オーヤマサトシ ブログ -58ページ目

019

昨日休んだペナルティ、と言いつつ、ただ書きたいことができただけなんだけど、
いやっほうい!!!! ゆらゆら帝国野音決定!!!!

やった。嬉しい。ゆらゆらの野音は2回見たことがある。
2005年のフリーライブと、ボアダムスと対バンしたとき。
フリーライブは照明がカッコよすぎた。最後「EVIL CAR」のラストの逆光で昇天。
ボアの時は風邪で熱出しながら行ったら雨で、もうろうとしながら見た思い出がある。
ライブで見る「侵入」は最高。ボアは去年のRSR、真っ昼間で最高だった。

今年はライブとか控えようと思ってたけど、
DEPAPEPEにゆらゆらにラーメンズと、結局徐々に予定が・・・チケット取れてないけど。




SMAPは今年新曲とか出すのかね。ライブはないにしろ。
「Merry Happy Smap」のCD出たからいいけど。すげー聴いてる。いいね。
去年の小西さんのも相当よかったし、今年の中塚さんのもかなりいい!
ああいうの大好き。

5人の歌い分けがカッコいい曲は素直に嬉しいんだけど、
ひとりだと歌えないんだよね。カラオケとか鼻歌とか。
新しいアルバムだと「どうか届きますように」が好きなのに、
ひとりでは確実に歌えない・・・。

あと「Go Now!」っていい曲だね。最近好きになった。
あと「JIVE」「Idea」「Happy Train」は俺の中で”三大テンションあげたい時に聴くソング”。
いっかいライブで聴いてみたい。

あれ、SMAPは今年20周年とかだっけ? 来年?
ベスト選曲的なライブやってくんねーかなー。

018

ふはははははは、これやってみてわかったけど、
毎日更新するのって大変なんだな・・・くじけそう。とっくにくじけてるって話も。






ニコニコ動画を見ていていちばん腹立つのが、“パクリ比較動画”みたいなやつ。あるヒット曲と、それに酷似している(と主張する)「元ネタ曲」を交互に流す。内容はそれだけなんだけど、面白いようにパクリを糾弾するコメントがつくわつくわ。で、またそれをフォローするけなげなコメントがちらほら。

でもコメントはあくまで二次的なものだから別にどうでもいい。気に障るのは、そういう動画を“わざわざ”制作し、“わざわざ”アップロードしている人がいる、ということだ。
今まで俺はそういうことをする人の意図というか気分が、理解どころか想像すらできなかったの。だって意味わかんなくないか?  なんでわざわざそんなことするのか、時間の無駄としか思えない・・・。でもやっと分かりました。要はあの人たちは「音楽が嫌い」なんじゃないか、と。



「音楽が嫌い」



まーこのブログを見れば分かるとおり、俺は音楽が好きで、好きで好きで大好きで。だから知り合いも自然と音楽好きが多いし、だから今まではっきり「音楽が嫌い」っていう人と会ったことがなかった。それはイコール、「音楽が嫌い」という概念が存在しないと信じきっていたということなんだけど。でもそれってすごい傲慢な考え方なんだよなあ。

音楽が嫌いで、嫌いで嫌いで大嫌いで、憎んでいる人だってきっといる。そういう想像をしたら、あのパクリ比較動画の存在意味に独りよがりながら納得ができたのだった。

・・・・・・なーんて長々と書いたけど、ああいう動画作ってる人って、そんなハッキリした動機なんてないよね多分。俺がこのブログ書いてるのと同じで。






最近家に帰るとDEPAPEPEの「夕焼けサイクリング」ばっか聴いてる。えー曲や。
野音楽しみ。もー絶対みんな行ったほうがいいと思う。
去年は立ち見席買って、酒飲みまくって踊ってました。気持ちよかったわー。
ラストに「星の数だけ願いは届く」やってさー・・・あれからもう一年って信じられない。
あれ、前にも同じ話した?

