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習近平の「ラブレター」

今年9月の習近平の中央軍事委副主席就任の見送りは、世界のチャイナウォッチャーの疑心暗鬼を呼んだ。「すわ太子党vs.団派抗争の始まりか!?」と、一部のあらぬ期待も招いた(observingchinaもその一人!)。

残念ながら、そうではないかもしれない。香港の「鏡報」誌12月号が「習近平未任軍職之謎」という記事を掲載している。台湾の中央社の転電によれば、9月の四中全会の前に習は胡錦涛に手紙を出して「しばらく軍事委の職務に関することを議題に入れる必要はない」と求めた、らしい。

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習の挙げた三つの理由は——。

(1)中央で仕事を始めて間がなく状況にまだ習熟していないため、今は責任を負う範囲の仕事に集中したい。新しい任務を引き受ける能力と条件に欠けている。

(2)胡錦涛は軍事委主席に就任して以来、軍の現代化を進め、軍の中で高い権威を確立してきた。この権威をさらにいっそう安定させ高めるためには、一定期間の安定が必要。軍隊内ですでに確立した(胡とその他政治幹部の)業務分担を軽々しく変えるのはよろしくない。

(3)「新たな形勢下での党の建設」を議論することが四中全会の最重要な仕事。会議に人事問題を提出することは、参加者のエネルギーを分散させ結果的に議論の質に影響する。


記事によれば、党内の老同志は「習近平の軍事委副主席就任が1、2年遅れてもかまわない。もちろん3年後には既定路線に則って(トップの座を)交代するが、胡錦涛が軍事委主席の座を委譲するのを1、2年遅らせることを考えてもいい」という態度らしい。

■□「手紙」の信憑性は?■□

この「ラブレター」、真実もしくは真実に近いと考えていいのではないか。根拠は「トップ就任3年前」という胡の前例通りに実現する習の訪日だ。両者が軍事委人事をきっかけに本格的な抗争を始めているなら、そもそも訪日は行われないだろう。

で、内容が真実だとすると、そもそも団派vs.太子党の争いはなかった、ということになる。明報が伝えた「昇格はすでに決定済み、国慶節明けの拡大中央軍事委員会で決定される」という情報の通り、結局は既定路線に収まったということだ(「国慶節明け」がやたら後になるが)。

ただ「だから習が胡錦涛シンパだ」という結論にはもちろんならない。今回の手紙も、一連の中南海の「うねり」の中で習が取った一手とみるべきだろう。父がリベラル派の党幹部、文革体験あり、地方勤務時代は経済政策のアイデアマン、メキシコでの「舌禍」事件……そして今回の手紙。ますますもって、習という人物が分からなくなってきた。

『龍の伝人たち』

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日本に在住しながら中国をテーマに執筆活動をする日本人作家(非新聞記者)はそれほど多くない。コンスタントに書籍を出版しているのは、尊敬する宮崎正弘センセイとあと一人、富坂聰氏ぐらいである。

富坂氏といえば、陳希同事件をテーマにした『北京「中南海」某重大事件』が秀逸だと思うが、長く手に取っていなかったデビュー作『龍の伝人たち』を先日、図書館から借りて読んだ。結論から言うと、非常におもしろかった。第1回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞作の名に恥じない内容だ。

発行は1994年。サブタイトルに「『天安門後』を生きる新中国人の実像」とある通り、89年の6・4事件後、92年の鄧小平の南巡講話を経て急速な経済成長を迎えようとする中国に生きる人々を取り上げた作品だ。作家の白樺を除けば、取り上げた7組8人(1組は夫婦)のうち5組5人のストーリーが経済に関係している。

国債売買から株取引へと絶妙のタイミングで乗り換え、巨額の富を築いた元倉庫管理人で現在も伝説の投資家の「楊百万」など、過渡期の中国を生きる人たちの姿が生き生きと描かれている——というと何だかありきたりな感じだが、15年経った今読むと、彼らが今の「エコノミック・アニマル」中国人の原型であることがよく分かる。

