表)
【要約】
月と地球の関係につき、ジャイアント・インパクト説などがあるが、どれも理論的欠陥がある。
その中で月の特徴を追っていくと、月は地球の母であったと理解できる。
その理由として、
①月の石の年齢が地球の石より古いこと、
②月に長い断層があること、
③月が惑星としては非常に大きいこと、
④月には磁極がないのに磁気を帯びた岩があること、
⑤月の満ち欠けで成長・繁殖する生物が多いこと、
⑥女性の生理や出産の周期が月齢サイクルと一致すること
など、月と地球上の生物に「月を母とする母子関係」の成り立つことを挙げることができる。
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1.ジャイアント・インパクト説の誤り
月と地球の関係につき、これまで地球を親とする月分裂説、兄弟説、月捕獲説、ジャイアント・インパクト説などが語られてきた。しかし、これらの説にはそれぞれに致命的欠陥がある。
その中で、現在の最有力説であるジャイアント・インパクト説を検証すると、これは、できかけの地球に火星サイズの惑星が斜めに衝突し、地球内部のマントルが飛び出して、その破片が長い間に合体して月となったとする。
この説は月の石の組成が地球内部のマントル物質に近いことから考えられたものである。だが、
⒜ 地球の側に、そのような過去の大規模な惑星衝突の形跡は全くないこと。
⒝ 天体や地球の破片が集まって月が出来たのなら、月の表面はゴツゴツしたいびつなものになるはずだが、そうではないこと。
⒞ 大天体と地球の破片が飛び散って宇宙をさまよい、やがて重力の力で一体化して月になったとする。だが、宇宙は無重力(厳密には無重力)の空間であり、物体間に引力は働かない。現実にも、火星と木星の間の小惑星帯には数十万個の微小天体があるが、何万年も公転しているのに一体化する気配は全くない。
⒟ また、月には次のような特徴があるが、これらの説明も一切できないでいる。すなわち、
①月の石の方が地球の石よりも古いと思われること、
②月には極めて長い断層があること
、③月の内部は空洞の可能性が高いこと、
④月震の時期に片寄りがあること
⑤生物の繁殖や食欲、女性の生理や出産が月のリズムに左右されること
――などである。以上のように、これまでのところ、月と地球の生成に関する学説では、どれも有力なものはないというのが現状だといえる。
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2.月は地球の母だった
さて、月と地球に関する私の仮説を紹介させていただくと、地球は宇宙に現われる前、月の胎内である時期を過ごし、やがて月の外側に出てよい頃にまで成長して、独立した星となった。
つまり「月は地球を育んだ卵」であり、地球の母だったということになる。この仮説の正しさを検証していきたい。
まず、地球で見つかる岩石の最古のものは38億年前のものであるが、月の石の最古のものは46億年前であり、探せばもっと古い可能性がある。このように月の石が地球のものより古いのは、月が地球の母であったからである。
次にアポロ12号の時、使用済みとなった月着陸船を故意に月面に衝突させると、55分間、13号の時には3時間20分もの間、月震が続いた。アポロ15号の時は衝突地点から1100キロメートルの地点まで月震が伝わった。同様の衝撃を地球に与えてもせいぜい2~3キロメートルしか伝わらない¹⁾。
これらの事実から月の内部は空洞である可能性が高い。そして、その理由は、かって、中に地球がいたからである。なお、深発月震については後述する。
月に磁極はないのに、強い気を帯びた岩石が発見されている¹⁾。
この難解な事実も、かって地球が月の中にいたためだと知れば、説明は容易である。つまり、かって磁極を持った地球が中にいた時に、月の岩も帯磁した。そして、地球が抜けた後も磁気は残った。その時の磁気が今も保存されているのである。
月の割れ目
月には長距離にわたる断層のあることが知られている。この断層はシュレーター谷を起点にして、山脈を含めてハーゼ谷
