~本当は怖い…鈍感くーちゃん~

「…最近さ…気がつかないうちに…部屋の中のものが変わっていることがあるんだよなぁ~。」

なかなかショッキングな内容を、明日の天気を語るかのようになんてことなく口にする
『一人かくれんぼで寝れる男』
黒崎さん。

彼は怖いとかなんとか言いつつも、みんなが心配して見に行く頃には眠っていたり、塩水を飲んでみたりと幽霊が怖がりそうなことをしている。
たまたま台本の打ち合わせに来ていた咲也君が、ちょっと心配そうに見つめ返しました。

「…んー、昔俺も知らない女がはいりこんでたことあったなぁ~、部屋がピンクにされてたり、写真が置いてあったり、あれは怖かった。」

「…それは、日頃の行いのせいだろ?」

「いやいや、俺…自慢じゃないけどその辺はうまくやってるから。」

「うまくって…おまえ、いつか本当に刺されるぞ?」

「大丈夫だって、数回刺されたけど死んだことはないから!」

爽やかな声でとんでもないことをこちらもサラッと言ってのけてしまう。
それは、まったくうまくやっていけていないだろ!!とツッコムべきなんだろうが…無駄だろうから諦めることにした。

…相談する相手を間違えた。自分の発言を後悔した黒崎さんでした。

「んで、具体的に何があったんだ?」

「いや、本当にたいしたことはなかったんだけどさぁ…作った覚えがないおかずがはいってたり、朝崩れた本がキレイに並んでたりとか…」

「…結構、たいしたことあるよな!?」

鈍感というべきなのか、図太いと言うべきなのか…黒崎さんはラッキーなことだったから別に構わない!くらいの感覚で語るのだった。

「いや、パンツが無くなるとかなら…困るけどさ…」
なにか遠い目をする二人。
「あぁ…あれは…切実に困ったさ。」

どこかで
『だから、私じゃないって言っているじゃないですか!!』
と半泣き状態になっている女の子の姿が目に浮かぶ。

「料理はうまかったし、片付ける手間も省けたし、助かったな。あ、弁当も助かった!」

「食ったのかよ!?」

見ず知らずの人が作ったかもしれない得たいも知れない料理やら弁当を美味しかったで片付けてしまうあたり…警戒心と言うものをどこかにおいてきてしまったのではないのか?と思わず心配になってしまう瞬間だった。
しかし…刺されたことを普通に話すことを考えるとどっちもどっちだった。

「ま、まぁ…健康そうだからいいけどさ、他にはなにかなかったのか?」

少し…少し考えるように黒崎さんが口元に手を当てたあとに、ポンと手を叩く。
「あー、なんか異様に胡椒と一味が減るのが早くなったな。」

「…胡椒と…一味…」

その二つを聞いた瞬間に、咲也君が黒崎さんの部屋に起こっている不可解な事柄の答えにほとんど気がついたようだった。

「隙間女でもすんでんじゃないのか?」

ちょっとイタズラな表情で咲也君が言う。

「…すき…ま、女?」

「そう…都市伝説みたいなもんでさ、こう…確実に人間が入れないような隙間に…住み着く女…」

ガタッ!!
部屋のどこかでなにかが震えたような音がした。思わず黒崎さんがあたりをうかがうようにキョロキョロとする。

「甲斐甲斐しいじゃないか、それにしても新しいなぁ~…奥さまは…」
「…隙間女?」
首を横に振る咲也君。
「…魔女?」
首を横に振る咲也君。
「…魔法少女?」
首を横に振る咲也君。
「…男の子?」
首を…最早、思い付く限りの単語を口にしているのは明らかだった。
声のトーンを落として…咲也君が告げるのだった。

「奥さまは、惨殺少女だ!!」

瞬間、バンっとクローゼットが開く音がして、肩を震わせた七海ちゃんが顔を真っ赤にしながら声をあらげる。
手には、なぜか包丁とキャベツ。

「ごはんにする?
おふろにする?
七海にする?
それとも…みゆき?」

「…みゆき」

「あはは、兄さんのバカ!!バッドエンド一直線!」

いつの日か、二人でやったホラーゲーム?にでてきたやりとりを再現する姿をなにもしらない黒崎さんはポカーンとした瞳で見つめていた。

「わ、私…魔女じゃないもん、魔法少女にはなりたぃけど…年齢とか色々無理だし…体型は男の子だけど…気持ちは乙女だし…ヤンデレだけど…惨殺少女じゃないしぃ…セーラー服も着てないし…今日は…」

…兄二人が、異常なら…妹もまともなことは言わなかった。

「…包丁…包丁はたまたまだし…」

とりあえず、誰も聞いていないことを次々と早口に述べていく。
いろんな意味で危ないから、包丁を持ったまま慌てるのはやめていただきたい。というか咲也兄さんまた刺さらなくてよかったね。というレベルだった。

