夜露に濡れた一夜
寒い…。
しかも、夜露が厳しい。
先日、久しぶりに薪能の撮影をした。
少し肌寒い夕方から始まった舞台、狂言、能と進むにつれて次第に周囲の椅子や机、照明台の骨組みに露が現れる。
指先が、しっとりと濡れる。
フィルム時代は無頓着であったが、ここでレンズ交換をすれば、夜露がデジタルカメラ内に入り込むに違いない。
カメラバックまで何やら…しっとり。
そういう懸念で、レンズ換えをせず撮影。また、もう一台の控え(フィルムカメラ)も使わずに終了。
舞台で用いる小鼓や大鼓も、たぶん装束も夜露に湿る。
特に楽器は湿気に敏感で、湿度によって音色まで変わってくる。
しかし、観客として考えると、能楽堂で見る能とは違う楽しみ方が薪能にはある。
夜空の星や森の木々、そらに浮かぶ雲。なにより薪能の主役は、空の『月』だ。
三日月や満月、月は太古の昔から人々を照らしてきた。
その月下で、能を見る。
あるいは五感で感じるのは、燃える篝火の熱とか風の流れ、虫の音であったりする。
様々な感触を味わえる…それが薪能の楽しみ方。
撮影をしながら能を楽しむという事は少ないのだけれど、自然の中にある能も良いものだ…と、夜露には閉口したが、そんな一夜だった。



