燦燦斗(ラーメン・東十条)
今回は読者の方にコメントで教えていただいたラーメン屋さんを尋ねてみた。なんでも東十条駅(北区) の近くにとんでもなく美味しいラーメン屋があるそうな。
ちなみにここは東十条駅の改札口のすぐ目の前にあるメインストリートです。
嘘じゃありません、ここが本当に駅前通りなんです。
ほら、崖の下に駅が。
つうか十条に来るたびに思うんだけどさ、十条駅付近といい東十条駅付近といい、いくらなんでもカオスっぷりが凄すぎるだろ。明らかに関東の街じゃねえぞここ。
なんでよりによって崖下に駅を作ろうとしたんだろうか?あちこち坂&階段だらけで歩き難いわ、傾斜が酷いから町並みが歪んでるわ…。
で、上の写真の位置から右を向くと、急勾配かつ曲がりくねっている怪しげな坂があります。明らかに "行ってはいけない電波" がゆんゆん漂ってます。夜遅くにこの坂を下りたら生きて帰って来れるのか不安極まりない。
本当にここは "駅から5秒の場所" なのだろうか。
そんな坂道をドキドキしながら下りて行くと、右手にこんな場末のスナックばかりが立ち並んでいるかのようなテナント群が。
この中央にある赤い看板のお店こそが、今回ご紹介する燦燦斗(さんさんと) さんです。
立地と外観だけで判断すれば、明らかに90%地雷です。
そんな燦燦斗さんのメニューはラーメン(650円) とつけ麺(750円) のみ。軽くおつまみメニューもあるけど、カウンターのみ6~7席程度の店なので、店内で呑むのは止めた方がいいかも。(むしろ酒を置かない方がいいんじゃないか?)
で、写真はラーメン。店に入った時から魚粉の香りがプンプンしていたんだが、一口食べてみると強烈な魚の風味がふわぁ~~ん。
魚粉を多く使うラーメンって臭いや後味がくどくなりがちで、バランスが悪いと食べられた味じゃなくなるんだけど、この店は旨味のみを感じさせるギリギリの所で踏みとどまっている。そういった意味では大山の田中屋と相通じるバランス感覚の良さが。
■大山 田中屋
http://ameblo.jp/oharan/entry-10050453276.html
でも全体的なバランスで言うと、田中屋の魚粉たっぷりラーメンよりこっちの方が美味いかもしれんわ。
なんといってもこの店は麺が美味すぎる。スープのインパクトも強いけど、この店の肝は麺じゃないかな?中太くらいの太さなんだけど、讃岐うどんそのものと言いたくなるほどコシが強くて、それでいてモチっとしていて、噛んでて心地がいい。なおかつ魚粉でトロトロになったスープが絡み付いててメチャメチャ美味い。
そんな事を重いながらふと後ろを見たら製麺室がありやんの。マジメだ、ここの主人はきっといい人だ。北区なんて辺鄙な場所にあるのは勿体無いから、ぜひ板橋区に誘致したい。(かわらねえよ)
そんでもってこちらはつけ麺の麺。ラーメンに比べると太めで、少し平べったい感じだった。ちなみに麺は中盛り(50円アップ) にしてみたんだが、もしかしてメニューに書いてあった 「中盛り400g」 ってのは "茹でる前の重さ" なの?なんか目の前がクラっとするような量が出てきたんだけど…。
そしてコチラがつけ汁。麺の量に比べるとちょっと少なく感じた。
味の方はラーメンのスープがより凝縮されたような味わいで、旨味と香ばしさとほんのりした自然な甘味が入り混じっていてうめえ。砂糖みたいな不自然な甘味じゃないので、大勝軒のつけ汁が大嫌いなオレでもガツガツ食えた。これは美味い。
ただやっぱり麺の量が多すぎて、あっという間につけ汁が冷め切ってしまったのが残念。丁寧にしっかりと冷水で〆てくれているから、コシの強さや食感の良さは増しているんだけど、冷めやすさだけはどうにもならないなあ。器もちゃんと温めてくれているんだけど、それで解決できるレベルじゃない。残念だけど美味しく食べ切るには中盛り以上を頼んじゃいけない気がした。(つけ汁を増やしてくれるだけで少しは改善されそうなんだが)
とまあそんな不満点を挙げつつも、気が付いたら絶対に食べ切れないと思っていた大量の麺がどこかに消えていたわけで。不思議な事もあるもんじゃ。
■総評
なんというか、主人の人柄がヒシヒシと伝わってくるマジメなラーメンである。作っている姿をずっと見てたんだけど(キモイねゴメンw) 、一つ一つの作業がとにかく丁寧で好感が持てる。お湯の温度を確認してから保存してある麺を取り出し、その麺を丁寧にほぐしてから茹で始め、使わない分の麺はさっとかたし、しっかり丼を温め、茹で上がったらキッチリと湯切りや水切りをし、さっとスープを作ってさっと出す。この一連の流れがあまりに丁寧かつ手際が良かったので、食べる前から美味いんだろうなと思った。
で、食べてみたらやっぱり美味かった。
こういういい仕事をしてくれるお店っていうのは、ラーメン屋に限らず大事にしたいよねえ。
それと麺とスープの美味さ以外に、お肉の美味さも特筆すべきだと思う。特にラーメンに乗ってきたお肉はピンク色をしたレア肉で、食べてみたらローストビーフのような生肉らしさが残るクニクニした食感なの。それでいてしっかり漬け込まれているらしく、味が染みててジューシーだし、食欲をそそる良い香りがするし、これはちょっとヤバイぞ。(つけ麺の方にはほぐしたお肉が入ってくるけど、それも同じように美味い)
最近になってラーメン雑誌で取り上げられる事が増えて行列店と化しているみたいだけど、確かにこの店のラーメンはちょっとくらい並んでも食べたいと思える。
点数を付けるなら100点満点で90点ってところか。減点理由は、さっきも書いたけど改善の余地がまだまだあるから。現状でも充分に美味しいけれど、不満点が改善されたらさらに美味くなると思う。特につけ汁の冷め易さとか、ラーメンを食べてて感じた塩気の強すぎる点(煮詰まったのかもしれん) は直して欲しいなあ。ちょっと勿体無かった。
それとこの店に限って言えば酒は置くべきじゃない気がする。楽に単価は上がるかもしれないけど、絶対に回転が悪くなるし、ただでさえ麺茹でに時間がかかるんだから機会損失に直結してしまうんじゃないだろうか?今は客足もいいみたいだし、より多くの人にラーメンを食べさせる事に重きを置くのが誠意ってもんだと思うんだが。
でもこの店のお肉は本当に美味しいから、それを肴に酒を呑みたい気持ちもよく分かる。もしここが6~7席しかない行列店じゃないならばオレもまったり呑みたい…。
■燦燦斗(ラーメン)
電話:不明
営業時間:11:30~14:00 18:00~21:00(水曜日は夜だけ?)
