少子化の解決には武士道教育を!
【少子化の解決には武士道教育を!】王道日本・佐野雄二
16日、子ども手当法案が衆院を通過する予定である。今回は、一人当たり月1.3万円と半額で、12年度以降は全額となる。
この子供手当は、子育て世代に経済的援助をして少子化を解決しようというのが出発点である。少子化が進むと国民全体の消費量が減り、GDPが下がる。あるいは年金保険料の負担者が減ることを回避したいという意図がある。この理屈は、それなりの説得力を持っているようであるが、一面では非常に底の浅い議論であることも指摘しておかなければならない。
先ずGDP重視の議論に誤りがあること。農業国は食料を外部から買わずに自給するためGDPは明らかに低いが、食料安全保障を考えると国の自律性の点では貿易依存国にはるかに勝る。
また毎日外食をし、酒を飲み、パチンコや競馬などに遊び狂い、晩年は病院通いや介護状態になれば、明らかにGDPは拡大する。一方、暴飲暴食をせず、モノを大切にし、質素堅実で節制した生活を送れば一生医者要らずの生活を送ることもできるが、この場合、GDPは明らかに下がる。つまりGDPと人間の幸せとは、ほとんど同期しないのである。
また、少子化が進むと人口は減少するが、そのことと真の国力とは、さほどの関係がない。
この例としては隣の韓国を取り上げたい。韓国はわずか十数年前のアジア通貨危機(97年)では、IMFの管理下に入り、強制的に新自由主義政策などを採らされ、国家破産の危機に直面した。それが先日の冬季オリンピックでは金6個を含む14個のメダルを獲得した。日本は銀3銅2の計5個であり、韓国に完敗である。
この傾向はスポーツに限らず、最近の韓国はIT関連などで企業の活躍が目覚ましい。すでに薄型テレビや携帯電話の世界シェアは日本を抜き、鉄鋼や造船、自動車や家電などの分野でも日本と肩を並べるほどになっている。その韓国の人口は5000万人弱と、日本の4割以下の人口である。つまり少子化で日本の人口が半分になったとしても、真の国力とは関係なく世界で活躍することができる証明である。
それだけではない。韓国の男性と交際経験のあるジャーナリストの笹幸恵女子によれば、韓国の若者は「自分が女性を守ってあげる」という意識が強いという。その「男っぽさ」は女性からみて魅力で、生物学的な「オス」を感じるという。中性化あるいは女性化した日本の「草食系男子」とは大きな違いで、その原因を笹女史は、韓国では徴兵制を採用しているためだろうと分析している。
原因はともかく、この日韓の若者の違いは重要である。韓国はそもそも儒教的考えが強く男尊女卑であったが、戦後の日本と異なり、民族の伝統的精神が占領などで寸断されずに若者達に継承されてきた。
日本は、戦前までどの家庭にもあった家父長制や武士道などの価値観は、封建的・軍国主義的であるとして、GHQの占領政策によって骨抜きにされた。二度と反抗しないよう日本の弱体化を図ることがアメリカにとって必要だったからである。
その狙いは見事に成功し、戦後民主主義と引き換えに、男女平等、最近では性差を目の敵にするジェンダーフリーなどの運動が跋扈することになった。このように「男の責任」を放棄して、男女平等をうたった戦後民主主義の成果も少子化の一因と思われる。
なぜなら日本の古くからの中心的価値観を追っていくと、武士道に行きつく。
武士道は新渡戸稲造のものが有名であるが、明治学院大学教授の武光誠氏によれば、新渡戸の武士道は、江戸時代中期以降の朱子学的な要素が強く、すでに形式化した武士道であるという。本来の武士道はもっと古く、平安時代末期、それまで荘園で100~500人ほどの規模で暮らしていた下級貴族達が、妻や子分を連れて独立し、農業で一家の生計を立てた。家長として、妻子や子分の生活を守るために、自らの責任や行動の規範として発達したのが武士道であるという。
戦後も長い間、「男は結婚して一家を構えて一人前」と言われた。この考えこそ妻や郎党を引き連れて独立した武士に起源を発するものとして、武士道に根拠を置いた考えなのである。
つまり、武士道とは家父長制の家族制度をつくり上げた家長としての責任感や行動基準を説いたものだと知れば、戦前の家父長制が「古い、封建的、男尊女卑だ」などと言えないはずなのである。
戦後、家父長制は、民法の均等相続、家長権の否定、農業を含む自営業の減少とサラリーマン世帯の増大、核家族化、女性の社会進出などで相当程度に崩壊しつつある。「本家や分家」などという言葉も知らない世代が育っているのだからやむを得ないのかも知れない。
しかし、近年、「責任を負うことを引き受けたくない男」、「草食系男子」、「結婚したがらない男女」などが増えており、これが少子化の原因の一つであることを知ると、武士道精神の消滅の危機が、少子化に大きく貢献していると思われる。なぜなら「男は結婚して一家を構えて一人前という考えや、責任感や役割を第一に考える武士道精神」が衰退していることが如実に現れているからである。
ちなみに明治期に銀行や株式市場など500以上の大企業の設立に関与し、「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一は、「片手に算盤、片手に論語」と言った。この「論語」とは、ほぼ武士道を指す。つまり企業経営においても金儲けだけではなく、高い社会的責任感と倫理観をもって家長(社長)としての責任を果たす。こうした武士道がなくなれば国家としての力、日本人としての民度は衰えるばかりと考えられる。そうしないためにも「武士道精神」の義務教育での発揚を望む次第である。
筆者は戦後民主主義を否定する者ではないが、かといって、古来からの日本的価値観が消滅してしまうのには反対である。どちらも「過ぎたるは及ばざるが如し」で、両者の共存を考えなければならない。
「教育勅語の復活」を説く人もいるが、教育勅語は「朕思うに我が皇祖皇宗國を・・・・御名御璽」などと、天皇崇拝の面が強すぎる。そうではなく、庶民の間に広く、長く定着してきた日本的精神の典型たる武士道を小学校の「修身や道徳」の教科として教えていくことが重要と考える。昔から「男は度胸、女は愛嬌」と言うが、「頼りがいのある、いい男」を育てることは「いい女」を育てるより長い期間がかかるのである。
工業高校無償化で技術立国を!
