『AKB劇場』篠山紀信2011・1月号
ブックオフを移動中に見つけ、店内散策。
昨年のカメラ雑誌が並んでいる…アサヒカメラ・2011・1月号…特集グラビアは『AKB劇場』撮影篠山紀信。
2ヶ月後の震災の惨禍も、まだ我々は知らず、漠然とした停滞感覚に支配されていたように覚えている。
副題は『元気の発火点』表紙に大島優子、グラビア表紙は高橋みなみ…この『元気の発火点』という題と、高橋みなみの劇場シーンが合致していて良い。
彼女のアイドル性、その特異な性質を見事に捕らえている。確かに、舞台撮影ならではの渾身の一枚だ。
チームK公演の撮影には、私の推し『峯岸みなみ』も写されてはいる。
しかし、何か別の世界にあるAKBにも見えてくる違和感があるのだ。それは、他人の遠い記憶を辿るに似た異質な感覚だ。
それは、私が捉える『峯岸みなみ』ではない。
そうだ、篠山紀信自身が見ているAKBなのだから…作家の目、脳内を経た映像ゆえに感じる異相なのだ。
篠山氏には『みぃちゃん』も集合体に属する単位分子なのだろう。
そして、この特集はセンターである前田敦子が作品中に不在なのだ。それは何かの符丁、寓意なのだろうか。
さて、昨日。
友人との酒席で『○○さん…ブログで本気で峯岸を推してますね…』と話題のネタにされた。
私『まぁな、本気で入れ込まないと失礼になるからさ、彼女たちにも、ファンにも…私は能と同じくらいにさ、峯岸みなみを能のシテ方だと思う事にしたよ…』
どれだけ相手に入れ込むかで、舞台写真は決定されるものなのだ。