SMAPはなぜかサンプルバンを聴き直したり。
あれ、地味に名盤だと思う。「夏楽園」最高。

017

昔「真剣10代しゃべり場」のメンバーに応募したことがある。


レギュラーメンバーじゃなくて、なんだっけな、
「辻斬り」みたいな・・・あ、「道場破り」だ!
何か言いたいことのある人が、議論のテーマを持って
レギュラーメンバーに提案する、みたいなやつがあって。

で、俺のテーマは、
「”しゃべり場”という番組に出る、ということをどう考えているか」。


あの番組の趣旨っつーか存在する意味って、
実際に議論されてる内容は実はどうでもよくて、要するに
「言いたいことを言い合える場所って素敵やん?」
っていう事を言いたいだけなんだと思って。

で、実際そこで言いたいことを話して笑って泣いて、
最後には達成感なんか感じたりして、
みんな充実した感じに見えるんだけど、
あの番組は別に慈善事業でやってるわけじゃないじゃん。
公共放送とはいえ、見ている人がいるから成り立ってる番組で、
あの番組を作ることで生活しているスタッフがいる。
そう考えると、番組で話されている”純粋で真剣なしゃべり”は
番組を成り立たせている大事な”商品”なわけじゃん。
もっと言うと、さっき書いた
「言いたいことを言い合える場所って素敵やん?」
っていうイメージをつくるための材料でしかないというか。
テレビでやってる以上、当たり前のことなんだけど。

少なくとも、制作者側はそういう意図があって番組を作っているわけだけど、
出てる人ってそういうことを考えたりしてるのかな、って思って。
ぶっちゃけ考えてないと思ったんだけど。
だって、こういうことを考え出したら、あんなに(いろんな意味で)面白いトークは生まれないだろうし、
なにより番組が成り立たなくなってしまうから。

要するに、メンバーが「しゃべり場」って番組の構造をみんなどう理解しているのか、
んで、それを踏まえて、なお番組に出る理由は何なのか。
そういうテーマで応募したんだった。



ま、全く返事はなかったんだけど。
それも当たり前で、要するに俺はあの番組の制作者サイドに怒ってたから。

10代の自意識過剰な若者を集めて
「言いたいことを言い合える場所って素敵やん?」的価値観のもとで
(少なくとも本人たちにとっては)マジで議論をさせる、しかもテレビで、っていう感じが
うーん気持ち悪いなあーと思ってた。
女性週刊誌のえげつなさと同類というか。
教育テレビで変な正義感ぽい雰囲気があるぶん、数倍タチ悪いけど。
まーだからこそあんなにも魅力的な番組だったんだけど。

youtubeで検索したら、談志がキレた回ってのがあって、
なんかもう最後まで見れなかった(笑)面白すぎる!!
ふははははは、あの番組はやっぱ「変な人大集合」みたいな視点で見るのが正解なのかも。
個人的なベストは、高村薫が出た仕事に関する回。
高村先生も結局キレてたね。そりゃあなあ。
しかし「人の話を最後まで聞く」という基本が、メンバー誰もできてないのはなんでなのか。



最終的に何が言いたいかというと、いやーかけねなしに面白い番組だったなあ、と。
もっかいやってほしい。いやマジで。




スマスマで昔やった、
メンバーがサシで20分間(だっけ?)語り合う特番。あれ面白かったな。
SMAP版しゃべり場って感じで。
個人的には中居×木村ってのを見てみたかったけど。

SMAPのライブでいちばんビビったのはMC。
ただしゃべってるだけなのに、ちゃんと「商品」になってるのな。
というか、客の方にただのしゃべりを「商品」として認識する前提があるからなのかもしれんけど。
まーこれはアイドルには共通することかもしれないけど。

016

スマスマを見て改めて思ったけど、
妻夫木聡って不思議な人だなあ。

なんて言うんだろう、簡単に言うと
「どこにでもいそうなアンちゃん」ってことになるんだろうけど、
あそこまで芸能人然としていない人も珍しいよな。
前ビストロに出た玉木宏の時も似たものを感じたけど、
あっちはもうちょい変人寄りというか(最高にいい意味で)。
妻夫木聡は変じゃないもん。変わっていない。普通。と言っていいのか。

恥ずかしながら「オレンジデイズ」も大好きな俺だけど、
あれの妻夫木×柴咲カップルは、時代性とかいろんな面を含めて
バッチリだったと思う。
なんかああいうドラマは、いかに最後まで視聴者を騙しきってくれるか、
みたいな勝負だと思うんだけど、かなりいい線いってた。俺の中では。

・・・ふははははは、ひとりでドラマ思い出してなんか切なくなったりしてる俺って、どうなんだ本当に。
でもあれ、まさに大学時代に見てたし、なー。いい物語だと思うよ。







微妙についてない最近。なに、今日は厄日なの!?
「Happy Train」で踊って寝ます。


あ、そうだ思い出した! この前思いついたんだけど、
SMAPの曲ばっかかけるDJイベントとか需要あるかな?
妄想レベルで考えてるだけだけど。
SMAPだってしょっちゅうライブあるわけじゃないし、
まー彼らの見た目がいちばんって人には向かないけど
SMAPの音楽が好きって人にはいいイベントになるんじゃないかと。
酒飲みながらSMAPで朝まで踊ってとか、楽しそうじゃね?
最後は「それじゃまた」でしんみりしたりして。


