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Future Cafe

音楽レビューのようなもの〜TECHNO、JAZZ、BREAKBEATS etc

「Mood Valiant」Hiatus kaiyote

 

 

 ジャズ界でも注目された前作から6年。オーストラリア、メルボルン出身のハイエイタス・カイヨーテのサードアルバムがようやくリリースされた。レーベルがフライング・ロータスが主宰する〈ブレインフィーダー〉というのも話題のひとつだ。ハイエイタス・カイヨーテは、ネイ・パーム(Vo g)を中心に、ポール・ベンダー(b)、サイモン・マーヴィン(key)、ペリン・モス(d)の4人によって構成されるソウルバンドであり、ネイ・パームのソウルフルな歌唱とヒップホップやジュークを昇華したペリン・モスのドラムプレイに定評がある。

 本作を一聴したところ、うねるグルーヴとジュークを思わせるストリート感が新鮮だった1stの「Mobius Streak」や、途中でスウィングに転調する2ndの「Shaolin Monk Motherfunk」のようなキラーチューンが見当たらず、ネイ・パームのヴォーカルもいささか精彩を欠いているように思えた。確かに表面的な派手さだけなら過去2作に及ばないかも知れない。しかし、アルバムを何度も聴いて確信したのは、今回、彼らが選択したのは成熟であり、オーセンティックな音楽の探究なのではないかということだ。その現れのひとつが⑤「Get Sun」におけるアルトゥール・ヴェロカイの起用だろう。ブラジリアンミュージックにおけるレジェンドともいえるヴェロカイの手になるストリングスアレンジは彼らの音楽に本物の重みと厚みをもたらしている。

 オープニングのストリングスに続く②「Sip into Something Soft」などは地味だがエレピの音色が官能的なナンバーであり、このような曲をあえて冒頭に持ってきたところに今回の制作意図がのぞく。アグレッシヴなR&Bナンバーの③「Chivaly is Not Ded」、変速ビートがダイナミックな⑥「All the Words We Don't Say」など、ハイエイタス・カイヨーテらしい明るく個性的な楽曲も健在だ。しかし、聴くほどに耳を惹きつけられるのは地味な楽曲の細部だ。たとえば、⑨「Red Room」のベースラインや⑩「Sparkle Tape Break Up」の音響系テクノのようなイントロなど、渋さの中にハッとするアイデアが隠れている。

 一瞬、ア・トライブ・コールド・クエストでも聴いている気にさせられるところもあったりして、そこが〈ブレインフィーダー〉っぽいと言えばぽいのだろう。ラストの⑫「Blood and Marrow」の浮遊感のあるべースは、フライングロータスと並ぶブレインフィーダーの顔であるサンダー・キャットのようだ。

 ロバート・グラスパー、エリカ・バトゥ、ローリン・ヒル、サンダーキャットなど、ジャズとヒップホップとR&Bのハイブリッドにラテン、アフリカなどのルーツ・ミュージックの要素を加えたハイエイタス・カイヨーテのネオ・ソウルはアメリカ西海岸に安住の地を見出したようだ。

 

 

 

 

 

  

「Cavalcade」Black midi

 

 

 UKロックを聴かなくなったのはいつからだろう。コンプリートしたくなるバンドはレディオヘッドが最後だったような気がする。レディオヘッドにしたところで、プライマルスクリームなどに比べれば生真面目な優等生ぶりが鼻についてそれほどのめり込んで聴いていたわけではなく、筆者の内なるUKロックへの熱は、マンチェスターを舞台にしたセカンド・サマー・オブ・ラブの狂騒とともに、ハウス・ミュージックという新たなジャンルに飲み込まれていったのだった。あれから30年余、とっくに賞味期限切れだと思っていたUKロックがとんでもないことになっているようだ。ブラック・ミディという地味な名前のバンドのラフ・トレードからリリースされたセカンドアルバム『カヴァルケード』を聴いて、UKロックが賞味期限切れなどと高をくくっていた自分の無知さ加減を大いに恥じることとなったのである。

 イタリアのプログレバンド、ゴブリンが手がけた映画「ゾンビ」のメインテーマのようなドラムではじまる①「John L」は、そのソリッドなドラムと弦楽器のユニゾンが呼応し合う形でテンションを高めながら、組曲風に展開していく様が圧巻だ。かと思えば、女優の名を冠した②「Marlene Dietrich」では、一転してバート・バカラックも真っ青な哀愁のボーカルナンバーを聴かせる。ポストロック的な要素を孕みながらも、オルタナティブを軸にクラシックへも食指を延ばした③「Chondromalaci Patellama」や、サックスを媒介にジャズへの越境も試みる④「Slow」は、このバンドの音楽性の豊かさを物語る楽曲だ。サウスロンドンを拠点に盛り上がるUKジャズとの共通点も伺える。「Slow」は、ポエトリーリーディングを加えればゲスの極み乙女。にもなりそうなキャッチーなナンバーでもある。その他にも、中盤から曲調が変わり、轟音ギターが炸裂する⑥「Dethroned」やデキシーランドジャズとイギー・ポップとアヴァンポップがカオスの森で出会ったような⑦「Fagwash and Baldedash」など、どこを切っても違う顔が出てくる金太郎飴のようなアルバムだ。

