オーヤマサトシ ブログ -55ページ目

049

YOUTUBEで嵐・二宮の『情熱大陸』を見て驚愕。


「意志じゃなくて才能が道を選ぶ。そういう事があると思うのよ」 by黒田硫黄『セクシーボイスアンドロボ』


二宮なんか、まさにそういう感じの人なのかなあ、と思ってしまった。
とにかくベルリン映画祭のインタビューでああ答える彼は超パンクだ。かっけー。


あとSMAP好きの俺から見ると、まーこれは自分でもよく分かってないまま発言しますが、
SMAPは90年代のアイドルで、嵐は00年代のアイドルって感じがする。
二宮がああいうスタンスをいつ身につけたのかわかんないけど、
宇多田ヒカルの音楽に感じる、ある種の諦観みたいのに似てる気がすんだよな。
嵐を見てると、SMAPが懐かしく見える時すらあるもん。
もちろん言うまでもなく、それがいいか悪いかとかそーいう話ではないっすよ当たり前だけど!!
俺は二宮とほぼ同世代(むしろちょい下)だけど、俺完全に90年代タイプだもんなあ(笑)
まあピチカート・ファイヴで音楽に目覚めたクチですから。
しかし、ああいう同世代の男ががんばっているのはチョー励みになる。し、俺もがんばらねば、と思う。
で、SMAPみたいな上の世代ががんばってんのもチョー勇気になる。
それよりもっと上の世代の人もね。
てなわけで今日は上の世代代表・桑田圭祐『journey』を聴いて寝ます。名曲。






しかし、アイドルってなんなんだろうね。ほんとに。

048

よしながふみ『フラワー・オブ・ライフ』を久々に読む。
うーんおもしろい!!

よしながふみと恩田陸の対談の中で(何であの雑誌買わなかったんだろ・・・超バカ俺)
恩田陸曰く

「よしながさんの描くキャラクターはみんな、生きていることのツケを払っている気がする」

と。これはうまいこと言うなあと思った。
吉田秋生にも同じことを感じるけど、喜怒哀楽のバランス配分、つーか位相が違うんだよな。
ちなみに吉田秋生だと『河よりも長くゆるやかに』が一番好き。かな。





最近『男は不安定』ばっか聴いてます。
新木場でも聴いたけど(初めて聴いたアレンジだった)野音でもやってくれい。
明日はPOP UP SMAPのTシャツ着ます。や、着ないかも。どっちでもいいよ!! 就寝します。

047

リップスライム、ツアー決定。
平日だろうが何だろうが行く。行ったる。行っちゃったる。




長尾謙一郎が、『ギャラクシー銀座』についてのインタビューでこんなことを言っていた。

「何に対しても、ほとんどの人が本当に自分の心で何がいいか悪いかを判断してないと思う」

うーーーーん。
うーーーーーーーーーーーーーーん。



椎名林檎の曲で
「何かを悪いと云うのはとても難しい 僕には簡単じゃない事だよ」
てのがあるけど、いい/悪いのジャッジってのは難しいよね、いやホント。

俺、昔サトイモが食べられなかったの。あのネトネト感がどうにも・・・。
でもある日料理番組を見てて思ったんだけど、
グルメレポーターってなんでもうまそうに食うじゃん。
俺だってピザ食ったらうまいと思うけど、俺の何十倍もうまそうに食うじゃん。
俺もあんなふうにうまそうに食えば、うまく感じるんじゃないか?
そう思ってある日の夕食中に、ひとり脳内グルメ番組をはじめてみたの。
「さ! この目の前のサトイモ、豚汁のなかでキラキラ輝いてますね~! いい感じにヌメりも出て~。
さて、ではすいませんね、いただきまっす、あんぐ」
なんて(脳内で)言いながらサトイモ食ってみたら、不思議と全然食えてしまったのだった。
今では好物になっちゃいました。
佐藤雅彦・著『毎月新聞』に収録されてる「これを~とする」という話とまったく同じことですね。

