HOODのブログ -283ページ目

針仕事から見えてきたリーダーのあり方。

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撮影仕事以外でも、舞台を手伝っていると、役者やスタッフには様々な事が要求される事が見えてくる。

特に能に限らず、必須の作業の一つが針仕事なのだ。装束の繕い、舞台衣装の合わせなど舞台前の針仕事は多様だ。

私は人が巧みにやっていると覚えたくなる癖があり、最近は何かにつけて部屋で縫い物をする時間が増えてきた。

縫い物は単純に見えて緻密な針の動きが求められる。そこは私の趣味でもあった模型工作と似ているのだが、何かが違う。

では、何が違うのだ…?

どうやら縫い物は、指先の手作業ではあるが、建築や大工仕事に近い。第一に、人が着用する目的のためにあり、もし裄や裾など上下水平が狂っては体は動きは取れない。

またデザインや生地の選び方も、結果的には家屋の建築と似たものを感じる。


超個人的理由の推しが所属する某グループに、『しのぶ』と呼ばれている衣装担当の女性がいる。彼女は、見るからに『棟梁』と称しても違和感はない。話し方は鋭さと柔らかさが同居していて、味わいのある女性に見える。

私は、本当のリーダーという人は彼女みたいな能力があって、未来へ組織を導けるのではないか…とも思ったりする。
そこに、特別な力強い言葉もないし、スローガン的な指導体制があるわけでもない。

しかし、正確な計画性を実行する傍らで、『人間のおかしみ』と言うか、不思議に(もののあはれ)を知っている人こそ、実は次世代のリーダーに向いている…と、私は勝手に解釈している。
ゆえに、最近の政治家にありがちな言葉の陶酔、演劇的な趣向に一抹の嫌悪を捨てきれないわけだ。


さて…最後に祖母が私に教えてくれた針仕事の一カ条。
『針は作業に入る前、終わった後、必ず針の本数を確認する事』…成功への秘訣身近なところにあったりする。

絶滅黒髪少女

髪さわられるの好き?ブログネタ:髪さわられるの好き? 参加中

私は嫌い


久しぶりにブログネタで書いてみよう。
しかし…面白いネタがないんだね。どのネタも、中庸すぎるというか…まさに予定調和。


それはともかく…。
髪を触られるのが苦手というのは、圧倒的に女性が多いはずだ。しかも、セミロング以上の女性であろう。髪は女の命であるかは知らないが、ある種のナルシズムの表現だと私は見ている。
実は、私も四年越しに髪を伸ばし続けてみた。男でも、ロングヘアーを体験したら、何か発見が得られるかと考えたからだ。

一つだけ明確に理解できた髪についての事柄がある。
簡単に言えば、髪は日常生活を共に暮らした身体の一部なのだ。女性ならば、毎日手入れをして髪のご機嫌を伺い…出来映えに一喜一憂する。その髪を無造作に他人に触られたくない…髪は、プライドの身体であると同時に、時にままならない恥部でもある。ゆえに、他人に触られるのを嫌うのだ。

それは女性に限らず、男性も同様である。特に…我々は禿げる。否…男は見事に禿げてこそ、男の人生評価が決まる…と言って過言ではない。
自分を棚にあげてお前は何を言うか…とお叱りを受けるだろう。確かに、今の私には頭髪の悩みはない。
しかし、もう充分に年だ。明日目覚めたら、禿げても不思議はない。今さら、他人に聞けないし…私が髪の心配をしたところで、それは、『海の水を甘くするには手段はありますか…?』と尋ねるに等しい。
つまり、髪は悩ましい自分の分身なんだな。

何か引き継いでいればよいのだけれど。

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剣術の流派に『心形刀流』という一派がある。少し興味があったのでネットで調べていたら、突然に曾祖父上杉熊松の名が出てきた。

明治時代に、西洋画壇で中堅の絵画教師であった曾祖父が、一方で剣術の名手、剣客レベルであったことは聞いていた。しかし、流派名は初耳だった。

孫の私から見て、かなり怖かった祖父ですら『…親父は本当に剣術が強くて、さらに俺より気か短い』と生前語っていたくらいだから、本物の剣士であったのだろう。曾祖父や高祖父の時代までは、この『心形刀流』を習っていたようだ。

動画サイトで『心形刀流』の演武を見ると二刀流で戦う型など多彩な剣術。一刀流としては、狭い室内や廊下などで戦う場合を想定しているのだろうか。

腰の位置移動などは、能楽の動きと大差はない。各構えなど見ていると仕舞を舞っているようにも見えてくる。


ほんの百数十年前、まだ日本は青年達が剣術を習っていた時代だった。


写真では真ん中の着物を来た中年男性が曾祖父の熊松爺。