定休日:火曜日
アクセス:JR京浜東北線の東十条駅北口を出る。階段を上ってすぐの路地を右に曲がり、坂を下った右手。
■特別付録
東十条駅から埼京線十条駅まで歩いてみよう
最寄りの東十条駅は京浜東北線の駅なんだが、埼京線の十条駅も程近い場所にある。しかし土地勘のない人が下手にこの辺を歩き回ると絶対に迷子になってしまうので、今回は特別に十条駅へのルートをご紹介。
ちなみにオレも東十条駅付近で迷子になった事が何度もあります。むしろ子供の頃からこの辺りにくると70%くらいの確率で道を間違えたり、ショートカットに失敗して迷子になったりしてます。
さらに言えばこの日も途中で道を間違えて酷い目に遭いました。(十条駅から歩こうとしたら、間違って北口じゃなくて南口の方に歩いちゃった…)
とりあえず東十条駅の北口の目の前にある通りを真っ直ぐ進んで、立ち食いそば屋とセブンイレブンのあるT字路を目指しましょう。燦燦斗からは歩いて2分くらいの距離です。
で、T字路を左に曲がります。間違って右手に進むと環七にぶち当りますが、そうなった場合は引き返さず、むしろ直進して赤羽駅から埼京線に乗りましょう。男塾の直進行のノリでお願いします。
道を間違えてなければ途中で小学校が出てきます。ちなみにこの道は環七方面~王子・飛鳥山の方に抜ける抜け道になっていて交通量が多く、なおかつ民度が低い地域なので狭い道なのにガンガン飛ばしまくるキチガイが大勢います。さらに言えば日本人じゃない民族が大勢いる地域ですので注意するニダ。
しばらく歩くとミニストップがあり、商店街の入り口が見えてきます。ここもここで場末感がビンビン漂って来てますが、恐れず商店街の中に入って行きましょう。
さらに言うと以前紹介した美味しい讃岐うどんのお店 「すみた」 もこの商店街の中にあります。
■すみた
http://ameblo.jp/oharan/entry-10009277866.html
ここも有名店で行列が出来ている事が多い掛け値なしの名店です。
こんな細い道にお店がひしめき合っているという、どう見ても都内とは思えない町並みに萌え。オレが小学生の頃から本当に何も変わってねえ…。
で、ここまで来たら十条駅に到着したも同然。写真の奥の方に見えるアーケードに向かって歩き、途中にある埼京線の線路に沿って左手に歩けばすぐ駅に着きます。
ちなみに一つ上の写真の位置から少し歩くと、このように埼京線の十条駅のホーム端が。柵も何もなく、しかもホーム自体が低いので、大人だったら一跨ぎで上がれてしまうというユルさ…。
埼京線ってどんだけローカル線なんだよって話だぞこれ。
パチンコ屋の看板を流用したとしか思えない薬局。
十条が都内って絶対に嘘だ。明らかに関西の臭いを感じるぞ。
これは朝鮮学校の生徒に追われた時の、万策尽きた際の逃亡ルートです。命が惜しければ絶対に覚えておきましょう。この線路はまさに蜘蛛の糸です。
十条駅付近はオレが子供の頃から朝鮮学校の生徒の縄張りで、オレが知る限りでも過去に数軒の店が朝鮮学校生徒の被害に遭って閉店させられてます。
ウヨク気質な人でもこの街での言動には注意してください。
ちなみに何もしていなくても30人くらいに追いかけられたりします。今はどうか知りませんが、現にオレは普通に歩いているだけだったのに追い回されました。
走っても走っても虫のようにアチコチから朝鮮学校の生徒が増え続けて、気が付けば (体感で) 数十人に追い回されていて、仕方ないからこの埼京線の線路を奇声をあげながら走って逃げました。
あの時なんとか逃げ延びたから今のオレ様がいるんです。
これは大げさでもなんでもありません。十条に住む同年代の友人達も、殆ど同じ経験をしているのです。
オレはネットウヨクだから朝鮮人を叩いているってだけじゃない!こうやって本当に朝鮮人に殺されかけた事があるから呪ってるんだ!それをどうかご理解いただきたい!
というわけで、皆さんも万が一の時には、JRの職員に捕まるのと、朝鮮学校のキチガイに捕まるのと、どっちがいいかよ~く考えてくださいネ♪
三崎vs秋山 三崎の攻撃は反則なのか否か
年末に行われた三崎vs秋山戦が未だに揉めている。
まあヌルヌル秋山の試合が後になって揉めるのは柔道家時代から続く "いつもの事" なんだが、今回は負けた秋山が三崎の攻撃は反則だと大騒ぎしているのだ。
激しく面倒臭いのでとりあえずこの辺のニュースを読んでみてね。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/headlines/etc/20080116-00000024-spnavi_ot-fight.html
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/headlines/etc/20080116-00000005-spnavi_ot-fight.html
大みそかに開催された「やれんのか!」の実行委員会が15日までに、同大会でKO負けした秋山成勲(32)=フリー=サイドからの抗議文を受理したことが明らかになった。秋山側は三崎和雄(31)=GRABAKA=から受けた顔面への蹴りを“反則”と主張した。
「やれんのか!」公式ルールでは両手両足を地面に付いた「4点ポジション」における「頭部・顔面へのサッカーボールキック、踏みつけは反則」とあり、秋山側はKOの原因となった蹴りが4点ポジションの際に出されたと指摘した。
実行委員会の島田レフェリーはこの日「正式な見解は抗議文を見てから」としながらも、「個人的な意見を言えばサッカーボールキックでなく、立ち上がりざまのハイキック。反則ではないと思う。実際、試合後のルールミーティングでもだれも問題にしなかった」と明かしている。(後略)
秋山サイドの言い分を短くまとめると、三崎が放ったキックはルールで禁止されている 「四点ポジションの相手への顔面キック」 だという事らしい。
では現在ネットに転がっている問題のシーンの写真を見てみよう。
まずはコレ。奥が三崎選手で手前が秋山選手なんだが、三崎選手の足は秋山選手の右肩から胸部に当たっているように見える。
そして秋山選手の体勢については、両手こそマットに付いているものの、これを果たして四点ポジションと呼んでいいものなのかどうか…。
ここまで問題が紛糾している理由というのも、実はこの試合のオフィシャルなルールというのが一般に公開されていないからなんだな。
秋山サイドはこの状態でも四点ポジションとみなされると言い張っているんだが、本当にその言い分が正しいのかどうかは内部の人間にしか分からないのだ。
角度を変えてもう一枚。この写真だと三崎選手の蹴りが秋山選手の横っ面から顎の辺りに当たっているようにも見える。が、やはり肩口から胸部に対する打撃なんじゃないのかとも思える。
静止画だと分かり辛いので、gifの動画で見てみよう。
http://sakurachan.dip.jp/up/src/up8803.gif
■展開
まず三崎選手のロシアンフック気味の大降りな左フックが秋山選手の鼻先にヒット。秋山選手は顔を背けて避けようとするも回避に失敗し、ダメージを逃がせない形で喰らっている。
→尻餅をつく形でダウン状態になった秋山選手に対し、三崎選手は一瞬様子を伺う。
→無防備に手を突いて立ち上がろうとする秋山選手に対し、三崎選手が間合いを詰めて攻撃準備。
→立ち上がり途中の秋山選手に対し、三崎選手がミドルキック。
→三崎選手のキックに対し、秋山選手は上半身を持ち上げ顔を背けて回避行動。
→三崎選手のキックは秋山選手の肩口から胸部にヒット。(結果的に顔には当たっていない)
→衝撃で仰向けダウン状態になった秋山選手に対し、三崎選手がパンチで追い討ち。
→レフェリーが止めて試合終了。
これがフィニッシュの一連の流れなんだが、素人のオレが見た限りでは秋山サイドの言い分である 「四点ポジションの状態の相手への頭部及び顔面へのキックや踏み付け攻撃」 が行われているようには思えないのだが。
まず頭部および顔面への攻撃というが、それは "結果的にヒットした部位" を指すのだろうか?それとも "攻撃しようとした部位" を指すのだろうか?