要するに自分の中の価値基準なんて、けっこうあやふやで流動的なもんなんだということ。
だからテレビやネットの情報も鵜呑みにして安易なブームが次々と生まれちゃったりするのだ。

とは言え、自分の中の価値基準なんだから、最後は自分で判断しなくちゃいけない。
椎名林檎の曲は、こう続く。

「一つ一つこの手で触れて確かめたいんだ 鮮やかな色々」

しかし、人によって「鮮やかな色々」の対象や感じ方は違うからね。
自分の感覚を信じる、って、なかなか難しいもんだと思う。
よく芸術家やスポーツ選手が「自分の直感を信じる」っていうけど、
やっぱある程度そこまで腹をくくらないと、第一線で活躍はできないんだろうなあ。



話は逸れるけど、価値観を揺さぶられる瞬間というのはヒジョーにキチョーだ(お、韻の神様が現れそうだ)
俺にとってSMAPがそれだ。
SMAPを好きになってからというもの、正直カルチャーショックの連続である。
今までの常識や思い込みをグワングワンゆわされっぱなしである。
これまでも色々驚いた経験を書いてきたけど、やっぱ一番ビビったのは「ファンの多さ」だ。

ファンの幅がハンパじゃないよね。
例えばゆらゆら帝国のライブとPOLYSICSのライブでは
明らかにファン層が違うのが分かるんだけど、
SMAPのライブ行っても、来てる人の幅が広すぎるから
いわゆる「SMAPのファン層」ってパターンがわからないのだ。

そんなのライブの規模やSMAPの人気から簡単に予想できんじゃん、と言われそうだが、
これこそ「一つ一つこの手で触れて確かめた」からこそ、のショックだったのだ。
頭で考えることも当然大事。それを踏まえたうえで、
やっぱライブというか現場に足を運ぶこと、身を持って経験することって大事なんだな、と。
『屁で空中ウクライナ』を読みながら、しみじみそんな事を思った2月の夜。



・・・どーでもいい結論ですね。





オークションでずっと欲しかったものを手に入れたと書きましたが、
それは↓

『「木更津キャッツアイ」ドラマ放映時に販売されていたTシャツ』

これでした。

これ説明しますと、黒地のTシャツの表に赤で「K.C.E.」の文字(タイトルの略)、
裏にはこれまた赤色でキャッツたちの名前と背番号がプリントされている、というもの。
つまりキャッツ5人分、5種類のTシャツがあるわけです。

今回入手できたのは、なななんとぶっさんバージョン。
うーん、未だに信じられない。もうメンバー誰でもいいと思ってたからなあ。
つーかうっちーとかマスターのが今やレアなのかも知れないけど。

当時、自宅にPCはあったものの、ネットが日課になっていなかった俺は、
このTシャツの情報をまんまと見逃してしまった。
その後、偶然ドラマ版サントラの再販(だった気がする)を知って
慌てて申し込んだのと同時に、そういうTシャツが売られていたことを知ったのだった。
あん時は悔やんだね。歯をキリキリさせたね。ギリギリもさせたね。

それがいつ頃だったんだろう・・・2002年の春~夏くらいか???
だからもう7年越しでのゲットですよ。いやー長かった・・・気がしねぇ。ぶっちゃけあっちゅー間ですホントに。
作品も色褪せないしねえ。

で、今日、はじめて袖を通しました。
ふふふ。どぅふふふふ。ふ。
ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
う、嬉しい(感涙)
今年の夏の勝負Tシャツはこれで決まりだな。
フェス会場でぶっさんTシャツを着た不審者を見たら
「・・・」と無言で、生暖かく見守って下さい。

