北で告ぐ真実
ヘッポコOAUマネ 若松です
BRAHMANツアーのお留守を預かっております、私が綴る
今回も、伝聞と想像と妄想を交えてお伝えするブログの始まりです。
それでは前回の仙台でのライブに続き
次なる会場、札幌に向かうところから

いざ長旅のフェリーへ!
ゴホンッ
はい、到着!

寝て起きたら

苫小牧港
ツアーの疲労とすることも無かった模様です
海から地上へ車を降ろすと
港よりほど近い

「鳥よし」へ直行!
見てください

もう画像から優しさが滲み出ているラーメン
ここのラーメンは口の中から広がる”優しい”と言う名の宇宙が
スープと麺を体内に取り込むごとに
身も心も、その異次元の世界の住人にしてしまうのです
食べたことがあるだけに、、、
エエイっ、お箸で写真をツンっツクツンっ!
そうしてようやく到着した札幌!
10月28日は
ツアー4本目
Zepp Sapporoでのライブ
ここでのゲストは「ACIDMAN」!!
支援活動へご賛同いただきたくさんのご協力をいただいております!
そして、震災後、対談やテレビでのトークを交えてきた大木さんとTOSHI-LOW
ここではどんな話をしてたのか!?
なお今回のブログは、この先
つたない私の (( ツッコミ )) を交えつつ展開しますよってに、、、
温かい目で、ごゆるりとご覧ください
さて
BRAHMANのライブです
こんな言葉から始まります

口ばっかの奴になりたくねぇから
今までステージで、あんまり喋ってこなかったけど
もう、喋っちまったから
これからやるしかねぇなと思ってて
生きてる意味を知る為に
逝っちまった仲間に
笑われねぇように
全力で
死ぬ気で

揺らぐことなく
人間も空間も時間も

全てを包み
放熱の渦に飲み込むように

この日も
全力で疾走した

BRAHMAN
そして
TOSHI-LOWが話したのは、こんな出来事からでした
札幌に着いて
夜、飯食いに行こうと
エレベーターに乗ったら
そこにKOHKIが乗って来て
飯食いに行くって言うんで、二人で行って
次の日に寝過ぎて
ちょっと怠いから
走ってこようかなと
エレベーターに乗ったら
MAKOTOが
ランニングウェアを着て乗って来たから
二人で走るかっつって、走って
(( そうそう、二人ともツアー中、ずっと走ってます! ))
そうやって
全国でいろいろ走ったりしてる時
だいたい昼に走るときは
ラーメン屋の
行列で
RONZIに遭う
(( えっ、えっ!! 二度見しちゃうぜ! ))
ステージの演奏以外は
すげー息が合ってんなって
我ながら思います
((( そうそうそうそう
BRAHMANっちゅうのは本当ステージ以外は息が合ってって
よしなさいッ! )))
こうやって、まぁ3月の震災があってから思う事があって
べらべら喋ってんだけど
喋んなかったら、喋んなかったで
なんか格好付けてるとか
なんだかんだ言って文句言うくせに
喋ったら喋ったで
なんか喋んなかった方が良かったとか
MCがなかった方が良かったとか
前の方が良かっただとか言われんだけどさ
あと、喋ったら
結構チャラいなとか
ナメンナ
(( こ、こ、怖いっ、、、、、、))
俺は
喋る前から
チャラいんだ
(( ((((;゚ Д゚))))ンゲェッ!!!! ))
チャラくてどうしようもねぇから
バンドをやって
少しでもチャラくねぇようになりてぇなと思って
やってんだけど
(( いや~、今はもう ビッ とされておりますです! ))
17年
まだ
チャラい
(( ((((((; ・ ∀・))))))ニャーーーッ!!!! ))
そんな俺たちに
お前等本当チャラいなって言われてる
ACIDMAN
((( ヤメロー!事実無根ダー!! )))
大木は結構
ライヴで真面目に喋ってっけど
楽屋では
俺といつも
下ネタを喋ってる
(( (/ω\) イヤー♥ ))
はいっということで、
まぁまぁ、TOSHI-LOWはここまでは、そんなふうにチャラいなんて言うとりますが、
大木さんについて、次にまとめたように話をしていました。
あんなチャラい大木が
(( わっ、チャラいはよしなさい!! ))
3月、早い時から脱原発って言った、と。
そして、東京を離れて逃げ惑ってる
メジャーの人間やミュージシャンとか言ってる人間がいっぱいた、そんな3月、4月に
次のエネルギー問題についていち早く、そして、次の未来の事もメディアでしっかり伝えていたと。
TOSHI-LOWと雑誌の対談をした時も、30分も政治の話をして、本気なんだ、とそう思ったそうです。
ヘッポコな私ではありますが、覚えている限りでは、震災直後に励ましの言葉を伝える方々はたくさんいましたが
このように、未来がどうあるべきかということについて
ヴィジョンを持ち、メディアで明言することが出来ていたバンドマンは、ほぼ記憶にありません
それではMCの続きです
TOSHI-LOWはこう言葉を紡ぎます
3月
俺たちが支援物資を持って行った
いわき市や北茨城市っていう、福島とか茨城のとこは
福島の第一原発が爆発した所から
30キロ、そして50キロ
昨日、北海道新聞読んでびっくりしたんだけど
泊の原発から
30キロにニセコがあって、50キロには
札幌がある
俺はもう
ああいう光景は二度と見たくねぇなと思っていて
自分達の電力の向こう側に
何があるかっちゅうのを見て来たから
まぁ
自分達の未来は
自分達で
決めればいい
(( ステージ下で大変そうなお客さんへ ))
大丈夫か
助けてやってくれ
俺達が4月に
福島でライヴをやった時に
ファンの子から手紙を貰った
南相馬市っていう避難区域から来てる子が手紙をくれて
3月の原発の爆発した
あの海沿いで
多くの遺体が被爆して
どうしようもなく
そのまま
放置されて
それを
鳥が突いてる様子を
私は
なす術無く
見てました
っていう
そういう話を貰って
俺は
やっぱり
自分の生きる道を
自分で
決めてぇし
そのために
声を上げてえなって思ったから
未来について
明るく思いたい人
未来が
子供たちに
そして
自分達の為に
明るくあってもらいたい人
いま
何をするべきか
答えはすぐには分かんない
けど、まずは
考える事
ただ考えるだけでいい
そんな
ちいさな、ちいさな
一歩が
未来の
大きな流れになるって
信じてる
大木も
最後、同じ様な事言ってたけど
俺もやっぱり
信じてぇなと思ってる
ここで話のあった
いま継続して起こっている事実
これから創る自分たちの時代
明るい未来、子供たちのこと
それを考えること
私もヘッポコなりにあらためて考えます!
8ヶ月前の
未曾有の事態から
いろいろなことが暴かれ
混沌とした時代に生きていたことを知りました
次の世代まで続くであろう復興の時代に生きていくことになりました
ひとつひとつ
真実を見極め
自分自身に問いかけ
一歩一歩、歩み続け
光の射す方向に向って行こうと
ライブの度に、ブログを書くたびに
力をもらっているように感じます!!
そうそうそう、
原発からの距離の話、私も驚いて自分で調べたときに、いい全国地図 を見つけたので紹介します。自分の街との距離が簡単に確認できますよ!
と、いうことでございまして、
MCも終わりまして
いよいよ演奏へと・・・
あ、あれっ
ト、、、TOSHI-LOWの話は続き・・・
ここ北の大地で
明かされた
真実!?
それは一体・・・・・!?
((( ちょっと巻戻して現場のMCをプレイバック )))/
キュルルルルッ
大木も
最後、同じ様な事言ってたけど
俺もやっぱり
信じてぇなと思ってる
大木の
帽子の中身は
気になるけど
この間
見せてもらったら
結構
毛が生えてた
(( (/ω\) イヤーン♥ ))
まぁ、どうでもいいやそんな事
喋りすぎたな
だから喋んねぇ方がいいって言われんだ
12月にまた
札幌に来る機会を
NBC作戦とか、そうやって(支援活動を)やってる
SLANGのKOに頂いたので
台風で、津波で、地震で、事故で、病気で、寿命で
死ななかった人
縁と命があったら
また会いましょう
ありがとう
(( ステージ下で大変そうだったお客さんへ ))
倒れるまで
頑張ったな
変わらない日常
変わらない世界
変わらない自分
ありがとう
私にとって、今回のTOSHI-LOWのMCは
今のBRAHMANや仲間たち
震災後のこと、これからの時代のこと
前も書きましたが、このツアーにある大切な想いが
最初から最後まで散りばめられているように感じました
それで今回は初めて、MCのほぼ全ての内容を記載しております
みなさんにも色々なことを感じ考えていただけるきっかけになれば幸いです
(ライブ写真:三吉ツカサ Showcase Prints/Twitter/Blog)
では、ライブ後のことも少し!
そうねそうね~
懸命に働いている皆さん、どうぞどうぞ!

