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オレンジの園に

2014年3月、某局で放送された
『55スペシャル』で
“モーニング娘。”に目覚める。
基本的に特定メンバーを
偏愛しないと心に決めているが、
“オレンジ”系には目がない。
2015年9月にライブ初参戦。
このブログは
娘。ライフの備忘録である…

 

https://www.sonymusic.co.jp/artist/CANDIES/

 

70年代は

アイドルの“百花繚乱”時代。

“新三人娘”以降、

“花の中三トリオ”を経て

グループアイドルの台頭期がやってくる。

もちろん、

モーニング娘。のような大人数ではなく、

複数人ってことなんだけど。

 

まあ、二大巨頭と言えるのが

二人組の『ピンク・レディー』

三人組の『キャンディーズ』。

この二組が

アイドルグループの代表であるってことに

異論はないと思うなぁ。

 

爆発力って意味では

圧倒的にピンク・レディーだったんだろうが、

個人的には

あまりに人気が爆発してたことに

ちょっと引いちゃうって感じだったかな。

で、中学に入った頃には

すっかりキャンディーズファンになってたような。

ちょうどその年に

センターが田中好子から伊藤蘭に変わって

『年下の男の子』が大ヒットしたんだよね。

 

伊藤蘭、田中好子、藤村美樹、という3人のメンバーから成るアイドルグループキャンディーズは、1973年「あなたに夢中」でCBS・ソニーからレコードデビュー。1975年に発売した「年下の男の子」が初のオリコンシングルチャートベスト10入りを果たした。

その後、歌だけではなくCM出演やラジオのレギュラー、テレビのバラエティ番組などでも幅広いキャラクターを披露して一躍お茶の間の人気者に。

1977年7月の日比谷野外音楽堂サマージャックコンサートのステージ上で人気絶頂のキャンディーズが突然の解散宣言をしたのは当時非常に衝撃的なニュースであったが、以後1978年の解散までの間その人気はさらに過熱し、数多くのヒット曲&名曲を生み出していった。中でもラストシングルの「微笑がえし」が全国のフアンの絶大な応援と努力の甲斐もあって、オリコンチャートで初の第1位を獲得できたことは、キャンディーズを語る上で最高のエピソードと言える。

キャンディーズは、単なる「アイドル」という枠に留まらず、シンガー、アーティストとしての評価も十分備わった存在であり、3人の個性的なボーカル、絶妙なコーラス、楽曲のクオリティの高さは今改めて聴いてみても全く色褪せていない新鮮な魅力がある。 懐メロという括りに入れておくには、あまりにもったいない極上音楽である。

 

世間での3人の人気度合いは

伊藤6:田中3:藤村1って

そんなイメージだったけど、

(だからこそ、センター交代が功を奏したんだろう)

“箱推し”だったからね。

ま、強いて言えばスーちゃん推しだったけど。

 

残念ながら

当時は全然お金がなかったから

レコードとかコンサートとか

まったく手が出なかったんだけど、

今と違って

アイドルのテレビ出演は桁違いに多かったからね。

聴けない、見られないってことはなかったから

満足度は高かったかな。

 

今思うと、

アイドルって言うより

割と立派な歌手だった気がするね。

デビューシングルから

3人3声の和音で歌ってるし。

最近のアイドルはユニゾンだけでしょ。

初期の田中メインってのがいいんだよね。

あの声が活きてるって言うのかな。

伊藤センターからは

曲の感じも随分変わっちゃったけど

(それが悪いってことは全然ないんだけど)

どの時期のキャンディーズもいいんだよね。

 

人気の絶頂期に解散ってのは

衝撃的ではあったんだけど、

落ちていくアイドルってのは

かなり物悲しいからね。

最高の幕切れだった

まさに伝説のアイドル、

それがキャンディーズなんだよね。

時々、DVDで

解散コンサート『ファイナルカーニバル』を観てる

しつこいファンです、はい。

 

あの頃好きだったアイドルがもう1人。

ただ、アイドルと括るのには

かなり抵抗があるあの人のことは

また明日…。

 

 

 

 

 

 

 

 

http://www.helloproject.com/angerme/profile/musubu_funaki_a/

 

本日5月10日は
アンジュルム船木結18歳の誕生日。

 

まだ18歳なんだよね。

いわゆる“定年”まであと7年。

ハローでなすべきことは

まだまだ山ほどあると思うんだけど。

 

2度の卒業延期で

今のところ何の予定も立たない状況の船木。

武漢肺炎は

それが自然にであれ人工的であれ

集団免疫を獲得しない限り納まることはないだろう。

そうだとすれば

たぶん、年内に

ちゃんとした卒業公演を行うことは難しいんじゃないのかな。

大人数が1か所に集まる状況が

簡単に許されるとは思えないしね。

 

