知識と良識を持つ事、すなわち教養と呼ぶ。
高い教養というものは、時に相手を警戒させる要因にもなり、あるいは互いの温度差を適度に埋める効果も発揮したりする。
私の解釈では、知識と良識が見識として整った場合を『教養』と思っている。
しかし、残念ながら私には教養はない。脳内言語はヤンキーだ。何とか懸命に押さえて転換しても、そのまんま口に出てくる。
しかも顔には、さらに現れているので隠しようもない。
一例をあげる。
私の仕事先でお世話になっている老婦人が、見事な言葉使いと見識を披露される。接していて、内心は頭が上がらない。
生粋の江戸っ子ではあるが、そんな口調ない。英語の原書などを読まれて、実に洒脱な方だ。
その婦人が、ある時に歌舞伎界が賑わした男女のスキャンダルについて、私とお茶をしながらの話題として触れた事があった。
『どうして役者の方も、おつき合いされる方も節度がないのかしら…』
『接すれど交わらず』って言うじゃない。そういうのは役者とファンの関係や贔屓であっても、大切ぢゃないかな…と。
男女の関係は芸の肥やし…的な下世話な話題も、話す人によっては講話に変える。そういう知恵がある人は得難いものだ。
今日の終わりに一曲。
今夜の撮影終了。
とりあえず、しばしの時間を役者の方に誘われて一席。
ひたすら飲む私。
そう…今月は多忙だった慰労も兼ねていた。ゆえに、明日を忘れて飲む。
で、終電手前で電車の中から更新。
やはり、少し気持ち悪い。
これは飲み過ぎか。
少し喋りすぎたか。
いらぬ事を言ったかな。感想を言っても、印象論しか述べられぬ。
玄人以外の人展開する技術論は『少なくとも能評にあらず』というが私の持論。
ゆえに技術云々を展開する能評家など…。
ん…。
役者のテキストを持たない以上、技術論には慎重であるべき。だが、それも勉強の仕方にもよる。
必死で学べば、理論は身に付く。そう考えれば研究者という分野もある。
ここで、少し毒を吐く。
能が好きな私が好き…そういう人って、多いよね。
能を使って自らのナルシズムを満足させるって原理かな。
能楽は文芸コンプレックスの共有には一番似合う芸能でもある。それは注意しないとね。
能の通になるな、粋になれ…恩師の言葉だった。
何かを愛している自分の姿を、私自身が一番好きってさ…そういう人って、かなりうざい。
うざい…?
ウザ…UZA。
話が落ちかけたので、もう終わるね。
♪最初にkissをしようーーーー♪
〆はご飯だけど。
〆はご飯ですよね。
今日は肉ばっかだな…と思われるでしょう。
牛バラ丼。
私は牛肉よりは豚肉が好きですが、最近は国産豚肉の値段は高い。輸入牛肉より単価が上にあるようです。
先にも書いたように風邪を引く寸前。
明日は仕事。
できれば下がって欲しい。
珍しく、ですます調でブログ書きました。熱で推敲が面倒なので流して書いてます。
輸入の牛肉は使うのに、豚は国産派なのはなぜ…?
たいぶ以前、海外のニュース番組を見ていて欧米の養豚レポ。あの有様を見て豚肉を食べるか…それは人の判断に任せます。
また、養豚場は上院議員が経営しているとかで、悪代官と越後屋みたいな地域行政の関係を暴いていました。
鯨や鮫を食うな!と云う彼らですが…日本人は理屈はどうあれ供養塔をあげたりして大切にしてきました。
豚や牛、鰻や鯉、河豚塚もあります。
そういう形で尊厳を表していた文化を省みての食文化を見失うと、単に功利主義の肉食文化に堕落する…などと。
熱ありますから…。
最後は、何でも外国任せで良いのか…という話でした。


