ひとつの終わり
思わぬ出来事にチームは一瞬ざわめいたものの、各人の基本的なスタンスが変わることはなかった。
コロナ禍のせいがあったのかなかったのか、一同の創作意欲が低下し、今年はいよいよ脱落者が出るかという囁き声も聞こえ始めたこの七月。ふと読み直した募集要項に、「なお、葛城短歌短歌募集は本年をもちまして終了させていただくことになりました」との一文を見つける。聞けば、数年前に担当を外れた旧友も知らなかったらしく、ショックを受けていた。
チームの誰もが、いつもの募集案内と思い込んでこのことに気づいていなかった。終わるとなると寂しいものである。一応あたためていた、梅雨の終わりに住宅街で見た巨大なアオダイショウのネタに取り組み始めたが、何日かかってもまとまらない。長短問わず書くことはそれ自体がトレーニングで、離れている期間が長ければ戻すのにも時間がかかる。未練があったが思い切ってこれを捨て、ある侵略的外来種についてどうにか形にした。もう一首は自身の近況について、これはほぼ瞬間的に出来上がった。
最後の出詠にあたり、気づいたことがある。日々、いかにスマホを見ることに時間を費やしていることか。決して真面目に向き合ってきたわけではない短歌だが、やはりどこかで題材を探しているものである。作り始めた頃は、気持ちが動いたことなどに対して、それなりに敏感でいることができた。スマホは極めて有用だが、いつの間にか、すき間時間がすべて支配されてしまっていたようだ。
これをもって短歌チームが解散するのか、また新たな場を求めるのか。私自身は今回の歌作りで面白さを再認識したので、細く長くでも続けられたら、と思っている。ただ、それにはある種強制的に出詠する機会があった方がよさそうだ。また、現役の歌人で気になる人もいるので、これまであまり興味が向かなかった「読む」ことにも取り組んでみたい。
フィネス
で、コンクエスト50にナイロン12ポンドを巻いた。GT-R・NスペックリミテッドHM。大昔の銀輪ソフトみたいに光を受けると紫色を帯びる。体感ではスーパーGT-Rの16ポンドより伸びが少ない。裏を返せばスーパーはものすごく伸びるラインであり、そこも含めて好きで使っている。
前回、ポッパーへの反応が良かったので(マメではあったが)、このラインをベースに小型トップのタックルを組んでみようと思っている。
こうやって細かいことを真面目に考えてみたり、現場では9時間も休みなく「何で釣れへんのや~」と嘆きながら竿を振り続けたり。いくつになっても、そうやってアホになり切れる遊びがあることは、つくづく幸せなことだと思う。
久々に新作のクランクベイトも買った。
このボディサイズで4番フックとはなかなか。
一回り小さいSSSも4番だが、共通した使い方がフックサイズに示されている。
クランキングこそは、これまでの考え方を変えないと駄目。
最後に選ぶクルマ
仕事でEとSという二種類のミニバンを運転している。
どちらも2リッターのFF、7人乗りでスペックは近いのだが、乗り味はずいぶん違う。
Eは実際より車体を小さく感じさせる乗りやすさが美点だが、面白みは全くない。いやむしろ、ミニバンはこれでいいのだろう。
しかしながらSには、駆ることの楽しさが思いのほか盛り込まれている。ピッチングが多めで、長重いものを運転している感が終始付きまとうのだが、それがなぜだか面白い。エンジン特性なのかATの設定なのか、ノーマルモードでも低回転からグイグイ前に出る。それらが合わさって、エンジンをかけると、「いくぞ」という気分に、少しなる。そうは言ってもミニバンだから、決してスポーティーと表現できるほどのものではない。
小学生の時にスーパーカーブームが到来し、その後、徳大寺有恒の薫陶を受けた私は、免許を取る前から大のクルマ好きだった。しかし、振り返ってみるまでもなく、実際のカーライフは地味なものとなった。生活の中心にクルマをもってくることが、結果的にできなかったのである。だからと言って、つまらない遍歴だったわけでもない。徳さんにかぶれたおかげで、クルマというものをどう見るのか、感じるのかという評価軸が育まれたのだろう。幸いなことに、凡庸なクルマにもちょっとした面白さを見出して、それを楽しむことができる。
電気自動車へのシフトが世界的な潮流となった。もう、これにあらがうことはできない。
個人的にはおそらく、次に選ぶクルマが最後のレシプロエンジン車になると思われる。では何に乗ろうか、と時々考えるようになった。
子供が独り立ちした今の状況を考えると、最も合理的な選択肢は軽である。それも悪くはないと思う。
しかし、最後だけは合理的じゃない選択をしてみたいな、とも思うのである。


