HOODのブログ -64ページ目

深夜の調理…イカ刺身

mini_160215_2138.jpg

mini_160215_2155.jpg

閉店時間が迫る駅前のスーパー、鮮魚売り場。

スルメイカが半額139円…太めで美味しそう。一杯だけ買って、夜半に調理した。
飯は炊かず、イカ刺しのみで今夜は終える。

しかし、このイカが美味い。まさに冬の味覚と呼ぶべきか。
下手な店で提供されるイカ刺しより、遥かに美味だ。

エンペラ、足も卸して歯応えを味わってみる。足の吸盤に寄生虫が潜むという話もあるが心配はなかろう。


調理する多少の腕があればイカ刺しは簡単。なのに、あのイカ達は売れ残って廃棄されてしまうんだろう。そんな売り場の風景に、少し悲しさを覚えた。我々は生命を食するという行為に、鈍感になりすぎているように私は感じる。

こうやって食べてあげるのが、せめてもの慰めになれば…と。しかし、この考えすらも、単に人間の傲慢なんだよね。

舞台感覚ってAKB?

CA3A0045.jpg

都内で能の仕舞・謡の稽古に出てきた。
今日は師範をお迎えしての稽古なので、普段の練習より体力を消耗した。

おそらく本番舞台より集中力も要するため、帰宅すると脳内が『ポカン』とする。その空白をビールで埋めて、気分を明日に備えたりするが、習った事まで酒に流してしまう場合もある。それで気分良く眠れるか、と言えば違う。目を閉じると昼間聞いていた師範の謡が脳内再生されて『はっ、!』として目が覚めたりする。

目覚めて、真っ暗闇に神経だけが鋭敏になっていて、寝ようとするほどに謡が耳元に響く。
能の撮影をした日も似たような場合が多くて、数時間前に撮っていた舞台のシーンや囃子が幻聴のように聞こえたりする。

えっ、それって鬱質なストレス、ノイローゼの状態じゃないかって?

たぶん、そうかも知れない。しかし、こういう状態を維持しないと仕事や稽古が進展しないんだな。

以前は、意味不明の凄まじい憎悪や嫌悪まで自分の演技や謡に負荷を与えてしまい、感情の維持が難しくなったりしたが、最近は気にならなくなった。それは『AKB48』の楽曲と歌・振りを密かに楽しむようになり、いつでも口ずさむ事が増えたからだろう。自分が楽しむ事を初めて優先する快感が、彼女達の楽曲にはあるように感じた。

ただ、もとより人が舞台に上がり演技や舞う事、この行為自体が異質な日常であって、演技中の私も常識の範疇にはないのだろう。しかし、そこを少しだけミーハー気分に遊ぶ事を『AKB48の楽曲群』が私に教えてくれたようだ。

いすゞ・ベレット


車の雑誌を立ち読み。滅多に運転はしないが車のメカ記事は好きだ。そこで、子供の頃に見た『いすゞ・ベレット』を思い出した。

昭和四十年代、まだ無舗装の東北地方の街道を叔父の運転でドライブしていた時だ。猛烈なスピードで後ろから来た車が砂煙を上げながら、我々の車を追い抜いていった。タイヤに砂利を噛み込むように田舎道を疾走する『ベレットGT』は、とても逞しく見えた。エンジン音も異質な響きがあって、ちょっとたれ目気味の独特なリアデザインが印象的。我々を追い抜きながらウインカーを輝かせてゆく、赤いライトが目に浮かび上がった。

その思い出があって、急に走っている姿が見たくなったが…どこに行けば走っているのか。誰かベレットに乗せてくれないかな。


ちなみに叔父が運転していたのは発売されたばかりの『フェアレディZ』で、かなりレアな車ではあった。

しかし、子供の私は走り去ったベレットに関心を示し『ぁあ、ベレットだ。格好いいなぁ…』と呟き、せっかく甥の少年を自慢の車に乗せたのに、叔父のプライドを少し害したようにも思う。


今に思えば、舗装されていない道をベレット、フェアレディで走る東北の田舎者同士なわけで、あの凸凹道を疾走する行為自体、スポーツ車にとっては場違いで無茶な話だった。