どうも。

二年の朝妻隼です。

 

 

 時間の流れは速いもので、ついこの間までオンシーズンだったかと思えば、あっという間にダウンコートが大活躍するような季節になってしまいました。毎年冬は胃腸炎やインフルエンザなど、様々に体調を崩してしまう私にとってこの時期のヒートテックは欠かせません。上だけでなく下も着込むのがポイントです。

 

不思議なもので高強度で体を鍛えていると逆に免疫が下がり病気になりやすくなるそうです。毎年この現象に苦しめられています。

 

 

タイトルにもある通り”考漕”。今回は僕のボート論と少し近況報告をしようと思います。

 

何を当たりまえのことをと言われるかもしれませんが、「考える」ことと「漕ぐ」こと、僕のローイングにおいてこの二つは切っても切り離せないくらい密接にかかわり合っています。高校でボート部に入って初めの一年間は漕ぐという日常生活の中にはない特殊な動作に慣れることが最初の壁でした。その後二年生の夏からひたすらシングルスカルを漕ぐことになるのですが、今振り返ってみて上達するために最も効果的だったと感じることが「ひたすらに考えて漕ぐ」ことです。

どうすればもっと速くなれるか、そのためにどこを改善すればいいのか、初めは正解は何もわからないので、その日のテーマを一つ決めて大きく、大胆に(高校時代の顧問の言葉を借りるなら”ダイナミック”に)漕ぎを変えてみました。

その中で良いワンストロークがあったのなら、その一漕ぎは何が良かったか考えその動きを再現しようと努力します。そして連取の終わりにその日のテーマが良い結果に繋がったか否かを考え良ければ取り入れ、ダメなら次の日は別のテーマに切り替えるということを繰り返しました。

エルゴでも水上とほぼ同じでパワーカーブとアベレージを見て実践とフィードバックを繰り返しました。フォームは他の人にちょくちょく見てもらって指摘してもらうことも効果だと思います。

 

 

エルゴでも水上もただこなす意識でやるのではなく仮定と実践、フィードバックを繰り返す研究のようにひたすら考えながら取り組むことが上達への近道であるというのが僕の持論です。

 

 

 

持論が思いのほか長くなってしまいました。ここまで読んでくださってありがとうございます。

ここからは近況報告です。

 

 

知ってくださっている方もいるかと思いますが、私は最近、椎間板ヘルニアというほぼ怪我のような病気になってしまいました。腰痛は高校のころからたまにあったのですが、今回はレベルが違うなということで病院に行ったところ、まさかの病気でした。

簡単に説明すると、背骨の椎間板という組織がつぶれた際に近くの神経に当たり、刺激を加えることで腰から足にかけて痛みや痺れがでる病気だそうです。あとボート選手はなりやすいそうです。時間経過で飛び出した椎間板は吸収され八割ほどの患者は回復するそうなので安心しております。

 

 

ただこの病気めんどくさいところがありまして、丁寧な生活をしないと痛みが悪化するという無駄に繊細な病気です。

どういうことかというと

・体を冷やしてはならない

・夜更かしをしてはいけない

・ストレスが強いとダメ

・人によってはアルコールは控えた方がいい

・長時間座りっぱなしはダメ

 

主に筋肉の緊張や神経の膨張が関連して痛みの悪化に繋がるものなのですが、新潟の冬は寒いし、テスト期間等で夜更かしはするし、ストレスなんて生きてりゃかかるしでまぁめんどくさいです。

 

あと単純に運動ができないのですごく体を動かしたくなります。オンシーズンは飽きるほど乗ったボートも他の漕手が漕いでいる姿を見ると漕ぎたいなーと感じてしまいます。ないものねだりの様なものか、やはり乗れなくなると乗りたくなってしまうものです。

普段の生活の中でボートや部活のことを考えることが心なしか以前より増えた気がします。

健康で自由に運動できるということはありがたいことなのだと身をもって感じました。

 

 

とにもかくにも今は元気な体に戻るために治療を頑張りつつ部活のために今できることを模索していこうと思います。

皆さんも怪我と病気には気を付けてご自愛ください。

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

僧侶(師)が12月に各地で法要を行うために走りまわったことから

12月を「師が走る」→「師走」と呼ぶようになったそうです。

 

繁忙期の12月、社会人の皆様も大変忙しく、

また部員の中には怪我や不調を抱えている人も少なからずいますが、

”急がば回れ”です。落ちついて身の周りの環境整理をしてみると

意外と追い込まれていないことに気が付くものだと思います。

 

お世話になっております。

2年高橋です。

 

11月10日(月)から始まった冬トレがあっという間に一ヶ月です。

12月から始まると勘違いしていたあの頃から一ヶ月が経ちました。

 

60分UTは、7回

ウエイトは、12回

一ヶ月でUT7時間、ウエイト24時間(1モーション2時間として)をボートに費やしました。

UTだけで105㎞(15㎞換算)。

エルゴで佐渡まで行けるくらい、来月には、新潟脱出できるくらい、そのくらいUTを漕ぎました。

土曜日は、8+を出し、一日(午前練・午後練合わせて)24キロUTを漕ぎました。

こうやって数字にしてみると頑張りがよくわかりますね。

 

だいぶ体が慣れてきて、練習にもしっかりと向き合える余裕が出てくる頃です。

しかし、練習には慣れないでほしいと思います。

一回一回、自己ベスト更新を目指して新たな気持ちで臨んでください。

みんなで頑張っていきましょう。

 

 

さて、皆さんの時間はどのくらいありますか?

