裸のニューヨーク -17ページ目

裸のニューヨーク

ユー・ドント・ノウ・ニューヨーク・ザ・ウェイ・アイ・ドゥ...これは私のアンビバレントでパーソナルなニューヨーク・ストーリー。

サンフランシスコクロニクルという、北カリフォルニアで最大の発行部数を持つ新聞に映画「ロスト・イン・トランスレーション」でも散々ネタにされたカルチャーショックを受けた記者の日本滞在記が掲載されている。
http://sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?file=/c/a/2005/07/31/TRGSPDTERA1.DTL


「日本人は室内で靴を履かず、スリッパに履きかえる」事に驚いている。そう、日本に疎いアメリカ人は家にあがる時には靴を脱ぐという日本の「常識」を知らず、ズカズカと室内に土足で入ってくる。私のNYの友人もそうだった。慌てて日本の習慣について説明したらすぐに理解したが、今度は和洋両用のトイレの使い方がわからない、といった按配で、カルチャーショックの連続だったようだ。


この記者は土足禁止のみならず、廊下用と化粧室用のスリッパがあるのにも驚いている。入り口でスリッパに履き替え、そこから1メートルも離れていないトイレに入るとまたまた専用のスリッパに履き替える。しかもスリッパの向きまで変えるのだ、
と。


私もアメリカから帰国して知り合いの家を訪れるとトイレ専用のスリッパがあり、少なからず驚いた経験があるのでよくわかる。私は友人がトイレ用のスリッパがないと困惑するので、人が来る時だけトイレ用スリッパをちょこんとトイレの中に置いたものだった。


記者はにわかには日頃の習慣を変える事ができず、スリッパを履くことをすっかり忘れて泥のはねたハイキング・シューズでレストランやホテルのロビーを堂々と歩いてしまったそうだ。


紀伊の山中にある比較的高級なリゾートホテルで上機嫌で食堂に入ったところ、客が一斉にたじろぎ、じろりと彼の足元を見たという。彼はトイレのスリッパを履いていたのだそうだ。


まあ、他人に無関心な最近の日本人がそこまで一斉に同じ視線を送ったとも思われない。多分に脚色があるのだろうが、どこの国に行ってもカルチャーショックはある。日本のカルチャーショックに限ってネタにされるのは日本人の潔癖症(抗菌グッズにそれがよく現れている)や融通のきかない硬直性がおおまかな性格のアメリカ人には奇異で無駄な事に映るからに他ならない。

NYの友人からメールが来た。


近所で「ザ・グッドシェパード」 の撮影をしています。この間、車がたくさん駐車してあったので凄い人数のパーティーだなと思っていたら撮影だったのです。アンジェリーナ・ジョリーとマット・デーモンが出演していてディレクターがロバート・デニーロ。来年のクリスマス頃封切りだって。暫くここで撮影するらしい。まだ知っている人が少なかったけどこれからたくさん見に来るかと思うと憂うつだね。


彼はたくさん有名人に会っているけれど、特に騒いだりサインをもらおうとはしない人なんです!私と違って。私が彼だったら絶対ロケを見に行きます。


ちなみにロケ場所はロング・アイランドです。






70年代にニューヨークに住んでいた時に、グランドセントラル駅にあるオイスターバーはいつかは行ってみたいレストランだった。今のようにきれいでツーリスト・プレースを呼ばれるようになる前は、まるで食堂のようにガランとした作りで、それがまた好感が持てた。現在、本店の客の3割は日本人観光客だという。私は改装前の雰囲気が忘れられずに改装後にも行ってみたが、以前の面影はまるでなかった。

そのオイスターバーが20043月に駅ビルのアトレ品川に支店を出した。

それはいいとして、NYでストライキをやっている従業員がオープンに合わせて来日、店の前でデモをしたと聞いた。波乱含みのオープンだった訳だ。

そのオイスターバーの招致を実現させたのは米国WDIインターナショナル社長の畔田(くろだ)満さん。JR東日本の子会社「東京圏駅ビル開発」から要請され、すぐに商談に出向いた彼だったが、世界のどこにも支店を出すつもりはないと言下に断られたという。創業以来90年間アメリカ国内にさえ支店を出した事がない老舗の誇りがあるのは当然である。しかし、それから3ヶ月後、熱心にWDIの実績を説明し、ゴルフをするまでの仲になり、遂に首を縦に振ったという。