アタスの大好きな「だるま」のジンギスカン、、、そうね~そうだよね~
ん~来月の札幌のOAUライブのときまで、が、が、が、我慢!!
そしてそして

ん?

ん?

なんだ
ただの焼き鳥屋か

のぉ?

コカローラ? フアンタ?

焼 ・ き ・ 鳥 ・ 屋
否

鳥 ・ 焼 ・ き ・ 屋 !?

こりゃ~、美味しそう!!
そして
空港・・・?

はいはーいっ、 ここ宇宙ってね!
みんなこの格好で大阪に行っんだよーってね!
うんうん
お次は
ん?

普通の塩ラーメン?
の
店の
トイレ
の
鍵
を
掛けよう~と

み、短っ!!
どんだけ自分のこと背伸びしてんすかっ!!
はい
では、
スッと両手を差し伸べてぇ~
左手にフックと、真ん中が自分で、右手に穴ぼこを~
さぁ、目を閉じて~
そう、一つになって~
祈りなさい
どなたさまも
この至福の時の
この扉を
どうぞ
お開けなさりませぬように
ウン~~~、、、スポンッ、スポポンッッッ
え~、そんなことをしながらですね
そして、、、
またフェリーへ

深夜の出港で

次なる会場、大阪を目指します
とまぁ、
いろんなスタッフから送られてくる写真をもとにワーワー書いているので、場所も時間も様々ですが、
このツアーもまた

珍道中が続いている模様です!
さて次回のブログはツアー5本目、Zepp Osakaからです!
温かい目でお付き合い頂きまして、ありがとうございました!!
BRAHMANツアーのお留守を預かっております、私が綴る
今回も、伝聞と想像と妄想を交えてお伝えするブログの始まりです。
それでは前回の仙台でのライブに続き
次なる会場、札幌に向かうところから

いざ長旅のフェリーへ!
ゴホンッ
はい、到着!

寝て起きたら

苫小牧港
ツアーの疲労とすることも無かった模様です
海から地上へ車を降ろすと
港よりほど近い

「鳥よし」へ直行!
見てください

もう画像から優しさが滲み出ているラーメン
ここのラーメンは口の中から広がる”優しい”と言う名の宇宙が
スープと麺を体内に取り込むごとに
身も心も、その異次元の世界の住人にしてしまうのです
食べたことがあるだけに、、、
エエイっ、お箸で写真をツンっツクツンっ!
そうしてようやく到着した札幌!
10月28日は
ツアー4本目
Zepp Sapporoでのライブ
ここでのゲストは「ACIDMAN」!!
支援活動へご賛同いただきたくさんのご協力をいただいております!
そして、震災後、対談やテレビでのトークを交えてきた大木さんとTOSHI-LOW
ここではどんな話をしてたのか!?
なお今回のブログは、この先
つたない私の (( ツッコミ )) を交えつつ展開しますよってに、、、
温かい目で、ごゆるりとご覧ください
さて
BRAHMANのライブです
こんな言葉から始まります

口ばっかの奴になりたくねぇから
今までステージで、あんまり喋ってこなかったけど
もう、喋っちまったから
これからやるしかねぇなと思ってて
生きてる意味を知る為に
逝っちまった仲間に
笑われねぇように
全力で
死ぬ気で

揺らぐことなく
人間も空間も時間も

全てを包み
放熱の渦に飲み込むように

この日も
全力で疾走した

BRAHMAN
そして
TOSHI-LOWが話したのは、こんな出来事からでした
札幌に着いて
夜、飯食いに行こうと
エレベーターに乗ったら
そこにKOHKIが乗って来て
飯食いに行くって言うんで、二人で行って
次の日に寝過ぎて
ちょっと怠いから
走ってこようかなと
エレベーターに乗ったら
MAKOTOが
ランニングウェアを着て乗って来たから
二人で走るかっつって、走って
(( そうそう、二人ともツアー中、ずっと走ってます! ))
そうやって
全国でいろいろ走ったりしてる時
だいたい昼に走るときは
ラーメン屋の
行列で
RONZIに遭う
(( えっ、えっ!! 二度見しちゃうぜ! ))
ステージの演奏以外は
すげー息が合ってんなって
我ながら思います
((( そうそうそうそう
BRAHMANっちゅうのは本当ステージ以外は息が合ってって
よしなさいッ! )))
こうやって、まぁ3月の震災があってから思う事があって
べらべら喋ってんだけど
喋んなかったら、喋んなかったで
なんか格好付けてるとか
なんだかんだ言って文句言うくせに
喋ったら喋ったで
なんか喋んなかった方が良かったとか
MCがなかった方が良かったとか
前の方が良かっただとか言われんだけどさ
あと、喋ったら
結構チャラいなとか
ナメンナ
(( こ、こ、怖いっ、、、、、、))
俺は
喋る前から
チャラいんだ
(( ((((;゚ Д゚))))ンゲェッ!!!! ))
チャラくてどうしようもねぇから
バンドをやって
少しでもチャラくねぇようになりてぇなと思って
やってんだけど
(( いや~、今はもう ビッ とされておりますです! ))
17年
まだ
チャラい
(( ((((((; ・ ∀・))))))ニャーーーッ!!!! ))
そんな俺たちに
お前等本当チャラいなって言われてる
ACIDMAN
((( ヤメロー!事実無根ダー!! )))
大木は結構
ライヴで真面目に喋ってっけど
楽屋では
俺といつも
下ネタを喋ってる
(( (/ω\) イヤー♥ ))
はいっということで、
まぁまぁ、TOSHI-LOWはここまでは、そんなふうにチャラいなんて言うとりますが、
大木さんについて、次にまとめたように話をしていました。
あんなチャラい大木が
(( わっ、チャラいはよしなさい!! ))
3月、早い時から脱原発って言った、と。
そして、東京を離れて逃げ惑ってる
メジャーの人間やミュージシャンとか言ってる人間がいっぱいた、そんな3月、4月に
次のエネルギー問題についていち早く、そして、次の未来の事もメディアでしっかり伝えていたと。
TOSHI-LOWと雑誌の対談をした時も、30分も政治の話をして、本気なんだ、とそう思ったそうです。
ヘッポコな私ではありますが、覚えている限りでは、震災直後に励ましの言葉を伝える方々はたくさんいましたが
このように、未来がどうあるべきかということについて
ヴィジョンを持ち、メディアで明言することが出来ていたバンドマンは、ほぼ記憶にありません
それではMCの続きです
TOSHI-LOWはこう言葉を紡ぎます
3月
俺たちが支援物資を持って行った
いわき市や北茨城市っていう、福島とか茨城のとこは
福島の第一原発が爆発した所から
30キロ、そして50キロ
昨日、北海道新聞読んでびっくりしたんだけど
泊の原発から
30キロにニセコがあって、50キロには
札幌がある
俺はもう
ああいう光景は二度と見たくねぇなと思っていて
自分達の電力の向こう側に
何があるかっちゅうのを見て来たから
まぁ
自分達の未来は
自分達で
決めればいい
(( ステージ下で大変そうなお客さんへ ))
大丈夫か
助けてやってくれ
俺達が4月に
福島でライヴをやった時に
ファンの子から手紙を貰った
南相馬市っていう避難区域から来てる子が手紙をくれて
3月の原発の爆発した
あの海沿いで
多くの遺体が被爆して
どうしようもなく
そのまま
放置されて
それを
鳥が突いてる様子を
私は
なす術無く
見てました
っていう
そういう話を貰って
俺は
やっぱり
自分の生きる道を
自分で
決めてぇし
そのために
声を上げてえなって思ったから
未来について
明るく思いたい人
未来が
子供たちに
そして
自分達の為に
明るくあってもらいたい人
いま
何をするべきか
答えはすぐには分かんない
けど、まずは
考える事
ただ考えるだけでいい
そんな
ちいさな、ちいさな
一歩が
未来の
大きな流れになるって
信じてる
大木も
最後、同じ様な事言ってたけど
俺もやっぱり
信じてぇなと思ってる
ここで話のあった
いま継続して起こっている事実
これから創る自分たちの時代
明るい未来、子供たちのこと
それを考えること
私もヘッポコなりにあらためて考えます!
8ヶ月前の
未曾有の事態から
いろいろなことが暴かれ
混沌とした時代に生きていたことを知りました
次の世代まで続くであろう復興の時代に生きていくことになりました
ひとつひとつ
真実を見極め
自分自身に問いかけ
一歩一歩、歩み続け
光の射す方向に向って行こうと
ライブの度に、ブログを書くたびに
力をもらっているように感じます!!
そうそうそう、
原発からの距離の話、私も驚いて自分で調べたときに、いい全国地図 を見つけたので紹介します。自分の街との距離が簡単に確認できますよ!
と、いうことでございまして、
MCも終わりまして
いよいよ演奏へと・・・
あ、あれっ
ト、、、TOSHI-LOWの話は続き・・・
ここ北の大地で
明かされた
真実!?
それは一体・・・・・!?
((( ちょっと巻戻して現場のMCをプレイバック )))/
キュルルルルッ
大木も
最後、同じ様な事言ってたけど
俺もやっぱり
信じてぇなと思ってる
大木の
帽子の中身は
気になるけど
この間
見せてもらったら
結構
毛が生えてた
(( (/ω\) イヤーン♥ ))
まぁ、どうでもいいやそんな事
喋りすぎたな
だから喋んねぇ方がいいって言われんだ
12月にまた
札幌に来る機会を
NBC作戦とか、そうやって(支援活動を)やってる
SLANGのKOに頂いたので
台風で、津波で、地震で、事故で、病気で、寿命で
死ななかった人
縁と命があったら
また会いましょう
ありがとう
(( ステージ下で大変そうだったお客さんへ ))
倒れるまで
頑張ったな
変わらない日常
変わらない世界
変わらない自分
ありがとう
私にとって、今回のTOSHI-LOWのMCは
今のBRAHMANや仲間たち
震災後のこと、これからの時代のこと
前も書きましたが、このツアーにある大切な想いが
最初から最後まで散りばめられているように感じました
それで今回は初めて、MCのほぼ全ての内容を記載しております
みなさんにも色々なことを感じ考えていただけるきっかけになれば幸いです
(ライブ写真:三吉ツカサ Showcase Prints/Twitter/Blog)
では、ライブ後のことも少し!
そうねそうね~
懸命に働いている皆さん、どうぞどうぞ!

