~アイデンティティ・チェンジ~
パタパタとシャツの胸元を台本であおぎながら、汗で濡れた髪をかきあげ、咲也君が天井を見上げる。
「…あつ~…っておい!誰だよ、クーラー29℃設定にしたやつ!?」
いくら節電でも、それなら窓から風を入れたほうがましだろ?と呟きながら、ピッと設定を下げる。
「だめー!!兄さん、涼風の夏の名物こたつむりんが…死んじゃうー」
ピッと同じく汗をかきながら七海ちゃんが温度を上げる。
無言でリモコンを高く持ち上げる咲也君。必死にジャンプして取り返す七海ちゃん。
ピッ…
ピッ…
ピッ…
ピッ…
たまに荒い息づかいが聞こえてくる不毛な戦いが続くのを、動く気力を失った団員たちが見つめている。
「うぅ…動いたら目眩が…」
「お前だって暑いんじゃないか!?」
結果として設定温度は5℃ほど下げられた。
「ふぅ~生き返る!」
「ほんと、だよ、だよ?」「プールに入りたいっすよ!」
団員たちの汗がひいていくなかで、ちゃっかりと自分もクーラーの風の当たる位置に移動しながら、反対側にある季節外れなこたつにむかって七海ちゃんが切なそうに呟く。
「ごめんね…兄さんが飼っちゃダメだって…」
…雨に濡れた段ボールに犬が入っているわけではなく…真夏の部屋のすみにあるこたつから、人間の一部のみが出ている物体。
気持ち悲しそうに、こたつが震える。
「う…クーラーの風…今までありがとう…楽しかったよななちゃん…」
非常に、罪悪感を覚えさせる言葉を発したあと、こたつの中に正しくカタツムリのように手、足、頭をひっこめる…寒さ?もといクーラーが苦手な沖縄から来た春樹さんこと、通称こたつむりん。
「こたつむりっていうよりこたつ亀って感じっすね!!」
おぉー、と無邪気にナイスなネタを思い付いたと太陽君が笑う。
「…沖縄に…帰られればよろしいのに。」
無表情に凛とした渚さんの声で、こたつむりんにトドメがさされた瞬間だった。小さな声で…
寒い
と聞こえた気がした。
「団長ーめいれーい!」
沈黙を破って、いきなり涼風の空気…いや団長黒崎さんが腰に手をあてて、もう片方を天高くかかげて立ち上がった。
全員が自分の頭と黒崎さんの頭…どちらが暑さでやられたのか…早くクーラーをつけるべきだったと考えたのだった。
「今から、往人の言うことを実行すること以上!!」
嫌な予感しかしない。
どこからか、聞こえてくる往人さんの笑い声…しかし、血走った黒崎さんの目を見て団員たちは言うしかなかったのだ。
「「…了解」」
白衣をひるがえしながら、往人さんがゆったりと前に出てきた。
「咲也…七海…おまえたちは…こたつむりんを…戦闘不能にした…」
正確には、トドメをさしたのは渚さんの一言だったが…男嫌いの彼女を巻き込むことにはさすがの往人さんも命の危機を感じたらしい。
「…一言…『寒いなー』『寒いねー』…こうチェンジさせるだけでよかったのに…」
…よくある話だが、それで涼しくなったケースはあまりない。
「そこで…おまえたちには…アイデンティティを…チェンジしてもらう!!」
「はぁ!?んだよそれ?」
めんどくさそうな咲也君が相変わらずはだけた胸元を隠そうともせず、むしろ邪魔なシャツを脱ぎ捨て往人さんにつかみかかろうとする。
「ふ…まず…咲也おまえは…脱ぎキャラではなく…着せるのだ!!」
「は…だからなんで…」
「面白そー!!」
「…着てくださるのなら大賛成ですが…」
涼しくなった団員たちは、格好の暇潰しに水を得た魚のようになっていた。
「…団長命令は…」
「絶対…」
哀れな被害者二名は見つめあって、涼風のルールを呟きあった。
~~往人さんの指示中~~
「うう…この年になってスクール水着なんて…」
あまり違和感のないスクール水着を着せられた七海ちゃんとシャツを一番上までしめた咲也君。
「さぁ…脱ぐしか脳のなかった男よ!!…みなを満足させてみろ…」
誰が脱ぐしか脳のなかった男だよ…とイラつきながら、半場自棄になった咲也君が、非常に優しい微笑みを浮かべて甘い声で七海ちゃんへと語りかけた。
「ななちゃん…そんなかっこしてたらいくら夏でも風邪ひいちゃうから、ほらバンザーイして?」
「は…恥ずかしいよぉ。」
恐る恐る見上げた目には、有無を言わせぬ表情を浮かべた咲也君がいて七海ちゃんはしかたなく小さく手をあげる。
ふぁっと…大きめのシャツが着せられる。
「お、お兄ちゃん…なな…一人で着れるから…」
「そう言ってボタンかけまちがうだろ?ほら、首うーして?」
「う、う~~…」
プチ…プチ…ボタンがとめられていく。
着せ終わった咲也君がドヤ顔でふりかえると団員たちは異様に興奮していた。