「す…隙間にはいれないから…こうやってクローゼットとかベットの下にいたんだもんー!!」

…やっていることについては見事なまでに都市伝説並みでした。

「えっと…七海、なにしてたんだ?」

ここにきて、ようやく黒崎さんからまともな発言がなされた瞬間だった。

「うー…咲也兄さん~…」
キャベツを握りしめて地団駄を踏む。

「よしよし、黒崎…おまえいくらなんでも鈍すぎだって。」

「え?え?俺なにした?ってか、なんで七海ここに?」

咲也兄さんの胸に抱きついて、泣く七海ちゃん。
さりげに包丁を奪い取っているあたりさすがの咲也兄さんである。
黒崎さんに呆れた視線を向けながら、七海ちゃんの頭をよしよしと撫でる咲也君はさすが…長年お兄さんをしていただけあります。

「…黒崎さん…世話やかしてくれなぃ…ななの存在意義がぁ~…咲也兄さんは、たくさん世話やかせてくれたのに~」

よくわからない理屈を次々と…並べていく七海ちゃん。

「うっう~…気がついてもらえないから…こっそり…自分のうちの胡椒と一味…なくなる度にもらってく…嫌がらせまでしたのにー」
ちなみに、七海ちゃんはかなりの辛党であり、本気で彼女が作ったキムチ鍋には危険が伴うほどである。
食べ残した蕎麦やらラーメンを食べてあげようとすれば…たまに悲鳴があがる。
「うっう~…黒崎さん…ありがとう…食費がちょっと浮いた…。」

「あ、いや…どういたしまして。」

いったいどれだけ、胡椒と一味に金をかけているんだ!?とか何を普通にお礼に律儀に答えているのだ!?とか色々と問題はある。

「七海は、こっそり黒崎お兄ちゃんの役に立ちたかったんだよ、それが鈍感なおまえは…こんだけ堂々と世話をやいているのに気がつかなかったと。」

ちなみに、まだ高校生だった頃、咲也君のアパートにも謎のお弁当やら部屋が片付くことがあったがしっかり気がついて、頭を撫でていた。

「…このまま…ずーっと、クローゼットから見つめるのかと思ったら…切なくて死ぬかと思ったよ。」

妹も妹で…でていくタイミングというものを見失ううちに、すっかりお馴染みの不思議な出来事にされてしまったらしい。
何事もなかったかのようにクローゼットにいるのはいつか不審人物として捕まらないことを祈るばかりだった。

「ごめん!!次からは、ちゃんと気がつくから、な?」
堂々と世話をやきにくればいいということは、なぜか提案されないのだった。


~数日後。~

「最近さ…わさびがなくなるんだよなぁ…」

またもや、台本の打ち合わせに来ていた咲也君を前に黒崎さんが呟く。
ベットがガタンと揺れるのを見ながら、咲也君が呆れたように答えるのだった。

「…おまえ、鈍すぎると…ベットの下の奥さまは妹に本当にバッドエンドにされるからな…」

「…ベットの下??なんだそりゃ?」

…本当に怖いのは、鈍すぎるのか天然なのかわからないところだと、肩を落とす咲也君と、また出るタイミングを失った七海ちゃんなのでした。
とりあえず、黒崎さんの都市伝説クラッシャーはいつか寺生まれのTさんをこせるのではないかと団員たちは密かに日々期待しているのでした。
~みんなの咲也~

今年もやって来ました…本人が恐怖に怯えてしまいますが、やらないわけにはいかない大切な日
『9月17日』
は我らが涼風が誇る水無月咲也(大本の方と私たちの悪意?誠意?溢れる愛情により育てられてきた両方)の誕生日がやってきました(^-^)/
HAPPYBirthdayプレゼントケーキ
…以前の誕生日にまともに考察したことがありましたが、相変わらず頑張り屋さんで、年を重ね就職も決まり誰よりも涼風を大事にしている素敵なキラキラキラキラ頼りになるお兄様にかわりはありません(^-^ゞ
いつも、ありがとうございますしょぼんキラキラ


そんなみんな大好きドキドキ咲也君の誕生日ケーキを心からお祝いしようと奮闘した(そして例のごとく空回りした)団員たちからの誕生日祝いの物語りキラキラキラキラ

せーの!!
『HAPPYBirthday~!
咲也~(^-^)/』

団員たちの声が響いて、クラッカーから花びらが舞い散る。ニマニマと怪しい微笑みを浮かべながら後ろ手に何かを持った彼らに囲まれて苦笑いを浮かべる咲也君。

「…き、気持ちだけでおかまいしなくていいって言ったのになぁ…」

「おかまいしますよぉ~大好きな兄さんの誕生日なんですから♪」

若干…自分の誕生日の時の恨みがこもっているようないないような…そんな雰囲気をかもしだしながら七海ちゃんが微笑みました。

「今年はね、みんなで咲也君をイメージした服を作ったんだよ、だよ?」

「…あまりにもまとまらなかったので、一人一パーツ作るはめになってしまいました…」

つまり、誕生日プレゼントは彼を上から下まで団員たちがコーディネートした姿にすること。
服を作る労力を考えたら、申し訳ないのですがなぜか嫌な予感がぬぐいされない。
そんな咲也君を放置して往人さんが黒いTシャツを渡してきました。

