ラーメンじゃダメなのか…3 | HOODのブログ

ラーメンじゃダメなのか…3


近年は食事や飲みも一人で済ます。自分が老人の一人でしかない認識もあってか、他人には遠慮がちになってきた。老いを自覚してからは毎日が生き残りをかけた『戦場』なってきたからだ。
自分という老人を客観的に風景の中に置いてみると、いかに抵抗しても孤戦の感は免れず…なのだ。


能に『木賊(とくさ)』という作品があって、老いが背負う寂漠たる心象が描かれているが、古来から共有されてきたと言える。


『誰かある御盃を参らせ候らへ』

…主人公の老人が旅僧達に酒を振るまい、自ら舞いを見せようとするシーン。

ただ呼び掛けるために立ち上がる型なのたが、その背景に絶望的な老いの寂しさが存在する。しかも、それは男性特有の宿命だ。だが、この一瞬を切り取って演じきる能役者は少ない。素人が僭越な言い方であるが、型通りの能しか学んで来なかった能役者では、作品は予定調和で終わってしまうだろう。


老いの一言に問い答える人はない…その事実に耐えられる強靭な人間は少ないはずだ。この絶望から逃れ出て、安堵を得たときに穏やかに死に立ち向かえる。

能『木賊』は生き別れた子に出会って終章となるが、母子邂逅作品とは異なり、どこか作品の先に老人の死を漂わせて終わる。再開の祝福ではなく、後生を弔う予後に近い。

能『木賊』とラーメンでは全く無縁の話だ。しかし、台所にて鍋に湯を沸かし麺を茹でる。自分が自分のために生きる作業として『ラーメン』を作る。

『さぁ、出来たぞ』と喜ぶ瞬間、部屋には自分しかいないわけだけど、それも『戦い』と思えば、私らしいかな…とは思う。