HOODのブログ -72ページ目

空腹よりも辛い

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鏡を見た。恥ずかしの我が姿。顔色に、やつれが目立つ。美白になったと喜ぶ…か。

一週間、まともに食事してないのだから仕方ない。特に足に痛みが来る。太股の肉が減ったように感じるのは錯覚ではないだろう。

仕事の納期が迫っている。どうにかしないと、本当に不味い。

ラーメンじゃダメなのか…3


近年は食事や飲みも一人で済ます。自分が老人の一人でしかない認識もあってか、他人には遠慮がちになってきた。老いを自覚してからは毎日が生き残りをかけた『戦場』なってきたからだ。
自分という老人を客観的に風景の中に置いてみると、いかに抵抗しても孤戦の感は免れず…なのだ。


能に『木賊(とくさ)』という作品があって、老いが背負う寂漠たる心象が描かれているが、古来から共有されてきたと言える。


『誰かある御盃を参らせ候らへ』

…主人公の老人が旅僧達に酒を振るまい、自ら舞いを見せようとするシーン。

ただ呼び掛けるために立ち上がる型なのたが、その背景に絶望的な老いの寂しさが存在する。しかも、それは男性特有の宿命だ。だが、この一瞬を切り取って演じきる能役者は少ない。素人が僭越な言い方であるが、型通りの能しか学んで来なかった能役者では、作品は予定調和で終わってしまうだろう。


老いの一言に問い答える人はない…その事実に耐えられる強靭な人間は少ないはずだ。この絶望から逃れ出て、安堵を得たときに穏やかに死に立ち向かえる。

能『木賊』は生き別れた子に出会って終章となるが、母子邂逅作品とは異なり、どこか作品の先に老人の死を漂わせて終わる。再開の祝福ではなく、後生を弔う予後に近い。

能『木賊』とラーメンでは全く無縁の話だ。しかし、台所にて鍋に湯を沸かし麺を茹でる。自分が自分のために生きる作業として『ラーメン』を作る。

『さぁ、出来たぞ』と喜ぶ瞬間、部屋には自分しかいないわけだけど、それも『戦い』と思えば、私らしいかな…とは思う。

ラーメンじゃダメかな…2


ブログでラーメンの蘊蓄を語るほどは食べてはいない。

今さら、家族の話で気恥ずかしいが、私の母親は店舗で提供されるラーメンを苦手としていて、子供の頃から記憶を辿っても母と一緒にラーメンを食べたのは五、六回だけだ。
戦後の焼け跡派である母が女子学生であった頃、ようやく外食も復活した世相である。運が悪い事に、東北の地元で相当に劣悪なラーメンを食べた経験がトラウマになり、母はラーメンが嫌いなのだ。
特に『味噌ラーメン』に関しては、味噌アンチと言って良い。

以来、母はラーメンが食べたければ私に市販の生ラーメンを作らせて美味しそう食べている。


思えば、母と最後に一緒に食べたラーメン屋のラーメンが最低に不味かった。食べて二口目に目眩が襲ってきた『ダークサイド』なラーメンも生涯を通じて珍しい。

どうにも食べられず親子二人して残して店を出た。帰宅して、その話を父すると『なんだ、勿体ない!』…と父の怒りが次第に爆発して、食べ物が無かった戦時下の話に飛躍してしまい、戦争中を台湾で生活して物資が豊かだった母を責め出して、ついに滅多に喧嘩をしない両親が『空腹神学論』で完全に決裂。

『どんなに空腹でも、不味いものは食えない!』と言い張る母、『いや、腹が減れば何でも食える。食えない心構えは贅沢なんだ!』と父。

この一件は、ずっと後を引き…実は数十年たった現在でも、未だに再燃する場合がある。


母『ラーメン食べたいね』

父『そうだな…お前(私に対して)ラーメン作ってくれるか?』

母『冷蔵庫に生ラーメン買ってあるから…』


そうして私の作ったラーメンをすすりながら、両親は先の話『空腹時における神学論争』を蒸し返す。視点を変えれば『食べたい時に食い物を時代と世相に奪われた恨み』なのだろう。