うっわ楽しそ・・・本気で企画してみよっかな。
とかいってもうあったりして。ありそで怖い。つーかあったら行くよ俺が。

015

サボりの罰として、もいっかい書く。



基本的にBOOK-OFFで買うものは
「中古でないと手に入らないもの」
に限定している。
すぐ店頭からなくなってしまう週刊誌とか、
限定品とか、すげー古い品とか。

今日はそういう意味で、すごいルールに沿った買い物をした↓

①SMAPのライブDVD「POP UP SMAP」SMAP SHOP限定パッケージ(黄色いやつ)
②黒田硫黄「大日本天狗党絵詞」3巻
③BUMP OF CHICKEN「ビデオポキール」(VHS)
④COMIC CUE Vol.4
⑤てんとう虫コミックス「ドラえもん」20巻



①はなんであるの!? 誰が何のために売ったの!? という疑問が・・・。
ちょうどDVD自体買ってなかったので保護。

②はいま集め中のマンガ。新装版も出てるんだけど、単行本は絶版同然なのだ。
1~3は見つかったので、あと最終巻だけだ。つーか黒田硫黄天才。

③も持ってなかったし、これもハイライン名義のやつ今は絶版?
なによりVHSに惹かれた。やっぱブツとしての魅力はDVDより断然VHS派な俺。
ウラスマとMIJはなぜかVHS版だけ持ってる。
ブツとしてかっこいいのよ。でかくてゴツくて箱っぽくて。

④はコラボ特集号。
よしもとよしとも×黒田硫黄、湯村輝彦×和田ラジヲ、森山塔×町野変丸、高橋ツトム×おおひなたごう他。
いい特集だね。つーかおおひなたごう天才。

⑤は昔実家にあって、文字通りすり切れるほど読んだ巻。懐かしさに負けた。
つーかF先生天才。当たり前か。
中学の時、初めて魚喃キリコのマンガ読んで
「どのコマを切り取っても、一枚の絵として見れるほどの絵だ!」と感動したけど、
今考えるとF先生なんかモロそうだよな。
そしてなぜか「先生」をつけてしまうのはなんでだ。

014

とりあえず第一目標だった「毎日更新」を早くも断念。つーか挫折。
うーん。





今さらネタをもういっこ。
去年行った「とぶ音楽祭」ってイベントで
YO-KINGと堂島孝平のユニットを見まして。
それまで真心ブラザーズって全然知らなかったんだけど、
そこで「スピード」って曲を初めて聴いて。

ええええ、か、かっけーーー!! って。

んで年末フェスで初めて真心として「スピード」を聴いて、
うへーかっこいいなー、と。
んで、今はライブ盤の奴を聴いてる。かっこいいねこの曲。



ふはははははは、この横にある”ブログネタ”ってやつ、

スリリングな恋愛ってどう?
好きな中華マンは何?
何のために生きていると思う?

って、もうなんかムチャクチャな並びだな(笑)
そこまでしてブログ書きたいのかみんな。
まあ結局俺もネタにしてるわけだけど。



このブログの題名の通し番号は
SMAPのアルバムについてるナンバリングをリスペクトしてるわけだけど、
どうせなら001から最新作までのアルバムの感想を書いたりしてもよかったかも。
でもこのアイデアってよく考えたよね。
あとアムバムごとにインストのテーマ曲を入れるってのも。

SMAPってグループがこれだけ長く続くって、最初は考えてたのかな。
2006年に見たライブで印象に残ってるのが、
矢野顕子、Buffalo Daughter、SMAPなんだけど(どれも生まれて初めて見た)、
共通して思ったのは、「これは若者にはできねえ」ってことだった。
長く続けるって、すごい難しいこと。
こんな独り言のブログですら挫折した俺には、彼らのやってることってとても信じられない。

そういう長年の積み重ねのうえに生まれる表現を消費する側として、
こっちも真剣にやらんといかんよなあ、と思うよ。

013

TVブロスで賞取ってるの見て
日本橋ヨヲコ読んだらクソ面白いのな。
なぜもっと早く読まなかったか俺。
読まずギライもたいがいにしろ、と。

まず「G戦場へヴンズドア」読んで、
今「少女ファイト」読んでる。
熱い。熱いわあ。

「気付いちゃったんだよなあ。誰も生き急げなんて言ってくれないことに」

うわかっけえ!!
すっかり影響されてしまい、急遽生き急ぎ中の俺。
BGMはモーサムトーンベンダー「ビートルバーナー」で。



そう、モーサムも死ぬほどカッケー。
去年のポリシックスとの対バン、あと年末フェス、
セトリはほぼ同じなのに、どっちも最高だった。
SUPER NICEの時のツアーとか行きたかったな。なにーができーるーかーなっっっ!!!!



