70年代にニューヨークに住んでいた時に、グランドセントラル駅にあるオイスターバーはいつかは行ってみたいレストランだった。今のようにきれいでツーリスト・プレースを呼ばれるようになる前は、まるで食堂のようにガランとした作りで、それがまた好感が持てた。現在、本店の客の3割は日本人観光客だという。私は改装前の雰囲気が忘れられずに改装後にも行ってみたが、以前の面影はまるでなかった。
そのオイスターバーが2004年3月に駅ビルのアトレ品川に支店を出した。
それはいいとして、NYでストライキをやっている従業員がオープンに合わせて来日、店の前でデモをしたと聞いた。波乱含みのオープンだった訳だ。
そのオイスターバーの招致を実現させたのは米国WDIインターナショナル社長の畔田(くろだ)満さん。JR東日本の子会社「東京圏駅ビル開発」から要請され、すぐに商談に出向いた彼だったが、世界のどこにも支店を出すつもりはないと言下に断られたという。創業以来90年間アメリカ国内にさえ支店を出した事がない老舗の誇りがあるのは当然である。しかし、それから3ヶ月後、熱心にWDIの実績を説明し、ゴルフをするまでの仲になり、遂に首を縦に振ったという。
(週刊NY生活「オイスターバーを日本へ持っていった男」松本ヒロタカ氏の記事を参考にしました)