半径3メートルから宇宙の果てまで -16ページ目

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ハワイ DAY 2

まだ時差ぼけなのか、朝4時頃目が覚めてしまうが、眠りが深かったのかあまりつらくもない。ベランダから夜景を眺めたり、ベッドに寝転がってうとうとしたりして日が昇るのを待つ。そとは夜中ずっとどこかのモーターの音が響いている。車の往来がないだけでかなり静かだ。ちょっと肌寒い。

6時半になり、さっとシャワーを浴びる。5時ころから空腹感がつのってきたので、ホテルの一階のDenny’sに入ってみた。
「デニーズへようこそ」
つまり“Welcomw to DENNY’s!”とか言うかと思ったら、そういう教育はないらしく全くの無視。
Please come in と素っ気なくアゴで付いてこいと言われ、席につく。メニューは完全にアメリカンで、ステーキやらハンバーグやらが並んでいる。カウンター席ではどでかい肉をナイフとフォークでほおばっているエミネムがいた。朝7時からステーキだなんて・・・ボックス席のエミネムたちは食いさしのプレートに深く頭を垂れて眠っている。夜通し遊んだんだろう。エミネム。

部屋に戻って身繕いをして、7時半にロビーに降りるとワシンエアーの人が迎えにきてくれていた。別の高級ホテルでもう一人乗り込んできた。乗ってきたのは関西弁を話す日本人男性。なんと軽飛行機のライセンスを取りにハワイに通っているとのことだった。ライセンスを取るには早い人で100時間の講習を受け、費用は約100万とのことだ。しかも日本国内では使えないライセンス。微妙だ。

ホノルル国際空港の旅客ゲートを滑走路はさんだ反対側に小さな航空会社が並んでいて、ワシンエアーはその中にある。小さな事務所ではレクチャー用兼応接室的な部屋があり、そこのテレビで日本のバラエティで取り上げられた映像が流されていた。あとはいろんな芸能人がテレビの企画で乗りに来たらしく、記念撮影写真が飾られていた。ハワイ紹介のアクティビティとしては風変わりなのでネタになりやすいんだろう。

教官がやってきて、レクチャーが始まる。コックピットのパネルの説明があり、制動の仕組み、見るべき計器の説明を約15分で終え、では乗りましょうかということになった。え、もう終わり!?

PIPER II号
PIPER II

コックピット
コックピット

ドックの中には軽飛行機が2機駐機されていて、僕が乗るのは外にあるパイパー2という機種だった。乗り込むと中はとても狭い。ヘッドセットをしてエンジン始動。緊張でガチガチだ。タキシングはペダルだけでコントロールする。

60ノットで機種を上げてあっという間に離陸。うお~~~~~~~! というのは心の中だけで外面は緊張しまくっていた。上昇角・下降角ともに30度までと言われていたのにあっという間に機種は30度を超え、アクロバット飛行になろうとする。すかさず教官が操縦桿を押さえてコントロールしてくれる。
ゆっくり1,500mの指定高度まで上昇。フラップが動くたびに操縦桿に空気の抵抗がぐぐっと感じられる。ちょっとおもしろいぞ、これ!

ジュラシックの谷
ジュラシックの谷

チャイナマンズハット
チャイナマンズハット

ジュラシックパークで使われた谷やチャイナマンズハットなどの名所をめぐり、低い雲に近づいて雨の中を飛び、雨上がりの虹を眼下に見て、美しいコーラルリーフの透明な海を眺め、それはそれは素晴らしい経験ができた。ライセンスほしくなる気持ちがよくわかる。
真珠湾を零戦が侵攻したのと同じルートで低く飛び、なんとも言えない気持ちになって、あっという間に1時間のフライトを終えた。実質着陸は教官がやった。すごい角度で滑走路に突っ込んでいくのに、ぴたっとセンター且つ滑走路の端にランディングしたのには驚いた。
放心したように待合室で待っていると受講証とフライトログをもらえた。