046

仕事で大の中くらいのトラブル。
しかし、立場が立場なだけに、不謹慎にも盛り上がってしまう。
「悪い予感がするとワクワクしちゃうな」by 宇多田ヒカルですね。




今は なんでも DVDになる 時代 なんだなあ   みつを


こないだまで公開してた映画がもうDVDになっている、なんて当たり前。
テレビ放送されるのも異様に早くなったよね。「え、もうテレビでやるの!?」みたいな。
こういうのはあんまありがたみを感じないんだよなー。
そんなに早い必要ってどこにあるのか? と思う。
「速い」ことは変化もわかりやすいし実用的な気がするけど、
「早い」って、そこまで大事か? っつーかこれ以上の「早さの進歩」はあんま必要ないのでは。


昔のドラマがちょくちょくDVDになったりするのは純粋にありがたい。得した気分。
何よりテレビ局やファンに「作品が忘れられてなかった感」が嬉しい。
『少年頭脳カトリ』なんかまさに。
あとSMAPはライブが必ずDVDになるのが凄い。普段聴いてるバンドじゃありえねーもん。
そういやラーメンズの本公演に併せて、いろいろDVD化が進んでるね。まー当分買えないだろうけど。
つーかプレオーダー外れちゃったよ。わかってたことだけど。
っつーか一般発売今週末かよ! あーぶーねっ! あーぶーねっ! 忘れるとこだった。
あ、“わかってたことだけど”と言えば『おおきく振りかぶって』もちゃんと読んでみたいんだよなあ。
読み出したら絶対ハマるのは目に見えてる。だから読んでない。ええー何それ。ごめんなさい。
そういや『少女ファイト』も2巻で止まってる。早く続き読みたい!!


ブログを書き出して、松尾スズキ『ギリギリデイズ』にあった
ネット文章に対する記述を思い出す。
あれは相当ホンネだったのかもなあ。
うーん、自分が書く身になって初めて実感することがいくつもある。

045

朝、マーガリンとジャムをたっぷりのっけたトースト。
お、普通にうまい! やった! ジャム覚えた!
つっても果物を砂糖で煮ただけだけど。
オレンジっつーか甘夏? みたいのが意外によかったな。
今度はいちごで作ってみよう。
しかしこれ、食いきれねーぞ絶対。作りすぎたかも・・・。


兄と電話。ロックインジャパンについて軽くミーティング。
わくわく。


スマスマ、ちぎり絵とキマグレンだけ見る。
ちぎり絵、あれ普通にうまいよな。あんな短時間でああまでできるもんかね。もんか。
キマグレンは好きなタイプのセレクトが素直で好感。




もう何度でも言う。RIP SLYMEの新曲『STAIRS』は、いいぞお!!


いいぞおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!


早くちゃんと盤で聴きたい。ぜってーいいよ。



最近の就寝BGMは、矢野顕子『夏なんです』か、バンプ『arrows』。
あと『涙のふるさと』っていい曲だね。今さら気づいた。

044

母校の卒展に行く。作品集の出来がよかった。
あと大学時代の知り合い・先生にも色々会った。

4年間を振り返ると、卒制がいちばん楽しかったかもしれない。
一年間かけてひとつのものを作るって、今から考えるとすげー贅沢だよなあ。
また何か作りたくなってきた。



神保町の古ビデオ屋で
「爆笑問題のウマでもわかる競馬基礎講座」1巻と5巻を購入。
このシリーズ、ビデオになってたんだ。好きだったなあこれ。
土曜日の夜はうまなりクンとザ・会議室を見るのが楽しみだった。
あの土曜日の深夜枠で「シティボーイズの10カウントショー」ってのやってて
すげー面白かった記憶がある。
VHSの山のどこかにあるはずなんだけど・・・探してみよう。



japan誌にアクアタイムズのインタビュー。
自分の中でこのバンドの落ち着けどころが未だにはっきりしない。
ボーカル・ほぼ全ての作詞作曲をやってる太志って人は
smapにも曲を提供してんだよね。そういうこともできるひとなんだよなあ。
良くも悪くも、いまの音楽業界の流れに大きな影響を与えたアーティストのひとつだと思う。
「しおり」って曲だけ買いました。