もし "ヒットした部位" ではなく "どこを狙ったのか" という事で決まるというのであれば、全ての下半身へのキック攻撃なんかに対して 「アレは金的を狙った攻撃だ!」 とイチャモン付けられるって事になんのか?もしそうだとすると、スタンディングでの腹部への膝蹴りとかは全部金的だと言い張れなくもないよなあ。
それに、そもそもこの試合における四点ポジションの定義とはなんなんだろうか?
こういう問題が起きてしまった際に 「通常言われている四点ポジションとは何か」 について議論しても意味がないので、どうしても 「この試合における四点ポジションの定義」 を知る必要がある。(それが公開されてないから揉めてるんだけど)
ちなみに普通は四点ポジションというと、簡単に言えば "四つんばいの体勢" の事を指すもんなんだが、秋山サイドはこの試合では 「両手両足をついて立っている状態も四点ポジションだ」 と言い張っているわけだ。通常言われるグラウンド状態における四点ポジションではなく、スタンディングの状態、もしくは立ち上がり途中の状態でも四点ポジションが認められると。
もし秋山サイドの言い分が正しいとなると、ゴリラのような姿勢で練り歩いてみたり、危なくなったらそういう姿勢になって相手を攻撃不能にする作戦が有効という事になってしまう。
最悪の場合、今後は筋肉ムキムキの屈強な男達が、互いにゴリラのようなポーズでマット上を徘徊し、牽制し合う姿がデフォルトになってしまうのだ。
正確なルールは公表されてないから知る由もないんだけど、こう考えると流石にそれは金とって客に見せる物じゃないだろと言いたい。
って、なんかDDT辺りがやりそうだなあ。DDTは "ヌルヌル秋山問題" をネタとして取り入れて見せた唯一のプロレス団体だけに
「四点ポジションへの攻撃禁止」
「なお四点ポジションとは両手両足をマットにつけた状態を指す」
というルールのタイトルマッチをやりかねない。
まず試合開始と同時に両者ゴリラポーズでマット上を徘徊して、組み合ったり打撃技の打ち合いになっても、相手の攻撃を受けそうになったら 「四点!四点!」 とか叫びながらゴリラポーズになってレフェリーにアピール。そして攻撃を仕掛けようとする相手を 「四点だ!反則だぞ!」 と止める松井レフェリー。
ダメだ、もはやヌルヌル秋山とかどうでもよくて、DDTのお笑いマッチだけが頭に浮かぶ。
■参考リンク
DDTオフィシャル
というわけで、桜庭戦の時はあまりに酷い話だったのでムキになって記事を書きまくっていたオレだが、今回の件についてはもはやギャグでしかないと思っている。
秋山はしっかりとした実力のある有望な選手だったのに、度重なる反則行為だとか、卑劣さだとか、往生際の悪さだとか、そういった数々のマイナス要素が積み重なって、どうにも修正不可能なポジションに落ちてしまった気がする。
未だに桜庭戦における "グローブ問題" は解決していないんだが、なんかもうそれすらどうでも良くなってきたよ。
すでに秋山がという話ではなく、総格業界自体がどうでもいいわ。単なる八百長よりもタチが悪いよ "コイツら" は。
毎度毎度こんなどうしようもない泥試合を見せるくらいなら、最初からプロレスみたいに尻決めして、その分より面白い試合を客に提供しろや。
「ガチのフリすんな、この八百長野郎」
かつて総格業界がプロレスに向けて発していたこの台詞が、今はそっくりそのまま自分達に向けられている状況なんだから、危機感を持って対応してもらいたいもんだね。
■特別付録 過去にアップしたヌルヌル秋山問題に関する記事
http://ameblo.jp/oharan/entry-10023267147.html
http://ameblo.jp/oharan/entry-10023319212.html
http://ameblo.jp/oharan/entry-10023451293.html
http://ameblo.jp/oharan/entry-10023640719.html
http://ameblo.jp/oharan/entry-10023708582.html
http://ameblo.jp/oharan/entry-10023715383.html
怒りが収まらずヤッターマンについてボヤき続けるオレ。
昨日アップした記事を書いてる時点では気付かなかったんだけど、昔のヤッターマンやタイムボカンシリーズを見直して新ヤッターマンの重大な欠陥に気付いた。
三悪がメカを作る描写がないじゃん!!!
ドロンボーの歌に乗せて三悪がメカを作って、最後になぜかネジやボルトが1個余って、ボヤッキーが 「アレぇ~?コレなんだったっけかなぁ~?」 なんてボヤくというのがお決まりの流れだったじゃないか!
それにメカのお披露目をする時にボヤッキーが 「ジャーン!これが全国○○協会推薦のメカ ○○よぉん!」 って言わないとダメじゃん!