(週刊NY生活「オイスターバーを日本へ持っていった男」松本ヒロタカ氏の記事を参考にしました)

TV番組の「金スマ」の波瀾万丈というコーナーに野口美佳さんという女性が取り上げられていた。女性に人気の『ピーチ・ジョン』という輸入下着の通販業の社長で、アメリカ、アジア、ヨーロッパの可愛くて安いインポート下着通販で年商150億円を売り上げるという。


現在はNYのJFK空港に着くとストレッチ・リムジンでプラザホテルの30万円のスイートルームへチェックイン、シンディ・ローパーの衣装も手がけるベッツィ・ジョンソンの下着の買い付け、センスを磨きに訪れるソーホーの店など、彼女は今ではどこに行っても歓迎されている。


が、スタートは狭いマンションの一室で細々と男性週刊誌に男性向けに広告を出すきわどい下着の通販会社だったという。やがて心機一転、女性用下着に切り替えようとLAに下着を買いつけに行った。飛び込みで取引きをしようとしたものの、ことごとく断られた。下着店で見つけた日本になかったブラジャーを買い付けようと、タグを頼りにカナダまで行き、ようやくOKをもらったのが成功の第1歩だった。


彼女はNYに行くと必ずマディソン街にある通称「ランジェリービル」の前に立って見上げるという。ここは、上から下まで1軒1軒回ってアポなしで飛び込み営業した思い出のビル。物を売るのでなく、買い付けなのにことごとく断られたのというのは、私が思うには英語やプリゼンの仕方に難があったと思うが、それは別にして、こうして断られ続けた悔しさが7000種類もの下着を3300坪の敷地面積の倉庫にストックするほどの現在の成功につながっているのだろう。



寿司職人の知り合いがいる。


大体年に一度のペースでニューヨークを訪れる寿司好きの私がここ数年間、ニューヨークの寿司事情を話しているうちに、現在の職場であと何十年働こうと店が持てるわけではないと、不安と不満を抱えている彼の

中に海外で働きたいという気持ちが芽生えたようだ。彼をたきつけたようで心苦しい面もある。


オランダで寿司職人を募集しているのを知って、パソコンのない彼のために連絡を取ったりしたが、結局「日本での面接や説明はなし」「ビザは(スポンサーシップはありだが)自力で取る」「現地までの航空運賃は自費」「寮はない」など、条件が(彼に取っては)厳しいので成立しなかった。


その時に気になったのは彼の受身の態度だった。自分から積極的に質問したり、勉強したりという事が全くない。


実は私は昨年の暮れにNYに寿司ブームの取材で訪れている。その時に彼の事が頭にあったのでブルックリンの「ブルーリボン」で寿司職人募集について聞いてみたりもしている。911以来、ビザ発給は確かに厳しくなってはいるものの、日本で20年近く修行した職人なら働き口はいくらでもある、という事だった。


取材で知り合った業界の人たちもいるし、私の長年のNYの知り合いはロング・アイランドのいい寿司屋を紹介してもいい、とまで言ってくれているのだ。


が、私には彼を積極的に紹介できない理由がある。


どっちかと言えばお節介な私は、今まで人に強く頼まれた訳でもないのに世話を焼き、感謝されるどころか

迷惑がられた経験がある。だから、先方から頼まれたのでない限り、仲介の労は取るべきではない、という結論に達しているのだ。


彼が私のボーイフレンドならもっと積極的になる事は確かだが、彼は知り合い以上ではない。彼に関する不安もある。


英語が全く話せない上、努力も何もしていない。貯金もしていない。給料の大半は飲み代に消えている様子である

異文化の中で暮らせずホームシックですぐに帰国してしまうリスクもないとは言えない

NYに行くには現在の職場を辞めなければいけない。後戻りは出来ない。つまり彼の将来がかかっている訳で、そういう重大な責任を私は取りたくない


もし彼が


「英語、教えてください!」

「NYに連れて行ってください、そして知っている寿司屋を一緒に回ってください、お願いします!」


と言えば、私は助力するつもりはある。


彼の決断一つで彼の人生は180度転回するのだ。が、彼は今も朝から晩まで働きづめで有給もボーナスもない。狭い風呂なしの寮に住んであたら人生の一番いい時間を浪費している。


