COCO KARAです。
夕暮れ時の住宅街。夕飯の買い物に行く途中の道で、80歳ぐらいのユダヤ人とおぼしき女性が一軒の家の前に佇んでいた。
「今何時かしら?」通りかかった私に彼女が聞いた。
「5時半です」と私。
近くで見ると小柄な彼女の顔は皺だらけで歯も数本抜けていた。
彼女は私をじっと見つめてから、やおら「こっちに来て」と彼女の家のドアを指さして手招きした。
「え?」と私。
「この家は私の家だから大丈夫」と彼女は言った。
え、大丈夫って何?この人変な人かな?と思った私。
「あ、もう行かないと」と私が言いかけて立ち去ろうとすると、それをさえぎって彼女が、
「私はこの家を売ってるの。あなた家の中を見たくない?」
「いえ、結構です」
「なら、あなたの知り合いに家を買う人はいない?」
「いません」
「いるかもしれないでしょ?ね、ほら、とにかく家の中を見ていって。ここは私の家だから大丈夫よ」
普段の私ならここでサッとその場を離れているところなのだが、なぜだか抗えない何かを彼女に感じて家の中についていった。
「こっちよ。来て。ドアを閉めて」と彼女は小刻みに震える手で私を家の中に案内した。
「ここが洗濯機と乾燥機のある部屋。こっちは小さな寝室。時々孫が泊まりに来るの。孫は私に甘えたいのよ。こっちはリビング。今は汚れてるけど売るまでにはきれいにするつもり」彼女は次々と部屋を案内していった。
このお婆さんが悪い人で、火かき棒か何かで襲い掛かって来たらどうしよう?悪い仲間でもいるんじゃないか?
初めのうちはかなりビクビクしながら彼女の後をついていったのだが、全部の部屋を見て、中庭まで見たところで、他に誰もいないことがわかったのと、彼女が本気で家を売りたいがために私を案内しているのだということもわかってきて、段々安心し始めた。
不動産屋に頼むのが一般的な方法ではあるけれど、パンデミックのこのご時世、この近辺にも売家が増えた。不動産屋だけに頼っていては家が売れるまでに半年以上も掛かるかもしれない。それでこの女性は道で人を誘い込んでは家を見せているのだと言った。
初めに私に時間を聞いたのは、単に私に話しかけるとっかかりをつかもうとしたのと、たぶん私の受け答えで家に引き入れても安全そうな人間かどうか判断したのだろう。
「私は81歳よ。ずっとここに住んできたの」と彼女は言った。
人の家を見るのは面白い。特に集合住宅でなく、一軒家の造りは、その家ごとに個性があって、外側だけからでは想像がつかないところがある。
母屋に継ぎ足して作った裏庭に面した小部屋とか、庭に作ったお手製の物置きとか、子供が生まれて家族が増えるなど、生活が変わるにつれて、家に手を加えていった様子が見て取れた。
それでもニューヨークの一軒家とあって、価格は日本円にして一億円以上もして、私には到底手が出るものではなかった。(彼女はしきりと2階と3階を人に貸しているから家賃収入があるから大丈夫よ、と言ってはいたけれど。)
それでも「知り合いに誰か家を欲しがっている人がいたら、いつでも連絡して」、と電話番号を渡されて、私は「わかったわ」と答えた。
別れ際に彼女の息子らしい中年男性が家に帰ってきたけれど、積極的な彼女とは対照的にすごく大人しい感じの人で、私のような初対面の人と話すのが苦手なようだった。
たぶん彼女なら、この近隣の売家の立て札が出ている他の家よりも早く家を売ることができるんじゃないかな。そうあって欲しい、と私は彼女のために願った。
「Thank you, Thank you, Thank you」と彼女は3回も続けてありがとうと言ってから「家に来てくれてありがとう」と私に言った。
「家を見せてくれてありがとう」と私も言って私たちは別れた。
私が立ち去るのと入れ替わりに、近所の人らしき黒人の若い男性が家の前に佇んでいる彼女のところに近づいていって「ハーイ、マイラ、これ君にあげるよ」と何かを彼女に渡していた。
「まあ、これを私に?ありがとう」と彼女は答えていた。たぶん彼女はこの辺りで人気者なんだろうな、と私は思った。
どういう事情があるのかわからないけれど、住み慣れた家を売ってどこに行くのだろう?
ちょっと風変わりだけど、私はあなたのように自分からチャンスのドアをノックする人が好き。81歳でそれをやるあなたに敬意を表します。
ではまた後程!
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