文化価値
少し更新を休むと、気が付けば七夕は明日。
しかし、七夕など久しくやっていない。寂しい事だが、天の川に祈る事も減った。
遠くに雷鳴が響く。しかも、蒸し暑い。夏を快適に過ごせるか…滅却すれば、また涼し、とはゆかなず無理。
この夏に撮影仕事をフィルムカメラからデジタルへ移行し、撮影スタイルも私の場合も一変しようとしている。
なのに、部屋に帰って古いフィルムカメラを手にすると心が落ち着く。すべて巻き戻しや巻き上げ、ピント合わせも、全て手動だ。
ちょうど、テレビをつけたら沖縄の『芭蕉布』製作の様子を放送していた。
気の遠くなるような手間を重ねて、最終的に織りあげられるらしい。
人の手が入ったものほど高価であるべきだ、と私は思う。
価値とは人によって違うだろうが、文化価値や工芸品には、大量生産の品とは違う価値観があって良い。
確かに庶民の着物でないし、着こなすにも人柄が必要かもしれない。だから、こそ文化なのだ。
日本文化の再認識が叫ばれるようには見えるのだが、私には一抹の不安を拭えないのは、なぜなのだろう。
企業責任というもの
写メは『水戸弘道館』
時に批判を受け入れなくては前に進まない場合がある。
それは演劇や映画評書評の文藝に限らず、歴史や政治も同じだ(たいていの当事者等は批評を批判と判断するのか、評を認めないものだ)
写真による社会批評の第一線といえば報道だ。かって写真を戦争のプロパガンダに用いて効果を上げたのはナチスドイツであり、戦争を写真で記録し、その一瞬のドラマと戦場の緊迫感を人々に認識させたのは連合国アメリカだ。
戦場報道という場に立つ撮影者の手にあった機材は、戦前はスピグラ、ライカ、戦後はニコンが、その代名詞となった。
ニコンは報道機材、常に報道写真の現場を見つめてきた。それは企業として誇りであったかも知れない。
報道写真のメッセージとは時に峻烈で、最近では福島原発事故関連、破壊された人々の生活、空しく置き去りになった動物達の屍…近未来の空想話ではなく、現実の出来事を写真一枚で告知する。
それが写真だ。
昨日、従軍慰安婦問題を扱った写真展をニコンサロンが拒否し、この問題に対して司法判断が下った。
『当然』の事ながらサロン側の敗北となった。
ここで、私は『当然』という表現を用いた。ニコンは報道写真…その現場主義の機材として、写真家に支えられカメラの代名詞にまで昇り詰めたのだ。
確かに、かって日本光学として戦艦大和の測距器を製造した国策会社である。極めて保守的であろう。しかし、である。
幾多の写真家がニコンの機材を信頼して報道撮影を敢行した事実、表現が右派左派に限らず写真の力を通じて、現代社会の人々の声を支える義務と責任が、この企業にはあると思う。
カメラを製造するとは、そういう事も含まれるはずなのだ。。
世阿弥の系譜
かって世阿弥の再来と呼ばれた能役者がいた。
それが『故観世寿夫』という人で、戦後の能楽界を一身にリードしたと言って過言ではない。新たな演劇への挑戦、能における型や謡のスコアを見直し、新演出も作り出した。確かに、間違いなく『世阿弥』的である。だが、それは、寿夫が御曹司でありプリンスだからこそ達成した功績だと思う。
一方で、世阿弥の著作や理論を現代の演劇や芸術に生かしてきた作家や演出家は限りなく多い。
たとえば、写真家篠山紀信は『時分の花』という世阿弥の残した言葉を用いてアイドルを語る場合がある。
そして、あの『秋元康』も、せ阿弥的なその一人ではないか…と思うことがある。
この唐突に詭弁めいた私論は、日を追って書いてみたい。
こうしてメモも兼ねて書いて置かないと、明日には忘却している場合もあるのでね。
…一晩寝てしまうと、全部がどうでも良くなったりするからだ。
それでは…また。
おやすみぃちゃん。Ψ(ΦωΦ)Ψ


