残念な看板…その後
胃痛が完治しないので、食生活は要注意状態。完全に自炊生活中…。
今日の昼間、写真用品を購入のため新宿まで出た。
ふと思い出して、例のブログ題『残念な看板』を掲示していたパチンコ屋の前を行く。
ぉお…改めてポスターが張ってある。
前回は、あくまで超個人的な理由に基づいて、看板の扱いに納得がゆかずに書いた(推しとしてネタを越えて、書かずにはいられまい!)
しかし、こうやって『残念な看板』と比較して見ると峯岸推しのヲタばかりでなく、他の相当数のヲタを敵に回していたようなだ…この店。
前回の妄想は『板野登場』で一応終わったのだけど…。
新宿から帰る途中。妄想の続きを考えてみた。
なぜ、ポスターは新しく張られているのか。
以下…題して『近代発心集。ヲタになった店長』
あの日から、店には板野だけはやってくる。
いつも無愛想な表情で、しばらくパチンコで遊んで賞品を紙袋に詰め込み、入り口のポスターを必ずチェックする。
だが、ある日の帰り際…店長へ一言。
板『ポスター綺麗に張ってくれてありがとう…』と、キラキラと輝く笑顔を見せて帰っていった。
キラキラキラ~☆。
その後、店長はしばらくして熱烈な板野推しになったという。
古来、世のヲタと浜の砂子は尽きすまじとは、いみじくもいひけり…。
おしまい
Ψ(ΦωΦ)Ψ
削ぎ落とす思考。
空腹が一番胃痛の時は効果がある…らしい。
一昨日から昨夜まで、絶食状態に追い込んだ。空っぽというのも悪くはない。
お陰様で、かなり回復。
しかし、食欲は脳内に充ち溢れ、拒否反応は胃から下がレジスタンス中。
まぁ…どうしようもないさ。
さて…閑話休題。
ある方のお屋敷に、コレクションに36歌仙を描いた屏風があった。
いずれも立派な絵柄だったが…小野小町が正面から描いてあって、その小町解釈に疑問を持つ。小町は元来、絵に描けない美人ではなかったか…その小町の顔を観察しながら…ふと、思う。
先日、某地方都市に行く所用あり、市街を散策。街角の写真店に『能面』が飾ってあった。かなり立派な…飾り台と銘がある。だが…たぶん、あの面は能には使えないだろう。
あまりに重苦しい。見ただけで、鉛板を顔に当てるような感覚がする。あくまで飾りとしての工芸品だな…何とか賞受賞ってあったけどね。
酒の席で酔ったな…と自覚する瞬間。
それは自分の話を始めてしまった時だ。酒の席とは、自らの話をする場にはあらず…なのだ。
あくまで、話題を巧く選択して振り向ける嗜みの席。だから、私は本当に酔いたければ一人で飲む。酒の楽しみは、良い酒と肴、そして話題に尽きる。
要は、至上の表現とは、無駄がないものだ…という事。



