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刹那で切ない

ビジネスの世界は、時に刹那で切ない。

ほんの数カ月前まで、あんなにもてはやされていたことが、今やゴミのように扱われる。

そのことやそれに関わっていた人間に、まったく問題はない。
ただ単純に、評価者が変わっただけ。
今までYESと言っていた人がいなくなり、今度の人がNOと言っただけのこと。
切ない。

私にしてみると、それらの評価の根っこには、「過剰な期待」と「無理解による失望」によって成り立っているようにみえる。
あるものに過剰な期待を寄せた上で、理解もできていないのに勝手に失望し、放棄してしまう。
過剰な期待も一方的な失望も、態度としては似たようなものだ。

そして、過剰な期待にも一方的な失望にも加担したくないと、私自身は思っている。

基本的なプロジェクトマネジメント

私が思う「基本的なプロジェクトマネジメント」とは、
・開発チームに明確な規律・基準が浸透する
・お客様とプロジェクトゴール・目標が握れている
・チームの和をつくる・協力協調体制をつくる
ことに尽きると思っている。

テクニカルなこと、マネジメントスキルらしきことは、上記のあとに大事になってくることであって、この3つが一番大切なことだと思う。

これらを破綻させる要因になること。

・無茶で実現不可能と思われる要求をゴリ押しされる。
・手続き主義的なマネジメントスキルを乱用する。
・チームの和をつくるのに非協力的な姿勢を取る。

このようなことがプロジェクトをデスマーチ化させる。

SNSに書き込むのが辛いときもある

最近、正直「SNSに書くのが辛いな」と思うことが多い。
以前は割と気兼ねなく仕事のことも書けたし、日々のこともつらつら書けたし、プライベートも公開して「いいね!」してもらうことが面白かったり・・・だったんだけど。

ちょっと自分の中で曲がり角に来ている。

mixi疲れとか、そういう感覚に似ていると思うが、mixiのときと違うのは、FBやTwitterがビジネス空間の延長線であったりするから、かもしれない。

例えば、私がどこかに出張に行った先の写真が、誰かの心にぐさっと刺さってしまうとか。

例えば、誰かの仕事上のぼやきが私にとってはちょっぴりイタイ言葉だったりとか。

そういうことの積み重ねで、だんだんと「核心」に迫るような言葉が吐き出せなくなってくる。
SNSのライフサイクルということを感じざるを得ない。

結局、すべてのコミュニケーションツールは永遠では無く、旬があるということなのだろう。
そしてまた、個人的な心情の吐露が明文化され、さらにインターネット空間に展開されるとき、その「心情の吐露」は誰かへの言葉の矢のように力を持ってしまう、ということなのかもしれない。

ということでまたブログしてみようと思います。

ES向上と「安全保障」

「安全保障」

尊敬するN課長が、従業員満足度向上の施策として語った言葉。最初に耳にした時にはまったくピンと来なかった。

私にとって、「安全保障のある組織」とは何か。
私が「こんなことがしたい」「この方向に進みたい」と言ったときに、上司が「どんどん行け!」と言ってくれること。背中を押して応援してくれること。安心して仕事に没頭でき、その成果によって評価されること。そのことによって、私は組織に守られていると感じる。

一方、安全保障のない組織では、自分がやりたいと思ったことに組織としてコミットメントを得られず、逆に評価を落としてしまう。応援されることもない。「それは本来業務ではない」などと言われる。

また、何をもって「安全保障」とするかは人それぞれ。きっちり決められた仕事をこなすことに喜びを感じる人もいれば、未知の仕事に幸せを感じる人もいる。家庭が安定すること、プライベートな時間が確保されること、趣味に没頭する時間が得られること・・・。個々人によって安全保障を感じるポイントは異なる。

この考えに基づくと、安全保障のある組織とは「自分のことを大切に思ってくれていると信じられる」組織ということと同義になる。
「あなたはあなたのままで、十分魅力的だよ」
「君の良さを生かすことが、私達にとって最大限の効果を得られることに繋がるんだよ」

と言ってあげることが、従業員にとって安全を保障し、安心して自分自身のポテンシャルを発揮できるということなのだ。

安全保障。面白い定義だと思う。

Evernoteのこと

私がEvernoteを始めたのが2008年10月。ずいぶんEvernoteには助けてもらっています。
何と言っても、これを使うことで私の人生のストレスの1/5は軽減されたといっても過言ではありません。それはなぜか?

