株式会社ワークポートスタッフィング営業部紅一点・お年頃「オッチー」がお送りするラブログ「塞翁が馬」は、結構マメに更新する・・・かも -2ページ目

会話のキャッチボールは、ハンバーグを焼く前の肉をこう、右手と左手でこう…やるのと同じくらい大切。

新年早々、彼と別れたわたし。神社で引いたおみくじは大吉だった。採用コンサルティング事業部のS藤ちゃんは、S野厄除け大師にお参った帰りに事故ってムチウチになった。
まったく昨今の神様はどうなってるんだ?この賽銭ドロボー!!

え~それはさておき。わたしの友人に“エンちゃん”という23歳の奇抜な娘がいる。

わたしが彼と別れたことが、先月ついにエンちゃんにばれた。一大事である。この半年以上ひた隠しにしてきたのには訳がある。エンちゃんはわたしに彼がいないとなると、気の済むまで男の子を紹介したがるのだ。
「わたしが男だったら絶対にオッチーと結婚するのに!」
と、エンちゃんは言う。ありがたい言葉なだけにそう強く断れないし、断っても実際あまり聞き入れてはもらえない。話のネタにはなるし、まあいいか…というわけで今回も、エンちゃんの“オッチーに素敵な王子様を”プロジェクトがスタートした。

過去に何度か決行されているこのプロジェクト、うまくいった事例はない。しかも2、3人紹介すると気が済むらしく、そのままフェイドアウトする。結果にはこだわらないらしい。
毎回エンちゃんに好みの男性のタイプ(いつも同じなのに)を細かくヒアリングされるも、エンちゃんのマッチングはことごとくわたしのツボを外してくる。絶対にうちの会社のコーディネータには推薦できない。
あまりのセンスのなさに、だんだんそれが笑けてくるようになってきて、今回は「あまり期待しないでおくから、友達になれそうな楽しい人をお願いします。」と言っておいた。

紹介されたのは、鮎川くん23歳。web系の会社員、とのこと。
ちょっと年が下すぎるのでは…と思いつつも、事前に彼が書いているというブログを見せてもらったところ、なかなか良い文章を書く。ホウホウ、これは会えば楽しいお話ができるかもしれなという、淡い期待を抱くオッチー。
約束の日を迎え、実際に会った彼の第一印象はというと…。一言でいえば「栄光にむかって走るあの列車に乗っていきそうな感じ」。
赤いバッグを肩からぶら下げ、花柄のニット帽に花柄のシャツ、ドクロの指輪。真昼間の太陽に眩しそうに顔を歪めるその目つき(の悪さ)、はだけたシャツから覗くツヤのない白い肌、栄養が足りてなさそうな細い身体、やたら多い青アザ、どれひとつ取ってもロッキン・ボーイ!オー・イェー、そのものである。そしてどれひとつ取っても、わたしの好みのタイプ…じゃ無い…。

あぁ…エンちゃん?どうして…どうして解ってくれないの…?チガウ、ぜんっぜんチガウんだよー!!心で泣き叫んでも、会ってしまった以上は走って逃げるわけにもいかないのが現実。
「そうそう、ラブとして考えるからツライんだ。友達、友達…」ブツブツと自分に言い聞かせる。
そして不思議なカフェに連れていかれるオッチー。向かい合わせに座ったことで、否応なく高まる緊張。果たして何か盛り上がれる共通の話題はあるのだろうか。そうでなくても、実はふだん人見知りのわたし。不安と緊張のあまり、頭の中に流れるガンダムのテーマ曲。♪盛り上がれ~盛り上がれ~ガンダム~♪しかもうまいこと状況に合わせた替え歌になって…。赤=シャアということで、もしかするとガンダムネタでいけるかも?と、彼のバッグを見ながら考えた。

~カフェでの会話より~
鮎川:「うち、風呂、なくて。」
オチ:「へ、へぇ、珍しいね。じゃあ銭湯?」
鮎川:「…オッチーさんちは?」
オチ:「そりゃああるよ~。(銭湯?は無視かよ。)」
鮎川:「や、家どこら辺なんすか?」
オチ:「あ…。えーと…。(風呂の話はーー!!??)」