新ヤッターマンにはそれがなかった。
これはダメだ。三悪ファンのオレとしてはメカ造りのシーンが省かれてしまうなんて悲しすぎる。せめて 「天才ドロンボー」 を挿入歌という扱いにしていいから、メカ造りのシーンを復活させて欲しい。(そういや三悪がオシオキを受ける時に運命も流れなかったような)
それはそうと、昨日の記事のコメントで教えてもらったんだけど、山本まさゆき氏が新ヤッターマンの主題歌に関してかなり不満をお持ちのようで。
そりゃそうだよなあ。山本先生からしたらタイムボカンやヤッターマンってのは自分の才能が世間に認められた記念すべき作品だもんなあ。それをああいう形で壊されたら泣くに泣けないよね。
あんな形にするくらいならいっそヤッターマンの歌を使わなきゃ良かったのに。
というわけで、現在は削除されてしまっているようなので、仕方なく2ちゃんのニュー速から山本まさゆき氏のメッセージを転載。
「ヤッターマン」についてファンのみなさまに報告
話しは21年前に遡ります。1986年11月20日、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストンNASAを、私と、私の親友・諏訪道彦君は、ワクワクと探訪しておりました。諏訪君(以後・すわくん)と私の出会いは「ロボタン」というアニメでした。そのEDの作詞を私が担当し、そのプロデユーサーが、すわくんでした。
二人は同じ愛知県、しかも同じ三河人同志、すぐにうちとけ、ドラゴンズ話しにも花が咲き、すわくんは新しいアニメのグッズができればすぐに中野の我が家を訪れ、トレードマークのジュラルミンのケースからテレカなどを出してはニコニコしておりました。そのうち私が1ヶ月の間、アメリカに渡ることが決まり、当然得意の三河弁で「どうだん、あんたもアメリカにいきゃへんかん?」とすわくんを誘いました。答えはもちろん、「いくいく、いっしょんいこまい」でした。そして、私は一足先にニューヨークに入り、後から来米したすわくんと、肩組み腕組み、アメリカ大陸横断の旅に出るのでした。
ニューヨークをアムトラックで出発して、フィラデルフィア、ワシントン、国内線で冒頭のヒューストン、そしてディスティネーションは、カントリーウエスタンの町ナシュビル。最後にニューヨークに戻る飛行機の窓から見た摩天楼の夜景は、この世のものとは思えなかった。
そして21年が経ち、そのすわくんから電話が来た。「ひさしぶりに、山本さんとお仕事できます!」って。それがこの度の読売テレビ・タツノコプロ制作の「ヤッターマン」、という、ちょっと長い前振りでした。
いろいろな不安や疑問が、歌手・山本正之のファンのみなさまに、今、存在しているかもしれません。ここに、その、みなさまの気持ちを大切にした、新作「ヤッターマン」の、始動からここまでの、報告をいたします。シークレット期間が明けたので(笑)。
最初の会議。読売テレビから劇伴音楽の制作と主題歌の使用を依頼される。ただし、劇伴音楽は私と神保正明先生の他に、新しい若い音楽家の導入を発案される。これについては私もある程度の同感を持っていたので、了承する。細かい振り分けについては後日。主題歌は、「使用」である。つまり、あのオリジナルの「ヤッターマンの歌」を、歌手を変えて、新たに録音したいとのこと。これについても、私はある程度の同感を持っていたし、読売テレビ側の「歌手も、新しい、若い人、たとえばアイドルなどを起用して、ヤッターマンをまだ知らない、現役の高校生や、いやもっと、小学生、こどもたち、を虜にしたい」という熱意も伝わり、私は、私の、命の次の次、くらいに大切な、この「ヤッターマンの歌」を、他者に委ねることを、快諾した。
しかしこの時、もうひとつの別の提案も発表される。「ヤッターマンの歌」は第一期、9話まで。その後は、誰の作品によるものかは未定という。私、確認、「では10話から後は山本正之以外の作家が作った主題歌が流れるのですか?」、読売テレビ「そうです。」。私ひとこと、「このお話し、成立しません。」、しばらく、意見の交換があったあと、テレビ側「わかりました、最後まで山本正之の作品でいきましょう、新曲を作っていただくか、もしくは、ヤッターマンの歌、をクールごとに歌手を変えて。」、そして私は了承。
尚、EDについては、極初の段階から、山本正之は無関係、ということ。しかし納得。みなさまもご存知のように、近今のテレビアニメ、主題歌は切り売りである。入札に近いセールで、制作費の一端を賄うのは、しかたがないし理解する。誰かステキな歌手が、笑い夢見たアニメのあと心地を、すっと普段に戻してくれたら、それでいい。と、想気を放した。、ここで会議終了。そして知らされたこと、実は、すわくんはチーフプロデューサーであって、実務は若い社員が担当し、すわくんはそれを監修しつつ、私との連絡に奮働すると。
二度目の総合音楽会議。この日の前日、インターネットに「ヤッターマン主題歌を歌いたい有名人募集!」の記事が載る。もちろん私は全く関与したらず。このデリカシーの無さに憤り、会議の席上で抗議。しかし記事は掲載されてしまったもの、戻しようが無い。つまり、単なる抗議。
そして、その歌手の、いつのまにか作られていたデモCDを聞く。「えええええ、え?」が、その時の感想。アコースティックギターの演奏に乗って、「ワンとほえりゃー」が流れる。歌声は力強くて可愛くもある、が、ところどころメロディーが間違っている。「メロ、まちがってますね」と私、「ええ、なおします」と、現場プロデューサー。このデモテープの歌手、ロックバンドとしてデビューし、大ヒットしてスターになった年が丁度1977年のヤッターマンの年であり、「ヤッターマン」には特に強い思い入れがあるとのこと。