「…まずは…俺からだな…」

一見普通のどこにでもありそうなTシャツ…しかし広げてみたら言葉を失うしかなかったのでした。真っ黒なTシャツには、白い文字で
『妹命。妹萌え。』
…それもデカデカと。

「ふっ…おまえを象徴しているだろ?」

ドヤ顔の往人さんの後ろから、みんなが拍手をしています。
完璧フリーズの咲也君をさらに突き落とす発言が…

「…ちなみに…俺とおそろいだ…」

バーン!!と翻した白衣の下には、確かに同じ黒のTシャツに『ロリ可愛いは正義!!』の文字。

「…っ……」

言葉にできないこの思いをどうしてくれようか。

「なにやら嬉しすぎて…言葉もでないみたいですので…私からも…」

「あ、藍音さんからもだよ、だよ~」

とりあえず、黒のTシャツを見なかったことにした咲也君は、手渡された二組の服を見ました。
どうやら渚さんと藍音さんな二人はセットになるようにシャツとジャケットを、大人っぽく準備してくれたみたいです。
意外と普通にかっこよかったので、上機嫌で着てみる咲也君。

「お、サイズもぴったりだ!!さすがお姉さんたちはセンスが………」

鏡を前に振り替えってフリーズした彼の瞳には

『可愛い男は俺のもの』
『光源氏より質が悪い』

キラキラと輝く2つの文章。静かに正座してジャケットを脱いで畳む姿が印象的でした。

「…俺は見境なしか…そんなに見境ないのか…俺…」
「落ち込むなよ、ほらこれ俺から…研究室で使えるだろ?」

ポンと肩を叩いて笑いながら白衣を差し出してきてくれた珱稚先生が天使に見えた瞬間でした。

「あぁ、白衣のポケットって色々入るし、汚れ気にしなくていいし便利なんだよな~~~~~ぁあ!?」

上機嫌で羽織ってみて初めて気がつく胸の辺りに小さく書かれた文字。

『ストライクゾーンは3歳~100歳まで、同時に10股こなします!!』

「爽やかな何でも屋みたいなテイストでとんでもないこと書くなー!!」

渾身の叫びをした後に脱ぐ気力すら失った咲也君の横で七海ちゃんが
「白衣似合う~」
と楽しそうにしています。
「兄貴…これ…」

恥ずかしそうにしながら、最愛の弟、信也君が帽子をかぶせてくれました。
ちょっと涙ぐみながら、帽子に触ってみると…何か違和感が…。

「…脳波猫耳…常にハイパフォーマンス…くく…」

グルグル動き回る猫耳を見ながら信也君が笑いをこらえています。
最近、涼風の中でブームな脳波で動く猫耳の黒バージョン。
喜ぶ信也君とは反対に落ち込んだようにシュンとなった猫耳を見てみんな可愛い~と口々に言っています。

「これは、俺から…あとこれなかった暁羅さんと亜水弥さんからも預かってたぜ。」

黒崎さんが、さすがは大人なだけあって高価そうな革靴を取り出してきました。暁羅さんからは、和風の傘に、亜水弥さんからは扇子です。

「これ、高くないのか!?」

あきらかに輝きの違う靴に思わず黒崎さんを二度見する咲也君。

「社会人は足元からな。良い靴はいてると、良いことあるっていうし…なによりいつも咲也にはたくさん走らせて迷惑かけてるからな。」

ちょっと汚れた自分の靴を見て、じーんとしてしまった咲也君が嬉しそうに靴に足をいれます。

「ちなみに、身長が高くなる効果付きだぜ!!」

「シークレットブーツかよ!?」

「ま、まさか…黒崎さんが久しぶりに帰ってきたときにでっかくなってたのって…」

「いや、あれは鉄棒にぶら下がったからで…」

同時にあげた本人にもまさかの疑惑も生じてしまった瞬間でした。
おかげさまで、咲也君は見事に190センチの大台に突入いたしました。

「もぅ…あけたくない…」
めげそうになる気持ちをなんとかふるいたたせて、亜水弥さんからの扇子を開くと可愛らしい絵柄に
『アスニャンにゃー
のサイン。下に小さく、二年後にプレミアつくから感謝しなさいよ♪のメッセージつき。

