忌野清志郎 | 半径3メートルから宇宙の果てまで

忌野清志郎

5月2日、忌野清志郎が死んだ。あのキヨシローが癌で死んだのだ。
僕には彼の音楽を論じるなんて出来ないが、ショックだけは一丁前に受けている。RCサクセションの音楽は十代の僕をどれだけなぐさめてくれたことか。先の見えない浪人時代、毎日のように好きだった女の子に手紙を書きながら、ラジカセにはRCのテープを入れていた。MAEVYは大好きなアルバムだったし、当時騒がれた発禁問題やタイマーズも大好きだった。あんなことをやってくれるアーティストは彼だけだったし、ロックって格好いい! ブルースって格好いい! と酔わせてくれた。小学校時代はいけないルージュマジックの

♪君がいなけりゃ 夜はくら~~~い

というくだりをすっかり気に入ってしまい、、親にねだって買ってもらったのを覚えている。買ってもらったらB面の「明るいよ」という曲のほうを好きになってしまい、あの不思議なリズム感にすっかりはまってしまった。でもこれは坂本龍一の仕事かな。

19の頃、田端の駅近くの仕立屋の2階の四畳半に住んでいた頃、RCの初期の曲をよくきいていた。「僕の好きな先生」が美術の先生ってことで、芸大浪人の自分に何か近いものを見いだして満足していたし、「2時間35分」は今でもたまに鼻歌で歌っている。アルバムも「初期のRCサクセション」というタイトルなのがふるっている。自分たちで「初期の」とつけるところはなんとも言えない不敵さじゃないか。ロックだな。
シングルマンに入っている「甲州街道はもう秋なのさ」はこの上なくロマンティックな歌だ。これも鼻歌率が高い。

大学時代、キヨシローの著書「十年ゴム消し」は自分の中で大ベストセラーで、いろんな人に「読め」と貸しまくっていた。当時僕も発表するつもりもなく自らの精神安定剤のように文章を書いていたこともあり、キヨシローの日記のような本に感動し、ミュージシャンのくせにこんな本も書けるのかと、なんというか嫉妬のような気持ちを持ったことすらあった。恋人を「みかん」と呼び、切なくなるような日常を短い日記に書いていく様は、とても凡庸な自分には真似の出来ない芸当で、つまりは自分には文才などないのだということを知ったわけだ。

たぶんもうあんなミュージシャンは出てこないと思う。キヨシローに比べたら、今のロッカーなんてロッカーを騙ったサラリーマンに見えてくる。

ああ、もっと長生きしてほしかった! 80歳のキヨシローの歌を聴きたかった・・・
安らかに眠れ。

忌野清志郎