図1:月の割れ目はつなげると約6,435kmにも及ぶ。
までをつなぎ合わせると図1のようになり、実に6,435km(直線距離では約5,400㎞)ほどにも及ぶ²⁾。
月面南東端のハーゼ谷は月の裏側まで続いているようであるから、もっと伸びている可能性がある。
これは地球が抜け出た時の割れ目と推定される。ちなみに月にクレーターは多いが、山脈は少ない。
この山脈は、月が割れて地球が出て、再び閉じた時、その圧力で出来たものと思われる。なぜなら、ジュラ山脈、アルプス山脈、コーカサス山脈、アペニン山脈と、月の主な山脈が、月の割れ目の想定線上に並ぶからである。
月震について
このうち深発月震は深さ800~1100kmと、地球での数十キロという深さから考えると、非常に深いところで起こっているとされる。
だが、地震に詳しい日本の気象庁地震火山部作成の『技術的参考資料』によれば、震源の深さ把握についてはグリッドサーチ法(3~5点処理)によるが、「観測点配置が悪い場合には震源が推定しにくくなり、時に大きな誤差を伴う。とくに複数の観測点で地震検知時刻がほぼ同じである場合、浅い地震であっても離れたところでの深発地震と判断してしまう可能性がある。そのため、3,4点処理では130㎞より深い候補は震源決定に用いない」³⁾という。
一方では、NASAが月から受信した数か所の月震計のデータは、P波、S波といったはっきりした相は見られず、「気味が悪いほど一致している」(ニューヨーク・タイムズ)という。
このことは、特定の震源地はなく、月の広域の部分が一様に振動している可能性を示す。
この両者の指摘を見ると、月の深発月震は、「広域的に振動しているもの、又はほぼ同時発生の複数の月震を、震源地の深い一つの月震として誤認」している可能性がある。
なぜなら月に物体を衝突させると1~3時間以上の振動で、1000キロも伝わることは明白な事実である。この事実は月の内部がほぼ空洞であることを意味するが、これと深発月震とは明らかに矛盾する。
深さ800キロ以上の震源とは、そこまで固体の地層があることを示す。それでは、物を衝突させても震動の伝わる距離は地球と同じ2~3キロ、継続時間は数秒のはずであるが、事実は全く違っている。
特にP波とS波の区別が明瞭でないというが、深発なら長距離を伝わるため、両波の区分は明瞭でなければならない。また、深発月震のピークは5~10分後というが、アポロ12号から月に衝突させた時、月震のピークは7分後であったという。これは、月震の起こり方が地球上の地震と全く違うことを意味している。
こうした誤認の可能性は、震源の深さ300km前後とされる浅発月震についても同様である。ただし、ごく最近のジャクサ(JAXA)の研究によれば、浅発月震については深さ数十キロの、非常に浅い震源だとの分析がある。
結局、月は構造そのものが地球と違うのだから、月震については「内部空洞説」を念頭に入れて、さらなる衝突実験と、より広範囲で多角的な観測が求められる。
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3.ある時期、月は太陽の中にもぐった
月で採取した石にはチタニウム、クロニウム、ジルコニウム、ベリリウムなど、地球上では非常にめずらしいレア・メタルが多量に含まれている。地球上では作られたことのないチタニウム、鉄、ジルコニウムを主体とする10種類以上の鉱物からなる合金さえ発見されている。
それらに共通するのは「すべて堅固で高熱に耐え、錆を寄せつけない金属物質」であることだ。これらが凝結した溶岩のようになって一体化するには、少なくとも4000度の高熱が必要となる。
また、表面に多い玄武岩、斜長岩なども熱を加えられて出来たものである。
これらの生成の理由として、月は、その形成の一時期、太陽の中に潜った可能性がある。月が太陽の中にもぐってもなおかつ存在し続けるためには、表面を耐熱性の高い超合金で覆う必要性があった。