バイト、旅行、講義、趣味…

 

「程よい怠けは生活に風味を添える。」梶井基次郎

 

人間は、食事・睡眠以外にも興味を抱く存在です。

生きるために必要のないものに意義を見つけ、生活をより豊かにしようとする者です。

 

オンシーズンは、「大学」と「バイト」と「ボート」で埋め尽くされていたと思います。

オフシーズンは、ぜひ「程よい怠け」に時間を使ってほしいと思います。

息抜きは適度に必要です。

 

最近の私というと、

私のアパートではDVDを見ることができます。最近、2015年前後のドラマや映画のDVDを借りてきてはひたすらに見ています。2015年前後は、10才前後つまり、小学5,6~中学1,2年生くらいでしょうか。あの時見たドラマ・映画の記憶はほとんどありません。しかし、うろ覚えのタイトルをたよりに今改めて見てみると、あの時の記憶が断片的に蘇ってきます。

「あ!このシーン覚えてる」

「あれ?こんなセリフだったかな。」

「ここでフラグを回収したのか!」

など、曇っていた記憶が晴れる瞬間は楽しく、

かえって曇っていた記憶にさらに霧がかかる瞬間はこれからもずっと変わらずに靄がかったままなのだなと感じています。

 

クリスマス会に忘年会、二十歳を祝う会に同窓会。

その時々にあの時の記憶を思い返し、辿ると思うとこんなにも楽しいことはありません。

オフシーズンになって楽しみが増えています。

 

何が言いたいのかというと、

ボート以外の楽しみを見つけてほしいということです。

もしかしたらそれが、私生活と部活という両者のバランスを取りなすものになるかもしれませんし、今、熱中しているものをより熱中させるものになるかもしれません。

on/offの切り替えを大事にしていきましょう。

 

 

大学ボート人生ないしは大学時代を数年後、十数年後、数十年後に思い返したとき、沢山の楽しかった思い出で埋め尽くされているのではないかと思うのです。辛かった、苦しかった思い出も笑い話の一つになっていることでしょう。

冬トレはその思い出の一端にすぎないのかもしれません。

 

 

それでは一ヶ月後の「冬トレ奮闘記―其の2―」でお会いしましょう。

次回:『秘密』は風味を超えてスパイスとなる

 

 

・60分UTをやる際に「えたいの知れない不吉な塊」が私の心を始終圧(おさえ)つけている。

エルゴの上に一顆の檸檬をおき、「そのまま大爆発を起こして、木端微塵になって」しまえばどんなにおもしろいだろう。そして何喰(く)わぬ顔で体育館をすたすたと出ていきたい。

 

・水上タイムの基にはエルゴがゐる!

これは信じていいことである。だって水上であのタイムがでるとは信じられない。だがこの冬トレを乗り越えた先にわかる時が来る。水上タイムの基にはエルゴがゐる。これは信じたいことである。

 

2年副将 高橋

 

追記

注:エルゴが嫌いなわけではありません。

『檸檬』

『桜の樹の下には』 梶井基次郎

お久しぶりです。4年の五十川です。

現在、ボート部では1年生から4年生まで学年順にブログを書いているのですが、私がブログのラストバッターのようで、最上級生であることを実感させられます。ここまであっという間だったなという感じがします…っとこのままでは卒業ブログになってしまうので、このへんで止めておきます。

 

9月のインカレが終わってからここまでCBTとOSCEと実習前の試験が立て続けにあり、バタバタしておりましたがようやく落ち着き、最近は部活も授業もないのをいいことに旅行や帰省、趣味にとダラダラ過ごしております。先ほど言った試験も無事合格し、まさしく本日進級判定をいただき、後は来年の1月から実習が始まるのを待つのみです。
 

部活ですが、漕手としての活動はインカレをもって終了しましたが、今は学生コーチという形で部に関わっております。

他大さんでは、既にそのあたり整っているところも多いかと思いますが、ここ数年の弊部では部員の引退が早くその多くが引退してすぐ部活から離れてしまうことが多かったので、指導体制が貧弱でした。その中できた学生コーチというのは、今シーズンから始まった新たな取り組みとなります。

 