「この歌手でいこうと思います。」と、現場プロデューサー。、あれ?、若い世代を虜にするんじゃなかったの?77年デビューだったら私とほとんど同じくらいですよね。、現場プロデューサー「かねてから山本さんがおっしゃっているように、オールドなファンにも注目していただきたいので」。、あれあれ?んんんんんーーー、まあ、いろいろ事情があるのでしょう。また、当社ベラ・ボーエンタテインメントに、入札に参加する予算があるはずもないし、始めから入札のお誘いも無かったし、ね。
さて、この日聴いたこのデモテープを、私は、本当に、デモテープ、だと、思い込んでいたのでした。
続いて、BGMを手伝っていただく「若い音楽家」のデモを渡される。私としては、是非弟子藤原に、と考えていたが、これも、もう決定されていた。万事がこういうやり方なのだな、と、この時初めて気づく。が、しかし、このデモ、自宅仕事場に帰り、聞いてみると、結構良い。特にブラスの音と、リズム体の動かし方、きれいなやさしい音色の選び方、藤原に並ぶくらいに、なかなか良い。即、すわくんに電話する。「もう決まってることだろうけども、この人でOK、だでね。」、この劇伴音楽の割り振りは、神保正明先生と会議を持ち、最終的に、次のように決める。
正義のヤッターマン部門Aグループは、昔通り神保正明が作曲編曲(アフレコディレクターから来たメニューにはたくさんの昔の楽曲の再録音が指定されていた)。、三悪の部門Bグループは、これまた昔通り山本が。そして情景、心理、戦闘などのCグループは、これまたこれまた昔通り、神保、山本が半分ずつ。だが、ここで昔とちがうところは、山本の担当曲の編曲は、おおざっぱな組み合わせのマスターリズムを私が書き、あとは全て、新参加の深澤秀行氏にお願いした。
そして三度目の会議。これは会議というよりも、顔合わせ。私は、新中野の神保先生のお宅に寄り、大切な彼のスコアを預かって、もちろん自分の作品のマスターリズムも抱えて、新宿のとあるホテルのラウンジに行く。そこで深澤氏と対面。好感。全部のスコアを渡す。彼の仕事は、私の作品の編曲と、神保先生の作品の微調整と、全曲のマニュピレイション(打ち込み)。少しの打ち合わせ。少しの歓談。会議終了。いい気持ち。
そしてその数日後、悲しい事態が発覚する。
新宿の夜、こじゃれたイタリアンレストランで、私とすわくんは、あさりのリングィーネや、イカのスパゲティを「うまいねえー、ふんとにうまいねえ」とのたまいながら、シチリアの赤ワインを、いただいていた。そのシチリアの、赤が、白に変わる頃、ふと、私が言った。
「そういえば、OPENING、どうなっとる?」「え?どうって、ちゃんとやっとるみたいですよ」「ええ?やっとるの?」「はい、やっとります。」私はすでに業界では古い世代に入る作家である。それだからそれなりの、仕事の仕方の不文律がある。それは私だけではなく、この世代の作家みんなが、持ち合わせているはずのものである。私はすわくんに閑言した。「歌を録るということは、まず、担当(ディレクター)が、歌い手を作家に紹介し、歌い手が作家に挨拶し、作家もこれに応えて挨拶し、この三者に加えて諸々のスタッフの都合を整え、スタジオをキープし、連絡をし、関係者全員の中で、和気あいあいと、楽しく、そして厳しく、行われるもの。」と。確かに、今はちがうらしい。現場プロデユーサーひとりの判断で自由に録音し、完成、だそうだ。しかし、モノは「ヤッターマンの歌」である。今これを読んでいる、キミ、あなた、が愛して止まない、正義の愛唱歌、「ヤッターマンの歌」である。
結局、まに、あわなかった。
正確に数えて4日後、深澤氏作業の劇伴録りスタジオに出向き、そこで、現場プロデューサーより、2008年1月14日放送の、新作アニメ「ヤッターマン」のオープニング主題歌を聞き受ける。それは、あの時、私がデモテープと思い込んでいた、あの録音物の、メロディーのまちがったところが直された、もの、。だった。
「もう放送にまにあいません。これでいきますので。」その声に落胆し、私は、無理に笑顔を作って、スタジオに背を向けた。
積もり始めた落ち葉の歩道を、時々空を見上げて、千歳船橋の駅まで、私は歩いた。30年の時を経て、またヤッターマンが、ファンのみなさまに届けられる、そこだけを、喜び、勇んでいた。誰が歌ってもいい、ドロンボーが、またブラウン管、いや、液晶やプラズマの画面で大暴れするんだ、と。
そこに、魔がさ刺していた。失敗をしたのは、むしろ、私だ。迂闊だった私だ。そう後悔させて、このオープニングは、世に出る。もしかしたら、ものすごく好評かもしれない。現在を知る若手の腕利きプロデューサーが完成させたのだ。私の目に何かのマスクがかかっているのであろう。そう自戒させて、このオープニングが、世に出る。私の悲壮の終結は、 「もうヤッターマンは、切り捨てよう」、とまで、落ちた。そして以降、読売テレビ制作側からの電話に、私が出ることは無かった。
しかし、すわくんが、私のこの自棄を、止めてくれた。あの、ヒューストンのNASAに着くまで、ホビー空港から乗ったタクシーの、フロントガラスの弾痕に恐れながらも、宇宙の始点への憧れを、共に望んだ、すわくんが、一生懸命になってくれた。「次までに、もっと会って、もっと話して、もっと考えて、もっともっと、ヤッターマンを愛します。」私は、邪気を払った。「もう一度考えよう、これからを、考えよう、ファンのみなさまの心を、考えよう。」、と。
タイムボカンの、ファンのみなさま、、どうぞ、たくさんのご意見を読売テレビに寄せてください。叱咤も、激励も、自由に送ってください。タイムボカンシリーズは、ファンがつくるテレビアニメーションであります。
想えば三ヶ月以上に渡って極秘とされてきた、このヤッターマン情報、やっとみなさまに報告できました。これで持病のストレス性不整脈から開放されるぞ、ヤッターーー!、アチョーーー! ホヨホヨホヨホヨッ!!