大きく深呼吸。

「…役が来なくてオフィスレディーデビューしたくせにー!!」

本人がいたら、ぶん殴られています。
暁羅さんからの傘は開いた瞬間に少女漫画の男性キャラが発するオーラのようなキラメキがふりかかってきました。(ご丁寧に傘にラメがついた透明な糸が大量についている。)
ちなみに、雨に濡れると更なる変化をするらしいのですが…彼がこれを使うことはなさそうでした。

「…もうなにもいらないからな!!」

マジで泣いたり、怒ったりしそうな感情で声をあらげて振り返ったら…太陽君がズボンを手に、飼い主においていかれたわんこの様な表情をしていました。

「俺も…準備してたんすけど…いらないんすか…」

「いや、そんなわけないじゃん!!あ…ありがとうございます…」

「はぅ~!!やっぱし、ラブラブだよぉ~」

最早、まわりは無視して太陽君がまともなことを信じてズボンに足を通す。
柄や色に違和感はないむしろ好みの感じだ……ただ裾が想像以上に短い。
それは…まるで夏休みの小学生かのように彼を変身させたのでした。

「咲也、これで一緒に川に行くっすよ!!」

まったくもって、悪気のないスマイルに…露となった足に居心地の悪さを感じながらも怒れないのでした。
「あ…ありがとう…太陽…蝉とりもできそうだな…はは。」

その後も真っ赤なサングラスやらうさぎさんのリュックサックやらフリルのついた靴下などが続き…すべてを身に付けさせられた咲也君は予想の遥か上をいく、できたら一生関わり合いたくない人に仕上がっていったのでした。

「兄さん、可愛い~…最後はななからですよ~」

…まだこいつがいた。

写メを撮る音などに耐えながら震える咲也君(シークレットブーツにより普段より身長高い)にジェスチャーでしゃがんで?と七海ちゃんがお願いをします。

「目…つぶって…ね?」

え…まさか…と少し邪な期待をしながら、静かに目をつぶると首になにかが回される感覚。
…たまに苦しい。

「あれ?こうだっけ…んー…自分と逆だと難し…えっと…ぐるっとして…よぃしょ!!」

最後に、何かポンと胸の辺りをおされて

「できたよ~!!」

首にされていたのは、先に就職先で着るのに準備していたスーツにピッタリのネクタイと、小さく薄く緑がかった金色に輝く…いつか誰よりも優しく一瞬を大切に生きていた懐かしい戦友晴一がデザインした
『涼風のマーク』
がついたネクタイピン。
小さいながらに、凝ったデサインで…恐らく本当は、みんなでこれを作るために頑張ってくれたのが分かるそんな暖かさが胸に溢れる。
少し…今までとは違った意味で視界が滲むなかで妹が声をかける。

「咲也兄さん、ハッピー…ハッピーバースデー!!」

「「咲也、ハッピーバースデー!!」」

ひとつのまともな答えにたどり着くまで、こんなにふざけないといけないようなやつらだけど…それが堪らなくいとおしい。
自分のためにこんなに無茶苦茶なことを考えてくれた…家族が祝ってくれる最高の日。

「さんきゅ、…こんな俺だけど…これからも…宜しくお願いします。」

頭を下げると、拍手が巻き起こる。
こっそり、涙をふいておく。自分と同じくらいの年の誕生日の時…年をとってから、すっかり涙もろくなったと呟いたことがあった暁羅を思い出して苦笑いしながら。

「さ、パーティしよ?麻婆茄子に揚げ茄子、茄子の漬け物~張り切って作ったんだよ!!」

「は!?ここにきてまでいじめか!?」

「冗談だよ~兄さんの大好きなのばっかり心を込めて作ったんだから」

「咲也、早くするっす!!ケーキ切るっすよ!!」

「ふっ…ロシアンハンバーグ…斬新だぞ?」

「お姉さんも、二日前からスープ作ったんだよ、だよ?」

「…今日くらいは…私も…優しいものを作りました」
「ほら、ほら咲也ー、早く来いよ!!」

本当に、みんなから好かれているんだよ。
『みなずき』に改名すべきじゃないかな?
みんなの大切な咲也。

「ちょ、さすがにこれら脱いだら行くからまてー!!」

ネクタイとピンだけははずさないで、微笑む彼は永遠に涼風の頼りになるお兄さん。

ハッピーバースデー咲也。

あなたの幸せとこの笑顔が続くことを、心から祈りながら。

~世界で一人の…~

「ーーさんの緊急連絡先はこちらで宜しいでしょうか?」

見知らぬ番号からかかってきた電話で、聞き慣れない…けれど知らないわけではない名前がでてきたため、私は思わず考え込んでしまいすぐに返事をすることができなかった。
確認するように、もう一度電話口に聞こえた声にかろうじて返答をする。
相手は、日本人ならほとんどの人が知っているであろう会社名を名乗った。