おそらく彼とわたしの共通点は、人間で日本人というところのみだった。その日の夜、エンちゃんに電話をかけ結果を報告した。

エン:「どうでしたっ?」
オチ:「…真横に二人並んでキャッチボールをするくらいの無茶さ加減だったよ…やったことないけどね…。」
エン:「そうでしたか…。」
オチ:「エンちゃん、いくらなんでも不思議すぎるってあれは…。」

そして、エンちゃんがはなった衝撃のひと言。
「鮎川くんは、エンもちょっと、オッチーには違うかな~と思ってたんです~。」

“この憤りを波動に変え、かめはめ波が出せる…。”生まれて初めて心からそう思った、27歳の夏であった。

キングなんてニックネームはなくてもいいけど死ぬまでに一人くらいは誰かに尊敬されたらいいと思う。

数年前に、サッカーの城彰二選手が日本代表に選ばれた時の事。

フランスW杯で期待されたほど活躍できずに帰国した城は、空港で心ないファンに水をかけられるというアクシデントに見舞われる。
その後すぐ、三浦知良選手から城に電話がかかってきた。
「なんか、水かけられちゃいました」と笑う城。もちろん彼は傷ついていた。
その瞬間をテレビで観ていたカズは、城にこう言った。
「俺も鉄パイプや生卵がしょっちゅう飛んできたぜ。これでお前も世間の人にエースと認められたってことだ。良かったな、名誉に思えよ。おつかれさん!」

2人がただの先輩・後輩の間柄なら、それほど大した出来事ではないかもしれない。
思いがけず代表から外された先輩の自分。その代わりに新たなエースともてはやされた後輩。嫉妬、焦り、屈辱感...あらゆる感情を呑みこんで、もし自分だったら、こんな言葉をかけてあげられるだろうか、と思った。

成績を、能力を、外見を、規模を、地位を、財力を。
生きていくことは、比べられることばっかりだ。わたしたちは、常に何かと比べられながら生きている。
自信が持てない時、うまく自分のことを好きになれない時、そんなのはつまらないことだと解っていても、「いいなぁ、あの人は」なんて思ってしまったりする。いつしか自分ですら、そんなふうに他人と自分を比べて、羨んだり蔑んだりして生きている。いつもいつも小さな不満と戦っている。

誰かの失敗を探し、傷を探し、アラを探し、よってたかって開くようなことをする。一方的な価値観を押しつけて、追い詰めるような真似をする。それはきっと、自分に自信がないから。自分より下の人間を見つけては他人を見下ろして、どこかで「よかった、まだ自分は大丈夫」とホッとするのだろう。
その癖、本当に自分より優れている素晴らしい人たちを尊敬しようとはあまりしない。
確かに、いい家に住んでいるからってすごくはない。いい車に乗っているからってすごくはない。その人たちはただそれが欲しかっただけで、それを持っている自分になりたかっただけだから。だけど、そこに辿り着くためにした何らかの努力がきっとあるはずだ。結果的に手に入れたものの大きさではなくて、その過程の努力を認め、尊敬すればいい。

カズの話をした後の城は、清々しい笑顔でこう言っていた。
「それまではやっぱり自分の中で、カズさんに対して、調子に乗ってた部分てあったと思うんですよ。でもその電話貰ったときに“この人やっぱすげえ。自分もこうなりてえ”って思いました。」

“人が誰かを尊敬する瞬間”は、尊敬される側の人間はもちろんの事、他人の素晴らしい部分に気がついた、尊敬する側の人間も、輝いている。その先には必ず、誰かを尊敬する前のその人よりも成長していくことが、約束されているから。

金八先生の、そうあの加藤の名ゼリフ「俺たちはお前に食わせるタンメンじゃねえ!!」だったっけか…。

毎年8月のこの時期になると、大野君のことを思い出す。

高校3年の夏休みのある日、一本の連絡網がまわってきた。
「大野君が昨日事故に遭い、亡くなりました。お通夜は学級委員と先生達が行くので葬儀に参列できる人は集まってください、だそうです。」
連絡してきた榎本さんは、淡々とそう言った。わたしはなぜか“だそうです”の部分だけをメモしていて、それをペンで繰り返しなぞりながら「わかりました。」と答えた。