そんな中、久々にBUMP OF CHICKEN「orbital period」を聴き直している。いい。
あのツアーからもう一年か。はえぇっつの。
「arrows」~ラストの流れを繰り返し聴いてる。んーいい。
そういや急に隠しトラック「さよならナイ」を思い出したんだけど、
俺「Lamp」持ってなかったはずなんだよな。何で聴いたんだっけ?? 友だちに借りたのか??
無性に聴きたくなって困る・・・。



今日は痛んだリンゴとオレンジでジャムを作った。
明日の朝が楽しみだ。



自分を信じる。それがいちばん難しいんだよなあ。んーーーーーー、精進精進。

043

「BRUTUS」のラジオ特集号を読む。おもろい。


伊集院光のインタビューおもろかった。
その中で彼「活字メディアでうまく喋れたためしがない」って言ってたけど
俺、伊集院のインタビューってけっこう好きなんだけどなあ。
この前の「R25」のも面白かったし。
や、面白いっつーか、なんか残る一言があるんだよね。
今回もばっちり本質をついてる一節があってギクッとした。す、鋭い。
そういや「What's Up Smap!」のHPが思いのほか充実しててビックリした。


電気グルーヴ「VOXXX」を久々に聴く。
「レディメイドFM」で小西さんが「エジソン電」をかけたのを聴いて知った作品。
かっこいい。

042

2002年、我がニッポンに「木更津キャッツアイ」という作品が生まれました。連続ドラマとしてスタートしたこの作品は、2003年に奇跡の映画化を果たし、そして昨年公開された2本目の映画「木更津キャッツアイ・ワールドシリーズ」でついにシリーズが完結しました。これらの一連の作品群は既に高い人気を誇っており、今さらそのすばらしさを世に問うこともないとは思うのですが、いかんせんこの作品、見た人全員に「俺がこの作品の一番のファンだ!!」と思わせてしまう力があるのです。キャッツ狂である俺も例外ではなく、一番のファンを自負するものとして作品の魅力を世界に伝えることはもはや義務。と言ってもおかしくないのです。つまりとにかく俺の話を聞けえ~! なのです(と、これは脚本家つながりの作品違いですが)。

物語の主人公は「ぶっさん」こと田淵公平。ガンで余命半年を宣告された千葉県は木更津に住むハタチちょい過ぎの男子です。彼は残された人生を「普通にドキドキしながら生きよう」と心に決め、なぜか地元の仲間(バンビ、マスター、アニ、うっちー)と快盗団を結成。昼は野球、夜は泥棒というハチャメチャな生活を送りつつ、家族や地元の個性的な面々とのつながりを通して、彼が死ぬまでの半年間を描いた物語です。最新作・そして完結編である「木更津キャッツアイ・ワールドシリーズ」(以下WS)では、ぶっさんが死んでから3年後が舞台。ドラマシリーズや映画一作目「木更津キャッツアイ・日本シリーズ」(以下NS)ではほとんど描かれなかったキャッツ達のその後、そしてぶっさんの死が正面から描かれています。

まず最初に本音をポロリ。正直言うとドラマで終わってたら一つの作品としては一番美しかったと思います(つーか個人的に連続ドラマというフォーマットが好きなもので)。しかしWSを見終えたいま、キャッツに「美しさ」なんて最初から似合わなかったのだ。と思うようになりました。実は一番バランスが取れているドラマシリーズ、単純に映画としてギッリギリだった・笑・NS、「はずし」が当然だったキャッツの世界であえて「直球」で攻める。というある意味最大の「はずし」をしたWS、と、とても同じ作品のシリーズとは思えないバラバラぶりから見えるのは、いっときも止まらなかったんだなあ。というごくシンプルな、しかし素晴らしい事実です。ファンを置いてけぼりにせず、かといって過保護にするわけでもなく、ファンを無理矢理新しい世界へ引きずり込む。という進化の仕方は、思い返すとドラマの時点で既に存在していたわけで、そういう性質を持った作品が世に広まり大きな人気を獲得していくさまは正に痛快の一言でした。そのとてつもないパワーは、作品の美しさを「保とう」とする姿勢では決して生まれなかったでしょう。「保つ」のではなく「いったん壊して新たに構築する」という進化を遂げ続けたキャッツの歴史は、シリーズ物につきまとう「マンネリ」という名の宿命との戦いの歴史でもあったのです(これはそのまま、本作品の脚本家である宮藤宮九郎の創作姿勢そのものでもあります)。