「ーーさんに事前研修の件で急遽お伝えしたいことがあったのですが、携帯もご自宅も通じなかったので…」

そう言えば、前に暁羅さんや黒崎さんよりも確実だからと…文句を言ったのに
『かかってくることはないから』
と笑顔で押しきられてしまったのを思い出した。

かかってくることはないからって言ったじゃん。

若干頭の中で毒づきながら、私は努めて冷静に対応をした。
確か、ここ数日彼は暁羅さんにつきっきりだった。一つのことに意識を向けると本当に一途な人だ…きっと自宅へも帰っていないのだろう。


ーーさん。

その名前を聞く度に、なんとも言えない…例えるなら自分に手を振られていると思って手を振り返そうとした瞬間に後ろの人だった事に気がついたような…やるせない?恥ずかしい?もどかしい?そんな感情がぐるぐると回った。

「…お伝えいただけるでしょうか?」

また、私は焦って手元にあったメモを復唱した。

「はい、それで間違いありません。ーーさんと働けるのを社員一同楽しみにしておりますので。」

「…ありがとうございます…失礼いたします。」

そう答えた自分の声がやけに渇いて…別人のもののように感じた。


ーーさんは…来年の春からその会社で働くそうだ。


普通、こういう時は嬉しいはずなのになんだか釈然としないのはなんでだろう?
大学院を卒業したら、こっちに帰ってくると思っていたから?
そんな会社を受けていたことを知らなかったから?
いろんなことがあったからとはいえ受かっていたことを黙っていたから?

夏が過ぎれば秋が来るように…時間の流れと共に、仕事につくことは自然なこと。
…どうして…こんなにも置いていかれたかのような…切なさに襲われるのだろう。

「…ーーさん、就職おめでとうございます。」

試しに口にしてみたけど、やっぱり居心地の悪さしか感じない。
テレビに出ている人が、結婚したと言われて驚いたけど…だから何が変わったの?と言われてもなんにも変わらないのと同じ…。

私の現実ではない。

「…咲也兄さん、就職決まっておめでとうございます。」

ずーん…そう言い換えた瞬間に、私の心が底無しの沼に沈むかのように重くなったのを感じた。
おかしいな?
大好きなお兄ちゃんが、立派な会社に就職が決まったんだよ?
誇らしいことじゃない?
おめでとうってお祝いしないと…笑顔で…。

…妹が、こんな気持ちになるはずなんかない。

「咲也兄さん、就職おめでとうございます。」

鏡を前に、大きな声で言ってみた。

「就職おめでとうございます。就職…おめでとうございます。就職…おめでとうございます。就職…おめでとう…ございます…」

言い聞かせるように何回も繰り返してみたけど…声とは反対に、私の顔はだんだん表情を失っていって…鏡の中の私が凍りついたみたいに私を見つめていた。

「―ーさん…だって…」

嫌だ。

「ずっと咲也でいたのにね…ずっと…兄さん…だったのにね」

あなたが変わってしまうのがたまらなく怖い。

「…大きく…なったね…」
ヒンヤリと冷たい感覚が、鏡につけた頬っぺたから伝わってきた。
鏡の中の私は、確かに時間の流れを感じさせる姿をしている。
変わることが怖い。
だけど一人だけ時間の流れから取り残されるのはもっと怖い。

「…本当、でかくなっちまったよなぁ。」

「…ぇ…?」

不意に聞こえた声は、同じように鏡を覗き込む兄さんのものだった。
身長こそ、昔から大きかったもののグッと大人っぽい顔つきになった…大人だから当然なのかもしれないが…。


「…ーーさん、会社の方が困ってましたよ。」

「悪ぃ、病院だったから携帯電源切っててさ。」

おどけた顔。

…嫌味のように言ったのに名前、言い直さないんだね?

「なぁ、コスプレってさ、最初は劇の仕事で、文句言ってたのにさぁー、それがいつからか自分じゃない自分になれる…しがらみのない自由な気分がして楽しくなってさ。どんどんそのキャラになるのが楽しくなって…今にいたるわけだ。」

いきなりすぎる話題に、私はよくわからないまま振り返ってしまった。

そこには…楽しげな声とは対照的にひどく真剣な目をした男性が立っていた。

「だからかな…楽しすぎて、たまに夢から帰ってきたくなくてそこから動きたくなくなりそうで…でもさ、俺がいつまでもそんな姿見せてたら…お前らだってどうしたらいいのかわからなくなっちまうだろ?」

コスプレの話ではないことに気がついても…なんて答えたらいいのかわからなかった。
私は、いつでも自信に溢れて夢を追う兄さんも大好きだったから…彼が反面に抱えていた不安が痛くてしかたがなかった。