新年度ミーティングでは、議題のたびに「この件は学生コーチに…、学生コーチ、学生コー…」と業務を投げられ続け、業務の多さに愕然としましたが、学生コーチを始めて1か月半、学生コーチとしての取り組みも少しずつ軌道に乗り始めて、まだ少しずつですが指導することへのやりがいを感じております。

 

学生コーチとして1年間やらせてもらう上で手始めにどんな”軸”をもって活動していこうか私なりに考えてみました。

その結果、私がもっている大きな軸は「ボートについて知ってもらう」という単純なものです。

 

私が高校1年のときにボートを始めたのが2017年4月なのでそれから8年半ほどボートをやってきましたが、そのほとんどは指導者に恵まれませんでした。高校で入部してから先輩に教えてもらう期間はわずか1、2か月ほどでその後は自分で調べ、考え、探求していかないといけませんでした。意欲があり、自分で探求、分析ができる、または運動センスがある部員は自分でどんどんうまくなっていきますが、そういった部員ばかりとは限らず、私と同じような境遇で最後までうまく船を進められず活躍の場を得ることなく引退していく。そんな部員をたくさん見てきましたし、実際私もどちらかというと後者側で終わってしまったなと感じています。

 

その人たちを意欲がなかったのだから仕方がない、あいつはセンスがなかったで済ますのはとてももったいないですし、大学生活という貴重な時間をボートに割いてくれているのですからなるべく何かを得て、楽しんでほしいです。

「何かを得る」の中に、大学の部活での運営を学んで就活でのガクチカに使えましたという人がいますが、それは確かに大切なことですし、それ自体を否定する気はありません。でも、それだけなら他の部活に入っても一緒じゃないかなと思います。少なくとも、マネ志望で入部したのでなければ、最初はボートを漕ぎにボート部に入ったはずなのに、ボート競技自体から得るものがないというのは少し空しいような気がしてしまいます。

 

私自身ボートというものを理解しきれずでしたが、それでも大学3~4年のシーズンは多くの周りの方に恵まれ、学びの多い実りのあるシーズンでした。大会結果には結びつきませんでしたが、ボートの一端が垣間見えたような気がして、ボートを知る前とは違う成長をいくつも感じることができ、最後に少し満足な現役生活を送ることができました。

 

大したレース結果も残せていないので、レース経験豊富な方のような指導は私にはできませんが、その中でも今まで培ったものとこれから学んで得た知識を部員に還元し、少しでも怪我無く、楽しく、速く漕ぐためのボートの6割程は教えることができるかと思います。そして、その後6割から成長していく過程で部員にうまく伴走できたらなと思います。ですが、これだけでも今よりはだいぶボートというものが面白くなってくるのではないかと思います。何事も少し知って分かるようになると面白くなってくるものです。

 

最近では、Youtubeを代表とするSNSでボートについても多く情報を得ることができる便利な時代になりました。今やAIに練習動画を投げただけでアドバイスをもらうことができます。多くの情報が得られるようになったとは言ったものの、まだまだボートのことについて調べられる媒体は少ないです。それらを練習しながら調べるのは中々に大変ですし、ましてや部活だけでなく、授業、バイトと掛け持ちしている多くの部員にとってはなおさらです。ボートで強くなるために必要なことなんだから情報を調べるのは当然義務だ、と突き放すのは簡単ですが、それでうまくいっていない例がここ数年で連続で起こっている現状から考えて何かお手伝いできることがあるのではないかと思っています。

 

練習の中で疑問や心配事などあれば、一人で抱え込まずぜひ聞いてください。

 

そんなわけで今シーズン1年間よろしくお願いします。

こんにちは、ボート部4年の関です!


信濃川で練習していると、たまに水面にふわ〜っと茶色い泡が帯のように流れているのを見たことはありませんか?あの付近に行くと結構臭いですよね笑

 

私が現役のころよく目にしていて、そのたびに「洗剤由来の泡なのかな?」と思っていましたが、調べてみたところ植物プランクトンや藻類によって分泌された多糖類やタンパク質であったり、腐葉土由来のフミン酸という(ネバネバした性質を持つ)有機物と川の水が混ざり合った状態、つまり水中の粒子や気泡を安定化させる『エマルション』に類似した現象だということが分かりました!

 

エマルションという単語はおそらく初見だと思いますが私が専門としている有機化学では非常になじみのある単語で、水と油のように通常は混ざらない液体同士が、界面活性剤などの働きで均一に混ざり合った状態を指します。マヨネーズや牛乳もエマルションの代表例です。

 