経済だけでなく、白樺の文革の苦難の話も興味深かった。解放初期の雲南体験の桃源郷ぶりは、映画の『山の郵便配達』を彷彿とさせた。

■□六四は「始まり」でなく「終わり」□■

そもそもこの本が面白いのは、著者の歴史観が確立しているからだと思う。中には本人に取材できず、妻にしか話を聞けなかったケースもある(第五章、中国十大農民企業家の常宗琳)。普通なら「取材失敗」としてボツになるはずだが、国営企業と農村労働力の合作や冷戦期に内モンゴルに集団移転した工場の故郷への再移転……といった、中国現代史の興味深いトピックの中に可能な限り得た取材結果をうまくはめ込んで、本人のインタビューがないという致命的欠陥を感じさせない仕上がりになっている。

その歴史観は最終章である第七章の最後ではっきりと表れている。以下引用する。

鄧小平の死後、中国は江沢民を中心とした集団指導体制へと移行する。仮に、この政権委譲がスムーズに進むとすれば、中国は革命家の君臨する国から官僚が支配する国へと生まれ変わる。

天安門事件直後に誕生した官僚政権。これが時代の転換点とすれば、その変化をいち早く感じ取り、自らも変化したのが、私が出会った龍の子孫たちではないだろうか。そしてその変化とは、彼らが従来の中国人の「政治的動物」の生き方と決別し、新しい中国人である「経済的動物」へと生まれ変わったことを示している。つまり、天安門事件とは、政治国家に生きる中国人にとっては実は「始まり」ではなく「終わり」だったのだ。(219ページ)


そう、中国ではとっくに政治の季節は終わっているのだ。いま共産党政権が民主活動家をあえて逮捕しないのも、逮捕して「政治」という焼け木杭に火が付くよりも(たぶん誰がどうあがいても付かないと思うが)、門前払いしたほうがめんどくさくないし、むしろ民主化運動にダメージを与えられる、と踏んでいるから。毎年6月4日は「終戦記念日」なのだ。道理で年々風化するわけだ。

当方、富坂氏担当の編集者でも何でもないので。念のため。

大陸メディア初の政局記事(続)

人民日報系の環球時報英語版Global Timesに続いて、南方週末12月3日号が今回の中共人事に関する政局記事を打った。

「『18大』に向けた14人の省・部級官僚の集中人事」という味も素っ気もない見出しが付けられた記事の中に、福建省委書記に異動する胡春蘭・中華全国総工会第一書記の後任について、「同会副主席を兼任する孫宝樹・人力資源社会保障部副部長が後任の見通し」という人事予測を潜ませていた。

総工会のサイトを見る限り、胡春蘭の後任はまだ決まっていないようだ。博訊網が11月30日、胡の人事記事がいったんアップされたあと、2時間もしないうちに中新網など各サイトから削除されたという情報を流しているから、何か人事でもめる要素があったのかもしれない。

Global Timesの記事もそうだったが、中共人事に関する「前打ち」を見るのは初めてである。党中央宣伝部が3日、わざわざ「南方某報(秀逸な表現!)の記事はでたらめ」と否定するコメントをわざわざ流しているが、南方某報は6日夜現在、サイトから記事を削除していない。

■□中国メディアと中宣部の「明るい未来」□■

記事はこのほかにも、人事を伝える12月1日の関係各省の党報の中で、河北日報と重慶日報の記事の量が少なかった、とも伝えている。重慶日報にいたってはわずか50字あまりだったらしい(1行15字で4行!)。

今回の人事が重慶市トップの「打黒書記」様の癇に障ったのかどうか定かでないが、しかし中共人事の前打ち記事が大陸メディアから出るなんて、これまででは考えられなかった。

中宣部が否定のコメントを出したことも喫驚であるし(あとユーモアも!)、南方週末が記事を直ちに削除していないことも変化を感じさせる。

数年前、中宣部はメディア監視担当の「閲評小組」を江沢民時代の100人規模から100グループ規模に増やした。財経の編集長辞任劇、多維網の閉鎖(さいきん接続不能になっている)、南方週末のオバマ会見への圧力……と、すべてが中宣部の仕事ではないにせよ、報道に対する圧力は相変わらず続いている。

その一方で、Global Times やチャイナデイリーの報道にみられるように、メディア自由化の動きもある。度重なる圧力にもかかわらず、南方週末が発刊し続けているということは、廃刊にすると人民の反発が大きすぎると中宣部が判断しているからだろう。

大局的には市場化の波が中宣部を呑み込みはじめているように見えるが、どうだろうか(希望的観測かもしれないが)。