すっと深く息を吸い込んだのがわかった。

「咲也もーーも俺だから。前みたいにーーを否定するのはやめよう!って。たくさんのあり得ないくらいの夢やら、生真面目な考えやらを持つ俺がいて、それが全部集まったのが…」

ふぁっと私の頭に手をのせて、視線をあわせるようにかがみこんだ男性が日溜まりを思わせるような表情を浮かべた。

「今、ここにいるお前のお兄ちゃん…な?」


みどり
しろ
あか
くろ
きいろ
ぴんく
おれんじ……

……すごく懐かしいものが自分のなかでまざりあうのを感じた。
全部があわさったときに出来上がるのは何色なんだろう?
美術で習うような黒とか白じゃなくて…もっと私だけの特別な…そんな色。

「…キレイな…色だといいな…」

目の前にいる人のような立ち向かう強さも勇気も覚悟もないけれど、静かでもいいから優しい暖かい色であってほしいと願ってしまう。


「兄さん、就職決まったのですね、おめでとうございます。」

今日一番の笑顔と言葉をあなたに素直にむけれたことが…私の新しい一歩になることを期待しよう。

「あぁ…あとからちゃんと説明しようって思ってたんだけど順番が…いや、ありがとう。」

少し、ばつが悪そうにはにかんだ顔。
でも、後悔だけはなさそうな晴れやかな顔。
見たことがなかったあなたのそんな姿もすごく好きだなって思えた。



変わることはすごく怖いけど、変わった私は、もしかしたらもっともっと素敵な自分に変われるかもしれない。
そう思えば…そう信じていれば、それも怖いことではないのかもしれない。


いつも泣いていた小さい私の手をひいて、笑いかけてくれた少年も、生意気をいって困らせる私を泣きそうになりながらも抱き締めてくれた青年も…

確かに目の前の男性のなかにいるのだから。

ふと気がつけば、今年ももう九月、時間はトクントクンと…確かに刻む。

「あ、もうすぐ誕生日ですね!!おめでとうございますパート2!」

「う…俺が言うのもなんだけど、頼むからなんのおかまいもしないでいいからな」

「にゅふ~大丈夫です、私がしっかりとみんなを先導して、バッチリ素敵な誕生日にしちゃいますから!!」

「俺は誕生日にななちゃんがもらえたら満足だー!」
「きゃーー…っふふ」

でも、できることなら

「「っ、あはははー」」

でも、できることなら……どんなに変わってしまってもこうやって他愛ないことで

「…本当に、おめでとうございます。」

あなたの笑顔を、これからも見ていくことができたらいいなって…ずっと。
たとえどんなに離れていたとしても、あなたがこうしてこの世界のどこかで笑っていてくれることが、なによりもかけがえのない宝物だから。


世界でたった一人の…あなたの幸せを心から祈っています。

~アイデンティティ・チェンジ~


パタパタとシャツの胸元を台本であおぎながら、汗で濡れた髪をかきあげ、咲也君が天井を見上げる。

「…あつ~…っておい!誰だよ、クーラー29℃設定にしたやつ!?」

いくら節電でも、それなら窓から風を入れたほうがましだろ?と呟きながら、ピッと設定を下げる。

「だめー!!兄さん、涼風の夏の名物こたつむりんが…死んじゃうー」

ピッと同じく汗をかきながら七海ちゃんが温度を上げる。
無言でリモコンを高く持ち上げる咲也君。必死にジャンプして取り返す七海ちゃん。

ピッ…
ピッ…
ピッ…
ピッ…

たまに荒い息づかいが聞こえてくる不毛な戦いが続くのを、動く気力を失った団員たちが見つめている。

「うぅ…動いたら目眩が…」
「お前だって暑いんじゃないか!?」

結果として設定温度は5℃ほど下げられた。

「ふぅ~生き返る!」
「ほんと、だよ、だよ?」「プールに入りたいっすよ!」

団員たちの汗がひいていくなかで、ちゃっかりと自分もクーラーの風の当たる位置に移動しながら、反対側にある季節外れなこたつにむかって七海ちゃんが切なそうに呟く。

「ごめんね…兄さんが飼っちゃダメだって…」

…雨に濡れた段ボールに犬が入っているわけではなく…真夏の部屋のすみにあるこたつから、人間の一部のみが出ている物体。

気持ち悲しそうに、こたつが震える。

「う…クーラーの風…今までありがとう…楽しかったよななちゃん…」

非常に、罪悪感を覚えさせる言葉を発したあと、こたつの中に正しくカタツムリのように手、足、頭をひっこめる…寒さ?もといクーラーが苦手な沖縄から来た春樹さんこと、通称こたつむりん。