アタスの大好きな「だるま」のジンギスカン、、、そうね~そうだよね~
ん~来月の札幌のOAUライブのときまで、が、が、が、我慢!!
そしてそして

ん?

ん?

なんだ
ただの焼き鳥屋か

のぉ?

コカローラ? フアンタ?

焼 ・ き ・ 鳥 ・ 屋
否

鳥 ・ 焼 ・ き ・ 屋 !?

こりゃ~、美味しそう!!
そして
空港・・・?

はいはーいっ、 ここ宇宙ってね!
みんなこの格好で大阪に行っんだよーってね!
うんうん
お次は
ん?

普通の塩ラーメン?
の
店の
トイレ
の
鍵
を
掛けよう~と

み、短っ!!
どんだけ自分のこと背伸びしてんすかっ!!
はい
では、
スッと両手を差し伸べてぇ~
左手にフックと、真ん中が自分で、右手に穴ぼこを~
さぁ、目を閉じて~
そう、一つになって~
祈りなさい
どなたさまも
この至福の時の
この扉を
どうぞ
お開けなさりませぬように
ウン~~~、、、スポンッ、スポポンッッッ
え~、そんなことをしながらですね
そして、、、
またフェリーへ

深夜の出港で

次なる会場、大阪を目指します
とまぁ、
いろんなスタッフから送られてくる写真をもとにワーワー書いているので、場所も時間も様々ですが、
このツアーもまた

珍道中が続いている模様です!
さて次回のブログはツアー5本目、Zepp Osakaからです!
温かい目でお付き合い頂きまして、ありがとうございました!!
繋がる小節、音は連ねて
BRAHMAN 2011 TOUR 「霹靂」は、現在、折り返しを過ぎました(だいぶ・・)
OAUマネ 若松です
前回のブログの最後に書きましたとおり、今回はBRAHMANツアーの2本目
東京はZepp Tokyoからはじまります

ライブ前から、グッズの先行販売にはたくさんの皆様に並んでいただきました

そして開場!
ここに集まった皆さんの熱がグンッと上昇し、Zepp Tokyo全体がギシッと音を立て力が溢れているようでした!!

今回の物販ではBRAHMANのツアーグッズの他に
宮古・大船渡・石巻にライブハウスを造る「東北ライブハウス大作戦」のブースや
BRAHMANを初期から撮り続けている三吉ツカサ氏率いるShowcase Management所属の写真家が撮影した写真の販売サイト「Showcase Prints」の作品を実際に観て購入できたり
(現在、三吉氏撮影のBRAHMANツアーのライブ毎にその会場の写真を更新!)
と、チームBRAHMANの仲間たちの活動も展開しております!!!!
そのようなブースとエントランスからステージフロアいっぱいに熱が移動した頃
ここZEPP TOKYOでのゲスト「SLANG」が登場!!
しかし、、、SLANGのKOさんの迫力ったら声も見た目も、、、圧倒!
男としてやっぱり惚れちゃうバンドです!!
そして
BRAHMAN

放射能が
降りしきる街に
乗り込んだときも、
自衛隊しかいねえ
瓦礫の街に行った時も、
ライヴの前も
本当はいっつも
びびってんだ
びびりながら
迷いながら
失いながら
それでも
全力で
まっすぐ

そう始まって
さっきまでの充満した熱は
さらに沸点を超え
飽和した無数の人体の呼応と
熱塊として具現化されたBRAHMAN
それは融解し
息の苦しいほどの湿度を帯びて
加速的に再生する
止まらない鼓動は
いま生きていることを
心と体の部位ひとつひとつ、それぞれに
問いを投げかけているように思いました

前回も書きましたが、このTOUR「霹靂」のゲストは震災支援活動を共にし、復興への道を共にする仲間に参加いただいております
そしてSLANGについて、TOSHI-LOWがこう話しました
3月
地震があって
津波があって
俺たちが茨城とか、福島とか
支援物資を集めて持って行ってる頃
同じ頃
札幌でも支援物資を集めて、
三陸のディープでコアな、被災地の方に
飛び乗って行った
札幌の男達がいて
今日、SLANG呼んで
本当に良かったなと思っていて
あんな、2メートル半位ある
入れ墨だらけの大男達が
避難所とか行ったら
逆に怖がられて
物品とか渡されんじゃないかと思ったんだけど
すごい有り難がたがられてたみたいで
途中で送られてくる
子供たちの笑ってる笑顔とか
お婆ちゃんとか、お爺ちゃんとかに
肌着をあげている姿とかを見て
3月はずっと
そういうの
涙目で見てて
東北、岩手にこの間ライヴに行ったら
小学校のちいさい子たちが
SLANGって書いた
Tシャツを着て
一番前で暴れていて
ライヴが終わったら
低学年位の男の子が
「俺も
SLANG KOさんみたいな
入れ墨を入れたい」
って言ってた
それは、ちょっと違うんじゃないかって
ガラが悪くなるんじゃないかなと思って
あんな
3メートル80もある
ガラの悪い男が
控え室で
来年春まで
どうやって支援物資を
どうやって助けていくかっていう
話をしていて
本当に人は、見かけによらねえなって
良い面してても、買い占めした人とか
無関心な人達がいっぱいいる中で
悪人面なのに
ああやって、やってくれる人がいて
まぁ、キャラ設定が少しこう、難しいですけれども
ヒーローなのか、悪役なのかっちゅう
ああいう人達が
増えたら
復興は
一日
また一日って
早くなんじゃねえかなと思っています
NBC作戦
自立支援プロジェクト
東北にライヴハウスを作るっていう
俺たちの仲間の
色々な人達が
色んな人達の助けを
今、待ってて
まぁ皆、悪人面ですけど
もうちょっと信用してもらえたら
嬉しいなって思ってます
---そして続けて---
何ができんのかは
よく分かんないけど
それを
一人一人考える事
何ができる
何ができたじゃなくて
人の悲しみに
ちょっとだけ
寄り添う事
それが出来る時まで
一生懸命
と
難しいかもしれません
人の悲しみに寄り添うことって
でも、自分にその状況を置き換えて考えたら
悲しみがスッと心に入ってきて
ほんの少しでも
分かち合い
力になるように思います
SLANG KOさんの活動は
『NBC作戦』『自立支援プロジェクト』
でご覧いただけます。
参加しやすい支援活動ですので、是非ご覧ください!!
では
TOUR「霹靂」3本目
あ、すいません
ここからはアタス、ツアーに同行しておりませんので・・・
ずっとこのブログを読んでる方はアレかとお思いでしょうが
伝え聞いたこと、想像と妄想を交えて執筆いたします(キッパリ)/
では3本目
宮城県 Zepp Sendai