これを単に恨み節と取るか、タイムボカンシリーズの何たるかを知った人間として当然の言葉と取るかは各自に任す。ちなみにオレは後者だが。
で、新ヤッターマンの歌についてここまで不満の声が挙がっている理由というのは、リアルタイム世代じゃないと中々理解できないように思うので、今回はその辺を軽く説明してみようかなと。
タイムボカンシリーズの、特にヤッターマンという作品は、30年前の本放送以来、何度も色々なメディアで繰り返し使われてきた "素材" である。
といってもマジンガーやゲッターやコンバトラーのように "スーパーロボット大戦" のお陰で息が長く続いたり、ガンダムのようにその世界観を利用して様々なマルチメディア展開をしてきた作品とはちょっと毛色が違う。
ヤッターマンを題材にしたゲームやOVAやCDというのは、あくまでヤッターマンファン向けのコレクターズアイテム的な位置付けだったのだ。
例えば "王道復古" というOVAであるとか、プレステで出たドロンボーが主役のシューティングゲームなど、どれも元のヤッターマンを知らない人間にはあまり魅力を感じない商品である。
しかしだからこそ、ヤッターマンや他のタイムボカンシリーズを題材とした商品は、常に "同窓会的" な徹底した内輪気質を持っていた。
子供の頃にヤッターマンを見た世代に対して、登場するキャラクター達が 「久しぶりだねぇ~元気だったかいアンタたち」(ドロンジョ様風) と、懐かしげに語りかけてくれたりするのがお約束だったのである。
この徹底した内輪気質を説明するのに丁度いい歌があるので、とりあえずそれを聞いてみて欲しい。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1256530
「悪役ドアが開く」
作詞/作曲:山本正之
編曲:神保正明
歌:山本まさゆきwithピンクビッギーズ
歌詞=http://www.jtw.zaq.ne.jp/animesong/ta/oudou/akuyaku.html
「さんあく18年 君を離さないチュ☆」
作詞/作曲:山本正之
編曲:神保正明
歌:小原乃梨子(ドロンジョ様)、八奈見乗児(ボヤッキー)、たてかべ和也(トンズラー)
歌詞=http://www.jtw.zaq.ne.jp/animesong/ta/oudou/sanaku.html
これはタツノコプロの30周年記念企画として制作された、"王道復古" というOVAのOPとEDで使用された曲である。
■王道復古ストーリー
タイムボカンシリーズがOVAで復活する事が決まったが、三悪は1チームしか登場できないという。というわけで、たった一つの椅子を賭けて歴代三悪がお得意の三悪メカに乗り込み、三悪の三悪による三悪だけの何でもアリのレースで競い合う事になった。
しかし悪役を引退して会津若松のお花ちゃんと結婚し、国分寺でそば屋を経営していたボヤッキーは、再起を賭けてレースに挑もうと説得するドロンジョやトンズラーの誘いを断ってしまう。ドロンジョ達はボヤッキー抜きでレースに挑む事になったのだが…。
■王道復古2 ストーリー
前作のレースで優勝した三悪がメインキャラとして登場し、キャシャーン・ガッチャマン・テッカマン・ポリマーといった歴代のタツノコヒーローとバトルを繰り広げる。そして何年経っても変わらないお約束通りの結末に。
ヤッターマンおよびタイムボカンシリーズの内輪気質を表現するのに、この "王道復古" という作品はこれ以上ない存在である。特に "さんあく18年" の歌詞は、リアルタイムでタイムボカンシリーズを見ていた "かつての子供達" に対するメッセージソングになっている。
この "かつての子供達" とのやり取りを30年にも渡って続けてきたという歴史が、タイムボカンシリーズの、そしてヤッターマンの核なのだ。
新ヤッターマンはリメイクと言われているが、正確に言うとヤッターマンは作り手とファンの交流が "ずっと続いてきた作品" なのである。一度完全に終わった作品を何年かぶりに蘇らせたという訳ではない。
だからこそ、ビジネスを考えた際にEDの歌だけはどうにもならないとしても、OPだけは "かつての子供達" が納得できる形にすべきだった。上にも書いたがヤッターマンというのは "かつての子供達" の想いを背負ってずっと続いてきた作品なのだから、「リメイクだから歌はスタッフの好きにします」 という理屈は通用しないのである。それはヤッターマンという作品と、それを大事な思い出として抱えている "かつての子供達" に対する侮辱に他ならない。
もしも新ヤッターマンのスタッフが 「30代~40代のアニオタなんかどうでもいい」 と思っているなら大間違いで、だったら安易にヤッターマンなんか復活させるなと言いたい。訳の分からないナントカガンダムでもやってろ。
三悪やドクロベー様が昔と同じ配役で頑張ってくれているのだから、"かつての子供達" としては昔お世話になった爺さんや婆さんに 「子供と一緒にヤッターマンを見てますよ」 とか、「自分の子供もヤッターマンの歌を楽しそうに歌ってますよ」 というメッセージを送りたいんだって。
ヤッターマンという作品はどんな子供でも優しく迎え入れてくれて、一緒に遊んでくれて、それでちょっぴり悪い事も教えてくれる、そんな近所の大人のような身近に感じる存在だった。その姿勢はTV放映が終わってOVAやCDやゲームというメディアに移っても変わらなかった。
ガンダムだとかヤマトだとかエヴァだとか、日本のアニメ史の中でエポックメイキングと位置付けられている作品は確かに素晴らしい。しかし "作り手と視聴者の密接なコミュニケーション手段" として成立していた作品はタイムボカンシリーズ以外に思い当たらない。
例えばゼンダマンのゼンダライオンの歌に合わせて全国のお友達が紹介されたりとか、番組宛に送られてきた子供からのお便りを積極的にネタにしてみたりとか、そういうラジオ的なノリが "かつての子供達" を夢中にさせたのだ。
そういう作品だからこそ、ヤッターマンの主題歌ってのは全国の良い子たちに 「ヤッターマン始まるよ!おいでおいで~!」 と呼びかける歌である必要があった。さらに言えばそこに山本まさゆきと子供の合唱団が歌う意味があった。
それをヤッターマンと無関係な50代のオヤジがマスターベーションで作ったような歌を押し付けるってどうかしてんだろ…。
今回の新ヤッターマンの何がダメか充分に説明できたかどうか不安だが、こうしたヤッターマンという素材の特殊性は理解してもらえたと信じたい。
アニメ本編やOPの絵なんかは頑張って作っていると思うし、実際に満足できるクオリティだと思うのだが、"30年間愛され続けてきた歌" をぞんざいに扱ってしまった点が最大の癌というか、画竜点睛を欠くというか…。
三悪の 「大人になったら隣にいない そんな大人にならないで」 という歌に対して、「恥ずかしながら今もいます」 と言わせて欲しいよねえ。
今までヤッターマンという作品を通してず~~っと続いてきた、声優やアニメスタッフやミュージシャン達との心の交流を断ち切らないで欲しいよねえ。
それが新ヤッターマンに対するオレの願いであり、批判の声を挙げている人間の心の声だと思う。
"かつての子供達" は "ヤッターマンという恩人" にお礼がしたいんだっつうの。
■おまけ
OPED差し替え版
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2039276
どう考えてもこっちの方が絵が生き生きしてるのは気のせいか。やっぱどこかでドロンボーの歌が聞きたいよなあ…。
新ヤッターマンについて30オヤジがぼやく。
オレ様は同年代の人間と比べてもかなりアニメ好きな子供だったんだが、特にタイムボカンシリーズが好きで好きで。
「好きだったアニメベスト3を選べ」 と言われたら、上位3つが全部タイムボカンシリーズで埋まるんじゃないかと思うほど好きだった。(ヤッターマン、オタスケマン、ヤットデタマン、イッパツマンってこの時点で1つ多いし)
ぶっちゃけガンダムとヤッターマンをどっちか選べと言われたら、迷わずヤッターマンを選ぶ。(999やヤマトが相手だとかなり悩むが)
そんなオレ様だけに、日テレの月曜19時から始まった新ヤッターマンについてツベコベ言いたくて仕方がない。
「あんなのヤッターマンじゃねえよ!」
と、懐古厨らしくこの一言で終わらそうとドキドキしながら第一回の放送を見たんだけど、本編は思ったよりもちゃんとヤッターマンだった。
まだ初回という事もあって一々説明臭かったり、山ちゃんによる 「説明しよう!」 がやたらと登場してウザかったり、【ボヤッキーがドロンジョ様の胸を触る→ドロンジョ様がボヤッキーをはたく】 というお約束ムーブを乱発しすぎだとか不満点はあったんだけど、概ねあんなノリでいいんじゃないかなと思う。
30年前の本放送の際の、アドリブ飛びまくり悪ノリしまくりの中期以降のヤッターマンを100点とするならば、今回の放送分に関しては80点くらい付けてもいいと思う。
このままのノリで頑張って1年も続ければ、こなれてきて随分と面白くなると思う。(旧ヤッターマンも序盤はまったりしててあまり面白くないし)
■以下好印象を持った点
・ドロンジョ様のおっぱいがボリュームアップしてた(当社比C→E)
・ドロンジョ様のコスチュームが微妙にエロくなっててヨシ
・作画が安定しててキレイだった
・思ったよりも三悪とドクロベエ様が頑張ってた(もっと声が出ないかと思った)
・新規の声優もいい仕事してる
・劇中のBGMやSEがかっこいい
・ビックリドッキリメカの登場過程がちゃんと楽しい
・昔よりもガンちゃんやアイちゃんのキャラクターが立ってて面白い
・ヤッターワンの変態ぶりが相変わらずでヨシ
・新しい要素もあるけど邪魔臭くない
・ドロンボーのインチキ商売の相変わらずっぷり最高
■以下しょんぼりだった点
・アイちゃんの変身シーンのエロさが減った!