「こたつむりっていうよりこたつ亀って感じっすね!!」

おぉー、と無邪気にナイスなネタを思い付いたと太陽君が笑う。

「…沖縄に…帰られればよろしいのに。」

無表情に凛とした渚さんの声で、こたつむりんにトドメがさされた瞬間だった。小さな声で…
寒い
と聞こえた気がした。



「団長ーめいれーい!」

沈黙を破って、いきなり涼風の空気…いや団長黒崎さんが腰に手をあてて、もう片方を天高くかかげて立ち上がった。
全員が自分の頭と黒崎さんの頭…どちらが暑さでやられたのか…早くクーラーをつけるべきだったと考えたのだった。

「今から、往人の言うことを実行すること以上!!」

嫌な予感しかしない。

どこからか、聞こえてくる往人さんの笑い声…しかし、血走った黒崎さんの目を見て団員たちは言うしかなかったのだ。

「「…了解」」

白衣をひるがえしながら、往人さんがゆったりと前に出てきた。

「咲也…七海…おまえたちは…こたつむりんを…戦闘不能にした…」

正確には、トドメをさしたのは渚さんの一言だったが…男嫌いの彼女を巻き込むことにはさすがの往人さんも命の危機を感じたらしい。

「…一言…『寒いなー』『寒いねー』…こうチェンジさせるだけでよかったのに…」

…よくある話だが、それで涼しくなったケースはあまりない。

「そこで…おまえたちには…アイデンティティを…チェンジしてもらう!!」

「はぁ!?んだよそれ?」
めんどくさそうな咲也君が相変わらずはだけた胸元を隠そうともせず、むしろ邪魔なシャツを脱ぎ捨て往人さんにつかみかかろうとする。

「ふ…まず…咲也おまえは…脱ぎキャラではなく…着せるのだ!!」

「は…だからなんで…」
「面白そー!!」
「…着てくださるのなら大賛成ですが…」

涼しくなった団員たちは、格好の暇潰しに水を得た魚のようになっていた。

「…団長命令は…」
「絶対…」

哀れな被害者二名は見つめあって、涼風のルールを呟きあった。

~~往人さんの指示中~~
「うう…この年になってスクール水着なんて…」

あまり違和感のないスクール水着を着せられた七海ちゃんとシャツを一番上までしめた咲也君。

「さぁ…脱ぐしか脳のなかった男よ!!…みなを満足させてみろ…」

誰が脱ぐしか脳のなかった男だよ…とイラつきながら、半場自棄になった咲也君が、非常に優しい微笑みを浮かべて甘い声で七海ちゃんへと語りかけた。

「ななちゃん…そんなかっこしてたらいくら夏でも風邪ひいちゃうから、ほらバンザーイして?」

「は…恥ずかしいよぉ。」
恐る恐る見上げた目には、有無を言わせぬ表情を浮かべた咲也君がいて七海ちゃんはしかたなく小さく手をあげる。
ふぁっと…大きめのシャツが着せられる。

「お、お兄ちゃん…なな…一人で着れるから…」

「そう言ってボタンかけまちがうだろ?ほら、首うーして?」

「う、う~~…」

プチ…プチ…ボタンがとめられていく。
着せ終わった咲也君がドヤ顔でふりかえると団員たちは異様に興奮していた。

「な、なんだろ…着せてるのに…エロイ!!」
「か、かぁいい!かーいいよぉー!」

「はーはは、脱ぐだけじゃない咲也さんの実力、思い知ったか!!」

満足げな兄の横で、妹はスクール水着にシャツという…非常に奇妙かつ斬新な姿で泣きそうになっていた。
「く…屈辱だよ…着せられてるのに…こんな…こんな…」

自分の番が回ってくる前に我慢の限界に達しそうなレベルのアイデンティティのチェンジっぷりだったようだ。

「ふ、まあまあ…だな…では、次!!…パンツドロボウ…七海!!」

「だーかーらー、私はパンツ盗んでない!!」

いくら訂正したとしても最早、昔から擦り付けられたイメージは消えないのだった。

「…盗むのではなく…はかせろ…」

…世界が止まった瞬間だった。

「はかせるのだ…何も…正しいことをするだけだ…」
確かに…盗んだり…脱がせるよりは、正しい使い方ではある…正しい使い方ではあるが…

「往人さん」

にっこりと向日葵みたいに七海ちゃんは微笑んだ。
手には、兄が手渡した金属バットが握られている。

「ティロ・ふぃ…」
「な、七海!!さ、さすがにこの至近距離でそれはマズイッス!!」

明日の一面の記事になりかねない事態に、太陽君が割って入る。

「太陽兄さん、そこどいて!!そいつ◯せない!!」

「はぅ!!咲也君が太陽君のパンツはかせるのがいいと思うんだよ、だよ!!」

「巻き込まれたっす!?」
「俺は…嫌がるのを脱がせたいんだよ!!」

「何を爽やかな笑顔でーこっちも変態だったっす!?」
「…はじめから…変態しかいませんよね。」

「れ、冷静っすねー!!」

…いつものごとく、加熱した涼風の団員たちは止まることを知らず、せっかく下げたクーラーの設定は、こっそりとこたつむりんがあげていたりして…数分後には全員が水を求めてゾンビのようにのたうちまわる…非常に、ホラーな光景が広がっていたのだった。