生成した物質を分液漏斗で分液する際、これに何度も苦しめられてきました。合成した有機物の中には試薬として用いた水溶性の塩基や金属イオンなどの不純物が含まれていることがあり、分液することで水層にそれらの不純物を移すのですが、物質によってはそう簡単に分かれてくれず、層の境界で非常に安定した第三の層になっていることが多々ありました。これをなくすためにはまず静置させることが一つの対処法としてあげられるため、1日中放置したこともありますが全く改善せずかなりショックを受けたこともありました笑。また、酸を加えて電荷のバランスを崩すといったアプローチもあったため塩酸を加えてエマルションを破壊しようと試みましたがうまくいかず刻々と時が過ぎ・・・と、そんなある日ふと溶媒をクロロホルムという物質から酢酸エチルという物質に変えたところようやく分離が成功したんです!どうゆう理屈でエマルションが溶けたのか初めはよくわかりませんでしたが、どうやら溶媒の極性が関係していたらしくクロロホルムより極性の高い酢酸エチルがいい感じに界面に吸着した塩類などの乳化剤を溶かしてくれていたようです。

 

川に形成される泡は厳密にはエマルションではなく液-気系のコロイド分散という別の原理で成り立っていますが「第三の物質(界面活性剤)が水と混ざらないものを安定化させる」という点で界面科学という共通の土台を持っており、非常に親近感が湧いたというお話でした。

こんにちは。

3年のコックスの佐藤豪です。

 

私はボート部でコックス(艇に乗って舵をとり指揮する役割)として活動する傍ら、大学では文化人類学という学問を専攻しています。

今回は、このブログのタイトルにもあるように、この1年間、コックスとして活動する中で問い続けた「コックスはフィールドワーカーではないか」というテーマについて、私なりの視点で振り返ってみたいと思います。

 

 

文化人類学と「泥臭さ」

まず少し、私の専攻についてお話しします。

文化人類学とは、世界各国の文化調査(フィールドワークと呼ばれます)を通じて、社会の当たり前を問い直す学問です。

同じく社会の当たり前を問い直す学問に社会学がありますが、アプローチが少し異なります。

巨視的に社会全体の構造を把握する社会学に対し、文化人類学のアプローチはずっと「泥臭い」ものです。

 

文化人類学では、客観的なデータだけでは見えてこない、その土地の人々の「息づかい」や血の通った「感覚」を知るために、研究者自身が現地に飛び込みます。

単に観察するだけではありません。

彼らと同じ釜の飯を食べ、時には彼らと一緒に踊り、同じ屋根の下で眠る。

 

これは、研究者という「よそ者」の殻を破り、現地の人々と同じ目線で物事を考え、彼らの社会の仕組みや文化を内側から記述するためです。これを専門用語で参与観察と呼びます。

 

外から調べるのではなく、「キミたちのこと知りたいから仲間に入れてよ」と長い時間をかけ懐に入り込み、そのコミュニティの一員として世界を見る。

こうして得られた新たなモノの見方から、私たちの当たり前を問い直していこう、という学問です。

 

そんな人間臭いスタイル(と担当の先生の人柄)に魅力を感じ、私はこの専攻を選びました。

そして、この「参与観察」の姿勢こそが、私のコックスとしての活動の土台になったのです。

 

 

コックスが「ただの重り」にならないために

コックスは漕手と同じく艇に乗りますが、唯一、オールを持ちません。

そのため声で艇を進めなければなりません。

しかし、現実はそう簡単ではありませんでした。

 

私が乗る付きフォアは、舵手が船首に寝そべるトップコックス型。

自分の後ろで起こっていることの視覚情報はかなり限定的です。

頼りになるのは、コックス席に触れている私の背中の感覚や耳に入る音だけ。

わずかな振動や音から、揺れの原因や漕手の体の動きを想像しなければなりません。

しかし、当時の私(今もまだまだ研究中ですが)にはそのための知識も身体感覚も乏しく、漕手自身もまた、漕ぎの正解と艇の安定を求め苦戦していました。

「これでは自分が単なる重りにすぎないのではないか」そんな無力感を感じていました。

 

 

クルー内の「見えない壁」とフィールドワーク

さらに、結成したクルーは、先輩と後輩、ボート経験者と未経験者が混在しており、ここにも課題がありました。

結成当初は、どうしても先輩や経験者の発言力が大きくなります。

後輩は先輩に気をつかい、漕ぎの指摘ができない。未経験者は経験者に対して、あまりものを言えない。一方で私自身も知識不足で、対等に議論することができない。

 

この構造が、技術的課題を修正する自浄作用を妨げているのではないか?

そう感じた私は、自分自身でボートの知識を学びつつ、「クルー内で活発に意見交流ができる雰囲気を作ろう」と考えました。

そこでとったスタンスこそが、まさに伴走型のフィールドワーカー的スタンスでした。

 

 

「漕手のつらさや身体感覚を自らの体で知る」

コックスは通常、漕手と同じ強度の陸上トレーニングはしません。

しかし、時々漕手と一緒にエルゴを引いたり、サーキットトレーニングを一緒に行ったりと、実践的に「一緒に汗を流す」ことで、漕手と同じ視点に立ってコックスを務めることを試みました。

 