この日もたくさんの皆様にお越しいただきまして、ありがとうごうざいます!!

4月に訪れた仙台のライブでは、まだまだガラスにヒビが入っていたり、立ち入りを規制されたビルも多く
そして、大きな余震が相次ぐ中でした
この時のライブには、汗なのか涙なのかわからない多くの顔が
ちいさなライブハウスに溢れていたのを覚えています
それから半年とすこし経った仙台でのライブ
今回は笑顔に溢れたライブだったと聞いておりますが、、、
まぁ、
なんたってまずはゲストが「SCAFULL KING」!
体がダンスを求めずにはいられないパーティーバンド!!
ライブは言うことないと思いますが、、、
NARIさんのラップはうまくいったのかな~?
って、思ってたら
TOSHI-LOWがMCでラップ!?
来年はBRAHMANの4人で披露するとかしないとか?
栃木のヤンキーと茨城の青年団?
正月に海で車をひっくり返す??
宇都宮の駅前の銅像は偉い人の銅像ではなく、、、、、餃子・・・?
MC・・・
お、おもしろそう!!
き、気になるー!!
この日の

ライブの

写真からは

うう~

想像できんな。。。
ただ、変わらないBRAHMANがあったこと
そして、震災の爪痕が深く残るこの地でのライブ
全力で駆け抜けた尊い瞬間であったこと
大切なものが想像もできないほど詰まったZepp Sendaiであったと
確信しています
そして
東北の地を訪れることを重ねてきて私が思うことは
東北の皆さん、仲間たちから
自分たちはいつも支えられているということ
TOSHI-LOWはこんなことを伝えました
KENZIも言ってたとおり
チャリティソングを売って
宮古と、大船渡と、石巻に
うちのPAの先輩が
ライヴハウスを作って
役に立ちてぇなって思ってんだけど
まぁそんなんで何になんだよって、とやかく言う奴もいるけど
地震があって一ヶ月経った時に
仙台とか、盛岡に来て
まだ真っ暗ん中で
ビルは傾いてるし
店はやってねぇし
ガラスは落ちてるし
そういう状態の中で
俺達、ライブしに来て
自粛だ
不謹慎だ
音楽に
何できんだ
音楽の出番はまだまだ早いんじゃないかって
ボロカス言われたんだけど
俺は
あん時来て
あん時やって
みんなの顔見れて
自分達も歌えて
後悔してねぇし
良かったと思ってる
何にもしねぇで、ぐだぐだ言ってる奴より
なんぼか良かったと思ってるし
今後、別に批判があったって
何にもしねぇ奴より
俺達は
強い気持ちと
強い教えを
東北の地から
たくさん頂いてる
ありがとう
2011年の東北の光景を
俺達は
一生忘れねぇと思うし
こうやって、活動休止してんのに
大人の事情とか、そういう理由とか
色んな物かなぐり捨ててやってきてくれたバンドとか
三陸の沿岸地で
ボランティアとか、仕事してる仲間達とか
本当に
心強く思ってる
・・・
本当、大変な中、来てくれた人達がいるのも
知っていて
・・・
そういう気持ちを持った人が
東北にはたくさんいると思うし
そういう仲間が
俺の近くにいたことを
本当に
誇りに思ってる
本当に
ありがとう
KENZIさんからこのライブでお話のあったチャリティーソングは
PUNK SKA UNITY「DECISION」のHPにその趣旨と想いが込められています
リンク先にあります通り
このチャリティーソングの取扱店や
すべてのバンドの皆さんによるご協力もお待ちしております!
そのPVはこちら!!!!
そして、PVのなかで綴られているメッセージを読んでください
「聴こえるかい?
僕たちは歌い続けるよ
未来を創るのは
君と僕らだ
少しだけ笑って忘れて
君が上を向けばいいな
僕が歌い続けることで
長い旅路になるだろう
それは
共に歩く道のり」
音楽に携わって生きているものとして
音楽という力で
人と人と
心と心が
繋がって
復興地に
新しい音楽の力が宿り
また
繋がっていく
そうして
共に歩んでくれる方が
ブログを書くたびに1%でも増えればいい
仲間たちが伝えているところで1%
100回伝えたら100%、そして200%と
それは大きな力になると信じています
このPUNK SKA UNITY「DECISION」は、その収益の全てを、BRAHMAN、OAUも担当するPA集団 SPC主催の
「東北ライブハウス大作戦」に寄付されます
皆さんの力で
宮古、大船渡、石巻にライブハウスを!
人と街と世代を繋ぐこの大作戦にも是非ご協力お願い致します!!
ということで、ここ仙台でのライブも終わり

しっかりと

経済活動!
だそうです
ああ~、歯が歯が
あの牛たんのサクッとした歯ごたえを思い出しております
お汁のような肉汁と麦飯のワルツ
思い出し牛たんでご飯でも食べようかな・・・
英気を養った一行は
次なる場所を目指し

フェリー乗り場へ

そして、いざ札幌!
と、今回のブログはここまでです
いんや~、しかし
早くブログを書かないとツアーが終わってしまう。。。
まぁ、言い訳に聞こえるかもしれませんが
ライブレポートだけの内容ではなく
これから私たちが生きることになった新しい時代のこと
次の世代の、子供たちの、未来のこと
そんなことも考えていただけたらと
お節介にも書いていますので
ゆっくりとお楽しみくださいませませ
さて次回はZepp Sapporoの模様をお届けいたします!
(ライブ写真:三吉ツカサ Showcase Prints/Twitter/Blog)
OAUマネ 若松です
前回のブログの最後に書きましたとおり、今回はBRAHMANツアーの2本目
東京はZepp Tokyoからはじまります

ライブ前から、グッズの先行販売にはたくさんの皆様に並んでいただきました

そして開場!
ここに集まった皆さんの熱がグンッと上昇し、Zepp Tokyo全体がギシッと音を立て力が溢れているようでした!!

