ひとつの終わり | 椚田のブログ 

ひとつの終わり

奈良の図書館に勤める旧友に頼まれ、初めて二首の短歌を葛城歌壇に出詠したのが十年前。
定形、不定形問わず詩というものが苦手だったが、ともかく引き受けた。参加者を増やしたいとのことで知人もひとり誘い込む。
短歌には五七五七七以外の縛りがないので、俳句よりはハードルが低いと思った。
 
お互いに素人同士の知人と作品を送り合って、ここはこうした方が、などとやり取りしつつ、出来上がったものを千円の出詠料とともに送付した。忘れた頃に立派な冊子が届く。見ると、知人はなんと優秀賞、旧友まで職員のくせにちゃっかり佳作入選している。もちろん私はかすりもせず。
 
知人の入賞は自分の事のように嬉しかったが、奈良での授賞式で二人が顔合わせした話など聞くにつけ、次は見ておけよと内心闘志を燃やしたのもその時ばかり。以降、締め切りが近づいてくると、場当たり的に二首をひねり出しては出詠することの繰り返しとなった。知人も初回入選をビギナーズラックと悟り切り、独自の世界を貫いていく。勉強してまではやらないと、お互い妙なこだわりで投合しつつ、やがて知人の娘さん、その友人というふうにチーム化が進んだ。
この素人集団の歌壇における目標は「星印をもらう」こと。星印とは、一次選考に残った歌に付くマークで、落選に他ならないのだが、拡大解釈をすれば佳作未満とも受け取れる。
 
そんなささやかなご褒美に一喜一憂するうち、棚ぼた式に佳作入選をいただく。八年目のことだった。

思わぬ出来事にチームは一瞬ざわめいたものの、各人の基本的なスタンスが変わることはなかった。

 

コロナ禍のせいがあったのかなかったのか、一同の創作意欲が低下し、今年はいよいよ脱落者が出るかという囁き声も聞こえ始めたこの七月。ふと読み直した募集要項に、「なお、葛城短歌短歌募集は本年をもちまして終了させていただくことになりました」との一文を見つける。聞けば、数年前に担当を外れた旧友も知らなかったらしく、ショックを受けていた。

 

チームの誰もが、いつもの募集案内と思い込んでこのことに気づいていなかった。終わるとなると寂しいものである。一応あたためていた、梅雨の終わりに住宅街で見た巨大なアオダイショウのネタに取り組み始めたが、何日かかってもまとまらない。長短問わず書くことはそれ自体がトレーニングで、離れている期間が長ければ戻すのにも時間がかかる。未練があったが思い切ってこれを捨て、ある侵略的外来種についてどうにか形にした。もう一首は自身の近況について、これはほぼ瞬間的に出来上がった。

 

最後の出詠にあたり、気づいたことがある。日々、いかにスマホを見ることに時間を費やしていることか。決して真面目に向き合ってきたわけではない短歌だが、やはりどこかで題材を探しているものである。作り始めた頃は、気持ちが動いたことなどに対して、それなりに敏感でいることができた。スマホは極めて有用だが、いつの間にか、すき間時間がすべて支配されてしまっていたようだ。

 

これをもって短歌チームが解散するのか、また新たな場を求めるのか。私自身は今回の歌作りで面白さを再認識したので、細く長くでも続けられたら、と思っている。ただ、それにはある種強制的に出詠する機会があった方がよさそうだ。また、現役の歌人で気になる人もいるので、これまであまり興味が向かなかった「読む」ことにも取り組んでみたい。