続・ゼロからの構築
急ぐ必要はないのだが、古いものなので見つけたときに買っておく。
グラスの比率がほぼ10%ということで、いかにも穏やかな印象のブランクに、現代的なパーツ構成。私はこの手のリアグリップに懐疑的だったのだが、フォアグリップレス・スプリットリアグリップがこうまで席巻してくると、一時の流行というよりはベイトキャスティングロッドの正常進化なのだろうか、との疑念すら湧いてくる。かつてブランクスルーがオフセットシートを駆逐したようにだ。しかし、とことん削ぎ落す方向のデザインは、どこのメーカーだか区別のつかなくなった近年のモーターサイクルにも似て、没個性であることは否めない。そこでこのような差し色が入ってくるのだろうが、残念ながら大人っぽいとは感じられないものだ。
ところで今、2ピースロッドに光が当たっていると聞く。輸送コストの観点はさておき、シマノは昔から精度の高い並継ぎを採用しており、緩まない。対してロッドアクションに有利とされる逆並継ぎは、使っているうちに緩み、釣りをする上でストレスとなった。これは私的な体験談なので昨今はまた事情が違うのかもしれないが、ことシマノに関しては、継ぎの有無が問題になることはないと言い切れる。
昨日は遅い春一番が吹いた。そろそろ釣りに行かねば。
ゼロからの構築
手始めにこの辺から。シリコン全盛で、ファインラバーのジグは買いにくくなった。
999
もっと早く知っていたらと悔やんだが、今さらどうなるものでもない。この時間帯にテレビを観る習慣がないので、とりもなおさず毎週録画の予約をしておく。
999はいい。何がいいと言って、うら寂しいところがたまらなく良いのである。陽性の登場人物である鉄郎や車掌ですら、全編を覆い尽くす哀調に塗り込められている。その哀調の最たるもの、象徴、権化がメーテルその人であることは、いまさら語るまでもあるまい。
999熱に浮かされるようにしてフィギュアを買った。
古色蒼然とした小さな食玩である。だが、私がネットで探した中ではこれが一番メーテルの雰囲気をたたえていた。もっと大きなものや精密なものも色々とあったが、どれも顔の表現がいまひとつなのだ。松本零士の女性キャラクターは立体化するのが難しいのだろう。その点、この個体は目を閉じさせたことで成功しているように思える。
「人形は顔がいのち」という高名なコピーがあるが、私は初めてのフィギュア選びでこの法則に触れたような気がする。この型は6体ほど出品されていたが、よく見ると片方の眉が短かったりするものが、中にはあったりするのである。
ちなみに、これ以上踏み込むつもりはない。奥の深い世界なのだろうが、疑似餌やら筆記具やらで手一杯なので……