今日はSMAPTシャツを着た。

オークションでSMAP缶てのが売ってて、俺知らなかったんだ。
缶がドリスマのデザインだったから、えードリスマの時はツアーTシャツこんな感じで売ってたのか、
へえー凝ってんなあ、くらいの気持ちで落札して、届いて缶空けてみてビックリ。
絵柄はほぼツアーTと同じなんだけど、色が白黒なのな。
調べてみたら、当時ラジオとかのプレゼント用に作ったものだって。
えーえーマジで!? にしては千なん百円とかだったけど。そんなレアでもなかったのか??
白黒がカッコよくて超お気に入りの一枚になった。

もうかったーーーーーーーーーーー!!!!(オジー)
そう、木更津キャッツアイについてもいつか延々書かなきゃ。

012

ナンバガのDVDが出たね。ん、まだか? よく知らんけど、とりあえず出るよね。FACTORYの。
ナンバガはこういうアーカイブ方面が豊富でうれしい。
スーパーカーもこれを見習って
とりあえず『ANSWER』のツアーをDVDにして下さい。


youtubeに、2005年くらい? にやってた
スマスマの歌特番の一部があって、久々に見たら爆笑。「夜空ノムコウ」のとこだけ。
smapでいちばん好きな活動は歌なので、ああいう企画はほんと嬉しい。
あとこれだけ売れていながら、なかなかベスト盤を出さないのは、意外と偉いと思う。
と言いつつ今年出たりして。

同じくyoutubeで見つけた、放送室での松ちゃんの発言。
曰く、「ナイツのsmap漫才で、お客さんが引いてしまう風潮はよくない」。
要するに「ジャニーズを茶化しちゃったりしていいの・・・?」みたいな感じが世間にある、と。
うーん確かに。自分はどうだろう、と考えてしまった。



俺のジャニーズに対する注文はひとつ。

「次回のツアーグッズを作らせてくれ!!」

俺びっくりしたんだけど、去年初めてパンフレット買ったら、あれパンフという名の写真集なのな。
コーネリアスの東名阪ホールツアーで売ってたパンフくらい充実したものを作ってほしい。
全員のインタビューやアンケート、メンバー全員のツアー座談会、バンド・ダンサーメンバーの紹介、
舞台監督の話、「smapライブができるまで」みたいなレポ、
こんな読みごたえのあるパンフなら5000円でも買う。まー需要ねーだろーなー・・・。



そういや去年のデパペペの野音で買ったパンフも絶妙な出来で笑った。
今年はメジャーデビュー5周年記念の野音。あれからもう1年か。
記念碑的なライブになるんだろうか。
とりあえず「いい日だったね。」と「B.B.D」と「風」を聴かしてくれい!

011

それにしても「MIJ」は名盤だね。

全曲名曲だけど、いちばん驚いたのが「たてながの自由」。
タイトルからしてすげーなあ、と思ってたら、
作曲・田島貴男×作詞・町田康って・・・。
SMAPのお金に糸目つけない感じは大好きだけど、
このお金の使いかたは、熱狂的なファンにとってはどうだったんだろう?
俺は超ウェルカムだけど。
つーかライブでのこの曲の演出は最高。

もうちょい暖かくなったら、「MIJ」について延々書こう。
早く夏、来い!





それにしても「夜のピクニック」は名作だね。
久々に読み返した。すっかり結末忘れてたけど、
ああーん、やっぱおもしろーい小説!! だ!!
よくできてる。うまい。うまーい恩田陸! 素敵。
あまーい! あまーい恩田陸! や、あまくはない。
出てくる人たちが結構ドライなところが好き。
つーか忍くんはカッコよすぎだろ。
売れてる本だからって読まずギライはよくないね。

もうちょい暖かくなったら、「ユージニア」について延々書こう。
早く夏、来い!