「な、なんだろ…着せてるのに…エロイ!!」
「か、かぁいい!かーいいよぉー!」
「はーはは、脱ぐだけじゃない咲也さんの実力、思い知ったか!!」
満足げな兄の横で、妹はスクール水着にシャツという…非常に奇妙かつ斬新な姿で泣きそうになっていた。
「く…屈辱だよ…着せられてるのに…こんな…こんな…」
自分の番が回ってくる前に我慢の限界に達しそうなレベルのアイデンティティのチェンジっぷりだったようだ。
「ふ、まあまあ…だな…では、次!!…パンツドロボウ…七海!!」
「だーかーらー、私はパンツ盗んでない!!」
いくら訂正したとしても最早、昔から擦り付けられたイメージは消えないのだった。
「…盗むのではなく…はかせろ…」
…世界が止まった瞬間だった。
「はかせるのだ…何も…正しいことをするだけだ…」
確かに…盗んだり…脱がせるよりは、正しい使い方ではある…正しい使い方ではあるが…
「往人さん」
にっこりと向日葵みたいに七海ちゃんは微笑んだ。
手には、兄が手渡した金属バットが握られている。
「ティロ・ふぃ…」
「な、七海!!さ、さすがにこの至近距離でそれはマズイッス!!」
明日の一面の記事になりかねない事態に、太陽君が割って入る。
「太陽兄さん、そこどいて!!そいつ◯せない!!」
「はぅ!!咲也君が太陽君のパンツはかせるのがいいと思うんだよ、だよ!!」
「巻き込まれたっす!?」
「俺は…嫌がるのを脱がせたいんだよ!!」
「何を爽やかな笑顔でーこっちも変態だったっす!?」
「…はじめから…変態しかいませんよね。」
「れ、冷静っすねー!!」
…いつものごとく、加熱した涼風の団員たちは止まることを知らず、せっかく下げたクーラーの設定は、こっそりとこたつむりんがあげていたりして…数分後には全員が水を求めてゾンビのようにのたうちまわる…非常に、ホラーな光景が広がっていたのだった。
ちなみに…どうして彼がいきなりこんな団長命令なんかを発令したのか…
「これで、俺も空気じゃなくなるんだよな~」
…彼も往人さんによるアイデンティティ・チェンジを密かに…本当に密かに行われていたからだった。
しかし、実際に命令をしたのは往人さんであることに気がついていないあたり、さすがである。
結論として、残念ながら誰一人としてアイデンティティが変わることはなかったのだった。
パタパタとシャツの胸元を台本であおぎながら、汗で濡れた髪をかきあげ、咲也君が天井を見上げる。
「…あつ~…っておい!誰だよ、クーラー29℃設定にしたやつ!?」
いくら節電でも、それなら窓から風を入れたほうがましだろ?と呟きながら、ピッと設定を下げる。
「だめー!!兄さん、涼風の夏の名物こたつむりんが…死んじゃうー」
ピッと同じく汗をかきながら七海ちゃんが温度を上げる。
無言でリモコンを高く持ち上げる咲也君。必死にジャンプして取り返す七海ちゃん。
ピッ…
ピッ…
ピッ…
ピッ…
たまに荒い息づかいが聞こえてくる不毛な戦いが続くのを、動く気力を失った団員たちが見つめている。
「うぅ…動いたら目眩が…」
「お前だって暑いんじゃないか!?」
結果として設定温度は5℃ほど下げられた。
「ふぅ~生き返る!」
「ほんと、だよ、だよ?」「プールに入りたいっすよ!」
団員たちの汗がひいていくなかで、ちゃっかりと自分もクーラーの風の当たる位置に移動しながら、反対側にある季節外れなこたつにむかって七海ちゃんが切なそうに呟く。
「ごめんね…兄さんが飼っちゃダメだって…」
…雨に濡れた段ボールに犬が入っているわけではなく…真夏の部屋のすみにあるこたつから、人間の一部のみが出ている物体。
気持ち悲しそうに、こたつが震える。
「う…クーラーの風…今までありがとう…楽しかったよななちゃん…」
非常に、罪悪感を覚えさせる言葉を発したあと、こたつの中に正しくカタツムリのように手、足、頭をひっこめる…寒さ?もといクーラーが苦手な沖縄から来た春樹さんこと、通称こたつむりん。
「こたつむりっていうよりこたつ亀って感じっすね!!」
おぉー、と無邪気にナイスなネタを思い付いたと太陽君が笑う。
「…沖縄に…帰られればよろしいのに。」
無表情に凛とした渚さんの声で、こたつむりんにトドメがさされた瞬間だった。小さな声で…
寒い
と聞こえた気がした。
「団長ーめいれーい!」
沈黙を破って、いきなり涼風の空気…いや団長黒崎さんが腰に手をあてて、もう片方を天高くかかげて立ち上がった。
全員が自分の頭と黒崎さんの頭…どちらが暑さでやられたのか…早くクーラーをつけるべきだったと考えたのだった。
「今から、往人の言うことを実行すること以上!!」