現在、鳩山政権の目玉である「子供手当」を支給する法案の審議が衆院で続いている。11年度は中学生まで一人当たり月13000円を支給する内容で、12年度以降は倍増の予定である。
この法案については、マニュフェスト通り満額を支給すると5兆円を超える財源を必要とし、「子供手当のために将来の借金を増やす」ことになる点、高額所得者にも支給するのは「自立と共生」の哲学に反することなどを指摘した。他にもいくつか問題点があるので、もう一度、掘り下げてみたい。
民主党の子供手当て支給は、始まりは「少子高齢化の解決」である。フランス、イギリスなどが高額の手当て支給で出生率が上昇したことを根拠に、「市民が無理なく子供を産み、育てられる環境をつくることは政府の責任である」として、マニュフェストの目玉政策として掲げた。
だが問題なのは、税収が大幅に減り、期待したほど新たな財源が見当たらない中で、なお、従来の方針を変えていないことである。あらためて問題点と提案を列記すると、
(1)現金給付は控えめにして、その分を駅前保育所の整備や学校給食費の無償化に切り替えること。こうすれば別目的への流用や貯蓄という事態を防げる。
(2)所得制限を設けるべきであること(前回のメルマガでも、この反応が最も多かった)。この点に関し、菅財務相を含めて、民主党は「各世帯の所得を把握するのは事務負担が大変で、国民総背番号制を敷いてから検討する」という考えのようである。
ここでおかしいのは、国税で世帯所得を把握しようと固執している点である。民主党は、当初、「子供手当は全額国費で負担」と言っていたから、その論理を引き継いでいるのであろうが、国税ではなく地方税で所得把握をすれば、さほど困難なく、世帯ごとの所得把握ができる。
なぜならこれまでの自公政権下でも小学生までを対象とした児童手当(3歳未満は月1万円、3歳以上は月5千円、第3子からは月1万円)を支給しており、これにはサラリーマン世帯で860万円未満と所得制限を設けていた。
これは給与所得控除前では1084万円ほどに当たり、所得制限するにはちょうど良い数字である。地方自治体で徴収する国民健康保険料なども世帯所得に応じて計算されており、地方のデータを使えば、初年度からでも出来るのである。
金額はともかく所得制限は重要で、予算の節約だけでなく「バラマキの防止」、「国民の自立心の育成」のためにも必須である。「バラマキ」で何も働かずとも高額の補助金がもらえるなら、懸命に働こうという意欲が萎えてしまう。他力本願で依存心が強く、自己努力をせずに他人や国家を批判することだけに長けた国民を大量に生産することになる。それでは自立した国家など造りようがない。
「国民の自立」を考えると、好ましいのは高額の子供手当ではなく、長期で安定した「雇用の確保」であることは明白である。民主党は今後も子供手当ての継続的な支給を目指すであろうから、バラマキとしないためにも地方自治体の協力で所得制限を設けるべきと考える。
(3)民主党の子供手当は「高校の無償化」を含むものであるが、これも全く必要のないものと考える。なぜなら高校は義務教育ではなく、任意に行くものであるし、私立高校まで同額を負担するというのは行き過ぎである。
公立高校不合格の子は私立へ行かざるを得ないというなら、入学希望者は全員、どこかの公立高校に入学可能とすればよいだけである。
特に民主党は子供手当によって、どういう人材を育成しようという哲学がない。お金をあげれば若者達は結婚し、出生率が上がってGDPが維持され、年金負担者も増えて「良い社会が維持できる」と考えているわけで、「経済的計算」があるだけだと言ってよい。
だが、隣の韓国は人口5千万人、GDPは約100兆円ながら、オリンピックでの金メダルは6個、IT関連でも日本を抜いて5分野で世界1となっている。つまり人口やGDPは、真の国力とは関係ないのである。
また、民主党は一連の子供手当を通じて、「より高学歴な社会」をつくろうとしているが、これも大いに問題である。
なぜなら、戦後の日本の繁栄は高学歴が原因ではない。日本の繁栄は明らかに工業製品の優秀さがもたらしたと言えるが、その技術は、製品開発や製造の先端で働く中小零細企業の、中卒・高卒の職人達の技術力が、芸術的なまでに高かったからである。
個別の事例は数が多過ぎるので省くが、彼ら職人達の気質は、江戸時代の「士農工商」以来のモノ造りを重視する伝統、「与えられた仕事に全力を注ぐ」という武士道精神の伝統、さらには縄文時代からの「モノには魂が宿る」という考えを引き継ぎ、「モノづくり」に丹精込める伝統が息づいていたからと思われる。
この気質を受け継ぎ、技術力でトップを維持し続けていけば、少子化で人口が半分になり、GDPが大幅に減ったとしても、世界は日本の技術力や工業製品を絶対的に必要とする。
「困った時は日本に学べ」、「最良のモノが欲しければ日本から買え」となるわけで、その維持のためにも、今後も「技術立国」で生きるための方策が必要となる。
そのためにどうするか? 高校は工業高校に限って無償化すれば良いと考える。こう言うと、商業系はどうなのかと言われそうだが、それは置くとして、最近は、文系の大学を出ても「手に職がない」ために、理系の大学へ進学することが流行っている。だが、大学で初めて理系の実験やプログラムをこなすのは正直、きついのである。
これは、工業高校で「電子工学」を学んだ筆者の経験から言うのだが、理系の大学は、数学を見ればわかるとおり、内容的に相当に難しい。一方、実際の製造の現場でそれらの知識を必要とするのは、開発設計者などのごく小数で、大半の技術は工業高校プラス実務経験で処理できるのである。つまり、大半の高校生が工業系のカリキュラムを学ぶようにしておけば、技術立国はほぼ安泰となる。
また、最近、若者達の失業とフリーター化が多くなっているが、30歳、35歳を過ぎても自身の年金も払わず、フリーターや人材派遣で働く彼らは、将来、「生活保護を受けるしかない存在」である。
その生活保護予備軍の壮年フリーターに共通するのは、「自律心の欠如であり、技術力のなさ」である。
つまり、彼らに仕事を世話しようにも「手に職」がないから紹介の仕様がなく、自律心や先を読む力もないから、いつまで経ってもフリーターなのである。
自律心や責任感、先を読む力の醸成は、また別の機会に譲るが、青年達が皆、「手に職」を持って仕事に困らないためにも、工業高校を拡大し、そこに限って学費の無償化をすることをお勧めする。
外務省を除き、事務次官の廃止を!
外務省を除き、事務次官の廃止を!