なぜこう言うかというと、戦前の大本教の流れを汲む岡本天命が自働書記した『ひふみ神示』という書に、「最初、日月一体、次に(月が太陽の中にもぐって)太陽だけとなり、次に(地球が月の中で生まれたために、太陽は地球の視界から見えず)月だけとなり、最後に地球が生まれた」⁴⁾と解釈出来る記述がある。
これを参考にすれば、月は誕生後、太陽の内側にもぐったために、地球上では考えられないほどの高温で生成する超合金の製造が可能になった。また、太陽の高熱から身を守るため、表面を耐熱性の高い材料で覆う必要があった。そのために月の表面は、耐熱性の高い岩石で覆われているのである。
クレーターの真の原因
月のクレーターは、これまで隕石の衝突によるとされてきた。だが、月には直径1km以上のクレーターが30万個もある。
一方、すぐ近くの地球には隕石落下跡はわずかである。この違いにつき、地球に落下する隕石は大気圏に入って消滅するため、とされてきた。
だが、有名なアリゾナ州のバリンジャー隕石孔は直径30mほどの隕石で巨大な穴が生じている。これを見ると、地球大気圏で消滅するのは直径5~10m未満の小さな隕石で、それ以上の大きな隕石は地表面に到達していると見てよいことになる。月に直径300m(隕石は20倍の穴を掘るとして隕石径15m)以上のクレーターが60万個以上あるとして、表面積16倍の地球には、1000万個近くのクレーターがなければならない(60万個×16倍=960万個)。
だが、現実はわずかしかないから、月のクレーターのほとんどは別の原因で出来ていることになる。
また、月のクレーターの深さが一様なのも説明困難であるし、そのほとんどが38億年前以前につくられたと云うのも極めて不自然である。
では月のクレーターは何故出来たかというと、かって月が太陽の中に潜っていた時、高温のため月が溶けて液状化し、内部の水分がブクブクと泡となって蒸発した。
その時の蒸発跡がクレーターとなっている。これは月の岩石に水分が全く含まれず、揮発性の物質がほとんどないこととも符合する。
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4.月を母とする母子関係説
さて、今度は「母子関係説」という視点から月との関係を見ていきたい。
母子関係説とは、人や動物の母子関係に見られる特徴によって月と地球との間に起こる現象を説明せんとするものである。
この母子関係説はアメリカの天文学者などの一部ですでに語られているが、その内容は「地球を母、月を子供」として扱っている。これは全く逆であることを指摘しておきたい。
月が表側しか見せない理由
月を母とする母子関係説の証拠として、先ず初めに、月は地球に対して、きれいな面の表側しか見せず、裏側は決して見せないことが挙げられる。
月の表側(地球側)は大小のクレーターのほかに「静かの海」や「豊かの海」などがあって、地球から見るときれいである。それらの描く模様はウサギに見えたり他の動物に見えたりと、われわれ地球人に様々な想像をかき立ててくれる。
一方、月の裏側はクレーターばかりで、地球から見た「きれいさ」という点で、月の裏側は大きく劣っている。
人でも母親は吾が子に対して自分のきれいな面しか見せようとしない。自らの持つみにくい部分は夫に対しては見せても、子に対しては見せたがらない。母たる月が地球にきれいな面しか見せないのも、これと同じである。
月が衛星として大きい理由
月の重要な謎の一つに、月の母惑星(地球)に対する異常な大きさがある。
この点も「月は地球を生んだ母であった」と捉えれば理解は容易である。なぜなら、母なる星であるから、衛星としてある程度大きいのは当然である。
同時に月ほどの大きな星が、なぜ地球の衛星となったのかという疑問についても、月が地球の母だとすれば理解は難しくない。人の母がいつでも子供を見続けるように、母たる月は地球を見続ける。そのために地球の衛星として周り続けるのである。
月震の時期と理由
母子関係説の例として次に月震の時期を挙げよう。月には①深発月震 ②浅発月震 ③熱月震 ④隕石衝突―と4種類の月震が観測されている。
