集合写真
写真は現像、プリントから、パソコンやデジカメのモニター中へ移り変わったと云われる。
先の震災でプリントの復旧作業を行ったボランティアや映像業者の話では、海水に浸った写真達はデジカメ時代以前、平成初期から昭和期あたりまで撮影されたプリントが多かったらしい。
だとすると、最近のデジタル撮影した画像は、データカードやHDに沈んだまま消滅したのであろうか。水没したデータ復旧は不可能なのか。
自分の忘れたい思い出、あるいは嫌な奴の顔を撮影して…あえて写真に残す…という人は少ない。
写真文化が生まれて150年くらいか…最も写真が貴重な記録性を有する時は、やはり人物撮影なのだと思う。
私の曾祖父や祖父達が住んでいた屋敷の写真を見た事がある。
それは明治30年代末期、江戸の武士気風そのままの家族達、家人等は、全員怖い顔をして無表情で屋敷門内に並んでいる。なぜか放し飼いにされた雑種犬が、全員の前に寝そべって二匹も一緒に写っている。それは、妙に笑いを誘う。
あの屋敷に犬がいて、とても可愛がられていたらしい…そんな記憶が写真から読めて面白い。
生前、祖父に犬の名を聞いていたが失念。
我々の時代、さらに100年後の未来。家族の肖像はどこにあるのだろう。
あっかんべーっ、だ!
もちろん、撮影を開始した時に、すでにオートフォーカスの一眼レフはあった。
しかし、大きめなレリーズ音や巻き上げ音は静謐を要する舞台には不向きである。
さらに、照明の暗い能舞台でピントが合焦しないレンズとカメラの能力は、能を撮影するための機能として、本当は追いついていない道具だった。
自分でピントを合わせた方が確実であり、写真撮影とは撮影者の技術が勝る時代と考えられていた。
また、カメラメーカーによってレンズ描写に違いがある…と、宗教的まがいな解説まで付随して、雑誌などが様々なブームを起こしていたりした。
カメラ、レンズの会社ごとの差は、本当にあるのか。
大雑把な言い方になるが、それは能に置き換えたら、演出面で観世流と他の流派における差異を、一つの作品から探すに近い。
要するに、能を楽しむ観客にとっては、微少な差なのだ。
あるいはチームAとチームKって、どう違うの…?
私にとっては『みぃちゃん』がいるか…否か。私に於いては意味は大きいが…
(ΦωΦ)話が外れた。
結局、自分の環境に合った差を受け入れて道具としてカメラを使う…それが答えだと思う。
それだけの理由に一喜一憂したりする。
蛇足。写真表現として自分を論じると、あまりに自らが素人臭いというか、いっそ永遠の初心、青年で良い…と思う私には、まだ頂上は遥かに彼方だ。
軽い感傷
2000年の終わり頃、私は能の撮影をしたいと思い、学生時代より習っていた能楽サークルの師匠に相談した。
師匠の言葉は、写真家などロクな人間になれないから止めたらどうか…(もっと辛辣な言葉ではあったけど)…と諭された。
しかし、半ば師匠にお願いして強引に撮影を開始。
写メは、その頃入手した一眼レフ・ミノルタXD。
資金不足だった当時、手持ちのレンズ資産を生かして撮影するには、これしかなかった。
比較的静かなレリーズ音で、何よりファインダーが見やすい。
問題は、既に発売が終わったカメラであるため、特に電子シャッターの修理が難しい機種であった。
しかも、当時は中古カメラブームで現在の市場価格よりも、全てにおいて三倍は高値安定中で、中古カメラにしては高額。
ともあれ、このマニュアルカメラで三年程撮影。
近年、調子が悪くなりマニュアル撮影のみ可能。だが、不思議な事に機械式カメラと異なり、電子シャッターの場合は何となく、マニュアル撮影が味気ないのだ。
しかし、それは感傷に過ぎないのだろう。
ちょっと分解してみたけど、電子部品の修理はプロでなければ無理だ。
ファインダーから消えていった時間だけが、今も残像になっている。