連絡網は男女混合の出席番号順だから、大野君が生きていたら、わたしに連絡網をまわすのは大野君だったんだ、でも大野君が生きていたらこんな連絡まわって来ないんだと、ぼんやり思った。

大野君は、男子の目立っているグループの中の、目立たないほうの人だった。あまり高校生らしい雰囲気はなく、独特の空気感を持っていて、ワイワイやっている仲間を見つめ静かに笑っているような大人びたタイプだった。女の子と話すのは見たことがない。わたしも話したことはなかった。でも話ができそうな機会は、一度だけあった。

1学期に、何かの行事の後クラス全員で体育館の椅子の片付けをしていた時のことだ。
畳んだパイプ椅子を両手に持ってよたよたと運んでいたら、後ろから「持つよ。」という声がした。わたしが振り返ると同時に、彼は目を合わせることもなくわたしの手から椅子を取り、行ってしまった。
突然すぎたのと、彼の行動が意外すぎたので、「ありがとう」と言う間もなかった。少女マンガだったら、この日以来なんとなく彼のことが気になりだして、好きになって…なんていう展開になりそうなエピソードだが、特にそんなこともなかった。その後2、3日は「ありがとう」と言えなかったのを少し気にかけてはいたものの、そのまま忘れてしまっていた。

葬儀に集まった生徒は、思ったよりも少なかった。他の学校の制服を着た高校生も何人かいた。皆泣いていた。大野君の遺影は学校では見たことがないような高校生らしい顔で笑っていた。
ふと見ると、大野君のお母さんが前から順番にひとりひとりと、挨拶をしている。
そんな中でわたしは、お葬式に参列しているという感覚が持てずにいた。話したこともない大野君。もしかしたら、こんなことにならなくても、そのままひと言も交わさずに卒業を迎えたんじゃないだろうか。
わたしは暑さでぼうっとしながら、彼のために泣けない自分がこの場にいるのは、間違いなんじゃないかと思っていた。そのうちに、大野君のお母さんがわたしのところまでやってきた。

「来てくれてありがとうね、お名前を教えていただける…?」
「…落合です。」

涙を拭い、それでも次々に溢れてくる涙をいっぱいに溜めた目で、大野君のお母さんはわたしを見た。そのすがるような目を見て、わたしは初めて「悲しい」と思った。自分と同じ、まだ17歳の少年が死ぬということ。そんなドラマや映画のような出来事が、時として現実に起こるという事実。

2学期が始まっても、大野君は学校に来れない。
この中に大野君に憧れていた女の子がいるかもしれない。大野君にも、好きな子がいたかもしれない。
好きな食べ物が、音楽が、映画が、スポーツが。やりたいことがあったかもしれない。なにか夢があったかもしれない。
卒業して、大学生になって、就職して、結婚して、子供が産まれて、そんな人生を思い描いていたかもしれない。このお母さんに孫を抱かせてあげたかったのかもしれない。
もう全部できない。何もない。大野君はもういない。死ぬということは、そういうことだ。大事な家族が、両親が、こんなにたくさんの人が涙を流すような、そういうことだ。「ありがとう」とあの時、椅子を持ってくれた大野君を追いかけていって、「ありがとう」と言えばよかったと後悔しても、もう遅い。そういうことだ。

「あのう…」
わたしは泣きながら、大野君のお母さんに話した。
大野君とは、話したこともなかったこと。それでもあの日、彼が代わりに椅子を持ってくれたこと。その時わたしが「ありがとう」と言いそびれてしまったこと。こんなことになるなら、ちゃんとお礼を言いたかったということ。何を言っているのか、本当はよくわかっていなかったかもしれない。でも大野君のお母さんは、「うんうん」と頷きながら、「そうだったの、そうだったの、ありがとうね。」と何度も言ってくれた。そう言ってもらえて、わたしは大野君にも許されているような気がした。

それ以来、ありがとうの気持ち、ごめんなさいの気持ち、伝えたいことはその瞬間に伝えようと考えるようになった。この気持ちはきっと大野君の置き土産だ。だからわたしは毎年大野君と大野君のお母さんを思い出し、手を合わせる。

大野君のお母さんとは、あれ以来会っていない。もうわたしのことを覚えてはいないだろうけど、お元気いてくださればいいと、心から願わずにはいられない。