ホテルまで送ってもらってもまだ午前中。夕方からディナークルーズがあるのでそれまで自転車を借りてちょっとぶらつくエリアを拡げることにした。4時間10ドルでGiantのMTBを借りてみた。新車だといっていたがギアの調整がいい加減でチェーンノイズが酷く、乗り心地はまったくよくない。レンタル機器ってのはこんなもんなんだろう。

チャリンコ in ワイキキ
ワードセンターまで行ってみるが、ダウンタウンに近づくにつれ、見た感じおもしろそうなものはない。ストリップやバーなど乃ナイトスポットが昼間の光にみすぼらしく見えるだけ。アラモアナショッピングセンターも、ららぽーとの方が全然しゃれてみえる。いわゆるハワイ・オアフはワイキキだけがリゾート然としていて、あとは単なるアメリカの小さな街だった。

16時になり、シェラトンワイキキのロビーに集合。遊びまくっていてすっかりハワイへ来た目的を忘れかけていた。そう結婚式だった。シェラトンワイキキはハワイリゾートでも高級ホテルで、僕が泊まっているミラマーホテルとは2ランク以上差がある。それはもうロビーからビーチに直面するバーやプールといった全てに差があるということだ。
ここで初めて新婦と対面したけれど、とても美人で驚いた。世界一の肥満国民アメリカ人の醜く太ったセルライターズに目が慣れつつあったところに見たので、もうハリウッド女優も真っ青の美しさだ。背も高いしスマートだし、目鼻立ちも整ってるし、いやあ美男美女のカップル誕生だ。間違いなく子供もそうなるしかない。

ディナークルーズ

大きな観光バスで港まで移動して、サンセットクルーズ。一人参加だったので、カメラマンご夫妻と同席させていただいて、いろいろ話をした。料理も意外にうまかった。10年以上前、グアムで食った伊勢エビはスカスカのボソボソだったが、この伊勢エビは十分に身が詰まっていておいしゅうございました。
新婦の友人、10人ほどの若い女性の団体は新婦の生い立ちを振り返る映像を見てすぐに号泣。・・・なぜだ。BGMはミスチル。それが余計に涙を誘うのか。4,5歳くらいの新郎の甥っ子はオジさんが大好きのようで、「にいにい~ にいにい~」と蝉のようにまとわりついていた。

サンセットクルーズ

ダンス

ミクロネシアやハワイアンダンスなどの民族舞踊を披露してくれた後は、みなでダンスの時間。といってももうクルーズは終わって接岸しているのに大盛り上がりのダンスタイム。こういうところがアメリカっぽいね。ウエイターやウエイトレスがリードを取ってくれるので内気な日本人も楽しそうに踊れていた。ウエイターの女の子、かわいかったな。デブだけど。

ダンスタイム

終わった後、カメラマンご夫妻と一緒にシェラトンワイキキのバーで少し飲んで、良い気分でホテルに帰った。やっぱり旅先で新しい出会いを得るってのはいいなと満足した一日だった。

ハワイ DAY 1

もう10日も経ってしまったけども、4月25日から、友人の結婚式に呼ばれて、ハワイ・ホノルルへ行ってきたという話を書いておきたい。
2月の時点で結婚を聞き、結婚式にはぜひ参加しますよと言ったところ、聖アンドリュース教会ですといきなり教会名を言われ、はあそうですかと思ったのだが、その時は彼の田舎(山口県)にそういう立派な教会があるのだろうくらいに思っていたのだが、なんとハワイの教会だということを知り、2度びっくりしたのである。
夫婦で呼んでいただいたのだが、どうしてもヨメは都合がつかないということになり、なんと一人で参加することに。一人で参加って気を遣わせるかなと確認したが、そんな確認を本人にして、NOと言うわけがなかった。こうして渋谷のHISでチケットとホテルを一人分予約した。

ナントカ仕事の目処をつけ、25日、雨の成田からノースウエスト航空で旅だった。夜の8時に発ち、時間的には午前3時に着く計算なのだが、時差があるので現地では朝の8時になってしまう。体はちょうど眠くなってなんとなくどんよりしてくるころに空は明るくなり始め、明らかな眠気を覚えながら、すがすがしい朝を迎えることになるのだが、実質5時間の時差ならば修正が効く範囲だろう。半日裏返ることを思えば楽なもんだろう。