嫌な予感しかしない。
どこからか、聞こえてくる往人さんの笑い声…しかし、血走った黒崎さんの目を見て団員たちは言うしかなかったのだ。
「「…了解」」
白衣をひるがえしながら、往人さんがゆったりと前に出てきた。
「咲也…七海…おまえたちは…こたつむりんを…戦闘不能にした…」
正確には、トドメをさしたのは渚さんの一言だったが…男嫌いの彼女を巻き込むことにはさすがの往人さんも命の危機を感じたらしい。
「…一言…『寒いなー』『寒いねー』…こうチェンジさせるだけでよかったのに…」
…よくある話だが、それで涼しくなったケースはあまりない。
「そこで…おまえたちには…アイデンティティを…チェンジしてもらう!!」
「はぁ!?んだよそれ?」
めんどくさそうな咲也君が相変わらずはだけた胸元を隠そうともせず、むしろ邪魔なシャツを脱ぎ捨て往人さんにつかみかかろうとする。
「ふ…まず…咲也おまえは…脱ぎキャラではなく…着せるのだ!!」
「は…だからなんで…」
「面白そー!!」
「…着てくださるのなら大賛成ですが…」
涼しくなった団員たちは、格好の暇潰しに水を得た魚のようになっていた。
「…団長命令は…」
「絶対…」
哀れな被害者二名は見つめあって、涼風のルールを呟きあった。
~~往人さんの指示中~~
「うう…この年になってスクール水着なんて…」
あまり違和感のないスクール水着を着せられた七海ちゃんとシャツを一番上までしめた咲也君。
「さぁ…脱ぐしか脳のなかった男よ!!…みなを満足させてみろ…」
誰が脱ぐしか脳のなかった男だよ…とイラつきながら、半場自棄になった咲也君が、非常に優しい微笑みを浮かべて甘い声で七海ちゃんへと語りかけた。
「ななちゃん…そんなかっこしてたらいくら夏でも風邪ひいちゃうから、ほらバンザーイして?」
「は…恥ずかしいよぉ。」
恐る恐る見上げた目には、有無を言わせぬ表情を浮かべた咲也君がいて七海ちゃんはしかたなく小さく手をあげる。
ふぁっと…大きめのシャツが着せられる。
「お、お兄ちゃん…なな…一人で着れるから…」
「そう言ってボタンかけまちがうだろ?ほら、首うーして?」
「う、う~~…」
プチ…プチ…ボタンがとめられていく。
着せ終わった咲也君がドヤ顔でふりかえると団員たちは異様に興奮していた。
「な、なんだろ…着せてるのに…エロイ!!」
「か、かぁいい!かーいいよぉー!」
「はーはは、脱ぐだけじゃない咲也さんの実力、思い知ったか!!」
満足げな兄の横で、妹はスクール水着にシャツという…非常に奇妙かつ斬新な姿で泣きそうになっていた。
「く…屈辱だよ…着せられてるのに…こんな…こんな…」
自分の番が回ってくる前に我慢の限界に達しそうなレベルのアイデンティティのチェンジっぷりだったようだ。
「ふ、まあまあ…だな…では、次!!…パンツドロボウ…七海!!」
「だーかーらー、私はパンツ盗んでない!!」
いくら訂正したとしても最早、昔から擦り付けられたイメージは消えないのだった。
「…盗むのではなく…はかせろ…」
…世界が止まった瞬間だった。
「はかせるのだ…何も…正しいことをするだけだ…」
確かに…盗んだり…脱がせるよりは、正しい使い方ではある…正しい使い方ではあるが…
「往人さん」
にっこりと向日葵みたいに七海ちゃんは微笑んだ。
手には、兄が手渡した金属バットが握られている。
「ティロ・ふぃ…」
「な、七海!!さ、さすがにこの至近距離でそれはマズイッス!!」
明日の一面の記事になりかねない事態に、太陽君が割って入る。
「太陽兄さん、そこどいて!!そいつ◯せない!!」
「はぅ!!咲也君が太陽君のパンツはかせるのがいいと思うんだよ、だよ!!」
「巻き込まれたっす!?」
「俺は…嫌がるのを脱がせたいんだよ!!」
「何を爽やかな笑顔でーこっちも変態だったっす!?」
「…はじめから…変態しかいませんよね。」
「れ、冷静っすねー!!」
…いつものごとく、加熱した涼風の団員たちは止まることを知らず、せっかく下げたクーラーの設定は、こっそりとこたつむりんがあげていたりして…数分後には全員が水を求めてゾンビのようにのたうちまわる…非常に、ホラーな光景が広がっていたのだった。
ちなみに…どうして彼がいきなりこんな団長命令なんかを発令したのか…
「これで、俺も空気じゃなくなるんだよな~」
…彼も往人さんによるアイデンティティ・チェンジを密かに…本当に密かに行われていたからだった。
しかし、実際に命令をしたのは往人さんであることに気がついていないあたり、さすがである。
結論として、残念ながら誰一人としてアイデンティティが変わることはなかったのだった。
