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一期一会の瞬間

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写真の整理をしていたら深夜を回っていた。
録画をしておいたテレビの歌番組『前田敦子最終公演』を見ながら、手作業をする。

番組は、少し中途半端な中継だったが…その昔、野球のテレビ中継が時間切れになって終了した、あの感覚が蘇ってきた。
打者が打席に向かうあたり、あとはラジオでお楽しみ下さい…というアナウンスで映像が切れたものだ。

同じように、劇場ステージに一人立つ前田敦子のぽつんとした映像は、これより続くであろう空間を、永遠に切り離すように終えた。

AKB48とは、男性が好むように作られた女の子達だ…とか斜め上な意見はある。

だが、私自身はかなり熱い気分で楽しめるのだ。
それは彼女達が、劇場公演という空間を基本に持つからだろう。ライブ公演とは、なにより空間支配が優先であり、予定調和は演出の上であって、舞台は常に未知の場所だ。
テレビ収録のように映像を細切れに組み合わせることは不可能なのだ。


劇場に立つという活動は、そこに一期一会的覚悟が必要であり、その潔さが魅力でもある。たとえ口パクであっても、最後まで無事に踊らなければならない。
そう思うだけで、私が踊るわけでもないのに心身の血が沸き立つ。

プツンと中継映像はが切れてしまったが、たぶん劇場空間では続いていて、体験している人々や彼女達は『その決定的瞬間』を楽しんでいるのだろう…そう思えば、少しだけ熱くなった。

カメラ

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今更だが、ようやくデジタル一眼を使い始めた。
今日も、ラボ店の端末に座り、マウスを片手にモニターを眺める。


トリミングが簡単に可能なり、ピントの切れを確認したりする作業もフィルムに比較して早くなった。
納品の事を考えるとデジタルカメラは写真の新時代なのだな…と思う。


本当に新時代…なのか。

いや、違う。
写真そのものは変わっていない。
変わったのはプリントまでの過程、あるいはプリントを廃して、モニター画面だけで写真が完結する時代に入った事だ。
デジカメはパソコンの端末に近い、あるいは考え方によってはパソコンの目に過ぎない。
その目玉を背負って一喜一憂する我々撮影者達。フィルム時代にあった様々な誤差を減らす作業も、デジタルの世界では誰もが簡単になった。

そこで、私は天の邪鬼を決め込む。
普段使いには、こうしてフィルムカメラを持ち歩くのであった。

コニカズーム35ー70VP
最終時代に製造されたコンパクトカメラ…普通すぎて変哲もない。

お釈迦様の手のひら

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先日、東スポを買い損ねた。

欲しかった理由は…。

まぁ、仕方がない。だが…何故、東スポが一面に扱ったのか。
まさか、各メディアが峯岸みなみに関して特別なリーク記事をテーブル下に隠していた…ではあるまいな。

だと、するならば…それは、かなりショックだ。若い男性ファンなら別のメンバーへ移り気にもなれるだろう。

しかし、我々など中年は『最愛の娘を失った』感覚に陥るのを、あながち過言とは言い切れない。

実際に恋愛の終点ですら、とうに過ぎ去った年代にとって、アイドルとは追想を手伝う…かっての恋人に近いものだ。

あるいは、父親においての娘とは…妻の代理人である。代理人であるから妻以上に厳しい。いつも文句ばかり言う。


家族を持たない私には想像するしかない世界だが、文句を言わない娘が(オヤジキラーのアイドル)だとも言える。


そういうプロデュースをしている某秋P氏も、実は同年代。私も彼の手のひらに乗せられているのだろう。