010

諸事情により、001の記事はいったんお休み。
箸休めに、没原稿パート2。
これは読み返すのが恥ずかしい・・・。
全然似てないんだけど、たぶん菊地成孔を意識してる感じがする。
言ってることはわかるんだけど、結論もなんだかなあ。
ま、こりゃボツるわ、って感じの。



スマスマ、夜空ノムコウ、いい! アレンジいいじゃん。
キムタクが口笛もため気味で笑った。つーかほんとにいい曲な・・・。
去年のツアーで、元アレンジのままで聴けてすげー嬉しかった。つーか泣いた。
今だからあの曲が沁みるんだなーと。

で、なに、今年は昔の曲をどんどんやってく感じなのか?? 期待していいのか??
シングルだったら「胸騒ぎを頼むよ」と「朝日を見に行こうよ」と「友達へ」をリクエスト。




あ、久々に「夜のピクニック」を読んでいる。恩田陸最高。
「ユージニア」のアマゾンのレビュー読んだけど、
結末に不満持ってる人がけっこういて、ふーんて感じ。
個人的には「ユージニア」最高。BGMはキリンジ「冠水橋」で。






もしもヴォーカルが髪を切ったら~音楽と見た目の関係


「人は見た目が9割」という本がある。ずいぶん売れたような気がする。しかし勉強不足で申し訳ないのだが、実はまだこの本を読んでおらず、正直タイトルすらうろ覚えな訳だが、このタイトルは一体どういう意味なのだろうか。確かこの本は「人が他人を判断するとき、その9割を見た目で判断している」ということを延々と説いている内容なのだと、以前母が言っていた。9割という数字の根拠も知りたいが、それ以前に、仮に人の9割が見た目だとして、著者は残りの1割を何だと定義しているのだろうか。わたしたちの肉体を形成しているもの(筋肉・血液・皮膚など)は全て「見た目」に反映されるものと考えると、人は見た目=肉体が9割で、それ以外が1割、ということなのだろうか。それ以外、つまり人を構成するうえで肉体のほかに必要で、しかも全体の1割を占めているもの。本の内容を察するにその一割とは、おそらく心とか、感情とか、そういうものを指すのだろう。これは果たしてどうなんだろうか。何の疑問もなく賛成するのは難しいが、とりあえず、良くも悪くも興味を惹かれるタイトルであることは間違いない。

しかし人というのは不思議な生きもので、その人の心や感情、さらには生まれ育った歴史や思想といったものまで、見た目に現れることがある。というかほとんどの人は、その生き様が肉体のどこかしかに現れていると思う。最近衝撃だったのが、グッドウィル・グループの社長の顔だ。彼についてはワイドショーで得た知識しかないのだが、一体どんな人生を送れば、あのような顔になるのだろうか。新聞の一面に載っていた、謝罪会見の写真を見て俺が思ったことは、失礼を承知で言うと「ええ、殺し屋の目じゃんこの人」だった(ちなみに俺は本物の殺し屋の目など一度も見たことがない。本当の殺し屋の目というのはああいう、異常に鋭くどこまでも底の見えない感じではなく、案外優しげなのかもしれない。そして言うまでもなく「彼が殺し屋である」などと言っている訳ではもちろんない)。話が大きく逸れた。とにかく、見た目と内面は決して切り離されていることばかりではない、ということは間違いないだろう。

では、音楽において見た目とはどのような影響を及ぼすものなのだろうか。2007年の今「音楽と見た目」というテーマで語ろうとした時、まず避けて通れないのはサンボマスターだろう。彼らは自らを「ブサイク」と公言している。確かに、ドラム木内氏はギリ普通レベルとしても、まあ全体的に見てブサイクな人達で構成されたバンドであることは明らかだ(自分を棚に上げて何を言ってるんだって話だけど、便宜上とりあえず断言しとかないと話が進まないので)。しかしサンボマスターというバンドの表現の本質は、もちろんそのブサイクさなどではなく、彼らが鳴らしている音楽である。では彼らのブサイクさは、彼らの音楽に果たしてどれだけの影響を与えているのだろうか。一つ例を出して検証してみよう。

KAT-TUN亀梨君(の顔をしたサンボ山口氏)「私はねえ! あんたがたにねえ! 伝えたい訳ですよ!! ガッ!!」
KAT-TUN赤西君(の顔をしたサンボ近藤氏)「愛と平和! 愛と平和!(コーラス)」
KAT-TUN田中君(の顔をしたサンボ木内氏)「ドカドカドカドンドンドンドン、ドンッ!!(ドラム)」