月震のうち、いわゆる深発月震とされるものについては、月が地球に最も近づいた時に月震を起こし、残りの半数は地球から最も離れた時に月震を起こすという。
この説明は母子関係説では容易だろう。月は地球に最も近づいた時には母として喜びで震え、地球から最も遠ざかったときには悲しみで震える。月が地球の母であるからこその月震だといえる。
生物の繁殖や食欲との関連
動植物の成長や生殖が月のリズムに支配されていることはよく知られている。
たとえばジャガイモには1日に2回、活動にピークがある。数々の生体リズムを研究したアメリカの生物学者、故フランク・ブラウン博士によれば、ジャガイモの活動は早朝は急激に上がり夕方6時過ぎになると急にダウンする。その活動リズムは潮の干満のリズムとぴたり一致する。
同じような活動のリズムは海草にもウニにも見られるという。
1972年以来刊行され続けている『農事暦』には「満月に向かって実を太らせてゆくのは地上に実をつけている作物、反対に地中にできる作物は新月に向かって太っていく」など、月の運行に合わせた作物の植え付け時、収穫時のアドバイスが多いという。
イワシによく似た魚グルニオンは満潮時のカリフォルニア州の海岸に産卵のため押し寄せる。砂浜に埋められた卵は2週間後の大潮時に孵化して大海に飛び立つという⁵⁾。
このような例は枚挙にいとまがないが、これらは皆、動植物の成長や生殖が月のリズムに支配されている表われであり、月が地球生命の母であることの強力な証明である。
女性の生理と出産への月の影響
月による生物への影響を考えた場合、最も顕著なのは人間の生理への影響だろう。ウォルター・メナカーらは、女性達の月経サイクルの膨大なデータを分析、その平均値は29.5日であった。これは月齢1ヶ月の29.5日とピタリと符号する。
メナカーらは25万回に及ぶ出産記録も収集、妊娠期間の平均日数が265.8日であることも明らかにした。これは月齢1ヶ月の29.5日で割ると「9」となり、月齢の9ヶ月と完全に符号することを証明した。
また2万件近くの月経サイクルを分析した例では、満月時や新月時に月経の始まる傾向の強いことが示されている⁵⁾。
女性が「母」となりうる直接の証明である月経や出産が、民族を問わず、ほぼ完全に月のリズムに同期するということは、月が地球生命の「母」であることの決定的な証拠である。月が月のリズムによって地球を宿し、生んだことを記憶しているかのように、地上の生命は月のリズムによって赤児を宿し、出産しているのである。
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5.月の引力を検証する
ここで、「母子関係説」で述べた現象が、どのような物理的原因で起こっているのかという疑問がある。
この疑問に対しては、これまで米国フロリダ州の医学博士A・L・リーバー氏が提唱した「バイオタイド理論」(biological tides theory)だけが存在してきた。それは「生命体にも海水の干満に似た現象がある」とする理論である。
人体は約70%、魚は75%、リンゴは85%が水分である。この体内の水分が、地球の海水と同じように月の引力の影響を受けるために数々の出来事や事件が起こると博士は指摘する。
だが、潮の干満は、月や太陽の引力で起きているわけではない。そのことを検証してみたい。
月の引力仮説によれば、満潮が生ずるのは、月がある地域の天頂に達して、その地域の海水を引っ張るからである。
月だけでなく太陽の引力もあるとされ、月と太陽と地球が一直線に並ぶ満月と新月のときには、満潮は普段にも増して高くなる(大潮)。
⑴ この引力仮説がおかしいのは、大潮のケースを考えるとよくわかる。地球海水に対する月の引力を1とすると、太陽からの引力はほぼ0.5となる。月が太陽と同じ側にきて並ぶ新月の場合、月と太陽の引力は合わさって1.5となる。一方、満月では月は太陽と逆方向にあるから、地球の海水への引力は相殺されて0.5となる。つまり、新月と満月では海水への引力が1.5対0.5と、3倍も違うのに同じ程度の満潮が起こっているのは何故なのか?