それはただ一点、Googleと同等のレスポンスで、しかも極めて高い濃度の情報を私に与えてくれるからということです。

Evernoteを使い始めて分かったこと。
新しい知識を得ることよりも、過去に得た情報や過去に自分がアウトプットした情報に再び出会うことが、自己形成においてどれほど効果が高いか?ということです。

新たな知識を得ようと思って、Googleの検索窓に入力する。
そのときふと、あれ?これってEvernoteに取り込んでなかったっけ?と思う。
そしてEvernoteをあたっていくと、なんだーあの時記録に残してたーといって情報を得る。

自分の記憶をググれるっていう感覚は、Evernoteに記録が溜まった時にとても実感できると思います。

組織を持ちたい

生まれて初めて「組織」を持ちたいと思った。
組織されたチームで自分の目的を達成する。その力が欲しいと思った。
恥ずかしながら、社会人人生13年目にして初めて行き着いた境地。
これまで、いかに個々の力を最大限に発揮するかを考えてきた。それは自分のことでもあり、仲間のことでもあり、全ての人がまんべんなくオールマイティーであるようにとの願いもあった。
それはある面で成功したのだろうが、人によっては到達不可能な精神的な目標に映ったのかもしれない。

人は、自分が達成できると思った目標を達成しようとする。
不可能だと思ったものは、近づくこともできない。
その事実を受け入れないといけないと思う。

組織化を真剣に捉えていなかった私にとっては、まるで1年生に戻ったような気分である。
さて、何から学んだら良いか・・・

システム開発

システム開発がしたい。本当に純粋に、根幹に手をいれるような、抜本的な開発。
もちろん、システム開発をしていないわけではないのだが、「システム開発に伴うエトセトラ」に圧倒的に時間を割かれているように思う。
このエトセトラが楽しいときもあるし、エトセトラの方が重要な局面もある。でも、いま私(たち)に必要なのは、システム開発そのものだと感じている。
どのようなビジネス活動に従事していても、この根幹の、ミクロな領域で成功しなければ、システムエンジニアの活動はすべて崩れ落ちる。
いまこそ、このプロセスをまじまじと見つめ直すときだ。

Googleリーダー無くすな馬鹿野郎

Googleリーダー。

常に利用していたわけではないが、定期的にブログ更新を確認するのに非常に重宝していた。
また、iPhoneアプリとの親和性もよかったので大変便利であった。
ブログという、個人が情報発信するメディアは、たいていは不定期更新であり、常にサイト循環してガッカリするよりもRSSフィードを受け取った方が便利なのだ。

だから、無くなると困る。
無くすな馬鹿野郎。
次の道筋を示してから辞めれこの野郎。

Google+にリソースを集中させるため、という向きの見方があるが、わしGoogle+使わんもん。FBとTwitterで十分。これにアメブロを追加すれば、十分運用できる。
そもそも、Google+を始めようとしたら、なんでいきなりAKBの人たちの発言がタイムラインに並ぶの?要らないものをいきなりタイムラインに並べられたら使う気が失せる。

Googleリーダーの仕事は、とても地味かもしれない。情報をストックするという役割は、情報をシェアしたり拡散したりするSNSの仕事より派手さに欠けるかもしれない。

でもさ、そういうところやってナンボよ、仕事って。

率直に申し上げると、Googleってまるで「ちょっと嫌なことがあるとすぐ職を替えるJobHopper」みたいな側面があって、信頼性に欠けると思う。
Google Health終了でもそう思ったけど、今回のこの件で確信した。