通常国会が開かれているが、鳩山氏・小沢氏の政治資金問題の追及が中心で、政策論争がほとんどない。これでは追及する側の自民党に、分析能力や政策能力が欠けていると言われても致し方ない。そんな訳で私が、政権与党となって5ヶ月を過ぎた民主党の問題点を分析してみたい。その中でも、「政治主導」の危うさが目につく。
「政治主導」は、明治以来続いた「官僚主導」の政治を変えるという意味では時代の要請である。自民党政権の時代は、官僚がほぼ1から10までお膳立てして、その上に政治家が乗っかるという、官僚主導政治であった。
たまに官僚をしのぐほどの政治家がいても、彼自身が官僚出身であったり、族議員として官僚に圧力をかけて調整を図るといった具合で、大きくは官僚の仕切りの範囲内であったといってよいだろう。
官僚主導の政治は天下りや渡りの横行、拡大一方の無責任な公共事業の乱発、中央集権的な画一行政など、明らかに限界を超えていたことは確かである。
問題は民主党の政治主導であるが、これまでのところ事業仕分けなど良い点もあるが、残念ながら気負い過ぎが目立つ。政権交代後、5か月が過ぎたわけであるから、この辺で整理して再構成した方がよいと考える。
気負い過ぎの第一は、大臣・副大臣・政務官の政務3役による官僚への対応である。彼らは「国民の代表として官僚の監視役」という位置付けをするが、それはあくまで国会議員としての役割である。その前に政務3役は官僚達の直接の上司としての仕事が第一である。
各省庁を内閣の子会社とすると、現場の官僚は子会社の部長であり課長である。任命された政務3役は、その子会社の社長、専務、取締役に当たる。
ある日突然、社長ら3役が赴任してきて、「君達は信用できないから今日から私達がすべてを決める。君達は今後、外部に直接しゃべることはまかりならんし、我々へのレクチャアも必要ない。聞きたいことがあればこちらから聞く」というのが、これまでの民主党の典型的な「政治主導」であった。
これでは現場の部課長などに当たる官僚達は必要ないと言っているようなもので、とても組織とは言えない。
自民党時代の時には、大臣らは官僚達にとって「1日署長」という認識であった。だからすべてを官僚がお膳立てするのは当然といえば当然であった。
民主党議員の場合、政策づくりに熱心な議員が多いと言っても、部下をうまく使ってこそ大きな仕事がこなせるというのは、どこの組織でも一緒である。どれほど政治家が優秀でも、現場の部長や課長の考えを聞かずに、すべての判断を下すことなど不可能である。
官僚には官僚の役割と良さがあり、その能力や情報力を使いこなすのが優秀な上司の要件であろう。つまり、官僚を「現場の部課長」として捉えれば、自ずとどう対処すればよいかが分かってくるのである。
この政治主導の実を上げるのに、最も有効なのは、国家戦略相・仙石氏が固執している「各省事務次官の廃止」だろう。
慎重意見もあり、全体認識とはなっていないようであるが、事務次官がいれば、その人物が各省庁のトップということになり、官僚達は皆、事務次官の方を向く。それが官僚の習性で、結果として外来の雇われ社長ら(政務3役)は棚上げとなる。
省庁のトップは事務次官ではなく、政治家なのだと分からせるためにも、次官の廃止は大いに有効で、彼らは必然的に政治家に重要情報を上げ、指示を仰がざるを得なくなる。つまり「事務次官を局長に降格できる法案」よりは「各省事務次官の廃止」の方が、政治主導の実現に効果的なのである。
なお、この廃止は国内所轄の省庁に限り、外務省の事務次官は残しておいた方がよいと考える。なぜなら外交は内政とは比較にならないほど歴史的経緯や継続性、語学力や人脈、諸外国の知識や情報の集積などが要求される。4年ごとに選挙を抱える政治家諸兄には責任ある外交は困難だと思えるからである。
一般的にも外交に政治家が力を入れると、思いつきの政策や受け狙いのパフォ―マンスが多くなり、国民的損失が大となりやすい。
これは、鳩山内閣で打ち上げた「沖縄・普天間基地移転」の右往左往ぶり、大した試算や根拠もなく、突然打ち上げた「CO₂の2020年、25%削減(90年比)」、そして地球温暖化の根拠たるデータの改ざん事実が昨年12月にはっきり示された(昨年11月にイギリスの気候研究所のサーバーがハッキングされ、同所の所長らが地球温暖化のデータをねつ造し、それがIPCCの報告書の根拠ともなっていたと暴露されたクライメートゲート事件)のに、なお従前のデータに固執する頑固さ、さらには「東アジア共同体」構想で語られた国家主権の放棄の方向などを見れば明らかである。これらは充分な考慮と戦略なしに打ち上げた政策であると言わざるを得ない。
「民主党の政治主導」の根拠は、直近の選挙で絶対多数を得たことに尽きる。だが、選挙の絶対多数は、最近では小泉元総理の「郵政選挙」で実現したが、次の選挙では自民党は絶対少数に陥ってしまった。
その時々のムードやマスコミの取り上げ方、直前に発覚した事件によってシーソーのように変わるのが小選挙区制での選挙である。結果として小選挙区制では、より大衆迎合的にならざるを得ないが、「選挙中心の民主主義」とは、そうした重大欠点を持っている。
政治主導を推し進めるにしても、こうした選挙民主主義の限界、政治家だけで政策決定した場合の陥り易い欠点を認識したうえで政治に当たる必要がある。
具体的にこれらの欠点を克服するには、できるだけ「科学的データに基づいた政治」を心がけることである。先の「CO₂の2020年、25%削減(90年比)」など、その典型であるが、民主党の政策に共鳴する学者だけでなく、科学的に反対の意見の声にも耳を傾けるという冷静さを持てば、欠点はより修正される。
そのためにも公平性と実力のあるシンクタンクの活用が重要で、16日、経済同友会は「企業・財界の政治献金は党のシンクタンクへ限り、他への転用は認めない」と表明した。まさに卓見で、民主党は、ぜひ、この案に乗ってほしいものである。
権力の乱用にならないよう努めるのも当然で、内閣法制局長官の国会答弁廃止なども「民主党の政治主導」の特徴である。だが、内閣法制局とは行政の中の司法ともいうべき存在で、彼らの法解釈に不満なら法律を改正すればよいのではないか。国会で多数を得たから法解釈も変わってくるというのは行き過ぎで、立法・司法・行政の権力区分を守ることは国会議員の責務でもあるはずである。
また、官僚の天下りも一度は認めるのがよい。これは民間の大企業のやり方が参考になるが、一定年令を過ぎて取締役に残れない人物は、定年前に子会社に出される。あるいは定年後、子会社に再就職して晩年を迎える。当然、給料は半減となるが、職場は保証される。そうした子会社群として独立行政法人などや関連団体を捉えれば良いのである。
もちろんそのために不要な組織を温存することは論外であるが、独立行政法人などのトップを公募して、官僚は排除するというのは行き過ぎである。
官僚を排除・冷遇し、老後の保障も考えないとなると、優秀な人材が集まらなくなる。官僚は未来の政治家である可能性も大きいのだから、優秀な人材が安心して国家のために働くことができるシステムとして、一回限りの天下りは認めれば良いのである。
民主党・政治主導と天皇制
民主党・政治主導と天皇制
先日、ある会で、作家で元外務官僚の佐藤優氏の「天皇制について」の話を聞く機会があった。