卒業公演ができない状況ってのは

船木が1人になって以降の活動が

ままならないってことでもあるんだろう。

 

この際、

会社は船木の“翻意”を促すべきじゃないのかな。

年齢的にも

焦る必要はまったくないんだし。

 

もし、アンジュルム残留というのは

ばつが悪いってことならば、

モーニング娘。で引き受けたらいいじゃない。

 

何にせよ、

船木を下野させちゃうのは

本当にもったいない。

どんな形であれ

ハローに残って欲しいのは

多くのファンの願いだと思うんだけどなぁ…。

 

https://www.toei.co.jp/tv/kiramager/story/1218406_3066.html

 

元アイドル登場の回。

 

リュウソウジャーでは田中れいながご出演だったけど、

キラメイジャーでは元AKB。

脚本家かあるいは監督かが

お笑い好きなのかね。

“粗品”風味のツッコミ台詞なんかも出てきてたね。

 

キラメイジャーは

何と言うか、まったく深刻さがないのがいいね。

大きなお友だちにとっては

あるいは物足りないのかもしれないけど。

 

キングエクスプレスが

キラメイジャー側のコントロールから外れるって事象が。

今後も、

どっち側につくのか

あるいは出番が減るのかは

まだわからないけどね。

 

ま、今週の話はともかく。

来週からいよいよ“ストック”が切れて

ライダーも戦隊も

特別編の放送ってことに。

 

キラメイジャーは

劇場公開された『エピソードZERO』。

そして5月24日の放送は、

『1・2話未公開カット蔵出し いまいちどスタートダッシュSP』。

 

視聴者にとっては

決して悪いこっちゃないんだろうけど、

問題はおもちゃの販売スケジュール。

6月には追加戦士がらみのアイテムが

何種類か発売されるわけだしね。

本編中で登場しないキャラクターの商品ってのも

なかなか間抜けな話。

当然売り上げにも影響するんだろうし。

 

まだ当分

撮影現場は動けないのかもしれないから

何話分吹っ飛ぶかはわからない。

それでも何とか

大スポンサー様が納得する売上を

達成してくれればね。

 

https://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A000348.html

 

天地真理から始まったアイドル遍歴

第1次のピークは

“花の中三トリオ”桜田淳子。

 

1972年 日本テレビ系『スター誕生!』第4代グランドチャンピオン。
1973年「天使も夢見る」でデビュー。キャッチフレーズは“そよ風の天使”。
3枚目のシングル「わたしの青い鳥」で、第15回「日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。
同学年の山口百恵、森昌子とともに“花の中三トリオ”として国民的な人気を博す。
1974年12月に発売した「はじめての出来事」が、翌年初のチャート1位を獲得。
トップアイドルとしての地位を不動のものにした。
以後、歌手として、女優として、テレビに、スクリーンに、ステージに大活躍。
1977年には、中島みゆき作詞作曲「しあわせ芝居」を歌い、大ヒット。
少女から大人の女性に成長を遂げて、新たな魅力を獲得した。
20代からは、徐々に活躍の場を舞台へと移し、女優として多くの賞を受賞した。

 

デビュー当時は

それほど興味なかったんだけど、

翌年の74年(俺は小学6年生だった)あたりから

ぐっと気になりだして、

中学を卒業するあたりまで

長々好きだったんだよね。

 

プロマイドを買ったり、

カセットを買ったり、

グラビアを切り抜いたり。

初主演の映画も観に行ったなぁ。

 

面白いのは

彼女のシングルって

ずっと阿久悠作詞。

同じ中三トリオの山口百恵には

全然書いてないんだよね、阿久悠って。

(森昌子にはいっぱい書いてる)

スター誕生出身でもいろいろあるようで。

 

桜田淳子が所属してたのはサンミュージック。

で、桜田淳子以降の

サンミュージックのアイドルの系統を見てみると、

松田聖子だったり、早見優だったり、

酒井法子だったり、岡田有希子だったり。

何となく傾向が見えるよね。

 

世の中じゃ、

山口百恵をやたらもてはやすけど、

ある一時期は

確実に桜田淳子の方が人気があった。

まあ、後の“問題”で

彼女の評価が著しく下がってしまったのは残念だが。

 

まあ、アイドルってものが

社会的認知を得て

定着・拡大していったのは

間違いなくスター誕生って番組と

中三トリオの活躍があってこそ。

そんな時期に小学校高学年から中学生だった一人としては

その“洗礼”を受けまくって当然だった。

 

桜田淳子は長く好きだったけど、

同時期には

いろんなタイプのアイドルがいて、

結構“目移り”しちゃったりしてたなぁ。

 