 「John L」のドラミングなどからキング・クリムゾンなどのプログレを引き合いに出して語りたくなるアルバムだが、用心しなければならないのは、彼らの意図がかつてのプログレとはまったく異なる次元にあるかも知れないと言うことだ。プログレが生み出す大きな物語に対して、ブラック・ミディの作り出す世界ははもっと脈絡を欠いて断片的である。インターネット世代がユーチューブやSNSからランダムに得た情報をシャッフルして発信するように、面白いと思える楽器やサウンドをミックスして楽しんでいるうちに、プログレに似たものがたまたま出来上がってしまったと考えるのは、穿ちすぎだろうか。(実際にはインターネット/SNS世代の方が陰謀論などの大きな物語にとびつきやすいという意見もあるだろうが、ここではその話にはあえて触れないでおこう)『カヴァルケード』というアルバムは聴くたびに新たな発見がある。とにかく興味深いバンドである。またぞろUKロックから目が離せなくなってきた。

 

 

 

 

 

 

「Never the Right Time」Andy Stott

 

 

 プリミティブな肉体のイメージを最新のテクノロジーにより、トレースした『Passed Me By』から10年。イギリス、マンチェスターを拠点とするインダストリアル系サウンド・クリエーター、アンディ・ストットによる8枚目のアルバム『Never  the Right Time』が完成した。コロナ禍にあって、一時はロンドンよりも厳しい厳戒態勢が敷かれたというマンチェスターだけに、室内から海の風景をとらえた美しいジャケット写真からは、ライのミュージック・ビデオ同様に〈ステイホーム〉の言葉を連想してしまった。実際、ボーカルにアリソン・スキモドアを迎えた本作はアンディ・ストットのラインナップの中では聴きやすく、ホームリスニングに適した作品といえるかも知れない。(もっとも、モディリアーニの彫刻が印象的な2014年の『Faith In Strangers』も、窓越しにニューヨークの摩天楼の風景を望むアルバムジャケットだったが)

 ボーカル曲は全9曲中5曲に及び、儚げな声がヒューマニスティックな息づかいを感じさせるものの、独特な不穏さは健在であり、その浮遊感は強いて喩えるならデビッド・リンチとアンジェロ・パダラメンティのサウンドに近いかも知れない。衛生的な音響空間をノイズが浸食していく表題曲②「Never the Right Time」などを聴いていると、より感染しやすく進化を遂げた変異種であるデルタプラス・ウィルスによって、楽曲/身体がジャックされ、変容させられていくようなイメージを思い浮かべてしまう。とはいえ、それは決して醜悪なイメージではなく、ノイズのざわめきが激しさを増すほどに、サウンドは表層的な美しさとは異なる別次元の美しさを獲得し、凡庸な美を駆逐していく。

 異界へのイントロダクションともうべき静謐さに満ちたゴシック・アンビエント①「Away Not Gone」、大伽藍に響き渡る鐘の音のような⑤「When It  With」やノンビートのアンビエント・ドローン⑧「Dove Stone」、ノスタルジックなギターをフィーチャーした⑨「Hard to Tell」など、ノイズを抑えたトラックが多いのも事実だが、そうしたことを差し引いてもアルバム全体の印象はティム・ヘクターの手がけるアンビエント・ドローンのように荘厳かつ深遠なもので、ある種の教会音楽を想起させてやまない。

 

 

「An Insight To All Minds」KAIDI TATHAM

 

 

 ここ数年のカイディ・テイタムの弾けっぷりは凄い。4ヒーローのディーゴとのユニットやフルアルバム『I'ts About Who You Know』のリリース、Andrew Ashongとのコラボレーションに続いて、またも新作アルバムがリリースされた。メジャーデビューをしてから20年以上というキャリアを思えば、じつに精力的な活動ぶりといえる。こと新作に関して言えば、それが先鋭的な音楽かといえば、真新しいところが何もないといわれても仕方のない音楽だし、未だにブロークンビーツの呪縛から逃れられず、ブロークンビーツに取って代わる新機軸を見い出せてはいないのも事実だ。意地悪く言うなら、時が止まっていると揶揄されても文句はいえないアルバムだろう。それにも関わらず、腰が据わっているというか、迷いがないというか、横綱相撲を見せられているような爽快感は、全盛期以上じゃないかとさえ思うのである。その自信のほどは、これまたベタではあるが、ドラマの始まりを期待させるには十分な宇宙服姿のアメコミ風アルバムジャケットにも現れている。