今回の物販ではBRAHMANのツアーグッズの他に
宮古・大船渡・石巻にライブハウスを造る「東北ライブハウス大作戦」のブースや
BRAHMANを初期から撮り続けている三吉ツカサ氏率いるShowcase Management所属の写真家が撮影した写真の販売サイト「Showcase Prints」の作品を実際に観て購入できたり
(現在、三吉氏撮影のBRAHMANツアーのライブ毎にその会場の写真を更新!)
と、チームBRAHMANの仲間たちの活動も展開しております!!!!
そのようなブースとエントランスからステージフロアいっぱいに熱が移動した頃
ここZEPP TOKYOでのゲスト「SLANG」が登場!!
しかし、、、SLANGのKOさんの迫力ったら声も見た目も、、、圧倒!
男としてやっぱり惚れちゃうバンドです!!
そして
BRAHMAN

放射能が
降りしきる街に
乗り込んだときも、
自衛隊しかいねえ
瓦礫の街に行った時も、
ライヴの前も
本当はいっつも
びびってんだ
びびりながら
迷いながら
失いながら
それでも
全力で
まっすぐ

そう始まって
さっきまでの充満した熱は
さらに沸点を超え
飽和した無数の人体の呼応と
熱塊として具現化されたBRAHMAN
それは融解し
息の苦しいほどの湿度を帯びて
加速的に再生する
止まらない鼓動は
いま生きていることを
心と体の部位ひとつひとつ、それぞれに
問いを投げかけているように思いました

前回も書きましたが、このTOUR「霹靂」のゲストは震災支援活動を共にし、復興への道を共にする仲間に参加いただいております
そしてSLANGについて、TOSHI-LOWがこう話しました
3月
地震があって
津波があって
俺たちが茨城とか、福島とか
支援物資を集めて持って行ってる頃
同じ頃
札幌でも支援物資を集めて、
三陸のディープでコアな、被災地の方に
飛び乗って行った
札幌の男達がいて
今日、SLANG呼んで
本当に良かったなと思っていて
あんな、2メートル半位ある
入れ墨だらけの大男達が
避難所とか行ったら
逆に怖がられて
物品とか渡されんじゃないかと思ったんだけど
すごい有り難がたがられてたみたいで
途中で送られてくる
子供たちの笑ってる笑顔とか
お婆ちゃんとか、お爺ちゃんとかに
肌着をあげている姿とかを見て
3月はずっと
そういうの
涙目で見てて
東北、岩手にこの間ライヴに行ったら
小学校のちいさい子たちが
SLANGって書いた
Tシャツを着て
一番前で暴れていて
ライヴが終わったら
低学年位の男の子が
「俺も
SLANG KOさんみたいな
入れ墨を入れたい」
って言ってた
それは、ちょっと違うんじゃないかって
ガラが悪くなるんじゃないかなと思って
あんな
3メートル80もある
ガラの悪い男が
控え室で
来年春まで
どうやって支援物資を
どうやって助けていくかっていう
話をしていて
本当に人は、見かけによらねえなって
良い面してても、買い占めした人とか
無関心な人達がいっぱいいる中で
悪人面なのに
ああやって、やってくれる人がいて
まぁ、キャラ設定が少しこう、難しいですけれども
ヒーローなのか、悪役なのかっちゅう
ああいう人達が
増えたら
復興は
一日
また一日って
早くなんじゃねえかなと思っています
NBC作戦
自立支援プロジェクト
東北にライヴハウスを作るっていう
俺たちの仲間の
色々な人達が
色んな人達の助けを
今、待ってて
まぁ皆、悪人面ですけど
もうちょっと信用してもらえたら
嬉しいなって思ってます
---そして続けて---
何ができんのかは
よく分かんないけど
それを
一人一人考える事
何ができる
何ができたじゃなくて
人の悲しみに
ちょっとだけ
寄り添う事
それが出来る時まで
一生懸命
と
難しいかもしれません
人の悲しみに寄り添うことって
でも、自分にその状況を置き換えて考えたら
悲しみがスッと心に入ってきて
ほんの少しでも
分かち合い
力になるように思います
SLANG KOさんの活動は
『NBC作戦』『自立支援プロジェクト』
でご覧いただけます。
参加しやすい支援活動ですので、是非ご覧ください!!
では
TOUR「霹靂」3本目
あ、すいません
ここからはアタス、ツアーに同行しておりませんので・・・
ずっとこのブログを読んでる方はアレかとお思いでしょうが
伝え聞いたこと、想像と妄想を交えて執筆いたします(キッパリ)/
では3本目
宮城県 Zepp Sendai

この日もたくさんの皆様にお越しいただきまして、ありがとうごうざいます!!

4月に訪れた仙台のライブでは、まだまだガラスにヒビが入っていたり、立ち入りを規制されたビルも多く
そして、大きな余震が相次ぐ中でした
この時のライブには、汗なのか涙なのかわからない多くの顔が
ちいさなライブハウスに溢れていたのを覚えています
それから半年とすこし経った仙台でのライブ
今回は笑顔に溢れたライブだったと聞いておりますが、、、
まぁ、
なんたってまずはゲストが「SCAFULL KING」!
体がダンスを求めずにはいられないパーティーバンド!!
ライブは言うことないと思いますが、、、
NARIさんのラップはうまくいったのかな~?
って、思ってたら
TOSHI-LOWがMCでラップ!?
来年はBRAHMANの4人で披露するとかしないとか?
栃木のヤンキーと茨城の青年団?
正月に海で車をひっくり返す??
宇都宮の駅前の銅像は偉い人の銅像ではなく、、、、、餃子・・・?
MC・・・
お、おもしろそう!!
き、気になるー!!
この日の

ライブの

写真からは

うう~

想像できんな。。。
ただ、変わらないBRAHMANがあったこと
そして、震災の爪痕が深く残るこの地でのライブ
全力で駆け抜けた尊い瞬間であったこと
大切なものが想像もできないほど詰まったZepp Sendaiであったと
確信しています
そして
東北の地を訪れることを重ねてきて私が思うことは
東北の皆さん、仲間たちから
自分たちはいつも支えられているということ
TOSHI-LOWはこんなことを伝えました
KENZIも言ってたとおり
チャリティソングを売って
宮古と、大船渡と、石巻に
うちのPAの先輩が
ライヴハウスを作って
役に立ちてぇなって思ってんだけど
まぁそんなんで何になんだよって、とやかく言う奴もいるけど
地震があって一ヶ月経った時に
仙台とか、盛岡に来て
まだ真っ暗ん中で
ビルは傾いてるし
店はやってねぇし
ガラスは落ちてるし
そういう状態の中で
俺達、ライブしに来て
自粛だ
不謹慎だ
音楽に
何できんだ
音楽の出番はまだまだ早いんじゃないかって
ボロカス言われたんだけど
俺は
あん時来て
あん時やって
みんなの顔見れて
自分達も歌えて
後悔してねぇし
良かったと思ってる
何にもしねぇで、ぐだぐだ言ってる奴より
なんぼか良かったと思ってるし
今後、別に批判があったって
何にもしねぇ奴より
俺達は
強い気持ちと
強い教えを
東北の地から
たくさん頂いてる
ありがとう
2011年の東北の光景を
俺達は
一生忘れねぇと思うし
こうやって、活動休止してんのに
大人の事情とか、そういう理由とか
色んな物かなぐり捨ててやってきてくれたバンドとか
三陸の沿岸地で
ボランティアとか、仕事してる仲間達とか
本当に
心強く思ってる
・・・
本当、大変な中、来てくれた人達がいるのも
知っていて
・・・
そういう気持ちを持った人が
東北にはたくさんいると思うし
そういう仲間が
俺の近くにいたことを
本当に
誇りに思ってる
本当に
ありがとう
KENZIさんからこのライブでお話のあったチャリティーソングは
PUNK SKA UNITY「DECISION」のHPにその趣旨と想いが込められています
リンク先にあります通り
このチャリティーソングの取扱店や
すべてのバンドの皆さんによるご協力もお待ちしております!
そのPVはこちら!!!!
そして、PVのなかで綴られているメッセージを読んでください
「聴こえるかい?
僕たちは歌い続けるよ
未来を創るのは
君と僕らだ
少しだけ笑って忘れて
君が上を向けばいいな
僕が歌い続けることで
長い旅路になるだろう
それは
共に歩く道のり」
音楽に携わって生きているものとして
音楽という力で
人と人と
心と心が
繋がって
復興地に
新しい音楽の力が宿り
また
繋がっていく
そうして
共に歩んでくれる方が
ブログを書くたびに1%でも増えればいい
仲間たちが伝えているところで1%
100回伝えたら100%、そして200%と
それは大きな力になると信じています
このPUNK SKA UNITY「DECISION」は、その収益の全てを、BRAHMAN、OAUも担当するPA集団 SPC主催の
「東北ライブハウス大作戦」に寄付されます
皆さんの力で
宮古、大船渡、石巻にライブハウスを!
人と街と世代を繋ぐこの大作戦にも是非ご協力お願い致します!!
ということで、ここ仙台でのライブも終わり