⑵ 月が天頂に来る都度、地球の反対側も満潮となるというのもおかしな話である。定説では、地球が月に引っ張られて地球の反対側の海水は置き去りになるためだというが、そのためには地球は絶えず月側に移動し続けなければならない。
⑶ 海水という液体に月の引力が働くとするが、海水は固体でないから、水の1分子ごとに地球と月と太陽の引力が働く。計算すると海水1分子に働く月からの引力は、地球からの引力の約28万分の1である。これでは月の引力は働きようがないはずである。
引力の実験、重力波は存在しない
バイオタイド理論に限らず、 図5:月と地球の1億分の1のミニチュアでの実験
月や太陽の引力を前提とする
理論は、宇宙が無重力(厳密には微小重力)の空間だということを忘れている。無重力の空間を超えて引力を発揮することは、月も太陽も不可能なのである。
疑う人は、月と地球の1億分の1のミニチュアをつくって、無重力の空間で引力が働くか否かを実験して頂きたい。
地球の半径は6380km、月の半径は1740km、双方の距離は地球半径の60倍である。質量は地球が1㎝³当たり5.52グラム、月は3.34グラムである。
この密度で1億分の1のミニチュアをつくり、約3.8メートル離してお風呂に浮かべる、あるいはプールに浮かべる。これで充分に無重力状態となる。
万有引力の法則やアインシュタインの重力理論が正しければ、ミニチュアの月はミニ地球に引き寄せられるはずである。なぜなら現実の月が地球に落ちてこないのは月の公転による遠心力が働くからで、公転を止めれば地球との間には引力だけが働き、月は地球に落ちてくるとするからである。だが、そんなことは全く起こらない。
互いの引力を伝えるのは重力波だとされるが、重力波は波であるから、宇宙空間を伝わるには媒質を必要とする。だが、宇宙空間に波を伝える媒質は存在しないことは、マイケルソンとモーリーの実験により証明されている。この点からも重力波は存在しえないのである。
もっと言うと、空間を伝わる波は縦波しかないが、それでは圧力となって押し出してしまうから、引力にはならないのである。
そもそもアインシュタインの「重力が空間を曲げる。その測地線に沿って物体が公転する」という理論が正しければ、太陽系の惑星の軌道は、図6のようにすり鉢状となるはずだが、そうなってはいない。この点からも現状の重力理論が欠陥理論であることは間違いないのである。
(図3:アインシュタインは質量のある物体が時空を曲げ、その測地線に沿って星は公転する」と言っ た。それを図で示す。)
結論として、ニュートンやアインシュタインのいうように、2つの質量ある物体に引力が働くというのは、地上の落下運動などに限られる。宇宙の無重力空間を経由しては重力は働かず、彼らの方程式は、ただ計算結果が偶然に合致するだけの近似式に過ぎない。
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6.月の魔力の正体は?
空中電位と地中電位が電気的に誘導
それでは潮の干満や女性の生理・出産、満月や新月時の死亡事故多発など、母子関係説に言われる月の魔力を媒介する力とは何なのだろうか?
その物理的原因として、二種類の力が考えられる。一つは生物の食欲や生殖をコントロールする「空中電位と地中電位」の力、もう一つは、潮の干満をもたらす大きな力で、こちらは直接、「海底隆起」によって起きていると考えられる。
このうち、空中電位と地中電位から説明すると、米国イェール大学元教授のハロルド・サクストン・バー博士は、20年以上にわたってカエデの木とニレの木の電位、同時に木の周辺の空中電位、地中電位も記録し続けた。その記録を分析した結果、次のような結論に達している。
「データをみた限りでは、環境の電気特性(空中電位と地中電位)の変動が、生物内部の電気特性の変動に先行するようにして発生しているようだった。あたかも外部環境の電気的変動が生物内部の電気的変動に影響を及ぼしているかのように」。
この発見は極めて重要で、木は動かないためデータを取りやすいが、人間や動物の電気力場も観察した結果、バー博士は、全ての生物は空中電位と地中電位という電気力場によって律せられているのはないか、と結論づけている。
この、バー博士の発見した「空中電位と地中電位」が、月を母とする母子関係の現象を地上の生物にもたらしていると考える。
潮の干満は海底隆起による
次に潮の干満に限った大きな力であるが、これは、私個人の調査によれば、「海底隆起」によって起きていると考えられる。
その理由は、①潮の干満は月や太陽の引力で起きるのではないこと ②動植物の繁殖と同様、空中電位と水中電位の動きにより、静電気の引力で起きるのかと調査を重ねたが、それも違うこと
③現実に、1日2回の満潮の時には、海の近くの陸地は約20センチも隆起している(地球潮汐という)。
従って海底はもっと隆起しているものと思われる――ことからの推定である。
最後に潮の干満も「月を母とする母子関係」の演出によって起きていることを付け加えておきたい。
【参考文献】
1) 「ムー謎シリーズVol.1『月の謎』」、1995年11月刊、矢沢サイエンスオフィス並びに並木伸一郎著、学習研究社刊、
2) 『ATLAS OF THE MOON』、A.ルークル著⁄山田卓訳 地人書館刊
3)『緊急地震速報の概要や処理手法に関する技術的参考資料』、気象庁地震火山部作成
4)『ひふみ神示』、岡本天命著、コスモ・パブリケーション刊
5)Arnold L.Lieber,1978,“The Lunar Effect”(日本語版『月の魔力』、東京書籍),第1~4章、第9章
6)Harold Saxton Burr,1972,“Blueprint for Immortality”(日本語版『生命場の科学』、日本教文社、P126,128)
Q&A:1
【Q&A-主に著作物に関して】
●輪廻転生は本当にあるのですか?