人間性を取り戻すビジネス

「21世紀は人間性を取り戻すビジネスが主流になる」
これは神田昌典氏がある本のある箇所で語った言葉。どの箇所で語ったのか探してみたが見つからないのだが、それはそれでよい。
たぶんこの本の中だったと思う。

お金と英語の非常識な関係(上) 神田昌典&ウィリアム・リード、スペシャル対談CD付き/フォレスト出版
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人間性を取り戻すビジネス。
人が人として尊重され、自分の思いを形にすることで喜びを得られる。

システムエンジニアとしての喜びは、自分の思いをモノづくりに結集させ、作り上げたモノが誰かのために役立つこと。そして「ありがとう」といわれること。これに尽きる。
もしシステムエンジニアが「モノづくりなんてしなくていい、リスクが高すぎる」などと言われたら、いったいどんな気持ちになればいいのか?
私は、エンジニアが自分の創意工夫を発揮し、喜ばれるような仕事をしたい。そして、そういう場を増やしたい。

もう一つ感じること。
AKB48のように、一人一人が個性的であることで魅力的な組織はとってもいいなあということ。
自分が個性を発揮することで、組織がよりよく楽しく、さらにビジネスとして成功していくモデルというのは、これもやはり人間性を発揮するビジネスのように思う。

その一方、創意工夫を行うことを求められず、むしろ手順遵守・手続き遵守が横行する組織は、人間性を発揮している組織と言えるだろうか?

一人一人が魅力的で、自分の個性を発揮することによってビジネスが活性化するモデルを、システムインテグレーションの世界で作ってみたい。それが私の変わらない思いだ。

生産性

システム開発の仕事をやっていると、プロジェクトの「生産性」を上げろ、「生産性」を見える化しろ、とよく言われる。

生産性、と言われてもいまいちピンと来ない・・・。

もちろん、だいたい何を言われているのかは分かる。

あるファンクションを開発ステップ数で表現し、そのステップ数ごとのレビュー項目数・レビュー指摘件数・テスト項目数・テスト実績・テストでの不具合検出数を細かく出す。
それらの数値を統計することにより、担当者ごとの開発効率がわかり、会社・部署単位の傾向がわかり、リスク発動への備えや予防的措置が取れる。統計で現れた数値から適切な対処を行うことによって、全体の開発効率を高め、プロジェクトを成功に導くことができる。。。とな。

こうしたアプローチに対する私の考えは・・・。なかなか言葉を選ぶのが難しい。
言葉を選ばなければとても簡単なのだが(ひとことで終わる)、きちんと真剣に考えたい。

例えば、プロジェクトリーダーが開発者を怒鳴り散らし、毎日毎日残業を強いるプロジェクト。
メンバーはみなイヤイヤやっていて、リーダーが怖いのでとにかく怒りを買わないように仕事せざるを得ないプロジェクト。

このようなプロジェクトで、プロジェクトリーダーが「生産性の数値が上がりました!プロジェクトは大成功です!!」と言ってもいいのだろうか?

私は、開発生産性を上げるキーポイントは、モチベーションマネジメントだと思う。
いかにメンバーのヤル気を養い、周りのメンバーとコラボレーションできる環境づくりを行えるか。
それに尽きると思う。

もちろん、前提として明らかに重要なことはある。
スコープが明確であること・無理のない計画であること・コストが十分に確保されていること。こうしたことは絶対に大事。
その上で、高い生産性を出すためには高いモチベーションを持って仕事をすることが、何よりも一番大事ではないかと考える。

生産性を出せ、と言っているExcelマネージャの方々。
かつてはプロジェクトの現場で働いていらっしゃったときに、こうしたことは最も大切にされていたのではないでしょうか?なぜ、現場を離れると数値化された情報をありがたがってしまうんでしょうかね。

数字が何を語り、何を語らないのか。
自分の目で確かめたほうがよいかと存じます。
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