・三悪のノリがいまいち固い
・ハチャメチャさが弱い
うん、本編だけに限って言えば気になったのはコレくらいだ。でも後ろの2つはこの先こなれてくれば解決するだろうし、さっきも書いたけど30年前のヤッターマンも最初はノリが固かったんだからしょうがない。
となるとアイちゃんの変身シーンか。
今の倫理規定の中で頑張ってるとは思うんだけど、なんかちょっと違うんだよなあ。ちゃんとピンクのレオタードでツナギなのに何かが違う。旧作のアイちゃんの神がかったエロさは何だったんだろう?新ヤッターマンの方は純粋に変身シーンの尺が短いのかもしれん。ガンちゃんのはもっと短くしてもいいから、アイちゃんだけ10秒くらい流してくれないもんだろうか。
ちなみに旧ヤッターマンにはアイちゃんの変身シーンが何パターンかあって、全国のチビっ子たちがドキドキしたのはピンクのシルエットでアイちゃんのボディラインがクッキリ見えるヤツだったんだけど、あまり長く語るとキモオヤジとか言われちゃうからこの辺にしとこう。うん。
というわけで、言葉で説明しても伝わらないと思うので、毎度おなじみの告発コーナーに参りましょう。
「旧ヤッターマン第1話および2話」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1718051
「旧ヤッターマン最終回」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm196576 1/2
http://www.nicovideo.jp/watch/sm197115 2/2
「新ヤッターマン」(たぶんすぐ消される)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2039487
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2038990
ニコニコ動画は許せない!これは重大な権利侵害だ!みんなで告発すべきだ!
ほら、こうして並べてみると意外と新ヤッターマンって本編は悪くないよ。むしろ良いと思う。それに初回でこれなら昔のヤッターマンよりも面白くなる可能性すらある。(長く続けばの話だけど)
ボヤッキー「アナタもしかして女子高生?」
アイちゃん「中学生です」
ボヤッキー「んー残念、アタシ女子高生が好きなのよ」
特にこの流れは笑った。純粋に凄いと思った。さすがPTAと戦い続けたヤッターマンだ。(旧作ではドロンジョがアイちゃんを2号さん呼ばわりしてたりとか、親からすると危険球すぎて笑えないネタが盛りだくさん)
というわけで、オレとしては本編に関しては想像以上に面白くて安心できた。
で、問題なのはアレだな。
みんなも同じ事が言いたいと思うけれどもアレだな。
「新ヤッターマンOP」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2039099
「新ヤッターマンED」
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2039032
「旧ヤッターマンOP、ED」
http://jp.youtube.com/watch?v=e3MtKKlNklY
ヤッターマンの歌(初代OP)、天才ドロンボー(初代ED)、ヤッターキング(2代目OP)、ドロンボーのシラーケッ(2代目ED)
なんというか言葉も出ない。
なんで山本まさゆきじゃダメだったのか?山本まさゆきが歌わないにしても、曲のアレンジをもっと子供が喜ぶようにすべきだろ?
タイムボカンシリーズにおいて、山本まさゆきの曲および歌声は三悪+滝口順平と同様にセットだというのに、その要を外しちゃってどうすんだ?
しかもなんでよりによってこんなにブルージーなんだよ。OP曲として明らかにテンポが悪いし、バックの絵は凄く良いのに音がスカスカで台無しじゃないか。これがOPって有り得ないわ。
つうか劇中で使ってるBGMのヤッターマンの歌の方がノリノリってどういう事だよ!だったらそっちに歌を乗せりゃいいだけじゃねえか!
それに何だあのミヒマルGTのEDは…。
「山本まさゆきによるギター弾き語りヤッターマンの歌」
http://jp.youtube.com/watch?v=1XUUMXGM89c (04:50~から)
↑この山本まさゆき弾き語りバージョンを新OPに乗せるとこうなる。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2040202
ほら、同じギター弾き語りのシンプルさでもこっちの方がずっとヤッターマンのノリじゃん…。
タイムボカンシリーズの良さっていうのは、作っている大人が本気で子供と一緒に遊ぼうとしている姿勢にあったと思うんだな。だからこそ面白いだけじゃなくて毒があったり、親が見たらヒステリ起こしそうなネタが散りばめられていたりしていて、いわばドリフのような存在だったんだよ。
そのタイムボカンシリーズの世界観に、隣のお兄ちゃん的な山本まさゆきの歌声というのがもの凄くマッチしてたんだよね。
それにEDの三悪の歌というのも、決して上手ではないけど 「大人が子供と一緒になって遊ぶ」 という姿勢を見事に表現してたんだな。
この 【OP→本編→ED】 という流れの全てがヤッターマンでありタイムボカンシリーズという作品だったんだけど、新ヤッターマンは本編が昔通り面白いだけで、大事な大事なOPとEDがボロボロなのよ。
仮に今の子供が新ヤッターマンの歌を聞いて本気で喜ぶならそれもいいだろうけど、いくらなんでもそれはないだろ?30年後まで新ヤッターマン版のヤッターマンの歌が残ると思うか?