「この強度のとき、どんな声をかけられたら頑張れるか」「どのタイミングで苦しくなるか」。

それを頭ではなく感覚として得ることで、初めて彼らの内側からの理解が可能になります。

技術的なアドバイスがまだできない自分だからこそ、同じ視点に立ち、信頼関係という土台を作る。そうすることで、まず私と漕手の間にあった「見えない壁」を取り払おうと努めました。

 

最終的に全員がフラットに話し合える関係を作るには、まず自由闊達な意見交流ができる空気を醸成し、コミュニケーションの総量を増やさなければなりません。

そのためには、ドミノの最初の一枚目を倒すように、まずは私が率先してこの「見えない壁」を壊す必要があったのです。

 

私の動きと呼応するように、クルー全体でも、全員の努力で不断のコミュニケーションが積み重なっていきました。

その結果、少しずつ、未経験者や後輩であっても、経験者や先輩に対してしっかりと意見を言えるような土壌が出来上がっていきました。

 

 

「伴走者」になりすぎてぶつかった壁

しかし、私の伴走者的スタンスには新たな課題がありました。

信頼関係を重視し、「伴走者でありたい」という思いが強すぎるあまり、今度はリーダーとしての一線を踏み越えられない自分がいたのです。

その弱さが露呈したのが、7月の東日本選手権の予選レースでした。

予選終了後、ある一人の後輩漕手から「コックスのコールが響いてこない」という指摘を受けたのです。(忌憚のない指摘をしてくれた後輩に心から感謝しています)

 

コールが響いていない。

私は何度も何度もボイスレコーダーで録音していた自分のコールを聞き直し、要因を分析しました。そこで、ある一つの根本的な原因に行き当たりました。

それは、伴走者としてのスタンスが、自分の言葉の「芯」を奪っていたということです。

 

目を閉じ、頭の中で自分が漕手として極限状態で漕いでいる姿をイメージし、自分のコールの録音を再生してみました。

すると、驚くほど自分のコールが入ってきませんでした。

何か絶えず言わねばという焦りを紛らわす為に発せられたコール。練習で使い古した「借り物の言葉」の羅列。

大きな声は出しているが力強さがない。

コールがBGM化してしまっていたのです。

選手からすれば、練習で聞き飽きた言葉はただのBGMになります。

漕手の肉体的疲労がピークに達するレース中、そんな言葉が響くはずがない。

 

伴走型の「同じ目線で、一緒に頑張る」という意識が強すぎるあまり、レースという極限状態で本来コックスに求められる、漕手を牽引し奮い立たせるような「強さ」や「語気」、そして「勝負強さ」を無意識のうちに封印してしまっていたのです。

 

伴走しようという思考が、私のコールを「当たり障りのない、語気の強さのない」ものに変えていた。

そして今度は逆にそのコールが、リスクを恐れず勝利をもぎ取る「勝負強さ」への思考を、鈍らせていた。

 

 

「コックスは、勝負師でなければならない」

レースでは伴走者として寄り添うのではなく、「勝負師」としてここで仕掛けるという意思を持つこと。

音を立てずに忍び寄る勝機を見過ごさず、ここぞという場面で優位に立つこと。

コールの構成がどうとか、そんなことは二の次です。

 

予選のクルーミーティングを終え、余計なことは考えず、素直に勝ちに行こうと決めました。

横の艇との位置関係を見て勝負を仕掛け、シンプルに相手より先んじればいい。

 

原点に戻り、迎えた決勝B。

クルーで決めたプランと、勝ちに行くというまっすぐな心を持ち、発艇台へと時間通りに艇をつけました。

予選までは、発艇台に艇をつけ発艇号令を待っている間、「プラン通りにコールできるか」という不安がいつもありましたが、この時は不思議なほど不安がなく、まっすぐゴールだけを見ていました。

 

号令とともにレースがスタートし、5艇が横一列に並ぶ。

わずかな艇身差で自分たちの艇が優位になった中盤は、まるで中学時代の長距離走のような感覚でした。

相手が仕掛けてきたのを冷静に見極め、「先は譲らないよ」という固い意志で自分も仕掛ける。

それは、相手よりも少しでも早く先に出ようとする「野生の勘」に近いものでした。

 

漕手たちが懸命な漕ぎで作ってくれたピラミッドの土台。

その最後の頂点に、自分の駆け引きという一石を加えることで勝利を形にするイメージ。

クルーが私のコールに応えてくれ、私たちは2着でゴールしました。

 

この大会を通じ、私は一つの教訓を得ました。

それは、共感や伴走といったフィールドワーカー的視点と、統率や叱咤といったリーダー的視点のバランスの難しさです。

日常生活や練習では、相手と同じ目線に立つフィールドワーカーの姿勢が信頼を生みます。

しかし、ボート競技のレースという勝負の世界、特にコンマ一秒を争う中では、それだけでは足りません。

時には伴走者を辞め、強引にでもクルーを勝利へ導く「ケツをたたく強さ」が必要になるのです。

 

 