しっかりと

経済活動!
だそうです
ああ~、歯が歯が
あの牛たんのサクッとした歯ごたえを思い出しております
お汁のような肉汁と麦飯のワルツ
思い出し牛たんでご飯でも食べようかな・・・
英気を養った一行は
次なる場所を目指し

フェリー乗り場へ

そして、いざ札幌!
と、今回のブログはここまでです
いんや~、しかし
早くブログを書かないとツアーが終わってしまう。。。
まぁ、言い訳に聞こえるかもしれませんが
ライブレポートだけの内容ではなく
これから私たちが生きることになった新しい時代のこと
次の世代の、子供たちの、未来のこと
そんなことも考えていただけたらと
お節介にも書いていますので
ゆっくりとお楽しみくださいませませ
さて次回はZepp Sapporoの模様をお届けいたします!
(ライブ写真:三吉ツカサ Showcase Prints/Twitter/Blog)
ありがとうを綴って
ご無沙汰しております。
え~、みなさん
あ、ハロウィンはいかがお過ごしでしたでしょうか?
え?アタス?
私はハロウィンのとんがり帽子を被った息子の写真を撮りたくて
被せてはカメラを構え、息子は帽子を脱ぎ
被せてはカメラを構え、息子は帽子を脱ぎ
被せてはカメラを構え、息子は帽子を脱ぎ
・・・
とっても楽しいハロウィンでした!(笑泣)
OAUマネ若松です
そんなかぼちゃ祭を過ごしていたら
あっ
というまに11月
またまた長いブログにお付き合いください!
はい、
いつも更新が遅くてスイマセン・・・
さて、まずは10月15、16日の2日間にて開催しました
「New Acoustic Camp 2011」!!
今年で開催2回目、そして今回も山梨県 道志の森キャンプ場で無事に、、、
ではなかった・・・
OAUが会場に入ったのは開催日前日の10月14日

気まぐれにのぞく晴れ間と紅葉をぬける秋の風に吹かれ
サウンドチェックに

メンバーもみんなでテントの設営!
翌日の開催にワクワクしながらのBBQ!!
すこし雨が落ちてきたけど

火を囲んで宴が始まりました!
すこし雨が強くなってきたけど
風が強くなってきたけど
なっ、、、なななっ・・・
気が付けば
大雨で前が見えません・・・
悪戯な風はテントの形を歪めんとして・・・
まぁまぁまぁまぁ
明日の天気は「曇りときどき雨」
と、夢の中へ Zzzz...
ダバダバザババサッッッ
(と、飛ぶ!危ないっ!お、落ちる!)
いや~、悪い夢を見ました
寝起きにテントの入り口を開けますと
隣のテントがずいぶん向こうに移動しておる!
土砂降りと狂風の中
黒い人影が右往左往。。。
ワークショップや飲食ブースも飛んで行ったところがある様子で
ステージエリアに駆けて行き
気象庁に連絡したり、会場の現状の確認

そして、ステージとキャンプ場内の復旧作業

お地蔵さん、助けてください!!
やがて
たっくさんの方々の
雨と泥と汗に塗れながらの懸命な尽力がかたちとなり
ここに集うみんなの安全を確保できると判断
ここ一帯を局地的に襲っていた雨雲と風も去り

大変お待たせしましたが、4時間遅れでなんとか開演することができました!
一時は本当に開催を断念するような状況でした。
スタッフのみなさんに感謝の気持ちで目頭が熱くなりました。
そして、絶対に開催したかった。
絶対に。
ここには

たっくさんの笑顔や笑い声が溢れると想ってきたから

ここでしか体験できないものや気持ちや愛情があると想ってきたから
自然の中で、テントを張って
面倒なことや不便しかない場所かもしれない
でも
「あの日」を眼前に突き付けた自然の畏怖に向き合い
自然と共に生き、たくましく生きていく術を体感し
大切な家族や仲間が隣に居ることは日常ではない、尊い一瞬の連続だということを
ここに創る時間と空間を楽しんで、そして感じてほしい
ここでの経験を糧とし、ここに沢山集まる子供たちに、未来に、繋いでほしい
そんな想いも

「New Acoustic Camp」には詰まっていましたから

そんなNew Acoustic Campの一日目は、すぐに日が落ちて
酔いどれ達の集結したステージ前には
一日目の最後を飾るバンド、、、ではなくて
キャンプファイヤーに

1000人フォークダンス!!!!
老若男女が入り乱れ
サークルモッシュ!!
カオスです!
みんな凄い笑顔です!
いい~んです!!
キャンプファイヤーの火も仄かな灯りになったころ
泣く子はいねか~
悪いことしてるヤツはいねか~
って、ナマハゲ
よりもたぶん相当心強い

見廻りの人物
見たことのある背中の・・・

「幡ヶ谷再生大学 第三分団」が巡回!!
その手には

まさに”用心棒”
大切な任務を果たさんとするべく
至って真面目に
一滴の酒も口にすることも無く

TOSHI-LOWはその責務を全うしておりました( ̄- ̄)ゞ
「相当~、呑んでますね~」
と言われながら・・・www
2日目は雨上がりの
澄んで豊潤な朝の森の空気の中

KAKUEIのモーニング・スチールパンからスタート
まだひんやりと新鮮な森の中に心地良い音が浮遊して
続いて

なぜか今年もモンゴルマン兄弟による朝のラジオ体操と
なんとも如何わしい太極拳
続いては
日本で初めて開催し
200以上ものフリスビーがいっせいに秋空を舞った

「BIG THROW」!
そして初日に続いて
KAKUEI直伝の

PATICA(パチカ)教室に
RONZI×中華そば とんちぼ(埼玉県鶴ヶ島市の名店!)による

「ろんちぼ」の出店と
メンバーはステージ以外にも大忙し!
最終日のNew Acoustic Campは、秋の水色の空の下、活況を増していきます!!
しかし、楽しい時間っていうのはあっという間で
穏やかな西日のあるなかで
最後のバンドとなりました。
OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUNDの登場です!

MARTINはこんなことを話しました
みんな、テント立てたんですか?
ちゃんと立ちました?
下ネタじゃないよ
僕らは金曜日に来て
まだその時、雨そんなに降ってなくて
テントたくさんあっちの上のほうに立てて、リハして
ちょうどリハ終わった時に、雨が降り始めて
この山、崩れちゃうんじゃないっかてくらい
雨が降って、風がブァーーって
テントが飛んじゃうんじゃないかって
でも、
まぁ、
なんとか生きてる
な、なんというオチ。。。
でも生還したって気持ちは分かります。
物凄い荒天でしたから。
そして最後には、久しぶりに良いことを
日本語で一生懸命に伝えようとするもんだから、胸が熱く・・・
こういう自然な感じで
ただお酒飲みながら
良い音楽聴きながら
自分の大切な人と来て
自分の子供を連れて来て
みんながいい顔してて
面白いことができて
という事ができるって
幸せ、という言葉よりも
いい言葉があったら教えてください
これ
凄いことです
本当に
ありがとうございます
みんながいなかったら何もできていない
本当
Thank you

ここに集ったお客様、スタッフの皆様、バンド、アーティストの皆様
本当にありがとうございました!!!!
全ての皆様に深く深く感謝の意を表します!!
(写真提供:石井亜希、JON...、八尾武志、小泉慶嗣)

お地蔵さんも、ありがとうございました。
さて、New Acoustic Campに続き、翌々日にOAUは
新宿MARZにて「PAJARO SUNRISE JAPAN TOUR 2011"TONE FLAKES vol.31"」に出演!