機内食1
夜食。海外の航空会社の飯はまずいとよく聞くが、個人的にそう思ったことは今のところない。たぶん日本人が多く利用する便だからだろうが。

明け方の機上から
明け方近く、ほとんどハワイ上空。

機内食2

朝食。この軽さが逆にありがたい。正直じっと座っているだけなのでほとんど食欲なんてものはない。

空港を降り、そのままエアポートシャトルに乗り(片道9ドル・往復15ドル)、ホテルに直行。ホテルはミラマー・ワイキキ(Miramar at Waikiki)という中国系のホテルだ。立地は最高に便利だと聞いていたが、ワイキキのメインストリート(カラカウア通)近辺はどこもそれほど差がないということがわかった。ホテルは部屋が空いていればすぐにチェックインできるが、今は無理なので14時過ぎに来てくれということだった。今まだ10時になってないんですけど。
結局トランクだけ預かってもらい、ぶらぶらワイキキの街を散策することにした。というかそれしかない。

アップルストアワイキキ

アップルストアの近くには「実弾射撃」と書いたプレートを背負った客引きが大勢立っていた。どうせ射撃はやるつもりだったので、一人を捕まえてやりたいからつれてけと言い、道々いろいろ話しながら店まで歩いた。サンフランシスコから3ヶ月前にホノルルに来たというジョンの名乗る数学者で大道芸人のピーターフランクルそっくりな男だった。

早速射撃場に入り、撃ちまくる。

ハンドガン1
44マグナム。はっきり言ってこんな銃使えないと思う。インストラクターも完全に趣味の世界だと言っていた。

ライフル1
ライフル。やっぱり拳銃なんかよりも全然命中精度は高かった。非常に扱いやすい。一方アサルトライフルは狙って撃つものじゃない。あれは腰ダメや胸に構えて撃ちまくる弾幕武器だ。

ライフル2
スタンド撃ち。ターゲットスコープすげえ。

拳銃はとにかくマガジン2本目になると肩が震えて支えるのが大変だった。緊張してるからだよと言われたが、緊張するって。そのほかにも小口径のグロックや38口径のオートマチックなども撃ったけど、38オートが一番おもしろくて、リボルバーは装填方法や火花、硝煙の匂いなど、趣味的な銃だと思った。

のどが渇いたので飯でも食うかと散策中、あちこちにある自転車のオブジェを見かけた。

自転車止め
これは駐輪場だ。つまりこれに自転車を括り付けて置いておくためのもの。人通りが増えるとこいつに自転車が鈴なりにつながれている。基本的にガードレールなんて無粋なものがないので、こういうものが必要になるのだが、なんともオシャレで粋なはからいだと思う。日本もやたらとフェンスで囲わずにこういう方法を探ってもいいのに(とはいえ日本じゃママチャリが基本だから無理か)。

International Market Place
ここは滞在中何かと便利でお世話になったInternational Marcket Place。民芸品、衣料、フードコート、ナイトスポット的な店などたくさんある。Internationalといっても実質は中国・東南アジア系の人がやっている店だ。このマーケットでとりあえず帽子を買い、昼飯を食った。

ハワイ一発目の食事
なんか知らんがご飯に鶏肉を炒めたものが乗っていた。味はなじみのある味。水入れて約10ドル。ハワイの軽食はだいたい10ドルを基準に考えればいいことがここでわかった。

まだ時間があるので、今度はビーチに出てみることにした。

ワイキキビーチ
アメリカ人は世界一の肥満大国だと言うが、こうしてアメリカ圏のビーチに来てみてそれを納得できた。とにかく太った人が多い。どうやったのかわからないような太り方をしている。まったく骨格を無視した肉の付き方だ。若い娘さんにはさすがにダイナマイトバディもいらっしゃるが、あれは将来のこの体型とのトレードオフなんじゃないかと思うと、妙に納得できた。アジア人は華奢だ。アメリカ人、醜いぞ。

Miramar at Waikiki
14階からの眺め
ようやくホテルにチェックイン。オーシャンビューじゃないけれど、けっこう眺めはいい。目の前がスーパーマーケットで、入り口がインターネットのホットスポットになっているカフェ。