入れ替わっているのはあくまで顔だけ。曲や声や演奏はサンボそのままとして考えて欲しい。いかがだろうか。個人的にはこんなサンボ、正直あまり見たくない。何かムカつくし、もの凄く薄っぺらいメッセージに聞こえてしまう気がする。鳴っている音楽そのものは同じなのに、この違和感は一体何なのだろう。

そもそも、CDを買うとかダウンロードするとか、ごく一般的な方法で音楽を聞こうとした場合、「音楽そのものを聞くことしかしない」人は少ないと思う。それが積極的なのか、もしくは不可抗力なのかは別として、CDジャケットや広告やHPなど、様々なかたちで「音楽そのもの以外の情報」と接しているはずだ。特に、特定のアーティストのファンにとっては、アーティストの情報は積極的に収拾する対象であろう。中でも見た目に関する情報には鋭く反応するものだ。「ヴォーカル、今度はあんな髪型にしちゃったよ」「ドラム、ちょっと太った?」ライブ会場に行くと、こういう会話を必ず耳にする。音楽を聞いているはずなのに、なぜ人は見た目にそこまで執着してしまうのか。「ビジュアル系」と呼ばれる人達のように、見た目そのものが表現の核になっているバンドならともかく、等身大のメッセージを歌う正統派ギターロックバンドでさえ(だからこそ、なのか)雑誌で着る服一着にも視線を注がれている現実。それは一体、何を意味しているのだろう。

結論を言えば、音楽というのはその作り手の見た目(というより人となりそのもの)が大きく反映されているものなのである。実在のバンドを例に挙げてみよう。表記は「バンド名:見た目の印象」となっている。「Dragon Ash:怖そうだけど話してみると気のいいアンちゃん」「チャットモンチー:かわいい中にも芯が通っている」「ZAZEN BOYS:HENTAI」「マキシマム・ザ・ホルモン:とにかく濃い」「ボアダムス:宇宙人」いかがだろうか。個々の表記に関しては賛否もあるだろうが、音楽性と見た目の印象は合致することが多い傾向があるのは確かではないだろうか。
そしてわたしたちも、やはり音楽と見た目をセットで受け取っているのだ。先ほど例に出した、KAT-TUN亀梨君の顔のサンボ山口氏に感じた違和感の正体とは「こんな顔の人からあの生々しい音楽が生まれる訳がない」という感情ではないだろうか。これは逆に言うと、山口氏の「ブサイクさ」と彼の鳴らす音楽にはズレがないということだ。この考えを押し進めると「作った人がブサイクだからこそサンボの音楽は輝くんだ」という思考回路に行きつく可能性もある。この場合、サンボの音楽の価値が「見た目のブサイクさ」によって定義され、場合によっては価値が上がることがあり得ることになるのだ。そんなバカなことがあるか、と思うだろうか。もう一つ、ライブ会場における「ヴォーカル、今度はあんな髪型にしちゃったよ」という会話である。あれは「ヴォーカルが髪型を変えたことによって、音楽と見た目の整合性にズレが生じたことに対する違和感」を訴えているのではないだろうか。この考え方は極端な場合「見た目がおかしくなったせいで音楽まで嫌いになってしまう」という悲劇を引き起こしかねない。そんなことが起きたらそれこそ本末転倒なのだが、例えばアイドルのように「見た目が存在理由の大部分を占める表現者たち」にとって、そのようなファン離れの仕方は日常の光景である。そしてその現象はアイドルにとどまらず、急激にセールスをのばしたロックバンド等にも頻繁に起こりうることなのだ(例「このバンド売れてから急にオシャレになってさ、なんかムカつくよねー」)

この書き方では、音楽と見た目をセットにすることが悪いことのように取られてしまいそうなので一応断っておくと、これは別にいいことでも悪いことでもなく、普通のことだと思う。元々音楽を愛する気持ちからそのような考え方をするのだから(音楽そのものに興味がない人にとっては見た目など関係ないだろうし、見た目先行であとから音楽に興味を持つというケースも珍しくないが、これも単に順番が逆なだけで、それで音楽に対する愛情が薄い等と言える訳がない)責められるべきことでは全くないし、ポリシックスやビートクルセイダーズといった、音楽と見た目の関係を有効利用しているバンド達もいる。むしろ音楽と見た目の関係に気が付くと、また違った視点から音楽を楽しむことができたり、よりアーティストに対する愛情が深まるきっかけになる可能性もあるのではないだろうか。しかしいくら見た目が好きだとしても、音楽を愛する者としては、間違っても「音楽は見た目が○割」などという無神経で下品な言い方はしたくないものである。