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世阿弥忌

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今日は立秋。
そして世阿弥忌でもあった。

1364年に父観阿弥の子として生まれ、没年は1443年嘉吉3年とされる。
多くの能作品を残し、また幾多ある著書の中でも『風姿花伝…ふうしかでん』は、今なお色褪せない演劇論である。

様々に示唆に富んだ演劇理論や役者への指摘が並ぶ。
その一つを上げてみる。


風姿花伝・『世阿弥禅竹・岩波思想体系より
問、申楽の勝負(立合)の手立はいかに。


答、是、肝要なり。先ず、能数を持ちて敵人の能に変わりたる風体を違えてすべし。中略…自作なれば言葉、振舞、案の内なり。中略…されば、いかなる上手も能を持たらざん為手(シテ)は、一騎当千の強者なりとも軍陣にて兵具のなからん、是に同じ。


一部略したが、まずはライバルに勝つためには自作の能を持たなければならないとする。そして相手とは異なる演出や意匠を能として、オリジナルであるから言葉や振り付けは、自らの発案の中にある…と。自作の能を持たない役者は名優であっても、それは戦場で武器を持たない武士と大差はない。
世阿弥は、他人に左右されないオリジナル作品こそ演劇や歌舞の基本だと説く。

他人の作品カバーだけでは、今に生きる時代を生き残れないという視点は、まさに現代の演劇・音楽芸能シーンにも通用するはずだ。

役にたたない記憶

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私が幼かった頃の話だ。

親が読み捨てた週刊誌に小説家志望の窃盗犯の記事があった。
犯人は幾度か応募などもしていた、と云う。
彼の文体には、特徴があって必ず『だったのだった…』で文末を結ぶらしい。


『…だったのだった』


で、この妙なフレーズが幼少の脳裏に刷り込まれた私。ふと、今でも稀にに出てくる。


やはり別の窃盗犯の話。
逮捕された彼の部屋には、何故か沢山の小石があったらしい。石には日時と場所がメモしてある。
取り調べの警官が尋ねると、犯人は以前逮捕された際の調書において、記憶がまったくなくて『窃盗先くらいは覚えておけ!』と、警官に叱られたそうだ(ここで叱るならば、いい加減に盗みから足を洗え、と言うのが正しいだろう)

そこで彼は、河原の小石を拾って逐次メモしておいたのだとか。


この二つを結びつけて何か『相棒』とか『太陽にほえろ!』的な妄想劇を働かせてみる。


『AKB劇場』篠山紀信2011・1月号

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ブックオフを移動中に見つけ、店内散策。
昨年のカメラ雑誌が並んでいる…アサヒカメラ・2011・1月号…特集グラビアは『AKB劇場』撮影篠山紀信。


2ヶ月後の震災の惨禍も、まだ我々は知らず、漠然とした停滞感覚に支配されていたように覚えている。

副題は『元気の発火点』表紙に大島優子、グラビア表紙は高橋みなみ…この『元気の発火点』という題と、高橋みなみの劇場シーンが合致していて良い。
彼女のアイドル性、その特異な性質を見事に捕らえている。確かに、舞台撮影ならではの渾身の一枚だ。


チームK公演の撮影には、私の推し『峯岸みなみ』も写されてはいる。
しかし、何か別の世界にあるAKBにも見えてくる違和感があるのだ。それは、他人の遠い記憶を辿るに似た異質な感覚だ。


それは、私が捉える『峯岸みなみ』ではない。


そうだ、篠山紀信自身が見ているAKBなのだから…作家の目、脳内を経た映像ゆえに感じる異相なのだ。
篠山氏には『みぃちゃん』も集合体に属する単位分子なのだろう。

そして、この特集はセンターである前田敦子が作品中に不在なのだ。それは何かの符丁、寓意なのだろうか。


さて、昨日。
友人との酒席で『○○さん…ブログで本気で峯岸を推してますね…』と話題のネタにされた。
私『まぁな、本気で入れ込まないと失礼になるからさ、彼女たちにも、ファンにも…私は能と同じくらいにさ、峯岸みなみを能のシテ方だと思う事にしたよ…』

どれだけ相手に入れ込むかで、舞台写真は決定されるものなのだ。