桜田淳子のライブ映像って手に入らないかなぁ。

45周年企画のお高いセットもの買わなきゃダメか。

 

明日はあの“アイドルグループ”のこと…。

 

 

 

http://www.helloproject.com/morningmusume/profile/homare_okamura/

 

本日5月9日は
モーニング娘。'20岡村ほまれ15歳の誕生日。

 

15期で加入後最後に誕生日が来た岡村。

今やハロプロ内でも希少な中学3年生。

同期の山﨑、アンジュルム橋迫、Juice=Juice松永。

中学生メンバーはこの4人だけだもんなぁ。

 

本来なら加入後2ツアー目で

ものすごく大事な時期のはずなんだけどね。

肉体的な成長と

スキルの成長と

どっちもかかってるわけだから。

 

まあ、この自粛期間を

どれだけ“有意義”に過ごせてるかで

秋以降のパフォーマンスが

全然違ってくるんだろう。

15期は

人知れず頑張っていて欲しいけどね。

 

しかし、

生徒や学生のメンバーって

この時期どんな風に過ごしてるんだろうか?

こんな時期に月単位で学校がないなんて

前代未聞でしょ。

 

グループの活動が解禁になるときは

きっと学校が再開する時期と重なるに違いない。

どっちも頑張らないといかないんだから、

15期はきっと大変だろう。

何と言っても

次世代の主力なんだし、

この“試練”をきっちり乗り越えてくれれば…。

 

https://www.jvcmusic.co.jp/-/Artist/A000273.html

 

70年代の初頭は

世の中“天地真理”一色だったんだけど…。

そんな天地真理の全盛期に現れたのが

麻丘めぐみだったなぁ。

 

決してへそ曲がりってわけじゃないんだけど、

天地真理があんまりにも売れてたんで

子供ながらもちょっと冷めちゃったって言うのかな。

流行りものだから興味を持って

流行り過ぎだから引いちゃうってのは

如何にも子供っぽい移り気ってことなのかもしれない。

 

で、その移り気の行く先が

麻丘めぐみだったわけで。

 

1955年10月11日 大分県生まれ大阪育ち 愛称 カコちゃん

3歳から子役・CMモデルとして活躍し雑誌「女学生の友」や「セブンティーン」にも専属モデルとして登場していた。 歌手だった姉の現場でスカウトされ、1972年17歳「芽ばえ」でレコードデビュー。 同年レコード大賞最優秀新人賞受賞。

その後「悲しみよこんにちは」「女の子なんだもん」「森を駈ける恋人たち」など次々とヒットをとばし73年7月に発売した「わたしの彼は左きき」が大ヒット。左ききブームが起こる。 その年には日本レコード大賞大衆賞、歌謡大賞放送音楽賞を初めとする数々の賞を受賞しNHK紅白歌合戦初出場を果たす。70年代を代表するトップアイドルとなる。

1983年に芸能界復帰後は女優として舞台、テレビ、バラエティー等で活躍。

 

彼女の大ヒット曲『わたしの彼は左きき』の頃は

とにかく売れてたよね。

何と言ってもかわいかったし。

 

でもね。

残念ながら自分の中でのブームは

あっという間に去っていったんだよね。

顔でいったら

もう天地真理なんかより

何万倍も好みだったんだけど、

何で飽きちゃったんだか。

当時は流行の移り変わりは

かなり早かったからね。

 

それに、決定的だったのは

“大本命”が現れたことだった。

“花の中三トリオ”。

もちろん、“あの人”ですよ…。

 

 

 

 

動物病院から

姫宛にワクチン接種のお知らせはがきが届いた。

 

もちろん、

病院には

姫が亡くなったことをちゃんと

直接伝えてあったんだけどなぁ。

 

まあ、この手のことは

事務的に行われるってわかっちゃいるんだけど。

 

大げさに言えば

遺族の傷口にグリグリ塩を塗りたくられた気分。

 

姫を思い出さない日は一日たりともない。

それは今日に至るも変わらない。

確かに、思い出すときは

大概悲しい気分になるんだけど。

でも、今日のは特にきつかった。

こんな風に思い出したくはなかった。

 

まだまだ、

今回のはがきの案内通り、

姫をワクチン接種に通わせたかったなぁ。

5年でも10年でも。

10年後でも18歳だし。

おばあちゃんになっても

世界一かわいい猫のはずだったんだよね。

 

いつかまた

かわいい“女の子”を

うちに迎える日が来るんだろうか。

そんな日が来るとしても、

もうちょっと先のことか。

爺さん兄弟が姫のもとに行ってからだよなぁ。

 

 

http://www.helloproject.com/release/book/UPBK-0522/

 

http://www.helloproject.com/release/book/UPBK-0523/

 