さて、現在WSで一番好きなシーンは? と聞かれたら、物語の序盤、メイド喫茶でバンビとアニがぶっさんの思い出を語るところ。と答えるでしょう。久々の再会で少しどころかかなり壁のある二人が、ぶっさんの話題をきっかけに「あの頃の空気」に戻っていくシーン。ああいう絶妙な空気間を的確に表現してくれる、なんというかこの「かゆいところに手が届く感」こそキャッツの真骨頂でしょう。つーか5回見てわかったのが、俺もしかしたらぶっさんが出てないシーンの方が好きかも。というある意味衝撃の事実でした。WSでは、ドラマ時から根底に流れる「永遠に続くものはない・全てのことにはいつか終わりがくる」という「無常観」を「死んだはずのぶっさんが蘇る」というファンタジーを使って逆説的に表現したわけですが、そういうわかりやすい仕掛けの部分より、ぶっさん亡き後の現在を生きる仲間達の何気ない、しかし確実に揺れ動く心境が垣間見えるシーンに心を動かされることが多かったです。何というかキャッツって、自分の予想に反する場面で心を動かされることが本当に多い作品なんです。心に残るポイントが個々人によって違う。という現象は、思い返すとこれも既にドラマ時に完成されていたようにも思います。ドラマ放送時に一番驚いたのは「この作品を見ているとなぜ、泣きながら笑ってしまう・笑いながら泣いてしまうのだろうか」ということでした。それまでドラマや映画を見て自分の感情がそんな風に動いたことがなかったのです。この現象の理由としては、作品の持つ「見る側の感情をどう動かすか、という感情操作」が巧みであるということは言うまでもないのですが、実は作品の「懐の深さ」が一番の理由なのでは、と思います。誰か一人は必ずお気に入りを見つけてしまうであろうキャラクターの強力な魅力とその種類の豊富さ。ある一定の年代にはドンピシャ、若い人達には「意味はわかんないけど面白い」という理想的なバランスで繰り出されるギャグ。そしてそういったギャグとシリアスなシーンの線引きが一切ない本当の意味で「リアル」なやり取りの追求。これらはともすれば、それぞれ「登場人物の印象が散漫でまとまりがない」「内輪受け側VS全く意味がわからない側の対立」「話があちこちに飛んで全くつながっていない」という失敗を招く危険があるわけで(事実、キャッツ以降に登場した「自称キャッツチルドレン」的作品は大体これらの理由で失敗していたように思う)これらのハードルを軽々クリアし異常なまでの「懐の深さ」を獲得した結果、「作品に対する思い入れが深ければ深いほど様々な楽しみ方ができる」という、超・理想的な状態が生まれたのです。キャッツのストーリーの大筋が「『登場人物が死ぬことが最大イベント』な物語」であることは韓流ドラマやセカチューと変わらないのですが、この「懐の深さ」はキャッツだからこそ持ちえた魅力である。ということは、キャッツ以外の作品と比較するとよくわかると思います。