初めてのバンドの皆さんばかりでしたが、独特の世界観を持った心地良い音に出逢えた、素敵な夜となりました!
PAJARO SUNRISEさん、ツアーに呼んでいただいてありがとうございました!!
そして
BRAHMAN 2011 TOUR「霹靂」へ
まずはキャンプの前にその幕を開けた
ツアー初日!
10月8日、沖縄ミュージックタウン音市場!!
と、その前に、ちょっと前置きですが
このTOUR「霹靂」は、言わずもがな9月7日に発売された新譜「霹靂」のツアーです。
曲はあの日以前にありライブでも演奏されていたりしましたが、
歌詞カードに
「捧げます」
とあるように、震災以降、大切な意味も持つことになった曲たちでありツアーでもあります。
ツアーのゲストには、これまでの震災の支援活動に協力していただいたり、復興への道を共にする仲間達に参加いただいております。
ここ沖縄では「BACK DROP BOMB」、さらに「LOW IQ & THE BEAT BREAKER」に参加していただきました!
そして、TOUR「霹靂」初日は
TOSHI-LOWのこんな言葉からはじまります

何処だっていいんだ
沖縄でも東京でも
福島でも
三陸の
小さなライブハウスでも
何処だっていいんだ
フェスでもイベントでも
一番目でもトリでも
何処でもいいんだ
俺たちの死に場所
ツアー「霹靂」
初日
古くからの仲間と
暖けぇ島の
温けぇ人たちに囲まれて
感謝してます
BRAHMAN
始めます
ドクドクと脈打ち
全身のそれぞれの部位が跳ぶ様に
ステージには命そのものの肉塊が
止めない発熱を帯び続けました

(写真:三吉ツカサ Showcase Prints/Twitter/Blog)
そして沖縄という、深く悲しい過去の爪痕を経験したここで伝えた想い
(戦時の)病院の跡地とか
壕とかガマとかの跡地を見に行ったり
語り部のおばあちゃんから話を聞いたりってことを
二、三年前から始めてて
そん時は、
まぁ、そっか。悲しいこともあるなとしか思ってなかったんだけど
3月の11日に
東北があんなふうになって
この沖縄本島の10倍近い長さのところが
津波で流されて
街によっては
そっから
流された上に
燃え果てて
燃え尽きて
焼け野原になってて
360度
焼け野原の真ん中で
自衛隊が
遺体を探して歩いているのを見てた時
あー、あの語り部のおばあさんが言ってたのは
もしかしたら
こういう光景だったのかなって
66年前の光景が
本当にそうだったか分かんねぇけど
俺なりには
そうなんじゃねえぁなって
はじめて
この島の悲しみっちゅうのは
ぐっと近いところにきて
津波の中で
子供の手を
掴んでいたのに
離してしまって
後悔している
お母さん
壕から壕へ
逃げるときに
子供を抱いて
銃弾の中を走ったのに
子供だけ撃ち抜かれてしまった
沖縄のお母さん
父親も母親も
じいちゃんもばあちゃんも
姉ちゃんも妹も弟も
誰もいなくなってしまった震災孤児
66年前の戦争孤児
福島で
放射能で
自分の家にも
自分の家にも住めず
避難してるひと
66年前に
米軍の基地だと言って突然
自分の畑や村を
取られてしまったひと
いろんな事がオーバーラップして
勿論
戦争と自然災害を混同してる訳じゃねぇ
けど、混同してないからこそ
自然には
勝てねぇ
津波も地震も台風も
俺たちは防ぐことはできないけど
戦争は防ぐことができるんじゃねぇかなって
俺は思っていて
66年前の悲しみを
おばあさんに伝えてもらった
島の人たち
もっと伝えてもらいてぇんだ
俺たちが何を言えば
戦争が無くなんのか
平和な世の中になんのか
それを
俺たちは
今後
俺たちの子供に
俺たちの未来の子供に
あげるべきじゃねぇかなって
俺は思っていて
何ができるかは、まだまだ よく分かんねぇけど
悲しみに
悲しみに寄り添うってことは
まず一個
俺たちにできることじゃねぇかなって思う
66年前の沖縄の悲しみも忘れない
だから、いま
今年
東北で
東日本で起こった
悲しみを
忘れないでください
ありがとう
戦争の惨事は決して忘れてはならないこの国の歴史です
同じような光景だったかもしれない東日本大震災のあの光景は決して忘れません
そんな戦争で、原爆が落ちた広島や長崎では、情報が隠ぺいされ、気付かないうちに被曝し、今もなお苦しんでおられる方が大勢いらっしゃいます
なのに、今、、、、、
私たちはどう生きるべきか
どんな選択をするべきか
どんな時代を創るべきか
このツアーを通してあらためて、アカルイミライを考える、そういう旅にもなっています
そんなBRAHMAN 2011 TOUR「霹靂」は現在折り返しを迎えましたが、
今回のブログは長くなりましたのでここまで。
ツアーの様子は引き続き、すぐに更新していきますので、ここにもまたお越しください!
残りのツアーにお越しの皆さんは、存分に笑って考えて汗まみれで楽しんでください!!
そして、これまでにお越しいただいた皆さん、本当にありがとうございました!!
それでは次回は東京で行われたTOUR「霹靂」at ZEPP TOKYOよりお届けいたします!
え~、みなさん
あ、ハロウィンはいかがお過ごしでしたでしょうか?
え?アタス?
私はハロウィンのとんがり帽子を被った息子の写真を撮りたくて
被せてはカメラを構え、息子は帽子を脱ぎ
被せてはカメラを構え、息子は帽子を脱ぎ
被せてはカメラを構え、息子は帽子を脱ぎ
・・・
とっても楽しいハロウィンでした!(笑泣)
OAUマネ若松です
そんなかぼちゃ祭を過ごしていたら
あっ
というまに11月
またまた長いブログにお付き合いください!
はい、
いつも更新が遅くてスイマセン・・・
さて、まずは10月15、16日の2日間にて開催しました
「New Acoustic Camp 2011」!!
今年で開催2回目、そして今回も山梨県 道志の森キャンプ場で無事に、、、
ではなかった・・・
OAUが会場に入ったのは開催日前日の10月14日

気まぐれにのぞく晴れ間と紅葉をぬける秋の風に吹かれ
サウンドチェックに

メンバーもみんなでテントの設営!
翌日の開催にワクワクしながらのBBQ!!
すこし雨が落ちてきたけど

火を囲んで宴が始まりました!
すこし雨が強くなってきたけど
風が強くなってきたけど
なっ、、、なななっ・・・
気が付けば
大雨で前が見えません・・・
悪戯な風はテントの形を歪めんとして・・・
まぁまぁまぁまぁ
明日の天気は「曇りときどき雨」
と、夢の中へ Zzzz...
ダバダバザババサッッッ
(と、飛ぶ!危ないっ!お、落ちる!)
いや~、悪い夢を見ました
寝起きにテントの入り口を開けますと
隣のテントがずいぶん向こうに移動しておる!
土砂降りと狂風の中
黒い人影が右往左往。。。
ワークショップや飲食ブースも飛んで行ったところがある様子で
ステージエリアに駆けて行き
気象庁に連絡したり、会場の現状の確認

そして、ステージとキャンプ場内の復旧作業

お地蔵さん、助けてください!!
やがて
たっくさんの方々の
雨と泥と汗に塗れながらの懸命な尽力がかたちとなり
ここに集うみんなの安全を確保できると判断
ここ一帯を局地的に襲っていた雨雲と風も去り

大変お待たせしましたが、4時間遅れでなんとか開演することができました!
一時は本当に開催を断念するような状況でした。
スタッフのみなさんに感謝の気持ちで目頭が熱くなりました。
そして、絶対に開催したかった。
絶対に。
ここには

たっくさんの笑顔や笑い声が溢れると想ってきたから

ここでしか体験できないものや気持ちや愛情があると想ってきたから
自然の中で、テントを張って
面倒なことや不便しかない場所かもしれない
でも
「あの日」を眼前に突き付けた自然の畏怖に向き合い
自然と共に生き、たくましく生きていく術を体感し
大切な家族や仲間が隣に居ることは日常ではない、尊い一瞬の連続だということを
ここに創る時間と空間を楽しんで、そして感じてほしい
ここでの経験を糧とし、ここに沢山集まる子供たちに、未来に、繋いでほしい
そんな想いも

「New Acoustic Camp」には詰まっていましたから

そんなNew Acoustic Campの一日目は、すぐに日が落ちて
酔いどれ達の集結したステージ前には
一日目の最後を飾るバンド、、、ではなくて
キャンプファイヤーに

1000人フォークダンス!!!!
老若男女が入り乱れ
サークルモッシュ!!
カオスです!
みんな凄い笑顔です!
いい~んです!!
キャンプファイヤーの火も仄かな灯りになったころ
泣く子はいねか~
悪いことしてるヤツはいねか~
って、ナマハゲ
よりもたぶん相当心強い