BEYOOOOONDSから

最初の写真集発売が決定した。

当然っちゃ当然のエース山﨑夢羽。

6月25日にワニブックスからの発売。

いきなりの“メジャーデビュー”で、

期待の大きさをうかがわせる。

 

同じ6月に

モーニング娘。'20山﨑愛生が

ファーストビジュアルフォトブック『Mei』を発売するから、

図らずも

“山﨑対決”が実現するわけだ。

版元こそ違うが

販売はどっちもワニブックス。

まあ、条件はイコールと思っていいのだろう。

 

ただ、

夢羽は“写真集”だから水着あり。

愛生は“ビジュアルフォトブック”だから水着なし。

これは“ハンデ”になるかもしれない。

 

今は

ファンの皆さんが“お布施”しにくい状況だから、

こういうアイテムは貴重なはず。

接触を伴う販促はできないまでも、

何か積極的に仕掛けて

バーンと売って欲しいよね。

 

でも、

現実問題として、

イニシャルに差をつけるんだろうか?

エースグループの新人と

新人グループのエース。

甲乙つけがたいって感じなんだけど…。

 

http://www.110107.com/s/oto/page/mari_amachi?ima=0537

 

堀江美都子の曲なんか聴いていたら

いろんなことを思い出しちゃって…。

 

皆さんにも

当然いるはずの“最初”のアイドル。

俺の場合は天地真理。

 

国立音楽大学附属高校声楽科を卒業後、ヤマハのポプコン(第2回)に参加し、そこで出会った曲が1971年10月のデビュー曲「水色の恋」となる。TVドラマ「時間ですよ」の“隣のまりちゃん”に扮して歌うことで瞬く間にヒットチャートを駆けのぼり、オリコン最高3位を記録し、ファーストアルバムは、年間チャート1位に輝き、以降「ちいさな恋」「ひとりじゃないの」「虹をわたって」「若葉のささやき」「恋する夏の日」が1位を獲得し、アルバムも1位獲得が5枚とシングル、アルバムの両方が売れる歌手だった。テレビを中心にあらゆるメディアを制覇しつつ、コンサート活動も積極的に行っていた。自転車や文具など真理ちゃんグッズも多くつくられた。真理ちゃんスマイルがトレードマークの70年代前半の最強の国民的アイドルであった。

 

彼女のデビューが71年だから、

小学3年生のころ。

71年は

『仮面ライダー』や『帰ってきたウルトラマン』が始まった年。

上記2作品は

エポックメイキング。

後の作品に多大な影響を与えている。

 

で、天地真理は

後に続くアイドルの“ひな形”になった

まさに国民的アイドルの第1号と言っていいだろう。

 

全盛期には

プロマイドの売り上げ1位とか、

キャラクターグッズ(おもちゃとか)や

キャラクター自転車(ドレミまりちゃん)の発売とか。

とにかく、

その人気は今のアイドルグループが

束になってかかっていっても勝ち目がないくらいだったね。

 

落ち目になって

ヌード写真集を出したり

にっかつ映画に出演したり。

輝かしいアイドル時代を知ってるだけに

いかにも“転落”って感じで寂しかったね。

 

今は活動の母体がファンクラブで

どうやら娘が運営しているらしい。

 

今思うと、

何であんなに好きになったんだろうかね。

顔もあんまり好みじゃないしなぁ。

まあ、それだから、

短期間で“次”へと推し変しちゃったんだけどね。

 

さて、

その“次”の話はまた明日…。

 

 

 

 

http://www.helloproject.com/morningmusume/profile/masaki_satou/

 

http://www.helloproject.com/juicejuice/profile/ruru_dambara/

 

本日5月7日は
モーニング娘。'20佐藤優樹21歳&Juice=Juice段原瑠々19歳の誕生日。

 

2人とも

押しも押されもしないグループの中心メンバー。

定年が近い先輩たちに代わって

グループを背負って立たないといけない立場だ。

 

まあ、そうは言っても

この武漢肺炎騒動で

グループの活動がいつ、どんな形で再開できるかは

まったく不透明。

この2人が活躍できる日は

近々訪れるのだろうかね。

 

しかし、

小学生だった佐藤が

在籍日数で言えば

歴代7位なわけでしょ。

上にいるのは5期、6期、9期の各2人ずつだけ。

10年選手になるのも

全然ありえない話じゃなくなってきたわけだ。

 

Juice=Juiceを見れば

2~3年後のリーダーは段原ってことだよね。

20世紀生まれの先輩たちは

ここ数年で間違いなく卒業していくんだろうしね。

 

せっかくのめでたいお誕生日が

こんな状況でかなりかわいそうではあるんだけど。

できるだけ早く

活動が再開できる日を

みんな心待ちにしてますから…。