ちょうど民主党・小沢一郎氏が検察に政治資金規正法違反容疑で事情聴取を受けている時期でもあり、天皇制とのからみで卓越した分析を披露していた。彼の分析を参考に、今回は私の天皇論を述べさせていただく。
佐藤氏は、これまで明治以来の日本はエリート官僚による統治であったが、最近は民主党が政権をとったことにより、「国家は誰が統治したらよいのかをめぐる、2つのエリート集団の抗争が起きている」と指摘する。つまり「数の論理による民主党の国家」と「エリート官僚群に支えられた国家」の2つである。
検察官僚による小沢氏周辺の捜査は、まさにその最たるものであるが、それ以外にも、民主党政権となってからの「脱官僚・政治主導」の路線、あるいは昨年12月に来日した中国共産党国家副首席・習近平氏の天皇謁見問題などもその典型例である。
特に習近平氏の謁見については、天皇の行為につき明確な対立を示した。あの時、羽毛田宮内庁長官は天皇謁見の直後にわざわざ記者会見をし、「心苦しい思いで陛下にお願いした。こうしたことは二度とあってほしくないというのが私の切なる願いだ」と異例の政府批判をした。
外国要人が天皇に会見を申し込む場合、1ヶ月前までに文書で要請する「1ヶ月ルール」があり、習氏の場合、申し込みが19日前であり、本来、ことわるべきであったと主張したのである。
これに対し、民主党・小沢幹事長の発言が、また物議をかもすものであった。彼は「天皇の国事行為はすべて内閣の助言と承認で行われる。それが日本国憲法の本旨。宮内庁の1役人が内閣の決定したことについて、もしどうしても反対なら辞表を提出した後に言うべきだ」と一刀両断に切り捨てた。
また1ヶ月ルールについても、「宮内庁の役人がつくったからと言って金科玉条で絶対だなんて馬鹿な話があるか」、「天皇陛下の体調が優れないというなら、それよりも優先順位の低い行事をお休みになればいいことじゃないか」と主張した。
このやりとりについては双方に言い分がある。すでに雑誌などで双方の主張を批判的に取り上げる論稿が多数あるために、ここでは取り上げないが、問題は両者ともが「天皇機関説」にもとづいていることである。
天皇機関説とは、天皇の権限を万能無制限なものではなく、憲法などの法によって初めて規定したものと考え、内閣の助言や承認があって初めて行使できるものと考える説である。
対極には天皇主権説があり、天皇は国家(国民のまとまり)を超えた存在で、国家を上部から統治する存在(君主)と考えられている。
明治以来の論争があり、すでに通説として定着している感のある天皇機関説であるが、これを官僚や政治家が改めて言うと、大いに問題となる。なぜなら明治維新そのものが、天皇を「玉」と表現し、「玉をどちらが抱くか」の戦いであったからである。
当時の志士の間で、玉を抱けば官軍、玉を奪われれば賊軍とされ、維新を成功させるために孝明天皇の暗殺疑惑や明治天皇のすりかえ疑惑まであったのは、その典型である。
つまり、天皇機関説とは表向き、天皇を主権者ないし君主として祭り上げ、実際は内閣が実権の全てを握るための理論であった。
これは、戦前においても、一時期を除き、表向き天皇を主権者として絶対化を図りながら、あくまで「玉」としての存在に限定するべく、エリート官僚たちがうごめいた。よく「天皇に仕える官僚」という言葉があるが、実態は「天皇の名のもとに政治を動かしてきたエリート官僚達」というのが正しい。
明治政府は近代化のために中央集権的政府を実現する必要があり、そのためのカリスマ、強制力を必要としていたのだろう。
実際、元総理の福田康夫氏の父親である福田赳夫氏が戦前に大蔵省主計官であった頃、天皇を乗せても変わらぬ運転であった列車に福田氏が乗ると、橋の上で止まった。そして釣り竿を渡され、「どうぞ釣りを楽しんで下さい」と言われたという。つまり天皇絶対主義の戦前にあっても、予算を握る主計官は天皇以上の扱いを受けていたわけである。
また、先の大戦で戦争終結のポツダム宣言受諾が遅れたのは、天皇に責任が及ばないことを確認するためだったとする見解があるが、現実は「天皇に責任が及べば、当然に自分達にも責任が及ぶ」と考えたエリート官僚達の自己保身であった。
実際、占領軍としてやってきたマッカーサーに、初めて会見した昭和天皇は、自らが戦争の全責任を負うことと、自身の身を戦勝国の採決にゆだねることを表明した。
戦争終結を検討する御前会議においても、「自分の身はどうなっても構わない。国民の命を助けたい」と天皇は言っている。だから、天皇が自己保身に走ったわけではないのである。もちろん、こう言ったからといって天皇の戦争責任が消えるわけでないのは当然であるが。
結局、天皇主権とされた戦前においても、国民主権とされた戦後においても、実権を握って国政を仕切るのはエリート官僚達であった。
戦後の自民党の本質が、対米従属・官僚主導政権であったことを考えると、昨年、自民党から民主党に政権交代されたのは、明治以来の大転換であったと理解できる。
官僚主導政治は、様々な矛盾と機能不全を起こしたために転換された。それは歴史の必然の流れであったと言えようが、問題は「民主党による政治主導の政権」である。
この政権はしばらく続こうが、「民主主義は数である」とか、「選挙で勝つことが政治の目的である」とする「選挙至上主義」と「脱官僚の意識」が強すぎる。
確かに民主主義とは多数決であるから、数を握った党派が決定権を持つのは当然である。
しかし、これまで見たところでは、予算編成過程を通じて、あらゆる業界団体に民主党への支持を求め、歯科医師会のような支持団体には予算配分や利益誘導を手厚くする一方、土地改良事業のように業界団体が自民系の場合には予算を大幅に減らした。
すべての陳情を県連を通じて幹事長室に集め、選挙の時の交渉材料とする。公共事業の個所づけでは国会の議決前に、党や各民主党県連から市町村へ決定の連絡がいって、選挙活動に利用されている。これでは「選挙のための政治」と言われても仕方のない面がある。
結局、官僚主導も政治主導も、それぞれ欠点をもつことが誰の目にも明らかとなってくる。「玉を抱く」のがエリート官僚か幹部政治家かで争うだけでは、日本の国は上手くいかないのではなかろうか。今一度、天皇機関説の是非にまでさかのぼって、日本の歴史と国体を再構築しなければならない時期に至っていると考える。
ここで私の見解を述べると、天皇とは「日本国家建設の父」である。万世一系とは「同族の男、男、男、男、・・・・」と続くこととされているが、より具体的には、「父、父、父、父、・・・・」と続くのが万世一系である。つまり「天皇を究極の父とする父親原理による統治」にこそ日本的意思決定システムの神髄があった。
別の観点からすれば、日本の庶民の中には家父長制が代々根付いてきた。その延長・頂点に天皇制が存在した。戦後、その家父長制が家庭で崩壊しつつあることは、同時に天皇制の形骸化と相似形とも思われる。
一方、民主主義とは、母親原理による統治である。母親は、子供は誰でも等しく可愛いい。出来の良い子も悪い子も、稼ぎの良い子も悪い子も、分け隔てなく可愛い。これが1人1票の均等な民主主義となり、日本はこの制度を輸入した。
近代民主主義の始まりは、フランス革命であり、これは別名フリーメーソン革命とも呼ばれる。革命の背後にユダヤ人グループが暗躍したことと、自由・平等のスローガンがユダヤ人の解放を意味したことからの命名である。
