椚田のブログ  -60ページ目

まっすぐなストーリー

NHKの連続テレビ小説『マッサン』が終わった。
朝ドラを通して観たのは初めての経験だ。録画に頼りながら、ほぼ全話を観ることができた。
(ストーリーに関連する部分が文中に含まれるので、これから観ようとお考えになっている方はご注意を)

そもそもは、長年ファンをやっている中島みゆきがテーマソング『麦の唄』を歌うという事を聞きつけたのがきっかけだった。朗々と歌い上げられるその曲の素晴らしさはさておき、物語自体に引き込まれるのにさほど時間はかからなかった。

ご覧になられた方も多いと思うが主人公マッサンはニッカウイスキーの創業者、竹鶴政孝をモデルとしている。スコットランド修業中に出会い国際結婚した妻と苦楽を共にしながら、日本初の本格ウイスキーづくりを目指すというのが物語の骨格である。

この「苦楽」というのがちょっとベタと言うか、特に嫁姑のいざこざあたりに顕著だった。それでも陳腐に陥らなかったのは、やはりシャーロット・ケイト・フォックスの魅力によるところが大きいだろう。

そして、ウイスキーの完成自体がストーリーの終着点ではなかった。多彩な登場人物の個別の物語を巻き込みつつ、すべては妻エリーの死に収れんしていったと感じる。
終盤には登場人物が知り合いであるかのような感覚になってきたこともあり、やはり人の一生というものに思いを馳せざるを得ない。
流されて生きてきた私の目には、強い意志を持って前に進む主人公がことのほかまぶしく映った。

残念だったのは北海道ロケの分量がやや少なく、わけても広大な麦畑が実写されなかったことか。
そんなことより、ひそかに気に入っていた脇役の好子を主人公としたスピンオフが放映されるらしく、楽しみにしている。
ちなみに本作を引きずってしまったため次作『まれ』にはうまく入り込めず、観続けるのを断念した。朝ドラと付き合うのは簡単なことじゃない。

関連するマーケットも活発で、国産の高級ウイスキーは製造が追いつかないほど売れているらしい。もちろんそんなのには手が出ないが、限定販売された初号ブラックニッカ復刻版なんて何本飲んだことやら…








呪文

「俺、3っていう字、書くの苦手なんや」
昔、職場の先輩がふと漏らしたひとことを耳にして以来、3をうまく書けなくなってしまった。『アブラカタブラ』のようなものではない、ごく普通の言葉も時として呪文になりうる。発した人間の意図がそこに含まれていなくてもだ。

この歳になると新しい言葉を覚えることも少なくなる。それは不勉強の言い訳に過ぎないのだが、先月『春愁』という言葉を知り、そのまま春愁に囚われてしまった。
春という季節が意外と心に良くない影響を及ぼすことを知らないわけではなかった。私の場合言ってみれば年愁なので、とりたてて自覚することがなかったようだ。

これはなかなかにきついものである。
直前まではむしろ鼻歌混じりだった。開花の気配を濃厚にはらんだ桜を眺めつつ、うららかな南国を上機嫌で走り回っていたのだ。
ある方のツイッターに記されたこの文字を見て、ストンときた。

むろん今回の場合、言葉には何の罪もない。憂鬱の原因は別のところにいくつかあって、ひとつひとつ紐解くことで解消に向かうのは間違いない。あるいはそれらの正体をあきらかにするだけで随分違ってくるはずだ。
しかしその作業のためには、ふだん見ないようにしている自分と向き合わねばならない。これに必要とされる強さと明晰さを持ち合わせていないから、春愁という名の糊でまとめて固めて放ったらかしているだけの話だ。

こんな時はおのずと聴く音楽が変わるもので、痛々しくて抽象的な詞がスイスイ入ってくるようになる。逆に前向きだったり鼓舞してきたりするタイプの楽曲は聴くに耐えない。語弊があるかもしれないが、毒を以て毒を制すというやつだ。
そうこうしているうちに、新鮮と言えなくもないこの言葉のちからも、色あせて次第に落ち着いていくのだろう。





私が殺した二羽の鳥

花鳥風月のうち、鳥がいちばん気にかかる。
興味を覚えたのは三十代のはじめだったろうか。今は身近なものなら、名前も鳴き声もだいたい分かるようになった。
冬は鳥目当てで里山へ出かけるし、釣りの最中にキセキレイでも見つけようものなら竿そっちのけである。
歳をとったということなのかもしれない。

もっとも古い記憶のひとつに、ツバメのヒナを殺めたというものがある。
幼稚園からの帰り、いったん祖母宅に寄って親の迎えを待つ時期があった。ヒナは巣から落ちたところを拾われたのか、簡素な紙の箱で飼われていた。
祖母と一緒にこれを大事に愛でていたはずなのだが、ある夕方、私はヒナの体に数箇所ハサミを入れてしまった。
あまりの非道に夢だったと思い込みたいのだが、部屋の薄暗さがうつつの肌触りとして残っている。

場面は高速道路へ移る。
カラスの面白さに魅せられ、やがてハシブトとハシボソの区別もつくようになった頃だった。
次の仕事場へ向けて走行車線を流していると、前方の路側帯で熱心に餌をついばむハシボソが目に入った。 接近するクルマに気付いたカラスは食べることをやめ、なぜかこっちに向かって飛び立ってきた。ハンドルを切ることも、アクセルを抜くことも、まるでできなかった。カラスは100㎞/hで走行する営業車の窓枠に激突した。ミラーに、黒い羽を撒き散らしながら落ちていく姿が映った。

それから何年もあと、駐車場へ向かう行く手に一本の長い風切羽が落ちていた。とても立派なもので、陽にかざすと漆黒は紫にも緑にも輝いた。クルマに乗り込むとともに、そのカラスの羽をグローブボックスに仕舞った。

羽は今、ペン立てに差されていて、次のクルマが到着するのを待っている。