夢が手の届くところにあるというのに。







「日本のIP電話料金の安さにはびっくりするね。こちら(NY)は安いと言っても1分8セント位、それにコネクトチャージが30セントくらいかかる。


NY今日(3日)は朝から小雨模様。もうじき初夏だね。


日本の議員、アホと違うか?クール・ビズ?着るものは本人の自由でしょ!女性専用車?何を考えているのかね??本当に可笑しいと思う。


アメリカも最近は変!土地の値段だって異常だし、以前のアメリカでは考えられないことが色々ある。本当に住みにくくなっていることは確か。税金も高い。もちろん場所や広さや、プールのある無しにもよるけど僕の所は年間日本円で200万円弱。新築なら300万円はする。昔は家はそれ程高くなかったけど、今は値段は高い、税金は高い。皆大変だと思う。


まだ比較的安いのは高級レストランかな?それに地下鉄。電車は高い。僕は定期だけどそうでなければ片道$11位だと思う」


「ナタリーの朝/Me, Natalie」という1969年作の映画で、ナタリー役のパティデュークがブルックリンんからグリニッジ・ヴィレッジのウォークアップの部屋に引っ越して来る。家賃が1日3ドル50というから笑ってしまう。

画家の黒田征太郎さんは60年代後半にヘルズ・キッチンに住んでいたそうだが、家賃は週6ドルだったそうだ。私が住んでいた70年代にはさすがにそんな家賃はなかったが、それでもロウアーイーストサイドで月125ドルだったと言うといまどきのニューヨーカーは笑う。


とにかくNYは高い。高くなってしまった。何だか空しい。そら恐ろしい。当分行けないし行きたくないというのが正直なところ。





ニューヨークでアパートを探したり、中古品を売ったりするのは私が住んでいた時代は大変だった。

 

ロウアー・イーストサイドのアパートからカーネギーホール近くのジャパン・ソサエティまで行かなければいけなかった。あそこの掲示版の前で物ほしそうな顔をして掲示版に見入っていたのは私です(笑い)。

 

電気釜が欲しくてブロンクスにまで引き取りに行った事がある。もらっておいて文句を言うのも何だが、スィッチに不具合があって針金で固定したオンボロだった。

 

今はサンライズマートなどの掲示板にも張り紙はあるが、何といってもインターネットが強い。ネット上の掲示板で日本にいながらにしてニューヨークのアパートを探すことも可能になった。

 

数年前までニューヨークには『アメリカ110番』という電話情報サービスがあったそうで、これがなくなる際には日本人たちはこれからどうやって情報を得たらいいのかという声もあったという。心配には及ばなかった

訳だ。

 

現在のニューヨークに住む日本人は恵まれている。国際電話ひとつ取っても、私の時代には滅多な事ではかけられなかった。大変高価だったからだ。4年住んでいて日本に電話したことは1度あるかないかだろう。

 

今ならNYも東京23区内も電話料金はそう変わらない。パソコンを持っていない国内の友人の方がかえって電話代が高くておいそれとは電話できない。不思議な世の中になったものだ。


追記

NYに60年代から住んでいる友人からのメッセージをご紹介する。

「70年に日本に国際電話をしたらつなるまで1時間以上かかった。料金は覚えていないけど、ものすごく高かったのだけは確か。今から15年ぐらい前だって、日本にしょっちゅう電話してひと月1600ドルもした。今の

料金からすれば嘘みたいな話だね」



 

アメリカには1500紙も日刊紙がある。


横田基地の中の図書館に行ったことのある私はずらりと並んだ何とかタイムズとか何とかガゼットという名前のローカル紙の多さにびっくりした。


その一つ、LAタイムズが電子版を有料化した途端、月たったの4.95ドルというのにがくんと読者が減ったそうだ。アメリカ人とはケチではないか。確かNYデイリーニューズなどは50セント。毎日買ったら15ドルはするのに。

有料紙で儲かっているのは79ドルという高値のウォール・ストリートジャーナルのみだとCNNが伝えていたが、キャスターいわく、「読者はきっと経費で落とせるのだろう」とチクリ。

NYタイムズも有料化を検討しているという。


お願い、それだけは止めて!