このユダヤ・メーソン革命が母親原理の統治システム=民主主義を実現したことには大きな理由がある。それは、ユダヤ人が「完全なる母系社会」から成り立っているからである。
ユダヤ人は「母親がユダヤ人であるか否か」で判断される。つまり「母、母、母、母、・・・」と続くのがユダヤ人で、これを「家母長制」と言い、一方、日本人は「父、父、父、父・・・」と続く家父長制、天皇制をとる。日本人とユダヤ人はこうした点でも対称性を成している。
なぜこうした対称性が生ずるかというと、拙著『聖書は日本神話の続きだった!』をご覧いただきたい。日本人が天皇の祖神と仰ぐ天照大御神を生んだのは、夫神イザナギであった。一方、『旧約聖書』のユダヤ人の神ヤハウェは、拙著で指摘した通り、日本神話の妻神イザナミであった。大元が妻神と夫神に別れており、その流れを継いで一方は「父、父、父、父・・・」と続き、もう一方は「母、母、母、母、・・・」と続いている。
日本は明治以降と戦後、段階的に民主主義を採り入れた。民主主義は、「国民は誰でも1人1票の等しい権利を持つ」というもので、「母親原理による統治システム」である。このように「母親原理」の統治システムを導入した日本が、「父なる天皇」を形骸化するのは、ある程度やむを得なかったと考える。
問題はユダヤ的な母親原理の統治(悪い意味で言っているのではない。これはユダヤ人の功績の中でも、高く評価できるものである)だけでは上手くいかないのが日本であり世界である。もちろん父親原理だけでもダメで、父親原理と母親原理の双方が備わった統治システム、つまり「君民共治」のシステムが求められている。
ちなみに民主主義ではない父親原理の統治とは、会社の社長を想起していただきたい。
企業の社長は従業員が何万人いようと、全従業員の均等な投票で選ばれるわけではない。企業という共同体の中で実績と経験と人望などを加味して選ばれ、意思決定はごく小数の内に行われる。その方が共同体全体の利益や恒常的な福祉、円滑な運営を確保しやすいからである。
国家という共同体も同じ様な側面があり、民主主義と天皇制との共存=母親原理と父親原理の統治システムの共存の方法を考え直す必要がある。今後、折に触れて日本型の君民共治のシステムを提言していきたい。今年の主要テーマが見つかった気がする。感謝、感謝である。
日米関係の変節と今後
日米関係の変節と今後
1月28日、元レバノン大使であった天木直人氏と、ジョイント講演会を行う。天木さんは外交のプロであるだけでなく、彼のメルマガの読者である私は、いつもその切り口が斬新であることに感心している。
その意味もあり講演をとても楽しみにしているが、当日は、私は「日米安保必要論=ただし、基地は大幅削減」という観点からお話をさせていただく予定である。
そのための資料を整理していて感じたことだが、日米関係が大きく変質したのは1952年、1960年と何度かあるが、最近では1985~1991年の転換が大きい。
1985年、ソ連においてゴルバチョフが登場し、緊張緩和の新思考外交、ソ連軍のアフガニスタンからの撤退(86年)、東ヨーロッパ衛星国への指導性の否定などを打ち出した。そして1991年のソ連崩壊へとつながっていくのであるが、東西の緊張緩和が図られた時点でアメリカには二つの選択があった。
一つは東西冷戦がなくなったのであるから、それまで軍事力に向けられていた予算や国家努力を、経済分野に向けて、台頭する日本と経済力で勝負すること。もう一つは、軍事力をそれまで同様、維持するために新たな敵を見つけ、合わせて台頭していた日本をソ連に代わる経済的脅威として位置付け、これを叩くこと。
残念ながらアメリカは健全なる前者の道を選択することなく、後者を選択した。そして仮想敵としてイラン、イラク、北朝鮮の3ヶ国を想定した。
この想定が湾岸戦争、そして9.11テロ後のイラク侵略につながったと読める。
現在、アメリカが推し進める「テロとの戦い」もこの延長線上にあり、そうした安全保障上の危機をつくりだすことによって戦争経済を持続させるというのが、91年のソ連崩壊以降のアメリカの方針であった。
一方、経済的脅威としてソ連に代わる敵と認定された日本は、以後、CIAなどを使って熾烈な日本経済弱体化策を推し進められる。
その内容は(1)日本に防衛費を多く支出させる (2)政財官のうち、特に官を叩く (3)規制緩和と外資参入を進めさせる (4)日米構造協議、対日年次改革要望を推し進める―といったものである。
この91年を境にして「日米安保の変質=同盟化」だけでなく、日本での官僚叩き、外資参入圧力、市場開放圧力などが強まったことを知れば、いかにアメリカが長期的な戦略にもとづいて対日外交やテロとの戦いを進めてきたか分かろうというものである。
このようにアメリカは、91年から金融資本主義と軍事ケインズ主義をとり、一般製造業軽視の方針をとってきた。
その路線は、日本弱体化の面では残念ながら見事に成功してきたが、その他の面では大きくツケが出てきていると言えよう。
2008年のサブプライム・ローンに端を発した金融不況、アメリカ経済の異常な弱体化は、堅実な市民生活と国内製造業を軽視し、金融業と軍需産業に注力してきた結果である。
そのことを知れば、もう一つの選択のツケ=すなわち日本弱体化計画のツケもそろそろ出てくる頃である。その一つが対米従属路線を歩んできた自民党の敗北であり、今後に予想される「日本の反撃」なのかも知れない。
もちろんこれはまだまだ民衆レベルで、表立っては少数であるが、アメリカの弱体化と相まって、「日本的な正義」が力を増してくる予感がするのである。
外国人参政権とスパコン
外国人参政権とスパコン
民主党・小沢一郎幹事長の元秘書3名が通常国会の直前に逮捕され、一気に波乱含みの国会となってきた。
今回の通常国会は、民主党が初めて作成した予算案と、永住外国人への参政権付与法案などが争点となる。その外国人への地方参政権付与につき、「対日年次改革要望書」の存在を明らかにした作家の関岡英之氏が、「正論2月号」で独自の調査による分析を展開していたので、紹介させていただく。
これまで「永住外国人への地方参政権付与」と言えば、主に在日朝鮮人の問題であった。それゆえ在日への同情もあって「地方参政権を認めるべし」とする側と、「日本人に帰化すれば良いではないか」と国籍重視の観点で対立していたというのが実情であったと言えよう。
だが、関岡氏の調査によれば、外国人への参政権付与はもはや在日韓国・朝鮮人ではなく、中国人の問題に移っているという。
それによれば、平成19年末時点で在日中国人が60万人を突破して朝鮮人などを抜き、トップとなっただけでなく、年齢的にも40歳未満が65%を占めるなど若年層が多いという特徴を持っている。彼らのうち地方参政権付与の対象となる永住権を持つのは22%の14万人強である。
その増え方は突出しており、中国人の場合、新規入国者(韓国の4.47倍の年13.4万人)・永住権取得者(年間約1万人)とも断トツの数字である。
問題は彼らの素行で、中国で徹底した反日教育と一党独裁の環境で育ってきたためか、例えば北京オリンピック時の長野市での聖火リレーの時など、中国大使館の司令のもと、中国人留学生4000~6000人が政治的な示威行動を展開した。ご記憶の方は多いと思うが、彼らは一旦ことあれば、日本国内で中国の国益を誇示する集団行動を展開する強烈な排他的ナショナリズムと、反日的行動を行う危険性をはらんでいる。