早速荷物をほどき、ホノルル空港での入国審査のカウンターに置き忘れて職員に探してもらって事なきを得たMacBookProを、早速ネットにつなごうとしたら・・・あれ? イーサネットがないぞ?? HISにホテルにパソコン持ち込んでネットできるかと聞いて、部屋に回線が来ていると確認をとってもらったのに、そんな形跡は全くないぞ? おかしいなと思い、テレビのところを見ると、リモコンにINTERNETというボタンが。もしかしてテレビでネットができまっせってこと?? んなあほな! 重い思いして持ってきたのに。

すぐさまフロントに電話。
このホテル、日本語を話せるフロントが一人しかおらず、しかも今日は出勤してないとのことで、英語でやりとりするが、いまいち要領を得ない。
「ClearWireならあります」としきりに言っている。クリアワイアって何だと聞いてもインターネットシステムだと言う。しばらく問答を続けた結果、後でそのクリアワイアとかいうものを部屋に持って行くというじゃないか。よくわからないが、それがないとネットが出来ないようなので仕方なく待つことにしてみた。とりあえずシャワーを浴び、お茶を飲んで待っていたがいっこうにくる気配がない。しびれを切らしてフロントまで降りていき、さっきと同じやりとりをフロントとしていると、電話で話していた相手が奥から出てきて、慌てて何かプレートを持ってやってきた。そのプレートにはでかでかとこう書いてあった。

「当ホテルでは高速インターネットサービスをご利用いただけます。
Clear Wire 1日10ドル」

なーんだ! ClearWireとはイーサネットモデムの商品名だった。商品名じゃわかるわけもない。全てを納得して改めてこれを貸してくれと頼むと、ホテルに10台しかなくて今全部出払っているという。それじゃあ空いたら持ってきてくれと予約を入れて、向かいのカフェのホットスポットを利用することにした。

Hot Spot COFFEE BEAN
SkyWaveというネットワークサービスをクレジットカードで登録する。さすがアメリカ、全てがクレジットカード優位だ。

ワイ小(ワイキキ小学校)
夕方、あたりを散歩してみた。ワイキキはリゾート気分のホテル街を外れると完全にアメリカの風景になる。これは小学校。とても広い。

こうしてなんとなくブラブラして、人生初のハワイの夜を迎えることになった。それにしてもABCストアがやたらと多い。そして土産物のたぐいのほとんどがメイドインチャイナだった。

ホテルの向かい側にポルノショップが一件あり、腹ごしらえ(なんかやたらと量の多いロコモコ。味も不味い)の帰りに覗いてみた。
うーん、渋谷の店のほうが淫靡な空間だった。煌々と明るい店内はラックもゆったり。土地のあるアメリカさんだからでしょうか。やたら開放的でいやらしさがない。
人なつこい白人の店員と少し話をしてみたら、彼は日本のポルノは世界最高だとおだててきた。隠す美学というのを日本のポルノで知ったと熱く語っていた。何も買わなくていいから(日本には持って帰れないだろうと)これを持って行けと紙袋に入れてくれたのは、薄っぺらなポルノ写真雑誌。雑誌というか、むこうの漫画本のようなかんじのやつ。粗悪な紙にベタベタの印刷のもの。
せっかくなのでホテルに持って帰ったが、やっぱりパツキンの人工乳じゃ何もそそられません。

犬を飼う話

風呂に入ろうと脱衣所で服を脱いでいると、ヨメが話しかけてきた。

「犬を飼うってどう思う?」

とりあえずどういうことか訊いてみる。
彼女の同僚が飼っているイングリッシュ・コッカー・スパニエルという犬が仔犬を生んだので、一匹引き取らないかということらしい。その同僚の撮った携帯動画を見てしまい、飼える可能性を探りたくなったらしい。
結婚したときに僕が連れてきたフェレットを彼女も可愛がっていたので、動物が基本的に好きだということはわかっていたし、日常的に近所のペットショップを覗くことで動物飼いたい病を紛らわせていたのだが、リアルに話が舞い込んできたので、ちょっと興奮しているようだった。調べてみるとこの犬、洋犬丸出しの見た目だが、頭が良く従順で無駄ぼえも少なく、基本的に室内飼いというマンション飼育に向いた奴だということがわかった。