ヤッターマンが大成功して2年以上も放送が続いた要因ってのは、声優もアニメーターもミュージシャンも、皆が一丸となってそれぞれの持ち場で子供と相対したからなんだな。
そういう意味で、新ヤッターマンはヤッターマンを名乗る資格はない。OPからEDまで通して 「見ている子供を楽しませよう」 という姿勢を貫かない限りヤッターマンじゃねえ。
せっかくヤッターマンという素材を選んだんだから、なんでイタダキマンやキラメキマンがダメだったのかよく考えないと。
というわけで、頼むからOPとEDの歌をなんとかしてくれ…。
正しい板橋区の歩き方 志村坂上編
※写真は撮影した時間が前後してます。
何回かお届けしている 「板橋区の歩き方」 なんだが、過去に掲載した分はどれも飲み屋のハシゴ情報と化してしまっていた。
よって今回は趣向を変えて、"普通にデートに使えそうな歩き方" をご紹介する。
まずは都営三田線の志村坂上駅A2出口から出る。目の前に大きな通りがあるが、あえて何もない寂れた方に歩いて行く。(写真奥の方向)
少し歩くと左手前に公園の入り口が見えてくるのだが、ここが最初の目的地である見次公園である。
■見次公園
住所:東京都板橋区前野町4-59-1
公園の敷地は意外と広いんだが、その敷地の殆どが池(湧き水) という凄まじさ。ちょっとした野球のグラウンドくらいの面積がある池の周囲に、申し訳程度に地面があるという不思議な公園である。
しかも僅かにある "陸地" の大多数が "崖" と呼んで差し支えない急斜面というオマケつき。ゆったり座れるベンチでもあればいいんだが、笑ってしまう事に座ってゆっくり池を眺めたりする環境がないw
ベンチらしき物があるにはあるんだが、オレの記憶が確かなら2~3脚あるかないかのはず。満足に休憩もできやしない。
いったい何のための公園なんだここは!
一応手漕ぎボートなんかにも乗れるけど、明らかに水が汚そうなので転落しないように注意。(昔に比べると水質が改善されたらしいが、この立地を考えるとちょっとなあ…)
で、見次公園の無駄にデカイ池を見物した後は、首都高をくぐって "温泉" へ向かう。板橋区には天然温泉に入れる施設が3箇所あるんだが、今回はその内の一つ "さやの湯処" に行ってみようかと。
一つ上の写真の位置から信号を渡って真っ直ぐ歩くと、すぐに郊外型の大きなスーパーが見えてくる。そのスーパーの目の前の駐車場が温泉施設である。
こちらが "さやの湯処" さん。
■さやの湯処
住所:東京都板橋区前野町3-41-1
オフィシャル:http://www.sayanoyudokoro.co.jp/
※詳細はオフィシャルサイトで
比較的新しい施設なんだが、地元民に人気らしく、平日に行こうが休日に行こうが常にお年寄りで一杯である。特に平日の昼間のお婆ちゃん率の高さには笑うしかない。
それと平日に限って言えば男湯の方はガラガラで快適だったりする。よってデートで彼女を連れて来た場合、男はゆったりと色々な風呂に浸かれたとしても、彼女の方は婆さんやオバちゃんに囲まれてすし詰め状態にされてしまう可能性が高い。
風呂上りに彼女に 「そっちどうだった?空いてた?」 とか聞かれたら、絶対に 「いやージジイばっかで楽しめなかったヨ!」 と言わないとダメだぞ。
これはオレ様の経験則から言うけど、間違っても 「ガラガラで全部の風呂をゆっくり回れたよ!いやー空いてていいねココ!」 とか言ったらアカン。
「こっちはババアばっかで入る隙間もなかったよ!」 とかギャーギャー言われっぞ。(←何かあったらしい)
風呂上りにはこんなキレイな庭園を見ながら、ぼんやりと足ツボマッサージなぞ受けられます。全身マッサージもあるけど、それは専用の部屋に入れられるので、個人的には足ツボの方が目の保養にもなっていいなあ。
■お風呂紹介:内湯
内湯は温泉ではなく 「ばっちり塩素消毒してます!」 という臭いのするお湯。しかし色々と種類があって、特にジェットバス系の種類が豊富。全部で8人分くらいしかスペースがないのが難点だけど、それぞれ立ち湯、座り湯、寝湯とマッサージできる場所が違っていて面白い。空いてたら最高。
それと個人的に一番 「うわこれ気持ちいいな…」 と思ったのが、お湯の流れる石のベンチに座るってヤツ。なんていう呼び名なのかわからんが、背もたれの部分からタラタラとお湯が流れてて、ただそこに座ってるだけなの。しっかしそれが妙に気持ちよくてなあ。思わず10分くらいうたた寝してしまったオレがいる。
■お風呂紹介:露天
源泉かけ流しが1箇所に、加温+循環しているお湯が3箇所。それと薬草蒸気風呂(いわゆるミストサウナ) というのも外にある。このサウナは入り口が極端に狭くて、洞窟の中のサウナに入っているような気分になる。かなり気持ちいいんだが蒸気の量が凄くてメチャメチャ視界が悪いので注意すべき。
■泉質
ナトリウム塩化物強塩温泉(高張性・弱アルカリ性・温泉)
無色透明鹹味(しょっぱい)殆ど無臭。
と、こんだけ色々な風呂に入れて源泉かけ流しの露天もあって、入浴料が1,000円程度とお手ごろ。食堂もあるので、湯上りにビールでも飲んでぐったりするといいよ。(飯はあんま美味くないが)
ちなみに館内にある全ての施設(食事・マッサージなど) は、受付で渡される鍵に付いているバーコードを読み取るだけで清算できる。帰りの清算の時点で思ったより高くついてドキドキなんて事にならんように。(長時間マッサージを受けたりすると高くつくんだコレが!)
てなわけで、充分にお湯を楽しんでグッタリしたところで夕飯タイム。
来た道を志村坂上駅の方に戻り、見次公園を抜けた辺りの路地を入り…
一つ前の板橋グルメ記事で紹介した鮒与さんに行ったと。
http://ameblo.jp/oharan/entry-10065461046.html
【公園散歩→温泉→鰻】 と、ヤケに充実した一日でありました。