「陸上8割、水上2割」

先月の新人戦を終え、とあるインカレ優勝校のコックスの方と戸田でお話する機会がありました。

その方のお話の中で、特に印象に残っている言葉があります。

 

「コックスは、陸での準備8割、残り水上2割。」

 

誰よりも乗艇練習を自転車で伴走し、ビデオ分析も漕手と納得がいくまで行う。そして自身もまた、コールに対して膨大な試行錯誤を繰り返すなど、絶えず信頼づくりやクルーとコックスの技術向上に努力を惜しまなかったそうです。

お話を伺う前は、「インカレで優勝するようなクルーは、コックスより漕手のフィジカルやパワーが勝因のほとんどを占めているのではないか」と思っていました。

しかし、その優勝の背景には、漕手の努力をも凌ぐような、胆力の要求される地道な積み重ねがあったのです。

その方の姿勢こそが、まさに私が目指していた「泥臭いフィールドワーク」の究極形なのかもしれません。

 

この1年で、私の中でコックスという役割の解像度は劇的に上がりました。

当初の「ただの掛け声係」という印象から、「人間理解と駆け引きが織りなす、深遠なる弁証法の実践者」へと変わったのです。

 

 

「コックスのフィールドワーク」は終わらない

昨年の3月のクルー結成からあれほど待ち望んだインカレは、あっさりと、そしてあっという間に終わってしまいました。

オールを持たない私は、艇速にどれだけ貢献できたのか?

もしかすると、初心者かつ物理的重さという「マイナス」を、「±0」に戻した、つまり下地を作った程度だったのかもしれません。

 

しかし、本当の勝負はここからです。

独りよがりな「我が道」ではなく、スポンジのように環境や他者からの学びを貪欲に吸収し続け、多くの失敗と成功を重ねながら、「あの男が乗れば勝てる」と言わしめるくらいの「勝ちコックス」となる。そのために日々鍛錬を重ねる。

その集大成が次の全日本大学選手権(インカレ)です。

 

コックスという名の、深く、終わりのない領域へのフィールドワーク。

私のコックス・エスノグラフィーは、未だ書き出しの数行に過ぎません。

 


3年 佐藤 豪

 

長いブログになってしまいました。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

2024-2025のシーズンは、対抗コックスとして私自身初めて選出され、活動しました。

様々な問題に直面する中で、同期、先輩、後輩、OBOGの方々など、大変多くの人に支えられながら、シーズンを終えることができました。

本当にありがとうございました。

2025-2026シーズンも、自分の今持てる力を最大限生かし、全身全霊でフルスイングしてまいりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

特に書くことがない4年大朏です。

自分の番でない時に記事を書きたくなって、いざ回ってきたら何を書けばいいのかわからなくなるのはよくある話で。

最近寒くなってきてやらなきゃいけないことが増えてきて、なかなか部活に顔を出せません。少しずつ部の中心部から離れていってますが、離れている所から見て今年や去年くらいからなんとなく変化してると思っているものがあります。

うちの部にはラインにて記録掲示板というものがあります。どういうものかというと、みんなの部活中、自主練、趣味の一環としてのフィットネス、増量中の食事の内容に至るまで様々な活動記録をアルバムにして載せるのです。私の入部当初はひたすらエルゴタイムなどを載せていましたが、今は部員増加に伴い努力の多様性が見られるようになった気がします。さらにリアクション機能がラインにはあり、誰がどの投稿にどんなリアクションをしているのかわかります。見てみると、同期どうしでリアクションして励ましあっていたり、特定の人達は意味不明なリアクションをして独自の応援方法を確立しています。これらがあると、記録を載せる身からしたら頑張りを認めてもらってる感じがしていいですよね。日常的に顔を出せませんが、これからもせめて掲示板ではどんな活動記録であろうと後輩たちの頑張りを認めて努力を後押しできる存在でありたいです。

お久しぶりです!4年の茂木です!


これが本当にお久しぶりとなっていまして笑。確認したところ、前の投稿が2023年10月でしたので約2年と1ヶ月ぶりの投稿。

そして、本稿が通算2回目の投稿となります笑。ブログを避け続けた結果、4年にもなってどう書けばいいかが分からないという恥ずかしすぎる事態に陥っております。というか、後輩のみんな文章上手くないですか??読み応えがある素敵なブログですよね。ハードルが上がっていて辛い...。

ブログ経験値的には1年生の子達と変わりませんので、4年だからといって過度な期待はせずに暖かい目で見て頂けますと幸いですm(_ _)m


今回は最近取り組んだ2つの挑戦について書いて行きたいなと思います!