ただし、うちのマンションはペット禁止。禁止というか、部屋飼いできる小動物のみOKとされている。なので現状では犬猫の類は飼ってはいけないことになっている。なってはいるが、一つ上の家はこっそりとアメショを飼っていること、僕は知っている。階段の踊り場にある日突然降りてきた、まるまると太ったアメショを追いかけて、階上の奥さんが現れたのだ。そのときの「あ! 見つかった!!」といわんばかりの表情は今でも可笑しく思い出せる。もちろんよそには口外していない。

そこで一計を案じた。とりあえず犬を飼うとなると散歩に出入りするわけだから、こっそり飼うには無理がある。わざわざもめ事を起こすのもめんどくさいので、ここは一発管理組合にペット解禁をかけあってみることにした。いざとなったら管理組合で階上の奥さんを槍玉に挙げさせていただいて、住民アンケートを実行するくらいには持ち込みたい。早速今の管理組合の議長を調べ、小一時間かけて作った文書をそのお宅のポストに投函しておいた。

実際のところ、ペットを飼いたいと思っている家は少なくないと思うし、猫なら他にも飼っている家はあるんじゃないかとにらんでいる。この際堂々と解禁ということになればそんな彼らも気が楽になるだろうし、実現性は十分にあると思っているが、果たしてどうなることやら。

忌野清志郎

5月2日、忌野清志郎が死んだ。あのキヨシローが癌で死んだのだ。
僕には彼の音楽を論じるなんて出来ないが、ショックだけは一丁前に受けている。RCサクセションの音楽は十代の僕をどれだけなぐさめてくれたことか。先の見えない浪人時代、毎日のように好きだった女の子に手紙を書きながら、ラジカセにはRCのテープを入れていた。MAEVYは大好きなアルバムだったし、当時騒がれた発禁問題やタイマーズも大好きだった。あんなことをやってくれるアーティストは彼だけだったし、ロックって格好いい! ブルースって格好いい! と酔わせてくれた。小学校時代はいけないルージュマジックの

♪君がいなけりゃ 夜はくら~~~い

というくだりをすっかり気に入ってしまい、、親にねだって買ってもらったのを覚えている。買ってもらったらB面の「明るいよ」という曲のほうを好きになってしまい、あの不思議なリズム感にすっかりはまってしまった。でもこれは坂本龍一の仕事かな。

19の頃、田端の駅近くの仕立屋の2階の四畳半に住んでいた頃、RCの初期の曲をよくきいていた。「僕の好きな先生」が美術の先生ってことで、芸大浪人の自分に何か近いものを見いだして満足していたし、「2時間35分」は今でもたまに鼻歌で歌っている。アルバムも「初期のRCサクセション」というタイトルなのがふるっている。自分たちで「初期の」とつけるところはなんとも言えない不敵さじゃないか。ロックだな。
シングルマンに入っている「甲州街道はもう秋なのさ」はこの上なくロマンティックな歌だ。これも鼻歌率が高い。

大学時代、キヨシローの著書「十年ゴム消し」は自分の中で大ベストセラーで、いろんな人に「読め」と貸しまくっていた。当時僕も発表するつもりもなく自らの精神安定剤のように文章を書いていたこともあり、キヨシローの日記のような本に感動し、ミュージシャンのくせにこんな本も書けるのかと、なんというか嫉妬のような気持ちを持ったことすらあった。恋人を「みかん」と呼び、切なくなるような日常を短い日記に書いていく様は、とても凡庸な自分には真似の出来ない芸当で、つまりは自分には文才などないのだということを知ったわけだ。

たぶんもうあんなミュージシャンは出てこないと思う。キヨシローに比べたら、今のロッカーなんてロッカーを騙ったサラリーマンに見えてくる。

ああ、もっと長生きしてほしかった! 80歳のキヨシローの歌を聴きたかった・・・
安らかに眠れ。

忌野清志郎