ちなみに…どうして彼がいきなりこんな団長命令なんかを発令したのか…

「これで、俺も空気じゃなくなるんだよな~」

…彼も往人さんによるアイデンティティ・チェンジを密かに…本当に密かに行われていたからだった。
しかし、実際に命令をしたのは往人さんであることに気がついていないあたり、さすがである。

結論として、残念ながら誰一人としてアイデンティティが変わることはなかったのだった。
~犯人は誰だ!?こうして事件は次へと続く編~

珍しいことに、目が疲れたためコンタクトをはずして咲也君はメガネに制服を着用していた。
ちなみに涼風の中での暗黙のルールとして「メガネの咲也を怒らせてはいけない」と言うものがある。
彼は、コンタクトを外すと目からビームを出すとか出さないとか・・・いや、それはこのさいあまり気にしなくていいのだが・・・とにかくメガネの咲也君は普段の倍くらいの力を持っている。

「騙されるところだった・・・あの瞬間、ずっと俺はあんたの存在を感じてはいた。」

一歩咲也君が前に出れば、相手は必然的に一歩下がることになる。逃げ道はどんどんなくなっていく。

「たまに視界のはしに妙な光を感じた。」

一歩前へ。

「あのときなぜかあんたは、俺に早くシャワーへ行けと促した。」

また一歩前へ。

「そして、なぜかあんたは一度俺たちの前からいなくなった。」

犯人はもう壁に背中を押しつけられてしまい、逃げ道がなくなったことに気がつき、乾いた笑いを返した。

「暁羅・・・俺と太陽のパンツをなんにつかった!?」

そうだったのだ。封筒に入っていた写真には珍しく「暁羅さん」の姿がうつっていた。
そして、なにかを受け取る姿までがキレイに印刷されていた。

「あはははは~ばれたか?」

「ばれたかじゃねぇよ・・・いい加減にしろよな、このトラブルメーカー!」

トラブルメーカーにトラブルメーカーと言われたのはちょっと悲しかった。

「・・・妹たちのためや・・・。」

「は?」

暁羅さんは、潤んだ瞳で咲也君をしっかりと見つめ、いかにこの劇団が「財政難」なのかについてを切々と語り出した。
曰わく「給料なんてだせない。」
曰わく「会場費もだせない。」
曰わく「正直食費も怪しい。」

まさに、涙なくては聞いていられないような悲惨な話だった。
しかし、メガネ咲也君は冷静だった。

「それがなんで俺らのパンツにつながるんだよ?」

もはやうそをついても意味がないと感じ取った暁羅さんは開き直ったかのように笑いながらにわかには信じられないような真相を語ったのだ。

「売ったんや・・・おまえらの熱狂的なファンの子たちに。」

涼風の中でも、咲也君と太陽君の人気には他をよせつけないものがありました。

「嘘だろ?!女が・・・男のパンツなんて買ってなんになる!?」

確かにかなり気味の悪い話である。下着泥棒はほとんどが男が行うものだ。

「・・・一緒にいたいんやろ?好きな人のものならなんでも欲しい。いじらしいやないか・・・。」

いじらしいか?
少なくとも彼女に自分のパンツを大切そうにもたれたら泣きたくなる。
しかし、最後に彼はまたもっと深い地獄を知ることとなったのだ。

「・・・まぁ、ファンが女の子だけとも限らんしな!」

とりあえずこれで赤字は何とかなった。ありがとう咲也などと笑いながらその場を後にしようとした暁羅さんに向かって、ドロップキックが入ったのは言うまでもない。

「あーきーらー・・・おまえの腎臓を売りに出してやる!」

真面目にやりかねない勢いだった咲也君をなんとかなだめるまでに、数週間もの時間がかかったのだった。

「・・・太陽には・・・言わないでやろう。」

彼は「繊細」で「健気」で「笑って許してしまう」優しい太陽君を傷つけないために、あえて真相は語らなかったそうだ。

しかしどこからもれたのかこの事件は「パンツか?金か?」と名付けられ、涼風の中でも都市伝説のように語り継がれることとなった。そして数年後・・・まさかの事態が発生し、この事件がまた表に出ることをこの時はまだ、誰も考えてすらいなかったのだった・・・。