昨年地下鉄マニアの少年にブルックリンの地下鉄駅で遭遇した。


地下鉄操業100周年記念のイベントの一環だとかで、1週間だけ古い地下鉄車両が走るというので地方から
親子で出てきたのだった。


プラットフォームでビデオカメラを構え、去っていく車両を録っていた。録画が終わるのを待って声をかけた。眉間にしわを寄せる癖のある、「おたく」っぽい小学校6年生か中学1年生ぐらいの年頃で、私が連れ去るとでも思ったのか、父親が少し離れた場所から心配そうに寄ってきた。


ニューヨークではこうした時に「私は怪しい者ではない」と相手を安心させる話術が必要で、この作業をいつもわずらわしいと私は思う。日本人同士なら一見して大体は相手のことがわかる。白人同士でもわかるのだろうが、外国人だとわからないという事なのだろう。


私は旅行者で、出来ればその古い地下鉄車両を見てみたいので、マンハッタン内ではどの駅で見られるか聞いたのだと説明すると安心して、息子は電車マニアで、自分はその息子の為に高いビデオを買い与え、今日も今日とておもちゃ屋に行って電車の模型やら本やらをたくさん買わされた、ほら、と言って大きな紙袋の中を見せてくれた。


甘い父親ではないか。


息子はまた線路に寄って電車を録り始めた。その間私と父親は話し続けていたのだが、電車が去ると息子は眉間にしわを寄せて父親をなじり始めた。


「もう!話をするから声が入っちゃったじゃないか!」


父親は肩をすくめていたが、私はカチンと来た。息子の趣味につきあって休日をつぶしてニューヨークまで
ついて来てくれ、おもちゃも買い与えてくれるやさしい父親に対してなんという言い草だろう。それに、話相手は私なのだから息子は暗に私もなじっているのだ。


「今から10年経ったらお父さんの声が入っている方が記憶が蘇ってかえってなつかしいかもしれないじゃない」


と言ったが彼は無言だった。


わがままに育った彼は日頃から父親にこういう言動をし、父親は注意もせず、子供を甘やかしているに違いない。こういう時には「申し訳ないけれど今からまた録画するので少しだけ喋らないでいてくれる?」と丁寧に頼むべきだろうにそういうマナーがまるでなっていない。


ブラット(甘ったれの自己中な子供)なのだ。


日本の子供には圧倒的にブラッが多いが、アメリカ人のクソがきを見たのはこの時が始めてだった。このクソがき、高価なビデオも持ち、おもちゃも潤沢に与えられ、自分の好きなことをやらせてもらっているのに神経質で笑顔一つなく、ちっとも幸せそうではなかった。


金で幸せは買えないという事だ。



デイリーニューズ誌の「Ask Colette」というコラムにこんな投稿が載っていた。


「最近アッパーウェストサイドの六本木という店でスパイシーみそスープが出てきました。インターネットで

探しましたがレシピがありません。教えてください!」


それに対する答えは...


「水またはチキンブロスカップ一杯につきテーブルスプーン一杯のみそを加えたものを加熱し(筆者註:みその香りが逃げちゃうよ!)マッシュルームスライスまたは cilantro leaf を一枚加える。そこにホットペッパーのかけらを数個入れる」


うまいの?出しも入れないで。


又は...


「バターかオイル、テーブルスプーン2分の1の中でスライスしたオニオンをいため、透明になったらみそと

水またはチキンブロスを加えて沸騰させ、さいの目に切ったじゃがいも2分の1カップを入れる。10分煮て椀の中に ciantro leaf を一枚入れて出来上がり」


変なレシピなのに自信たっぷり。案外美味しかったりして?