ドイツでは、帰化してドイツ国籍を取得済みの中国人工作員が発見されたというし、彼らが偽装帰化して日本の治安当局や司法当局に長期潜入する事態も予想される。永住外国人の地方参政権は、共産主義国や対外工作機関を持つ国、反日教育を行っている国の場合、国籍取得要件を厳格にし、帰化を安易に認めるべきではないというのが彼の結論である。
全くその通りと思うが、一方で、保守系のある有力政治家が、民主党・蓮舫議員が先のスパコン事業仕分けで「世界1になることに意義があるのか。2位ではダメなのか」と言ったことにつき、1月17日、「政治家として不謹慎だ」とし、「言いたくないが、彼女は元々日本人じゃない」と批判した。
この発言は二重の意味で間違っている。一つは蓮舫氏への理解、もう一つはスパコンについての理解が全くなっていない点である。
蓮舫氏は台湾人の父と日本人の母との間に生まれ、確かに18歳までは台湾国籍であったが、幼稚園から大学まで一貫して日本の学校で育っている。
民族は話す言葉と信じる宗教でほぼ分類できるが、彼女の経歴では純粋日本人とほとんど変わらない分類だと言える。特に彼女が事業仕分けでキチンと「事前調査」を行っていたことは、テレビなどで放映されており、純粋日本人以上に日本の国益に沿った活躍であった。
逆に仕分けの対象となったスパコンにつき不勉強なのは平沼氏の方である。自民党政権下で、大した検証もせずに巨大科学技術に膨大な予算をつけてきたことは、別に「技術立国」をつくることとさほどの関係がない。それ以上に官僚的科学者たちの趣味やプライド、対抗心の表われとしての巨大技術であったという面が強い。
スパコンもその例にもれず、前回事業仕分けの対象となったスパコンは総額1230億円で、その多くは建物建設に充てられるというものであった。
一方、仕分け直後の09年11月26日には、長崎大工学部の浜田剛助教らが国内最速のスパコンをつくり、米電気電子学会の「ゴールド・ベル賞」を受賞したが、その製作に要した費用は3800万円であった。
京大iPS細胞研究センター長で世界的にも有名な山中伸弥氏は次のように言う。
「科学技術をめぐる政府支援については二つに分けて考えるべきだ。一つは20~30年を見据えて種をまく基礎研究。どこから花が咲くか分からず、成果や利益はすぐには見えない。対象は絞らず少額でも広く支援すべきだ。日本の支援の規模は小さい。
もう一つはすでに花が咲き、激しい国際競争の中で5~10年で実用化を目指しているものだ。何百億もの資金がかかることが多く、どこに支援する価値があるか、議論をかさねて絞らざるを得ない」。
スパコンなどの巨大科学技術は、明らかに後者であるが、そこで必要なことは費用対効果の視点である。巨大技術で予算獲得を狙う官僚的科学者たちは、自分たちの研究が費用に見合う効果をもたらすということを、キチンと明示すべきである。工夫をすれば1億円以下で出来る物を1000億円以上かけますというのでは、高額なオモチャを欲しがる駄々っ子のようなものである。
実際、あの事業仕分けには惑星科学の第一人者とも言える東大名誉教授の松井孝典(たかふみ)氏や、スパコンでの円周率計算で十数回世界記録を塗り替えた金田康正氏(東大情報基盤センター教授)も参加して意見を述べていた。
彼らが言うには、「すでに世界のスパコンの潮流は違うタイプのものに変わっているし、どれほど高性能のスパコンを作ったからといって、宇宙の起源や生命の起源が分かるものではない」(松井氏)、
「スパコンはマシンの速度とプログラムの質がかみ合って性能を発揮する。低速のマシンでも良いプログラムを動かせば上位をしのげる。開発中の10ペタマシンは、部品数から故障率が1ペタマシンの10倍以上に達し、プログラムを書くのも難しい。日本は質の高いプログラムを書ける研究者が極端に少ないから、現実には使えないマシンになるだろう。
事前審査で特定分野の少数の研究者を選び、マシンを使わせる運用方法も問題だ。管理・運用方法を含めたトータルな使いやすさと得られる対価の大きさこそ、スパコンの本当の性能になる」(金田氏)。
スパコン開発のプロジェクトリーダ―は文科省から理研に移ってきた元NEC社員。総費用のうち800億円はNEC、日立、富士通な3社に割り当てられ、これが随意契約であったため、当初から疑問視されていた。
完成すると電気代だけで年1億円以上とも言われ、全く費用対効果を考えない判断だと言える。
スパコンは主に気象予測などに使われるが、どんなに高速のスパコンをつくろうと厳密で正確な気象予測など出来はしない。なぜなら地球は生きているからで、これらを考えると、巨大技術の限界とおごりをこそ知るべきなのである。
民主党の課題=部会の復活を!
民主党の課題=部会の復活を!
新年早々、藤井裕久財務大臣が健康上の理由で辞任し、菅直人副総理が財相を兼務することになった。この人事の選考過程を見ていて、民主党の中に財務大臣と外務大臣の務まる人材が少ないな、と思ってしまった。
今回の人事は、間近に控えた通常国会での答弁のために、予算編成に少しでも関与した人物の中から選ぶという前提で、最初から限られた選択だったことは承知している。それを考慮しても、もし全面的な内閣改造を行った場合、財務大臣と外務大臣の務まる人材が極めて少ないのである。
現在の民主党の政務3役の決定システムは、まず各省大臣を決める。その大臣が今度は、個人的な付き合いの中から副大臣と政務官を選ぶ、というものである。
つまり総理大臣との個人的な付き合いで各省大臣が選ばれ、そのまた個人的な付き合いで副大臣が選ばれるという、前近代的なシステムである。
これでは新たな人材は育ってこない。大臣や副大臣をこなせるのは、過去にその省の副大臣などを経験した者か、官僚出身の議員だけということになり兼ねないのである。
なぜ、こんなことになってしまったのか?
それは民主党が政権を取った後、政策調査会と各部会を廃止してしまったことにある。理由は党と内閣の2元化を廃するというもので、自民党で大臣以上に力を持った族議員がいたことを批判しての措置であった。
しかし、その判断が誤りであったことが徐々に明らかになっている。党や内閣の役職から外れた大半の民主党議員たちは所属する部会がないため、政策議論を闘わせる場がなくなり、単なる挙手要員・頭数だけの要員となっている。
野党時代は「次の内閣」や政策調査会があり、そこで政策立案能力を磨き、数々の議員立法もつくったのだが、それらを廃止し、質問趣意書も出せないようにした。代わりに各副大臣が主催する「各省政策会議」を設置して、そこで意見を聞くとなっているが、単なるガス抜きの存在となっている。
党は政策に関与せず、政策は内閣に一元化するのだといっても、現実として党で陳情を受付け、それを取捨選択して内閣に実行を迫るというのは、党による明らかな政策的関与である。
それは否定すべきものではなく、政治党派として絶えず生じることで、本来、党の政策調査会を経由して陳情すれば、筋の通った政策提言となり、「二重権力」などと批判されないで済む。そうした国民の声を吸い上げて党の政策に反映させる政策調査会や部会を廃止してしまっていることにこそ問題があるのである。
実際、次の参院選などで民主党がマニュフエストをつくる場合、どこが組織的につくるのだろうか? 政調を廃止し、各部会を廃止しているから内閣でつくるしかないが、それでは公私混同、おかしくはないだろうか?