とはいえ、やはりシリーズ通しての僕の一番の興味は「ぶっさんの死と残された人々のその後。がどう描かれるのか」でした。しかしまたしてもドラマの時点でその答えは既に出ていたわけで、しかもそれは「木更津キャッツアイ」という作品の最後としてこれ以上の回答はないだろう! と言うほど「キャッツらしい」やり方で、でした。当時「こんなに素晴らしい終わらせ方をしたドラマがあっただろうか! いやない!!」と反語で大興奮してしまった程です。が、WSではそのドラマ時の回答にすら中指を立てアンチを宣言しています。WSのエンディングで描かれるのは「人の死って、んな「キャッツらしい」とかそういう言葉で括れるほど甘くねーよ」という、ある種俺を含めたキャッツファンに冷や水を浴びせるような圧倒的な「現実感」でした。逆にWSでのぶっさんの臨終シーンを見たあとでは、ドラマ時のそれが実に巧妙に「現実感」を抑え「キャッツらしさ」を保とうとしていたのかがよく分かります。およそ「キャッツらしさ」からはほど遠い、異常に「直球」な表現でぶっさんの死を描くということ。木更津キャッツアイシリーズの完結編としてこれ以上の「はずし」があるのだろうか! いやない!! そしてそこまではずしつつ「アンチ・反骨精神&常連客を満足させるサービス精神の両立」がここまで奇跡的に成立しているシリーズ作品がキャッツ以外にあるのだろうか! いやなーい!! ・・・や、あるかもしれませんが、にしても一連のキャッツシリーズの進化形態の異常さ・貴重さはもっと語られるべきだと思います。このような他に類を見ない進化を遂げた「木更津キャッツアイ」は熱狂的なファンの支持を得て、ついにこれ以上ない結末をもって完結したのでした。

現在「木更津キャッツアイ」は日本の映像史において単なる「通過点」になっていると思います。既にキャッツ以降、素晴らしい作品はドラマ・映画共にいくつも生まれていますし。しかし、17歳でドラマの初回を見て以来5年、「木更津キャッツアイ」は未だに僕の心のベストテンぶっちぎりナンバー1に鎮座しています。そして僕の心の中だけでなく、この作品は我が国の映像作品の歴史において「通過点」であると同時にひとつの「沸点」として、今後も人々の記憶に残っていくことでしょう。こんなに素晴らしいことが他にあるだろうか!! いやニャーーい!!!! ・・・おあとがよろしいようで(どこがだよ)。

041

今日の通勤の一冊は、恩田陸「『恐怖の報酬』日記」。
サブタイトルが「酩酊混乱紀行」だけあって、終始呑みまくりの一冊。大好きな一冊。
感化され、現在ビール→白ワインで酩酊中。
まだ赤ワインもあるんだがなあ。どうすっかなあ。
ごめん、酔ってます。


ふははははは、酔ってるからだろうけど、
「すいか」のセリフを思い出すだけで涙腺が潤んでる俺ってどうなのマジで。
キモイでしょ。部屋にひとりよ、俺。
んでそれをこうやってウェブ上に披露してる俺ってどうなの。
知るか!!!!
あーひどい、酔ってる。感覚的にはほぼ自動書記状態。


「今日もまた、猫とケータイ生かすために働くのか、ワタシ」
ってセリフがあんのよ。「すいか」に。あーもう泣きそう。

教授「居てよしッ!」ああああ号泣。

「あたしたちは最低だよ。でも自分が最低だってちゃんと知ってる。それって凄いラッキーなことだよ」

うえええええええええええん。あ、これ全部うろ覚えです。
ほんとのセリフ知りたい人はDVD見るか俺の地元の図書館行ってシナリオ本読んで下さい(040参照)

ごめんなさい。ちゃんと分かるように書きます。


あ、このブログ、なんでSMAPとか音楽とか芸能とかSMAPの話が多いのかというと、
まーもちろん自分がSMAPとか音楽が大好きだから、っつーのは前提として、
このブログを見てる人が共有しやすい話題だからです。
単なる日記だったら大学ノートに書いてりゃすむ話じゃん。
そうじゃなくてこういう場に書くってことは、やっぱそこでコミュニケーションしたいからなんですよ。
そのくせ他の人のブログはほぼ見ない俺なんですが。
ごめんなさいせっかくペタ? とか頂いても、よく分かんないんです仕組みが。