 真新しいところは何もないと書いたものの、①「Try n Follow」で聴くことのできる鮮烈なビートの若々しさは、一体全体どうしたことか。曲が短すぎるのが玉に瑕だが、歯切れも良く、世が世ならブロークンビーツの傑作として激推ししているところだ。④「Carry It Mongo Man」や⑥「Insight to All Mainds」、⑧「 Dsxswc」はウェザー・リポートやボブ・ジェームス、ジョー・サンプル周辺をバージョンアップさせた感のあるフュージョンナンバー。音響空間に掛け合いのように響くラップが異彩を放つ⑤「 Chungo」といった曲もあるが、全体的にはフュージョン色の強いブレイクビーツアルバムだ。ラテンの哀愁漂うアジムスばりの⑪「Coud It Be」に象徴されるように、メリハリの利いたビートと自身の演奏によるピアノを始めとするメロウなうわものが絶妙なさじ加減でブレンドされたサウンドこそがカイディ・テイタムの真骨頂といえるだろう。 

 すべての音色や音の配列、位相、楽器の構成などがダイレクトに快楽中枢に働きかけてくるように組み立てられている。そこがロバート・グラスパーを筆頭とするUS新世代ジャズプレイヤーによるフュージョンサウンドとの違いだ。西ロンドンのクラブシーンで経験を積んできたカイディ・テイタムにとっては、音楽は体感するものであり、アドレナリンを分泌させるための触媒なのだろう。70年代、80年代の王道フュージョン的な要素も採り入れた本作だが、忘れてはいけない。オリン・ウォルターズ、アレックス・ファウンチと共にカイディ・テイタムが90年代末に結成した西ロンドンを代表するブロークンビーツのオリジネーターユニットの名称がネオン・フュージョンであったことを。

 

 

 

 

 

 

「GLINTS」さとうもか

 

 

 さとうもか。おいしそうな名前である。シュガーベイブと上白石萌歌をつい連想してしまった。昨年8月の配信なのにダウンロードしたっきり、うっかり聴きそびれていた一枚が、さとうもかのサードアルバム『GLINTS』だ。きらめきを意味するタイトル通りに、全編がサビのようにきこえるごきげんな表題曲①「Glints」を聴いて、すぐに聴かなかったことを後悔した。②「オレンジ」は、筆者のツボであり、このブログでは何度となく登場しているフリッパーズ・ギター路線ど真ん中のポップスで、しかもあざとくないところが素晴らしい。この冒頭2曲を聴いただけで、完全にやられてしまった。

 続く③「Poolside」や④「愛ゆえに」もリラックスした雰囲気で悪くない。⑥「Strawberrry Milk Ships」はオールディーズというかA&Mポップス風で、スティールパンの音色が涼やかな南国気分満点の⑧「アイスのマンボ」と並んで、ハッピース(笑)な気分にしてくれる。⑦「あぶく」や⑨「My Friend」、⑩「ラムネにシガレット」のようなアンニュイな楽曲は、ときにaikoを、ときにユーミンを彷彿とさせる。

 このアルバムを聴いて、筆者を含めた中高年リスナーが喜びそうなシティポップや渋谷系の影を見出すのはたやすい。歌詞の中にも渋谷系のキーワードのひとつである〈カメラ〉やシュガー・ベイブの〈土曜日の夜〉を連想させる〈金曜の夜〉という言葉が出てきたりする。だけど、さとうもか本人はそれほど意識はしていないだろう。そこが、シティポップや渋谷系のフォロワーとは決定的に違うところだ。以前、あいみょんがテレビ番組でお気に入りの楽曲を紹介するという企画でフリッパーズ・ギターの「恋とマシンガン」を取り上げて、アートワークや映像も含めて洒落た作り込みに感心したというようなことを語っていて、オザケン単体じゃなくてフリッパーズ・ギターというところが“そこなの?”と意外に思ったが、きっとそれくらいのライトな感覚なのだ。(スピッツへの偏愛は特別かも知れないが)

 ファースト『Lukkewarm』、セカンド『Merry go round』、最新シングル「Love Buds」も聴いてみたけど、打ち込み主体の最新作はイメージが異なるが、『GLINTS』ほどシティポップや渋谷系風でもない。洋楽も邦楽もフォークもテクノも分け隔て無く聴いてきた新しい世代のシンガーソングライター。それが、さとうもかなのだろう。だからこそ、冒頭の2曲は筆者にとって奇跡のようなポップスなのだ。

 とはいっても、繰り返し聴くならファーストやセカンドの方が深みがあって飽きないのだろうが。