見廻りの人物
見たことのある背中の・・・

「幡ヶ谷再生大学 第三分団」が巡回!!
その手には

まさに”用心棒”
大切な任務を果たさんとするべく
至って真面目に
一滴の酒も口にすることも無く

TOSHI-LOWはその責務を全うしておりました( ̄- ̄)ゞ
「相当~、呑んでますね~」
と言われながら・・・www
2日目は雨上がりの
澄んで豊潤な朝の森の空気の中

KAKUEIのモーニング・スチールパンからスタート
まだひんやりと新鮮な森の中に心地良い音が浮遊して
続いて

なぜか今年もモンゴルマン兄弟による朝のラジオ体操と
なんとも如何わしい太極拳
続いては
日本で初めて開催し
200以上ものフリスビーがいっせいに秋空を舞った

「BIG THROW」!
そして初日に続いて
KAKUEI直伝の

PATICA(パチカ)教室に
RONZI×中華そば とんちぼ(埼玉県鶴ヶ島市の名店!)による

「ろんちぼ」の出店と
メンバーはステージ以外にも大忙し!
最終日のNew Acoustic Campは、秋の水色の空の下、活況を増していきます!!
しかし、楽しい時間っていうのはあっという間で
穏やかな西日のあるなかで
最後のバンドとなりました。
OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUNDの登場です!

MARTINはこんなことを話しました
みんな、テント立てたんですか?
ちゃんと立ちました?
下ネタじゃないよ
僕らは金曜日に来て
まだその時、雨そんなに降ってなくて
テントたくさんあっちの上のほうに立てて、リハして
ちょうどリハ終わった時に、雨が降り始めて
この山、崩れちゃうんじゃないっかてくらい
雨が降って、風がブァーーって
テントが飛んじゃうんじゃないかって
でも、
まぁ、
なんとか生きてる
な、なんというオチ。。。
でも生還したって気持ちは分かります。
物凄い荒天でしたから。
そして最後には、久しぶりに良いことを
日本語で一生懸命に伝えようとするもんだから、胸が熱く・・・
こういう自然な感じで
ただお酒飲みながら
良い音楽聴きながら
自分の大切な人と来て
自分の子供を連れて来て
みんながいい顔してて
面白いことができて
という事ができるって
幸せ、という言葉よりも
いい言葉があったら教えてください
これ
凄いことです
本当に
ありがとうございます
みんながいなかったら何もできていない
本当
Thank you

ここに集ったお客様、スタッフの皆様、バンド、アーティストの皆様
本当にありがとうございました!!!!
全ての皆様に深く深く感謝の意を表します!!
(写真提供:石井亜希、JON...、八尾武志、小泉慶嗣)

お地蔵さんも、ありがとうございました。
さて、New Acoustic Campに続き、翌々日にOAUは
新宿MARZにて「PAJARO SUNRISE JAPAN TOUR 2011"TONE FLAKES vol.31"」に出演!

初めてのバンドの皆さんばかりでしたが、独特の世界観を持った心地良い音に出逢えた、素敵な夜となりました!
PAJARO SUNRISEさん、ツアーに呼んでいただいてありがとうございました!!
そして
BRAHMAN 2011 TOUR「霹靂」へ
まずはキャンプの前にその幕を開けた
ツアー初日!
10月8日、沖縄ミュージックタウン音市場!!
と、その前に、ちょっと前置きですが
このTOUR「霹靂」は、言わずもがな9月7日に発売された新譜「霹靂」のツアーです。
曲はあの日以前にありライブでも演奏されていたりしましたが、
歌詞カードに
「捧げます」
とあるように、震災以降、大切な意味も持つことになった曲たちでありツアーでもあります。
ツアーのゲストには、これまでの震災の支援活動に協力していただいたり、復興への道を共にする仲間達に参加いただいております。
ここ沖縄では「BACK DROP BOMB」、さらに「LOW IQ & THE BEAT BREAKER」に参加していただきました!
そして、TOUR「霹靂」初日は
TOSHI-LOWのこんな言葉からはじまります

何処だっていいんだ
沖縄でも東京でも
福島でも
三陸の
小さなライブハウスでも
何処だっていいんだ
フェスでもイベントでも
一番目でもトリでも
何処でもいいんだ
俺たちの死に場所
ツアー「霹靂」
初日
古くからの仲間と
暖けぇ島の
温けぇ人たちに囲まれて
感謝してます
BRAHMAN
始めます
ドクドクと脈打ち
全身のそれぞれの部位が跳ぶ様に
ステージには命そのものの肉塊が
止めない発熱を帯び続けました

(写真:三吉ツカサ Showcase Prints/Twitter/Blog)
そして沖縄という、深く悲しい過去の爪痕を経験したここで伝えた想い
(戦時の)病院の跡地とか
壕とかガマとかの跡地を見に行ったり
語り部のおばあちゃんから話を聞いたりってことを
二、三年前から始めてて
そん時は、
まぁ、そっか。悲しいこともあるなとしか思ってなかったんだけど
3月の11日に
東北があんなふうになって
この沖縄本島の10倍近い長さのところが
津波で流されて
街によっては
そっから
流された上に
燃え果てて
燃え尽きて
焼け野原になってて
360度
焼け野原の真ん中で
自衛隊が
遺体を探して歩いているのを見てた時
あー、あの語り部のおばあさんが言ってたのは
もしかしたら
こういう光景だったのかなって
66年前の光景が
本当にそうだったか分かんねぇけど
俺なりには
そうなんじゃねえぁなって
はじめて
この島の悲しみっちゅうのは
ぐっと近いところにきて
津波の中で
子供の手を
掴んでいたのに
離してしまって
後悔している
お母さん
壕から壕へ
逃げるときに
子供を抱いて
銃弾の中を走ったのに
子供だけ撃ち抜かれてしまった
沖縄のお母さん
父親も母親も
じいちゃんもばあちゃんも
姉ちゃんも妹も弟も
誰もいなくなってしまった震災孤児
66年前の戦争孤児
福島で
放射能で
自分の家にも
自分の家にも住めず
避難してるひと
66年前に
米軍の基地だと言って突然
自分の畑や村を
取られてしまったひと
いろんな事がオーバーラップして
勿論
戦争と自然災害を混同してる訳じゃねぇ
けど、混同してないからこそ
自然には
勝てねぇ
津波も地震も台風も
俺たちは防ぐことはできないけど
戦争は防ぐことができるんじゃねぇかなって
俺は思っていて
66年前の悲しみを
おばあさんに伝えてもらった
島の人たち
もっと伝えてもらいてぇんだ
俺たちが何を言えば
戦争が無くなんのか
平和な世の中になんのか
それを
俺たちは
今後
俺たちの子供に
俺たちの未来の子供に
あげるべきじゃねぇかなって
俺は思っていて
何ができるかは、まだまだ よく分かんねぇけど
悲しみに
悲しみに寄り添うってことは
まず一個
俺たちにできることじゃねぇかなって思う
66年前の沖縄の悲しみも忘れない
だから、いま
今年
東北で
東日本で起こった
悲しみを
忘れないでください
ありがとう
戦争の惨事は決して忘れてはならないこの国の歴史です
同じような光景だったかもしれない東日本大震災のあの光景は決して忘れません
そんな戦争で、原爆が落ちた広島や長崎では、情報が隠ぺいされ、気付かないうちに被曝し、今もなお苦しんでおられる方が大勢いらっしゃいます
なのに、今、、、、、
私たちはどう生きるべきか
どんな選択をするべきか
どんな時代を創るべきか
このツアーを通してあらためて、アカルイミライを考える、そういう旅にもなっています
そんなBRAHMAN 2011 TOUR「霹靂」は現在折り返しを迎えましたが、
今回のブログは長くなりましたのでここまで。
ツアーの様子は引き続き、すぐに更新していきますので、ここにもまたお越しください!
残りのツアーにお越しの皆さんは、存分に笑って考えて汗まみれで楽しんでください!!
そして、これまでにお越しいただいた皆さん、本当にありがとうございました!!
それでは次回は東京で行われたTOUR「霹靂」at ZEPP TOKYOよりお届けいたします!