1つ目が、新潟シティマラソンへの出場です。

私自身走ることは好きで、1度くらいマラソンの大会に出たいな〜と前々から思っておりました。そこで、10kmの部門に出場するつもりで同期に相談したところ、快諾どころかフルマラソン(42.195km)の部門に出場することに。何が怖いかって、LINEで聞いて即決定だったんですよね。通話で相談することもなく。ノリが良すぎるのも考えものですよねほんとに。

その後、ちょこちょこ練習した上で本番に臨んだのですが、42.195km流石にキツかったですね〜。35km地点までは余裕あったのですが、そこから急に疲れが来まして。足は痛いし頭痛もあるしで歩くだけでも苦痛でしたね。それでも、最後に同期全員でゴールできたことは最高の思い出ですね。あの光景は忘れないと思います。

来年以降の再挑戦は要検討ですね〜。流石に1人ではしんどい気もしていて笑。同期の皆さん、また誘った時にはいい返事期待してますね。


2つ目が単発バイトです。

恥ずかしながら、私これまでアルバイトの経験が無く、大学生のうちにやってみたいなと思って応募したのですが、これが予想以上にしんどくて...。応募したものが会場設営等の力仕事系バイトだったのですが、荷物は重たい上に何かあるとすぐ怒られ。働くことの厳しさを痛感しましたね。とはいえ、得た物も確かにありました。責任のある仕事に緊張はしたものの、働いてお金を貰うという行為には達成感がありました。また、春から社会人として働く上で、様々な仕事を実際に経験して見識を深めることは必ずプラスになると考えます。

今後も自分のペースで取り組んでいけたらな〜と思っております。


さて、私の今回のブログはこの辺りで終了です。悲しいことに就職がいよいよ目の前に迫ってきています( ´・ω・` )。「人生の夏休み」とも言われる大学生活でしかできないことにこれからも挑戦していきたいです!


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

また機会があればお話させて頂きます🙇‍♂️

3年の菊池です。

めちゃくちゃ久しぶりに投稿します。

最近ボート部にも顔を出せない日が続いてましたが、新年度ミーティングもあったことで艇庫に久しぶりに訪れました。

行くたびに「ボート部ってこんなにいっぱい部員いたんだ…(*゚Д゚*) 」って驚いてます。

自分が入部したときは先輩が2年生5人と3,4年生も毎日練習に来るのは数人程度でマネージャーもいませんでした。

今はその倍くらいいますもんね。ほんとにぎやかで大きな組織になったなと思います。

 

あと特に今の1年生は菊池のことをちゃんと部員として認知しているのか不安ですね(笑)。

ほんとに3年生になってから新歓のときにボートにちょっと乗ったくらいでぜんぜんボートに乗ってないので知られてなくても不思議じゃないなと思ってます。

 

新年度ミーティングの前にも部活に顔を出したことがあってその際1年生何人かに挨拶する機会があったんですけどかなり社交辞令みたいな挨拶になっちゃってましたね(笑)。自分はけっこう緊張しやすいっていうのもありますから今度はもうちょっとフランクに話しかけようと思いますし、みんなもそんなにかしこまらなくて大丈夫です。

 

さて就職活動もあってけっこう自分がどういう人生を歩んできたのか考える機会が増えました。

そこで、自己紹介もかねて自分がどうして大学でボート部を選んだのかちょっと呟こうかなと思います。

 

ボート部に入った理由

私は高校まで9年間野球やってました。左投げということもあってピッチャーをやっていて小中では背番号1番をつけてた時期もありました。とにかく練習時間が長くて練習もきつくてしんどかったんですけどチームの仲間の存在であったり、自分の成長実感もあって続けてこられたような気がします。前置き長くなってしまいましたがチームの仲間の存在って部活動みたいな苦楽を共にする機会でしか得られないものだと思っていて大学でも「こんな仲間作りたい!!」と思って大学でも部活やサークル探してました。

 

野球は完全燃焼したなと思って引退したこともあり大学では「経験したことのない新しいことしたい!!」と考えて

フィールドホッケー部、オリエンテーリング部、アルティメットサークルの新歓に行ってました。

ほんと聞いただけじゃ何の部活かわからないですよね(笑)。

この中でも競技が楽しいものも何個かあったんですけど最終的にボート部を選んだ決め手は「運」「部の雰囲気」でした。

 

「運」

私はもともと大学にボート部があるとは知らなかったですし、当初は興味もありませんでした。大学祭のエルゴ体験も行ってませんでした。そんな中でボート部を知ったのは5限終わりに屈強なお兄さん(笑)に午後連体験会に誘われたことがきっかけでした。実はこれが人生初の部活勧誘でこれがなかったら今ボ-ト部にいなかったと思います。体験会の後に「今度試乗会で実際にボート乗れるから来てよ!!」と言われたこともあって試乗会に参加する流れになりました。

「部の雰囲気」

試乗会行くと先輩方が優しく出迎えてくれました。ほんとに上下関係を感じさせず先輩後輩仲良くはしゃぐ雰囲気が気に入りました。また、BBQで部員で固まらず新入生の間に入って話している様子や「アルハラ、ダメ、絶対」的なコンプライアンス意識の高さ(笑)から「なんていい人たちなんだ…」と思ってました。