今の内閣には入っていないが、有能な人材は沢山いるはずである。彼らを育てる意味でも民主党は政策調査会と各部会を復活すべきである。
族議員の排出を防止する策など、いくらでもあるのだから別に考えれば良いのである。
新年明けましておめでとう御座います。
新年明けましておめでとう御座います。
今年は『2010年、世界大変動』と拙著でも指摘したとおり、多分、歴史的に大きな変化の年、という気がします。
その中で特に重要なことは、沖縄・普天間基地移設問題がどのように解決されるのか、併せて今年が日米安保50周年に当たる中、同盟関係の見直しが行われるのか否かという点。
後者は鳩山首相が「米軍の抑止力は必要」と言い出している以上、多くは期待できないと思うが、沖縄県民の負担軽減や辺野古沖のジュゴンの棲む海が守られるだけでも、自民党政権から変わった意義は大いにあるということになる。
もう一つの重要事は、昨年12月にあった地球温暖化対策会議・CO15の継続交渉である。CO15は、大まかな方向性を示すという形で終わり、先進国は今年1月末までに、2020年に向けた具体的な排出削減目標を提示することになっている。それを鳩山内閣は、一体、どのような数値で出すのか?
CO₂増加が地球温暖化の原因だとしても、国際エネルギー機関(IEA)が昨年10月に出した「09年エネルギー見通し」によれば、日本の削減目標は2020年で90年比10%減で良いという。これは鳩山内閣が25%削減を明らかにした後に公表されたもので、鳩山内閣の掲げた目標は非常に前のめりの、従って日本だけが負担の突出して多い目標を掲げることになった。
それだけでなく、1960年以降、地球が温暖化しているというのは、ハッキングされたイギリス気象研究所の1000通ほどのメールの分析により、データのねつ造であることが昨年12月初に分かった。これらを踏まえて、目標を変えるのか否かが問われてくる。
実を言うと二酸化炭素排出量の増大は地球温暖化ではなく、別の意味で大きな問題である。それは熱帯林の消失である。
米・英・豪などの研究者による「陸域炭素グループ(TCG)」が昨年12月24日にまとめた試算によれば、今世紀末までに世界の熱帯林の3分の2近くが破壊され、現在の世界の排出量の約20年分に当たる量のCO₂が大気中に放出されるという。
アマゾンの熱帯林がハンバーガー用の肉牛の飼育などのため、ドンドン焼かれて減少していることは、非常に残念な現実であるが、それら南米やアジアなどに多い熱帯林が破壊されて行くとどうなるか?
我々人間の吸う酸素が供給されずに、二酸化炭素だけが増え続け、いずれは酸素不足により、人や動物がバタバタと倒れることになる。
熱帯林に限らず、植物の光合成作用(光のエネルギーを用いて二酸化炭素を固定し、酸素やデンプンなどの有機化合物を合成する)によって二酸化炭素は酸素に変えられる。その作用が衰えると、人間の吸う酸素は充分供給されないが、その危機的な時期が迫っている。
また、菊地ゆみ氏のブログで紹介されているが、複数の学者が言うには、最近は夜の光が強いために植物が夜眠れず、強いストレスを感じて、2011年頃から3年間の間に急激に枯れてしまうという。植物が枯れたり熱帯林がなくなると光合成ができず、排出するCО₂の増加に対してCО₂を消化できなくなり、空気より重いCО₂は地表に溜まる。これを吸った人々は窒息死と同じで、バタバタと倒れてしまうという。
石油供給が大問題となるのも、まもなくである。栄華を極めた20世紀以降のエネルギー資源は石油に大幅に依存し、そのための戦争や環境破壊は数限りなく繰り返されてきた。その需給関係が2010年頃を境に大幅に崩れる見込みという。
これは「ピークオイル問題」と言われ、需要は順調に伸びているのに石油の生産量が次第に落ち込み、その需給ギャップが顕著となる。このため、ガソリンで言えば、投機資金の介入がなくとも1リッター200円にも300円にもなり、コスト的にまったく見合わない。これがほぼ全生産過程で起こるから、石油に依存してきた物質文明は崩壊の危機を迎える。
その他、解決困難なさまざまな問題が今年中にピークを迎え、これらの問題が早急に解決されないと、地球生命全体が危機的状況となる。
これらの問題は物質文明の弊害が極限まで来ていることの証左である。なのに世界はわが国も含めて、認識も行動も明らかに愚鈍であり怠惰である。
では、どうすれば良いのか?
その答え・方法を、1月28日の「天木直人氏とのジョイント講演会」で話します。詳細は以下の通りですので、多数ご参集下さい。
記
◎日 時 平成22年1月28日(木)午後6時20分~9時30分
◎場 所 北とぴあ・第2研修室(JR王子駅北口2分、北区王子1-11-1、
電話03-5390-1105)
◎講 師 第一部:天木直人氏、「沖縄基地と日米安保の今後」
第二部:佐野雄二、『2010年、世界大変動』について他
◎会 費 当日3000円(事前振込2000円)
⇒振込先:東京都民銀行 秋津支店 普通預金 4121380
名義人 (有)王美 代表取締役 佐野雄二
◎申込先 y-sano@sage.ocn.ne.jp
電話04-2945-6338
FAX04-2946-3267
◎主 催 王道日本の会
◎略 歴 【天木直人氏】1947年、山口県生まれ 京都大学中退。マレーシア、オーストラリア、カナダなどの大使館公使などを経て2001年から駐レバノン特命全権大使。米国のイラク戦争に対し不当な戦争であるとの意見具申を行い、実質的な解雇処分を受ける。著書『さらば外務省』、『さらば小泉純一郎』、『アメリカの不正義』など。有料メルマガの発信者として、毎日、鋭い政治評論を行なっている。
【お詫び】当初は経済学者の植草一秀さんとの講演でしたが、ご本人の都合により、変更となったものです。
地球温暖化=COP15に示される疑問
地球温暖化=COP15に示される疑問
2013年以降の地球温暖化対策の国際的枠組み交渉を行う国連気候変動
枠組み条約・COP15がデンマーク・コペンハーゲンで行われ、19日、
やっと終わった。先進国、途上国入り乱れての熱心な議論であったが、
会議の直前に明らかになった事件については、参加国の中で全く検討され
なかったのは何故だろうか?
