少しだけ軽くなる肉体
撮影に行く途中。喪服を着た女性二人連れを見た。
私は気にもとめず、車窓の景色を眺めていた。曇り空の様子は、夜は雨…帰りが少し、めんどうだなぁ。
地下に潜りだした電車の窓硝子に映った自分の姿が、見覚えのある誰かに似ている。
誰かな…ぁあ、母方の叔父に違いない。家族思いであったけど、一番家族を泣かせた人だった。
不思議に私は、この叔父に性格や感覚が一番近いように思う。
そのため、父方の祖母などは、私があの叔父に似ているのを、かなり心配してしまい…うっかり口にしてしまうくらいであった。
その叔父の学生時代、当時付き合っていた彼女でも撮影しようと思ったのだろう。奮発して買ったカメラで、まだ幼かった私が雪の中で遊んでいる様子をスナップした写真が、実家に残っている。
子供が雪を眺める表情、何やら飛び跳ねる私…どのショットも上手い。
しかも、叔父がカメラを向けていた記憶が私にない。意識させずに撮影する巧みさがあった。
たぶん喪服の女性を見たために叔父を思い出したのか。
今は、叔父の墓がどこにあるのかも知らない。
でも、まぁ良い。
こうして私の意識に現れてくれる。
『シベリア』代々木能舞台…写真屋の独り言…弐
劇『シベリア』ゲネを見ている最中に、私が忘れかけていた人々を急に思い出した事などを、昨夜から綴ってきた。。
劇中、『シベリア』という菓子が出てくる。カステラに羊羹を挟んだ和洋菓子だ。
遊女であるヒロインが、この菓子を客に勧める…そんな下りがある。
同じように、その店のママ(婆さんが…)作るお新香がすこぶるに美味かった。糠床作りに工夫があるらしいのだが、蕪や胡瓜の漬かり具合は絶妙だった。
彼女が、お新香を作り出したのは戦前からだった、と聞いた記憶がある。
客をもてなすために作るお新香と、それを目当てに来る客がいる。
人が美味しいと言ってくれる幸せ…というものは、何より得難い。
今日は朝方から安房鴨川で、舞台撮影が一つあった。
千葉の山奥にある古い名刹寺での薪能。
さして何よりも、海岸のサーファー娘や、駅からのタクシー、寺門前の食堂、駅前交番の巡査…皆、一様に親切だった。撮影機材の荷物を預かってくれたり、色々と土地の事を教えて貰えた。
不思議とアグリーな言葉を一度も聞かなかった。
人は、一人では幸せに巡り会えないものだ。また、自分の都合を優先すれば、一つの幸せを他人から奪う…そういう思いを抱いた一日。
写メは千葉清澄寺境内に咲く彼岸花、千葉最大の千年杉、お世話になった門前の食堂。
『シベリア』代々木能舞台…写真屋の独り言…弐
演劇『シベリア』のゲネを見て、突然に記憶がプレイバック中。
今から二十年も昔。その高田馬場にあったバー…元バーと言い直そう。その老人の奥様が、実質は経営していた店なのだ。
昭和三十年代までは若い娘達を雇って切り回していた。オイルショックの時に、奥様は店を一旦閉店を覚悟。彼女たちを全員…解雇、ではなくて…なんと、全て奥様が選んだ男性に嫁がせたのであった。
そういう奥様なので、地方出の中半端な学生の私などは、適度に扱われていたのだが、それでも通った時期があった。
私は、奥様…正直に言えば(婆さんだが…)、ママさんに教えられた事が多々あった。
曰く…良い男とは、金を稼げる男に尽きる。稼げない男、貧乏な男は女を不幸にする。
曰く…人の心は読むもんぢゃない。そんなの怖いだけ…やめなはれ。
曰く…○○さんは、良い飲み方をしている。ずっと年を取っても、そのスタイルを崩したらあきませんでぇ。
他にも記憶を辿れば、まだあるだろう。
だが…。
ある雨が降っていた晩だった。。
客足もなく。私と奥様の二人きり。
私はね…若い頃は貴方と対等に会話できる立場やなかった。そんなん、絶対にあかん…そんな世界に暮らしていた女だった。戦後、主人と一緒になって、何もできへん人だけど、あの暮らしから出られたのは、主人のおかげ…と、問わず語りの一言が、今も深い。
夜は、時を縫い直しながら続いてゆく。