また、同期もなかなか個性的なメンバーで一番覚えているのが新入生なのにBBQで肉を焼いて取りしきっていて「もはや部員だろ」とツッコミを入れたくなる子がいたことです。その子は今でもちゃんと部員です。

 

最後に

もちろん試乗会で「水面を走る感覚の新鮮さ」が気に入った競技面の理由もあって入部したのですが、一番は「誰と部活に取り組むのか」が決め手でした。今のボート部も練習時などやるときは真剣にやって練習後やオフの日はみんな仲良くはしゃぐとてもメリハリのある組織で「一生ものの仲間」もできるよい環境だと思っています。

 

他にも書ききれないエピソードたくさんあるので顔を出した際には部員のみなさんもぜひ聞きにきてくれると嬉しいです。

 

3年 菊池風軌

 

新年度に切り替わりということで、これからどのように臨んでいこうか宣言しようと思います。


まずは今年度の振り返りをします。

今年度は多くの艇種に挑戦した一年でした。

ストロークで挑んだお花見レガッタ、ダブルスカル、北信越国体のクォード、東日本選手権のシングル。

ジャパンオープンレガッタで初挑戦のスウィープ種目エイト。

選抜を経て、バウで出場した新人戦ダブルスカル。


列挙すると、本当に充実したシーズンだなと思います。

どれも私にとっていい影響を受け、多くのことを考えさせられるレースでした。


今年度は女子が増え、女子について考え過ぎて自分を放っておいてしまったり、色んな人にボロクソに言われたり、一年生の成長に感動したり、同期の優しさにありがたさを感じたり、向上心を駆り立てるような練習

全て新年度に活かしていかなければもったいないと思えた日々です。


さて、本題に入ります。

これから私がしたいことは大きく3つあります。


1、自己成長

トレーニング基礎知識、ローイング基礎、有酸素能力向上、チーム作りや女子アスリート、リーダーシップや人間力についての勉強。

これらは私にとって足りないものだと考えてます。

1段階とは言わず、何段階も上へ。

頼れる漕手、部員になります。


2、学業との両立の証明

夏休みが終わり学校が始まり、予想外の課題量に練習がこなせませんでした。クルーにもたくさん迷惑をかけましたし、私自身苦しかったです。これからはこんなことは起こしたくないです。全モーション行う意志と、万が一できなかった時にどのように補填するか、ここが大切だと思っています。

また私は建築学科なのですが、忙しく両立が厳しいと言われています。なので私が実現可能であると証明して、建築学科(他の学部もだよ)の後輩や先輩に学業を理由に諦めないでほしいなと思います。


3、みんなで同じ方向を向く

冬季トレーニングがこれから始まりますが、昨年は一人ひとりで取り組んで、なかなか同期や先輩と一緒にというのを、夏ほどできなかったと思います。また、夏休みは2クルーの壁を私は感じてしまいました。

現役部員や女子が増えたからこそ、みんなで同じ方向(同じ目標と言うわけではなく)を向いて励ましあいながら練習したいです。


この3つの実現に尽力していこうと思います。まずは目の前の課題をなんとかするところからですね😅



最後に

ここまでついてきてくれた一年生、同期、ありがとう。

まだまだ私たちは変われると思ってます。

これからの一年もよろしくね。


応援してくださった、先輩方OB OG、監督、コーチの皆様。


上へ上へと努めてまいりますので、どうか私たちの背中を押していただきたいです。

特に先輩方にはお忙しいとは思いますが大会や練習に少しでも良いので顔を出していただけると嬉しいです。


2年 漕手 舟崎璃音


追記

新人戦を応援、支援してくださった皆様、ありがとうございました。

こんばんは、3年の山本です。

一昨日、緑悠会総会を無事に終えることができ、昨日の新年度ミーティングをもって、新潟大学ボート部は新体制となりました。新しくボート部暦が更新され、冬トレが今日からはじまりました。

3年目の冬トレに向かうのは僕だけになりました。同期は学生コーチや学生団体の活動や就活で忙しいそうです。振り返ってみると、私の1つ上の先輩も2つ上の先輩も3つ上の先輩も冬トレは2年目まででした。俺って意外と頑張ってるかもしれません。

 

冗談はさておき、今日は60分UTでしたが、正直しんどかったです。T君と二人で漕いだのですが、T君に励まされ続けた60分でした。膝とハムストリングスがガクガクしていました。でもなんだかんだやり切ってみればたのしかったです。この感覚を大切にしたいです。去年の冬連とか艇庫で一人で漕いでいて出し切ることが出来なかったんですけど、今日は、隣で同じメニューをやるT君がいたので出し切ることが出来たと思います。頑張ろうって思えました。やはり仲間の存在は本当にうれしいし、頑張ろうって思えるし、根性が湧きます。本当にすっきりして、すごくたのしかったです。怪我をしないように気を付けながらまた明日も頑張りたいと思います。

 

おわり