それは、温暖化の原因がCO₂であるとしたデータが過去にねつ造され、
それを元にCO₂削減が主張されてきたことを示す事実である。
イギリスの権威ある気象研究所CRUが、1000通ほどのメールのやりとり
などをハッキングされ、一般に暴露されたが、その中に、1960年代以降、
気温は下降傾向を示していたのに、ジョーンズCRU所長が「トリック」を使ってその下落傾向を急上昇傾向に修正したというものである。
すでに毎日新聞や日経新聞、田中さかい氏のメルマガ(12月2日)などで紹介されたが、暴露されたメールは、CRUの所長や所員が送受信したもので、CRUは、公開されたデータが本物であると認め、このデータ窃盗について警察に捜査を依頼していると発表した。
その中で重要なものの一つは、CRUのジョーンズ所長が、米国で「温暖化人為説」を強く主張する著名な気象学者であるマイケル・マン氏(ペンシルバニア州立大学)に宛てて1999年に送ったメールだ。
国連の「世界気象機関」(WMO)が1999年に発表した地球温暖化に関する報告書の冒頭に掲示されたグラフには、いずれも1900年以降の100年間に急激な気温上昇が示されている。ジョーンズ所長がこのWMOのグラフを作図する際、本当は1960年代以降の気温は急激な上昇ではなく下落傾向を示していたのだが、マン氏が開発した「トリック」を使って、その下落傾向を急上昇傾向に修正したというのだ。
具体的には、温度計で計った近代約150年分の気温(実測値)と、木の年輪の間隔などを測定して算出した大昔の年輪気温とを「接ぎ木」して、大昔から現在につながる世界の平均気温の変化のグラフを作ったところ、近年の気温上昇が激しく、現在(98年)が史上最高の気温になっていると書いている。
CRUの問題のメールに書かれている「トリック」とは、このネイチャー論文に書かれた、年輪気温を実測値に置き換えることで、年輪気温の低下傾向を消すことを意味している。木の年輪を使った気温は、北半球で、1960年代以降、寒冷化の傾向を示している。そのままでは地球温暖化の仮説を立証できないので、60年代以降の分については実測値を使ってグラフを接ぎ木することで、地球が温暖化していることを示すグラフが作られた。
この99年のWMOの報告書は、2001年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル
)の評価報告書の基礎となった。IPCC報告書は「地球は急激に温暖化しており、その原因は人類が排出した二酸化炭素など温室効果ガスだ。温室効果ガスの国際的な排出規制が必要だ」と温暖化人為説を結論づけている。
この報告書は、今につながる地球温暖化問題の最大の根拠となっている。つまり、地球温暖化問題は、WMOのグラフを作る時にマイケル・マンやジョーンズが使った「トリック」に支えられている。
以前から、地球温暖化=CO₂原因説には「科学的証拠はない」として、「温暖化は太陽黒点の周期的変化によるものだ」とか、あるいは「特に2000年以降は寒冷化している」などの反対意見が絶えない状況である。その反対意見を無視し、あるいは押さえつけてヨーロッパ諸国ならびに国際機関は「地球温暖化=CO₂原因説」を当然の如く推し進めてきた。それが今回のハッキングにより、その大前提が大きく揺らいだのである。
それなのに鳩山首相・小沢環境相は、その重要な事実を無視して「90年比25%減」を変えなかったし、条件付きながら今後3年間で150億ドル(1兆7千億円)の途上国支援を申し出た。結果として全体の合意ができず、来年末のCOP16まで新たな枠組みの合意は持ち越されたために日本が一人、突出した負担を負うことだけは今回は避けられた様である。
願うならば、これを機会に、鳩山・民主党は、「未来の国家戦略を考えるシンクタンク」の設立に向かってほしい。
以前にも書いたとおり、日本に決定的に欠けているのは、内外のあらゆる情報を収集・分析して、国家戦略を考えるシンクタンクである。かっては経済企画庁が経済面でのシンクタンク機能を持っていたが、廃止直前の晩年は大蔵省の税収確保のために必要な経済予測を出すという本末転倒なものになっていた。
そうではなく、様々な分野で純粋に科学的な資料やデータを収集・分析して日本の国家戦略を策定できるよう、シンクタンクをつくるのである。
もし、そうした機関が日本にキチンとあるなら今回のハッキングがなくとも、「地球温暖化=CO₂原因説には否定論もある。逆にCO₂原因説には、それを流布することによってCO₂を排出しない原子力発電の普及を図ろうとする西洋資本家グループの利益があり、同時に排出権取引などで苦労することが見えている日本イジメの可能性がある」という陰謀論を紹介することが出来る。
陰謀論は、今回のように内部資料がハッキングでもされない限り、なかなか
100%確実な証拠をつかむことができないために一笑に付す人も多い。だが、
それは国際的な修羅場を知らない、あるいは陰謀論を隠すための意図的な扱いである。
歴史を見れば、世界の大きな出来事の背景には何らかの陰謀のある方が大半
である。先進国に限らず、多国籍化した企業は、国家を超えた自らの利益を
実現するために、長期にわたる戦略・戦術を立てて事業展開をする。時には
目的達成のために汚い手も使う訳で、それこそが陰謀である。そうした陰謀を
全く否定するのは、歴史の裏面を知ろうとしない人か、あるいは、この世は善人だけで成り立っていると考えるお人好しといえよう。
なお、シンクタンクが必要だというと、外務省や環境省にそうした機能がある
ではないかというかも知れない。だが、彼ら官僚は先輩の業績を否定するような、あるいは自らの省庁の利益を害するような報告書は書かない。逆に自省の利益になりそうな御用学者だけを集めたがる。ために各省庁の枠を超えた「真理を見通す第3の眼」に相当する機関が必要なのである。
天木直人さんとの講演会のお知らせ
【天木直人さんとの講演会のお知らせ】
1月28日の講演会は、当初は経済学者の植草一秀さんをお招きする予定でしたが、諸般の事情により、当分、延期ということになりました。
このため元外交官の天木直人さんをお招きして、以下の要領で行います。
誠に恐縮ですが、来年は沖縄・普天間基地移設、日米安保50周年を迎えるなど、安全保障がらみで重要な年になります。民主党の掲げる「東アジア共同体構想」も含めて、国際関係をどうするべきか、天木さんと熱い議論を闘わせましょう。王道日本・代表:佐野雄二とのジョイント講演会を下記の通り開催致します。
◎日 時 平成22年1月28日(木)午後6時20分~9時30分
◎場 所 北とぴあ・第2研修室(JR王子駅北口2分、北区王子1-11-1、
電話03-5390-1105)
◎講 師 第一部:元レバノン大使 天木直人氏
テーマ「沖縄基地と日米安保の今後」
第二部:佐野雄二(王道日本の会・代表)
テーマ(1)『2010年、世界大変動』について、
(2)「東アジア共同体構想」について
◎会 費 当日3000円(事前振込2000円:但し、欠席でも返金されません)
⇒振込先:東京都民銀行 秋津支店 普通預金 4121380
名義人 (有)王美 代表取締役 佐野雄二
◎申込先 (先着120名) y-sano@sage.ocn.ne.jp
電話04-2945-6338 FAX04-2946-3267
◎主 催 王道日本の会
◎略 歴 【天木直人氏】
1947年、山口県生まれ 京都大学中退マレーシア、オーストラリア、カナダなどの大使館公使などを経て2001年から駐レバノン特命全権大使。米国のイラク戦争に対し不当な戦争であるとの意見具申を行い、実質的な解雇処分を受ける。著書『さらば外務省』、『さらば小泉純一郎』、『アメリカの不正義』など。有料メルマガの発信者として、毎日、鋭い政治評論を行なっている。
【佐野雄二】
1949年北海道生まれ。中央大学法学部卒、金融紙記者などを経て経営コンサルタント。独自の理論で宇宙論、脳、地球史、超古代史などの本格的探求を行い、それらを著書『日本人の脳と血液型のヒミツ』、『聖書は日本神話の続きだった!』(本書はアメリカでも出版)、『2010年、世界大変動』などに表わしている。王道日本の会代表。
【お詫び】植草一秀さんとの講演ということで、すでに振り込まれた方のうち、変更のため「欠席」という方は、上記あてメールかFAXで振り込み口座を教えて下さい。返金させて頂きます。変更後の講演会に参加するという方は、そのままで結構です。