よし、このテンションじゃなきゃ書けないことを書こう。書くます。


あのー俺、「木更津キャッツアイ」ってドラマがすんごい好きなんです。
あんなに夢中になったドラマって他にないんです。
なにがそんなに好きなのかというと、
一言で言うと「パンクである」ということなんだと思うんです。
主人公が死ぬ。という結末があらかじめ決められた地点から始まる物語のなかで、
あーごめんちょっとお酒買ってきます

(中断)

はいはい今帰りました。
スパークリングのロゼワインと梅酒を買ってきました。
BGMは木更津キャッツアイのサントラ(ドラマ版)です。
ドラマのサントラは話の展開に沿った曲順になってていいね。

んで、キャッツの魅力、そのパンクさについて。
それは劇中でも言われてる「普通が一番」っていう価値観に集約されると思うんだけど。
そういうことを20過ぎの今どきの若者が口にするドラマ、っつーか大衆表現(なんだそれ)って
あんまなかったと思うのよ。少なくともああいう温度感の表現ではなかったと思う。
「余命半年」という、誰もが恐れる「非普通状態」の人間を主人公にして
普通の大切さを語ってるだけなら、まーありがちなアプローチだけど、
泥棒=キャッツアイという裏の顔を持たせることで
非日常の中の「普通」を描いて・・・


って、あーーーーーーーー違う!!! こんな固っくるしいことじゃないんだ言いたいことは!!!!


ごめん、酔った頭じゃ無理みたいだ。もっかい出直します。
ふはははははは、
ちょうど今サントラが「moon light lovers」から「やっさいもっさい(原曲)」になってずっこけた。
でもこの流れがまた泣けたりして。


まだこのドラマ見たことない人は、別に見ても見なくてもいいと思います。そういうもんです人生。
あとせっかくなので042に文章を上げときます。これいつ書いたんだっけ? ?

040

完全なる文科系な俺だけど、一度だけ肉体労働のバイトをしたことがある。
一度だけ、ってことはそれ以来してないってことなんだけど。

一昨年の夏、今の職場に就職する直前にとある肉体系バイトをやって、わかったことがあった。

俺はその頃、仕事にあまりこだわりを持ってなかったの。
つーか就活に失敗してたこともあり、こだわり云々ではなくとにかく仕事がしたかったから、
働ければなんでもいいよ! 的な発想になってたというか。

でもそれは違う、って、そのバイトを通じて学んだ。
働ければなんでもいい、じゃなくて、働けないの。
もう、無理なの。始まって30分で、滝のような汗。そして疲労。
体も心も1時間で使い物にならなくなった。でも仕事は翌朝まで続く。オールナイトロング。
仕事途中で現場から脱走する人がいる、という噂は本当だったのだ。
だってこのままじゃ俺、朝になる前に死ぬもん。確実に死ぬもん。
おおげさかもしれないけど、本気で生命の危機を感じた。
あの夜を乗り越えられたことは、今でも信じられない。


映画「アイデン&ティティ」でも使われるボブ・ディランのことば。
「やらなきゃならないことをやるだけさ。だからうまくいくんだよ。」

自分にできることがある。そして自分には絶対できないこともある。
生きていくためには働かなければいけないが、そのためには
自分にできることを見つけて働くことが必要なんだ。
後ろ向きではなく、ヒジョーに切実にそう思った。
そしていま俺は、実際に働いている。
今の仕事が「自分にできること」なのかはわからない。
でも一応食えてるってことは、まあ、それなりに、ってことなんだろうか。

あの時稼いだお金は何に使ったんだっけなあ。




ちなみにそのバイトの翌日。
体中アザだらけ、足の爪が3本はがれてる状態で近所の図書館に行ったら
ドラマ「すいか」のシナリオ本がおいてあった。
なにげなく読んでみたら、最初から最後までどうにも涙がボロボロこぼれてきて困った。
世界観もなにもかも、当時の自分に刺さりまくりだった。
本を借りた帰り道、SMAP「夏日憂歌」とくるり「ジュビリー」を歌ってたらまた泣けた。
家で読むたびに何度も号泣してたなあ。
全セリフ引用したいほど、すべてがすばらしい。