肉体と魂とは別だということは、魂が輪廻転生することを意味します。
転生の間隔は200~400年といったところで、現代に生きる人は、一般的に動物2回、人間10回目の転生をしてきたようです。
なぜ、このように転生するかというと、一般的には「魂の修業、霊格の向上」のためだと言えます。ですから人は、与えられた時間、生命を無駄にすることなく、充実した人生を送るよう心がけて下さい。
通常、人は人へ転生しますが、現世は大きな転換点で、現世を誤ると、魂が動物や植物に落ちてしまいます。そうなると、人間に戻りたいと言っても難しくなります。
最近、直前が人間で、今は動物になっている魂をよく見かけますので、注意して下さい。
●人は神の化身だというのは本当ですか?
各人の心臓の内には身魂があり、身魂の奥には真我(アートマン)があり、その真我は元の大神の分け御霊である、というように辿っていくと、確かに「人は神の化身」です。
同じような意味で、犬も猫も木や山々も「神の創造物であり、神が内在し、神の管理下にある」という意味で神の化身なのですが、人間の場合、もっと高いものを求められています。
「玉磨かざれば光なし」という言葉は、修業によって霊格が上がり、光さえも生ずるようになるという意味があります。
残念ながら現実は、他人から見て、尊敬の意味を込めて「あの人は神の化身である」という人は中々いませんが、人は、元の大神の分け御霊を与えられた存在であることを自覚して、この人生をどう生きるかを真剣に考えるべきでしょう。
●魂は「お化け」と似ていますか?
魂とお化けは全く違います。魂とは人の場合、心臓の内にあって、心臓を動かす生命の源です。生命は精子と卵子が結合しただけではだめで、魂が入らなければ生きることはできませんし、魂が抜けると、その生命は死にます。
死ぬと、その人の魂は、一定期間をおいて「あの世」へ行きます。これを「成仏する」と言いますが、時々、成仏できずに「この世」をさまよう魂があります。これが時々、「お化け」と呼ばれるような行動をとります。
私は見たことはありませんが、「我執の強いタイプ、相当な怨念を持って、この世を去ったタイプ」に一時的に見られるようです。
我欲が強く、「自分の人生で感謝と謙虚さ」を持てない人は、いつまでも成仏できず、したがって輪廻転生することもできず、お化けのような魂になりかねませんので、ご注意下さい。
【著作について】
●血液型による性格分類は本当に可能なのですか?
分類可能であるともないとも言えます。
『日本人の脳と血液型のヒミツ』という本を書いていて、こんなことを言うのも変ですが、人は輪廻転生します。それゆえ、今世はA型で女だが、前世ではB型で男だったとか、今世ではAB型で男だが、前世ではO型で女だった、とかがあるわけです。
そんな訳で、今世の血液型を見ただけでは、パターンに当てはまらない人が多くいます(このことは、前著に書く予定でしたが、編集者から、「他の部分と矛盾する」と削除されました)。
血液型と優位脳が対応することは、インドのアーユルヴェーダの体質分類との対応を見ても、あると断定してよいと思いますが、それだけで特定の個人を明瞭に区分することはできない、というのが真実のところでしょう。